(この記事には性暴力に関する具体的な記述が含まれます。閲覧はご注意ください)
大阪地検の北川健太郎・元検事正による性暴力被害を受け、検察に第三者委員会の設置を求めているひかりさん(仮名)が9月1日、東京都内で記者会見を開き、8月末で検察を退職したと報告しました。この事件の刑事訴訟で、大阪地検がひかりさんに無断で、ひかりさんの勤務状況や業務用メールを加害者の北川被告に開示していたことも明らかになりました。ひかりさんや、代理人の田中嘉寿子弁護士(元検事)は「検察は腐り切っている。あり得ないことが起きた」と抗議しています。
事件の概要
大阪地検の検事正だった北川健太郎氏は2018年9月、酒に酔った部下の女性検事を自宅官舎に連れ込み、長時間の性的暴行(レイプ)をはたらいた。途中、帰宅しようとする女性検事を押しとどめ、「これでお前も俺の女だ」と言って、性暴力を続行したという。北川氏が辞職せずに検事正職にとどまったため、女性検事が「上級庁に被害を訴える」と言ったところ、自死をほのめかして脅迫し、口止めしたという。
北川氏は19年11月に退官し、弁護士登録。女性検事は24年2月に刑事告訴し、大阪高検は同年6月に北川氏を逮捕、7月に準強制性交罪で起訴した。北川氏は10月の初公判で「争うことはいたしません」と罪を認めたが、12月、主任弁護士が記者会見を開き、次回公判で無罪を主張すると発表した。
一方、女性検事はPTSD(心的外傷後ストレス障害)による休職を経て24年9月に復職したが、同じ部署にいた副検事が北川氏らに捜査中の秘匿情報を漏洩するなどの捜査妨害を行っていたことが発覚。10月から再び休職を余儀なくされた。女性検事は24年10月、副検事による捜査妨害や自身への誹謗中傷をめぐり、刑事告訴した。大阪高検は25年3月19日、事実関係を認めたものの「故意」がなかったとして副検事を不起訴処分とし、人事上は最も軽い戒告処分にした。
ハニートラップ説を偽証させようとした
刑事訴訟は第1回公判の後に北川被告が否認に転じ、期日間整理手続きで1年10カ月にわたり中断しています。被告側は次回公判以降に、ひかりさんを誹謗中傷し、被害者であると名指ししたF副検事を被告側証人に立てる方針を示していました。
「F副検事は私が北川に好意を抱いていたというハニートラップ説を証言する予定でした。私にとって何重もの苦痛です。現職の検察官に偽証させることにも許せない気持ちだった」(ひかりさん)
F副検事についてはひかりさんが不起訴を不当として今年4月、検察審査会に審査を申し立てており、F副検事と北川元検事正が不貞関係にあったことや、証拠隠滅、情報漏洩などの具体的な証拠を提出しています。
今回、刑事事件でも検察側から弾劾証拠が出され、被告側弁護人はF副検事の証人尋問請求を撤回しました。
証人撤回により状況が動き出し、大阪地裁は今年10月に第2回公判、11月に被害者証人尋問、来年3月に判決という日程を打診してきました。
「私たちからすると争点整理は全く終わっていない。争点一覧表もまだ作成されていない。ひかりさんの重篤なPTSDの症状は今も続いており、こちら側は致傷罪に訴因を変更するよう求めたが、裁判所は『検察官の申告の通り、致傷にはしない』と却下した。弁護側にまともな証人は一人もいない。酔って覚えていないと供述していた被告本人が、事件当夜の状況を思い出して、とうとうと語り出すとでもいうのか」(田中嘉寿子弁護士)

