君のお父上は、なんと? 「虎に翼」穂高先生に抱いた違和感

記者名:

「私は好きでここに来たんです。それが、私なんです」

 「虎に翼」に心を揺さぶられ続けている。戦争が終わり、父と兄と夫を失った寅子は司法省民事局で働き、恩師の穂高先生と再会した。先生が尋ねたのは、「君のお父上は君が働くことに、何と?」

 穂高先生、あなたもですか! 思わず手で口を塞いでしまった。寅子の感じたであろう違和感が、グニャッと、音まで伝わってきた気がしたから。私の人生を生きているのは私自身のはずなのに、誰か別の人の、父の、男のもののように語られる。

 数十年前、私も少し似た経験をした。

 以前の職場は記者職ではなく、数年で辞めた。記者になることを諦められなかった。退職について当時の上司にちゃんと伝えられるか自信がなかったので、思いの丈を数枚の書面にまとめて読み上げた。仕事は嫌いではないこと。思いっきりぶつかってみて手応えも感じていたこと。それでも、チャレンジしたい―。ふんふんと聞いていた上司は「また話しましょう」。後日、改めて話した時に言われたのは「あなたのお父さんはなんて言ってるの」だった。

 え? 父ですか。戸惑いながら答えた。心配していますが、分かってくれているようです。「そう。私が説得しましょう。電話します、お父さんに」

 はぁ。お父さんに電話。苦笑いしてその場を離れた。

 一つの仕事を数年で放り出してチャレンジがどうの、などと言い出した女を、上司は、自分の考える正しさから逸れないように、私ではなく、イエの男親と話して何とかしようとした。

 なんだ、そういうことか。私の人生なのにな。

 帰宅の道すがらぐるぐる考えて、とても悲しくなったことをよく覚えている。上司の前で読み上げた書面は一生取っておこうと決めた。

 望んだとはいえ、記者の仕事は心身を削られることも少なくない。それでも誰かに毎日会って、書いて、伝えたいと思えるのは、あの時に自分の決断を乗っ取られなかったからかもしれない。

 今まで、この話を誰かにしたことがなかった。ずっと心の底に棘のように刺さっていたのに、言葉を飲み込み、取るに足りないと向き合ってこなかった。こうして書こうと思ったのは間違いなく、穂高先生の「ピントのずれ過ぎた心遣い」のおかげだ。

 「私は好きでここに来たんです。それが、私なんです」

 寅子は穂高先生に向かって、自分の選択を力強く語っていた。戦後の混乱を生き抜く彼女に翼を授けているのは、豊かな法の知識やキラキラと美しい思い出だけではない。自分らしくいられないことへの怒りや焦りもまた、力強く地を踏みしめさせ、大きな飛躍につながっている。怒っていいし、声を上げていい。まずはハテ?って自分自身に投げかけてみるのも、すごくいい。

 すべて国民は、個人として尊重される。法の下に平等で、人種、信条、性別、社会的身分、または門地により、政治的、経済的、または社会的関係において、差別されない―。寅子を真似て、憲法13条と14条を読み上げてみた。今も、とてもみずみずしく響く。

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