(この記事には性売買に関する具体的な記述があります。閲覧にご注意ください)
日本の性売買に関する法律は何を守り、誰の人権を侵害しているのか——。
法務省は8月24日、有識者検討会(座長=北川佳代子・早稲田大学大学院教授)に、「売春防止法」の見直しに向けた報告書案を示しました。同法5条の勧誘等罪の対象に「買う側」も加えることや、罰金の上限を引き上げる方向性が盛り込まれています。一方で、女性支援団体が求めて来た「女性を処罰ではなく支援の対象とすること」「性交類似行為も対象とすること」などは盛り込まれていません。秋の臨時国会で法改正が議論される前に問題点を明らかにしようと、虐待や性暴力被害などさまざまな困難を抱える少女や女性を支える活動を行っている一般社団法人Colaboが9月3日、東京都千代田区の参議院議員会館で緊急院内勉強会を開きました。113人が参加。ほかに国会議員や秘書約20人が出席しました。
法務省「売買春に係る規制のあり方検討会」報告書案
高市早苗首相が2025年11月の国会答弁で「買う側」の罰則について検討するよう求めたことを受け、2026年3月から検討会が開催された。報告書案の主な論点と内容は以下の通り。
①「売春」に膣性交以外の性交や性交類似行為を含めるか
「性風俗産業従事者が職を失う恐れ」「社会的コンセンサスがない」「妊娠・出産の危険や負担といった人の生命・尊厳に関わる問題を伴う性交のみを規制することには合理性がある」などの理由で「慎重な検討が必要」とされた。
②買う側を処罰の対象とするか
「成人による同意に基づく性交において、刑罰をもって公権力が介入することには慎重であるべきだ」などの理由で、勧誘罪のみの適用拡大にとどまった。
③売る側を処罰せず保護の対象とするか
「自らの意思で売春をする者も一定数いる」「社会の風紀を乱し、公衆に迷惑を及ぼしていないと考えることは困難」などの理由で見送られた。
なぜ女性の処罰規定を残すのか
Colabo代表理事の仁藤夢乃さんは「性を買う側の責任や売る側の支援が議論されたことは前進だが、最も問わなければならないはずのことが置き去りにされている。それは性売買をめぐって誰に責任を負わせて、誰の何を守る法律にするのか、ということだ」と話しました。
法務省の報告書案では売る側を処罰する条文を維持し、買う側については路上の勧誘は処罰の対象となるとしたものの、買うことそのものを罰する規定は盛り込まれていません。また、保護法益(法律で守られる利益)について「人としての尊厳」を中心に据えるべきだという意見が出されたものの、性道徳や社会の善良な風俗を守るという目的を維持すべきという観点から、抜本的な見直しには至りませんでした。

また、自らの意思で性を売っている女性がいることを理由に、女性を処罰の対象から外さないとしました。
仁藤さんは「誰が自発的に売っていると切り分けられるものではない。検討会の委員は性売買を女性の自発的な選択や労働と捉えている。しかし、問わなければならないのは、なぜ女性たちが性を売らなければ生活できないのか。なぜ社会保障が支えられないのかということではないか」と話しました。
現状でも売春防止法5条の勧誘等罪で逮捕された女性はほとんどが不起訴となり、支援の対象になっています。しかし、それならなおさら女性の処罰を残す必要があるのか疑問です。
検討会では支援は売春防止法ではなく、2024年に施行された困難女性支援法で行うことができるとしました。仁藤さんは「現状は、かつて売防法に存在した処罰と保護更生を二つの法律に分けて再構成した形になっている。しかし、女性支援法は女性を権利の主体として位置づけた。売春防止法でも権利の主体と位置づけるべきだ」と指摘し、韓国が脱性売買のために行っている全国90拠点での女性への公的な教育や就労支援の取り組みを紹介しました。
風俗店の顧問弁護士「市場規模が大きく破壊される」
今年4月に開かれた検討会のヒアリングには、風俗店の顧問弁護士が出席し、「日本の風俗営業の市場規模は2兆から5兆円。働いている風俗嬢は約215万人にのぼる」と発言。売買春を禁止する北欧モデルの導入や、「性交」の定義に性交類似行為を含めることで「市場規模が大きく破壊される」と述べました。性交類似行為を合法とする風俗営業法(風営法)と売春防止法が補完し合う形で性風俗産業が成り立っていることがわかります。
仁藤さんは「路上では禁止、しかし風俗店では合法というのも大きな矛盾。実際には路上と店を行き来している女性が多い。路上の取締が厳しくなると業者が店に誘導している。しかし、店に入っても女性たちが性売買から離れられるわけではない。業者による管理やピンハネもある。誰が女性を性売買に送り込んでいるのか、誰が利益を得ているのかを一つの構造として考える必要がある」と話しました。
臓器売買や人身売買は禁止 性売買はなぜ容認?
