(この記事にはパワハラに関する具体的な記述が含まれます。閲覧はご注意ください)
大阪地検の元検事正による性暴力被害を受け、検察に第三者委員会の設置を求めているひかりさん(仮名)が8月3日、東京都内で記者会見を開き、特捜検事のパワハラを受けて退職した男性検事の手記を公表しました。ひかりさんは「私の事件と同じ時期、同じ畝本直美検事総長以下検察幹部による事件の握りつぶしであり、加害者の特捜検事は減給、停職が相当であるのに、不処分になっている」と話し、この会見を公益通報と位置づけていることを明らかにしました。
起訴が前提の「お膳立て事件」
被害者の男性検事は心身に深い傷を負い、希死念慮があるといい、ひかりさんが手記の取り扱いを一任され、公表にいたったといいます。
手記によると、パワハラは2023年11〜12月、大阪地検特捜部であった「脱税研修」(国税局が告発した脱税事件を処理する研修)で起きました。研修は任官から数年の検事を対象としたもので、指導担当は大阪地検特捜部のA検事。大阪国税局が告発した所得税法違反、消費税法違反事件について、膨大な記録を検討し、取り調べ日程を立て、供述調書を作成し、指導担当に報告するという内容です。
ただし、1ヶ月の研修期間内にすべてを処理し、事件をマスコミに発表する日付もあらかじめ決められているなど、起訴が前提の「お膳立て事件」でした。
被疑者が「否認」に転じたことに苛立ち
男性検事は、ふだん地検で扱っている刑事事件と同様に、検察側の見立てを押しつけず、誘導せず、被疑者の言い分をしっかり聞いていく「オープン聴取」を心がけました。すると国税の捜査段階では認めていた被疑者が否認に転じました。取り調べは録音録画され、A検事はその動画を確認していました。
男性検事は研修中、連日にわたり、人格を否定するような内容を言われ続けました。
「お前、事件を潰す気か」
「お前が被疑者から舐められているから否認されるんだ」
「お前が事前準備をしていないから、被疑者から否認してやろうって思われるんだ」
「退屈な調べしやがって」
「お前、ポンコツだな」
「同期の〇〇は調べができるのに、お前はできない」
「仕事をサボってきたからろくな調べができない」
「その仕事ぶりのせいで起訴できなかった事件もあるんだろうな」
「ミスしなきゃ覚えないもんな」
「3時間睡眠で仕事回せるだろ? 俺もそういうようにやってきた」
男性検事はA検事の指示を真に受けて、地検内の研修部屋で椅子を並べて硬い座面の上で短い仮眠を取るだけで研修を続けました。A検事は、被疑者が否認に転じたことにいらだち、想定していた通りに取り調べや調書作成が進まないことに不満をぶつけました。

違法捜査の指示も
A検事は被疑者からの聴取が済んでいない段階で、男性検事に、「被疑者から検察の見立てに沿った『作文』の『自白』調書の通りに話を聞き、調書を完成させるように」と指示しました。
男性検事は、被疑者から話を聞き、証拠と照合し、時には追及し、それでも認否が変わらなければ、否認調書を作成するというルーティンを、「ポンコツ」「サボり」と罵られ、混乱しました。A検事の指示する取り調べを嫌だと思いながらも、「検事人生の全てを否定される罵倒を毎日のように受けていたので、怖くて逆らうことができなくなってしまった」といいます。
特捜部の調べがこのようなものであるならば、それを受け入れようと思考が麻痺。被疑者も男性検事の顔色が日に日に悪くなっていくことで同情的になり、作文調書に抵抗を示さなくなりました。
A検事はさらに、証拠の隠蔽も指示しました。国税局の担当者から「被疑者のスマートフォンデータを抽出してある」と連絡を受け、男性検事がデータを精査したところ、取引先や会社関係者との通話が膨大に保存されていることに気づきました。客観証拠がでてきた以上、内容を精査し、起訴・不起訴に影響を及ぼすようなものであれば、追加で捜査をしなければなりません。
しかし、A検事は「精査に時間がかかるかもしれない」「研修が1ヶ月では終わらなくなるかもしれない」「録音データがあることは上司には報告せずネグれ(「無視する」「なかったことにする」を示す隠語)」と指示。さらに「上司にどのように報告するかを決めるための決裁レク」と称して、口裏合わせの会議を行いました。その場で、「この音声データが明らかになった場合、どんな弊害があると思う?」などと尋ね、「上司には音声データの存在を報告しない」「音声データで共謀の認識などが録取できそうな点や、検察官にとって有利となる会話の点は取り調べで確認したということにしよう」と指示しました。
事件の概要や証拠について記載する「公判引継事項書」にも、録音データのことは書きませんでした。
特捜副部長への報告がさらなる脅迫へ