出退勤記録や業務メールを証拠提出
ひかりさんは8月28日、最高検察庁、大阪高検、大阪地検にあて抗議文を提出しました。内容は、大阪地検がひかりさんに無断で、ひかりさんの検察庁での勤務状況がわかるデータを証拠化し、北川被告に開示していたことへの抗議、謝罪、被害回復、再発防止の要求です。
開示されていたのは、事件が起きた2018年9月から、北川被告が起訴された2024年7月までのひかりさんの大阪地検への入退庁記録、出勤日、残業時間、職場用のパソコンを使用した業務上のメールのやりとり、同僚とのやりとりなどです。大阪地検は被告側の証拠開示請求に応じる形で、これらのデータを刑事事件の証拠として裁判所に提出、被告側に開示していました。ひかりさんがマスキングを希望していた、ひかりさんの生年月日なども開示されていました。
ひかりさんは「被告は無罪を主張するための証拠探しをして、開示請求をかけた。私の心身の不調の原因は過労であり、レイプではないと主張したいのだろう。仕事上のトラブルで悩んでいたことを被告に責任転嫁するために被害申告をしたとでも言い張るのだろう」とみています。
抗議文では問題点を4点に整理しています。
1)適正手続違反
刑事事件の被害者であり、かつ検察職員本人のプライバシーに深く関わる情報を、刑事記録の証拠として使用するにあたり、本人への事前の説明や同意に関する意見聴取の機会を設けることなく証拠化し、被疑者である北川らに開示したことは憲法31条の観点から重大な問題がある。
2)必要最小限の原則との関係
使用者が労働者の電子メールを調査・監視する行為の是非ついて、判例上、業務パソコン・メールの利用状況は労働者本人のプライバシーにかかる利益に及ぶことを前提とした判断枠組みが採られている。今回の開示は判断枠組みを逸脱し、労働者の権利を著しく侵害している。
3)被害者保護の欠如
検察組織内で性犯罪被害を受けた被害職員本人の勤務状況内部情報やメールでのやりとりを、被害職員に無断で、加害者である被告人に開示したことは、その勤務環境の安全配慮義務違反で、被害者のプライバシー、名誉、平穏、安全への配慮を国の責務とする犯罪被害者等基本法3条に違反する。
4)別件捜査に関する情報漏洩
業務メールには、まったく別の刑事事件に関する業務上のメールのやりとりが含まれる。別件の捜査情報を無関係の被告に開示したことは、国家公務員法100条の守秘義務に違反する。

検察職員に人権はないのでしょうか
ひかりさんはその上で、厳しい抗議をぶつけています。
検察職員に人権はないのでしょうか。検察職員が「犯罪被害者」になったときには、検察庁は、検察職員の上記情報を、令状に基づかず、本人の同意も得ずに、自由に差し押さえ、加害者である被告人に晒し、刑事裁判で悪用させることが許されるのですか。
犯罪被害者が一般人の場合なら、その被害者が勤務する職場が管理する情報を、検察庁が令状に基づかず、被害者本人の同意も得ずに差し押さえることはできないはずであり、それを加害者である被告人に開示し、刑事裁判で悪用させるということはできないはずです。
検察庁は、私が「検察職員」の立場にあるという理由だけで、恣意的に「公私混同」して権力を濫用し、「検察職員」としての私の人権、「犯罪被害者」としての私の人権をそれぞれ著しく侵害し続けているのです。
(抗議文より引用)
検察側「行政文書であり本人の同意は不要」
8月31日の面談で検察庁側は「開示したのは検察が管理している行政文書であり、本人の同意は不要」「北川は元上司で職員である被害者の生年月日を知り得る立場にあり、マスキングの必要はなかった」などとし、謝罪には応じなかったそうです。
「ミスをしてもミスを認めない。取り繕ってなかったことにする。検察組織の問題点のすべてが凝縮しているのがこの事件です」(ひかりさん)

事件の真相解明と北川被告およびF副検事への厳罰を求めるオンライン署名は13万筆を超えました。
女性検事を支援する会事務局の山崎友記子さんは「ひかりさんがいつか笑顔で復職できる日を夢見て活動してきたので、退職は本当に残念です。ひかりさんの職を奪った検察組織の当事者意識のなさや、自分たちは絶対に正しいという思い込み、不誠実で無責任な態度は決して許されるものではないと思っています」と話しました。