Colabo理事で弁護士の角田由紀子さんは検討会の議事録を読み、「現場の実態を知らずに議論をされている。性売買の本質は女性に対する暴力である。問題の核心を外したことで、何回議論しても間違った結論にしか達しない」と批判しました。
特に買う側への処罰が盛り込まれなかったことについて、「大山鳴動してネズミ一匹も出てこなかった」と厳しい評価を下しました。
売春防止法は70年前の1956年に制定。角田さんは制定時の議論を引きながら「当時も今回の検討委員会も、ほぼ例外なく(性売買に)介入するお金の存在を無視している。夫婦や恋人間のプライベートな行いと同じ性質を持っているのであれば、なぜお金が介入するのか」と問いかけました。
2023年の刑法改正で強制性交等罪が不同意性交等罪に変わり、同意しない意思を形成・表明できない状態では「同意があるとはいえない」として8類型が明記されました。その中には「経済的・社会的な地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること」とあります。角田さんは「性を売る側と買う側。権力勾配のある2者の間にはそもそも『同意』は成立しないと考えるべきだ。金という絶大な力を行使して、性行為への同意を求め、屈服させることはまごうことなき、人への支配であり、暴力というしかない」「臓器売買や人身売買は人間の尊厳を売り買いすることにつながるので禁止されている。ではなぜ性売買は禁止されないのか」と強く疑問を呈しました。

「女性が自発的に売る」は歴史的なカモフラージュ
Colabo理事で法政大学元学長の田中優子さんは日本の性売買の歴史について、解説しました。
「文献上は900年の歴史がある。最初から業者がいた。遊女は自発的に性売買できない。業者が政治家と結託してやってきた。江戸時代には巨大な遊郭が日本中にできた。これが世界的に批判され、明治政府は1835年に芸娼妓解放令を出した。しかし、業者は次の年には遊女が自ら経営する貸座敷という制度を作った。仕切っているのは業者だが、女性が自己責任で自発的に性を売っているというカモフラージュが意図的に作られ、以来ずっと続いている」
田中さんは、「妻が夫のために奉仕し、娘が親のために身売りする」のを美徳とする価値観を挙げ、「もうやめましょう。ちょっと貧しい、困難がある女性は売春すればいいというのでしょうか? どういう暴力と病気にさらされているのか、事実を知って現実を見ましょう。私たちは、業者が握るお金の恩恵にあずかっている権力者を暴かなければならない」と訴えました。

私たちは「春」など売っていない
「性売買経験当事者ネットワーク灯火」のメンバーは、動画によるスピーチを寄せました。
これは誰のための議論なのか
みなさんに考えていただきたいことがあります。私たちのうち、誰を「自発的だ」として処罰し、誰を支援が必要だとして救うのですか? 本当にその線引きができますか?