男性検事は録音の隠蔽について、先輩検事に相談。「起訴や脱税研修の期限を守ることが大事ではない」「証拠を精査し、事実をしっかりと見極めて、消極証拠も含めて起訴不起訴を判断することが大事」との助言を受けました。男性検事はA検事の上司である特捜副部長に録音証拠について打ち明け、「とりあえず全部聴いてみよう」と指示を受けました。
男性検事は早送りで全てを聞き、副部長に内容を報告。「そのような音声データであれば起訴しても問題はない。特に上には報告しなくてよい」と言われました。
A検事に一連の経緯を報告したところ、部外者の先輩検事に相談したことについて、「お前は特捜の保秘すら守れないんだな」「お前がしたことは問題だからな」と責められました。研修の最終日の打ち上げでも、部長、副部長の面前で「お前、俺のこと刺したいだろ?」「でも証拠ないもんな」などと当てこすられました。
「このときのA検事の、勝ち誇った、私をせせら笑う顔は今でも覚えています。しかし、私が録音していないので、内部告発しても無駄だ、結局は助からない、自分の立場を危うくするだけだと思いました」(手記より)
研修後に悪化した心身の症状
研修を終え元の職場に戻った後、パワハラや脅迫が頭から離れず、男性検事の心身の状態が悪化。眠れず、「自分は検察官として頑張っていない」と常に自己否定に襲われるようになりました。お風呂に入らず、身だしなみも整えず、食事も作らずといったセルフネグレクト状態に陥り、過食傾向にもなって体重が15kg以上増えました。
2024年3月、別のオンライン研修でA検事の姿を見て、声を聴くだけで気分が悪くなり、心臓がドキドキして強い吐き気を覚えました。
2025年1月、所属していた地検の次席検事に辞職の意思を示し、退職しました。
「私は、誇りを持って、懸命に、検事の仕事をやってきました。検察の仕事が大好きでした。なのに、A検事からの一連の被害で、辞職に追い込まれたのが無念でなりませんでした」(手記より)
加害者は不処分 「パワハラ認定は1回目だから」
男性検事は辞職の意思を示した際に、理由としてA検事の違法捜査の強要とパワハラを告発しました。大阪高検が数ヶ月をかけて調査し、男性検事や研修でペアを組んでいた検事、相談した先輩検事などにも聴取が行われました。しかし途中から「A検事から証拠隠しの指示が仮にあったとして、事件処理にどのような影響があったか」と聞かれるようになりました。
「証拠隠しの指示が事件処理に影響があろうがなかろうが、そもそも証拠隠しの指示があったこと自体が違法不当な捜査の強要です。客観証拠を隠して起訴不起訴を判断するなど本来あってはならず、何らかの処分の対象になるはずです」(手記より)
男性検事は2025年春から夏にかけて、当時の大阪高検検事から調査結果を聞きました。
・大阪高検はA検事によるパワハラはあったと認定した。
・証拠隠しについては、研修員が勘違いしてしまう発言があった。
・A検事の言動は問題ではあるが、パワハラと認定したのは1回目だから、今回は許すことにした。
A検事は口頭注意のみで「不処分」となりました。謝罪は未だにないそうです。
「検察庁はハラスメント相談室などを設置し、内部調査をするなどとしていますが、いずれも対外的にアピールするためだけの体裁作りで、形骸化しており、結局は内部組織を守るためにしか作用しないと思いました」(手記より)

まともな捜査をゆがめる外圧
記者会見に同席した郷原信郎・元東京地検特捜検事は男性検事の手記について「本来の検察官の仕事であるまともなやり方が外圧で歪められたケースだ」とコメントしました。「あらかじめ起訴が決まっている、予定通りにことを運ばなければいけないという枠がはまっている。こうした捜査がまかり通る事態を放置すれば、悪貨が良貨を駆逐する事態に陥る。第三者委員会を開かなければ、検察という組織にきちんと対応する意思が見られないということになる」
ひかりさんは2024年に、元検事正からの性暴力を被害深刻して以来、再三にわたり、職場環境の安全確保や被害者救済、加害職員の一掃などを求めて来ました。さらに検察庁から独立した第三者委員会を検察庁に設置し、公正中立な調査・検証を通じて再発防止策を講じるように訴えていますが、法務省・検察庁からは「ゼロ回答」が続いています。
この間、大阪・東京の特捜検事が取り調べ時の被疑者への恫喝により刑事被告人となり、山口地検岩国支部では検察審査会の審査員氏名が外部に流出、さらに東京地検では性暴力被害者への取り調べ時の検事の暴言をめぐる国賠訴訟が提起され、特捜検事が被疑者女性と性的行為を持ち懲戒免職になっています。
ひかりさんは「このまま、事件意識が欠如した法務省・検察庁に強大な国家権力を握らせ、恣意的に乱用させ、新たな犠牲者を生み出させることを黙認するしかないのか。再発防止を徹底するためにも、第三者委員会が必要不可欠だ」と改めて強調しました。