多くの人は誰かに物理的に監禁されていたわけではありません。もし警察につかまったら「自らの意志で体を売った」と判断される人は少なからずいると思います。
私たちの背景には子どものころからの虐待、貧困、発達障害、知的障害、精神障害、性暴力被害によるトラウマ、教育を受ける機会の逸失、仕事がない、住むところがないなどの困難があります。しかし私たちが、なぜ性売買に追い込まれたのか、こうした背景について説明できるようになるには長い時間がかかりました。なぜなら性売買にたどりつくまでに、私たちを支援するべきだった大人と行政に何度も裏切られ、切り捨てられ、人生の困難すべてを自分のせいだと思わされてきたからです。
検討会の報告書案を読んで、「これは誰のための議論なのか?」と思いました。
自らの意志で売春をするものも一定数いることなどを理由に、性を売る側、勧誘する側を処罰する現行法5条を維持する方向を示しています。その一方で、性を買う方の処罰には成人の合意に公権力が介入すべきではないとして、慎重です。同じ自発性が買う側を処罰しない理由として使われ、売る側を処罰する理由に使われています。これは誰の自由を守り、誰に責任を負わせる制度なのでしょうか? 結局、何も変えないための理由になっていませんか?
そもそも「売春」「買春」という言葉は性購買者の立場を反映したものです。買う側にとっては自身の快楽やストレス発散で、「春」のように暖かく気持ちよく感じられるのでしょう。お金を払って欲望を満たし、その後は元の日常に戻れます。一方、買われる側は生活のために身体を差し出し、望まない人との望まない性的行為による痛みや恐怖に耐え続け、心も体もボロボロになり、行為が終わっても被害は日常に残り続けます。体調不良が常態化し、続けるほど普通の生活は遠ざかっていきます。性売買は対等な取引ではありません。お金を持つ人の性欲や支配欲を満たすために生身の人間から人格を剥奪し、虐待する行為です。私たちは「春」など売っていません。
問題は構造を生み出す社会
性売買には共通する構造があります。まず買われる側が虐待、貧困、障害、教育や就労からの排除、性暴力被害、孤立といった脆弱な立場にいます。本来は福祉的支援を受ける状況ですが、必要な支援は届かず、そこに性購買者や業者が近づき、懐柔や脅迫によって人を性売買に追い込みます。性売買に入ると売る側は継続的な性搾取や暴力にさらされ、精神的に支配されます。社会的な偏見があることから性売買関係以外の人とのつながりが失われていきます。そして、国がいわゆる「売春」を発見し、「自発的だったか」を審査し、処罰するか放っておくか支援するかを選びます。適切な支援につながることは滅多になく、性売買に戻るしかないケースがほとんどです。
問題は性を売る個人の選択ではなく、この構造を生み出し維持している社会の側にあります。だからこそまず、法律が何を守るのかを変えてください。保護法益を見直し、人権を守る法制度にしてください。報告書案には「性道徳」「善良な風俗」「公衆の迷惑」という考え方が繰り返し表れます。しかし、法律が第一に守るべきものは、性売買を迷惑とする周囲の人の快適さではないはずです。守られるべきは性を売る人の生命、身体、安全そして尊厳です。新たな法律では「人の尊厳 身体の安全」「性的搾取からの自由」「ジェンダー平等」を中心的な保護法益にしてください。
そして、性を買われる側の位置づけを取り締まりの対象ではなく、権利を保障される主体に転換してください。
その上で、私たちは新たな法制度に6つのことを望みます。
「性を売る側の完全な非処罰化」
「性購買者の責任明確化と処罰」
「性売買から利益を得る第三者の規制と利益の回収」
「脱性売買支援の権利としての保障」
「スティグマ及び二次被害の防止」
「政策形成への当事者参画及び継続的な実態調査」。
以上を実現し、誰もが性売買をせずに生きられる社会を目指すことを望みます。
性売買を最後のセーフティネットにしないで
私たちにも安全な家で眠る権利があります。受けられなかった教育を受け、暴力のない職場で働き、人と信頼関係を築き、性を売らずに生きる権利があります。性購買、性売買をビジネスとすることをどうか許さないでください。追い詰められ、性を買われ、傷つけられてきた人を「自発的だったか」で選別し、罰する法律にしないでください。私たちに必要なのは「本当に自発的だったか」を審査されることではありません。もう性を売らなくていい、体を売らなくていいと社会から保障されることです。性売買をこの社会の最後のセーフティネットにしないでください。誰もが性を売らずに生きられる権利を保障する法律を作ってください。

