2025年6月17日、障害者福祉事業所で働く16歳の少女が兵庫県警明石署に逮捕されました。容疑は利用者に対する虐待。少女は否認しましたが、勾留は2度延長され、18日間に及びました。保護者との接見は禁止され、苛烈な取り調べを受け、少女は心身を壊しました。釈放後、食べ物を受け付けない拒食状態が続き、同年12月に死去しました。少女の母親が起こした国家賠償請求訴訟で代理人を務める向井義博弁護士が8月3日、東京都の外国特派員協会で記者会見を開き、「人質司法」の改善を訴えました。
利用者を制止したことが虐待と捉えられ
国会賠償請求訴訟は今年6月17日、神戸地裁に提訴。被告は国と兵庫県です。
向井弁護士によると、事件に至る経過は次の通りです。
少女はるなさん(仮名)。中学卒業後、母親が代表を務める兵庫県の障害者福祉事業所で働いていました。2025年2月15日、バレンタインチョコレート作りのイベントがあり、るなさんはスタッフとして作業を補助していました。重い知的障害がある利用者のSさんは不安定になることがあり、この日も自分の指を噛み、隣の利用者に噛みつこうとしました。るなさんはSさんのあごに手をおいて制止しました。その後、るなさんがお菓子を与え、Sさんは落ち着きを取り戻しました。
6週間後、同じイベントに参加していたKさんが、同県加古川市の障がい者支援課にSさんに対する虐待があったと相談。内容は明石市の障害福祉課とSさんの親に共有され、Sさんの親が明石署に通報しました。

母親の到着を待たずに連行し、警察署で逮捕状執行
6月17日、明石署の警察官が事業所を訪れ、母親の到着を待たずにるなさんを明石署に連行し、逮捕状が執行されました。検察官は裁判所にるなさんの接見等禁止を請求し、認められました。
刑事訴訟法では留置所での勾留は48時間。その後、10日間ずつ2度まで延長が可能です。るなさんは18歳未満の少年であるにもかかわらず、7月2日、2度目の勾留延長が認められました。容疑を一貫して否認していたからです。
「日本では否認するほど勾留が長引く。るなさんは人質司法の最も悲惨な犠牲者の一人」(向井弁護士)
警察と検察はKさんにしか事情聴取をしていません。イベント参加していた他の34人には事情を聴かず、「被害者」とされるSさんには重度の知的障害があり、言葉による表現ができないため、被害者供述書もありません。立件するにはるなさんの自白を引き出すしか方法がない中で、連日の取り調べが行われました。

「本当はやったんだろ」「少年院に行きたいんか」
るなさんはその様子を被疑者ノートに記録していました。
捜査官からの言葉は「本当はやったんだろ」「一緒に逮捕された職員はやったといっているぞ」「少年院に行きたいんか」
親ほど年の離れた男性から投げかけられたセクシュアルハラスメントに当たる言葉もありました。「好きな(男性の)タイプはどんなんや、好きな人はおらんのか」
るなさんは「こわかった」と書き添えていました。
6月23日、るなさんは「ふらふらする。息苦しい」と体調不良を訴えましたが、何の対応も取られませんでした。このころから、食事が摂れなくなりました。
7月3日、るなさんは移送された小野署の留置場内で二度嘔吐し、倒れました。近くの病院に救急搬送されましたが、その日のうちに留置場に返されました。家族は搬送先の病院に駆けつけましたが、面会は許されませんでした。
7月4日、るなさんは不起訴処分となり釈放されました。共犯とされた職員も7日に釈放されました。

勾留の18日間で体重10kg減
るなさんの事件前の体重は37.5kg。釈放翌日の体重は27.7kg。勾留の18日間で10kg減っていました。病院では急性ストレス障害(ASD)と心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断されました。釈放後は歩くことができず、車椅子生活になり、恐怖から母親の側を離れることができなくなったといいます。その後、体重は20kgまで落ち、低栄養で亡くなりました。
るなさんの死後、Kさんが「顎を抑えたのではなく、顎に手をあてたにすぎない。私が誇張してしまった」と手紙に書き、供述を訂正しました。

人質司法を終わらせるための訴訟
向井弁護士は、この裁判における捜査機関の違法性のポイントを6点に整理しました。
- 必要な捜査を怠り、身体拘束を行った
- 長期間の拘束により自白を迫った
- 捜査員が取り調べで偽計(だますこと)や威迫(強く迫ること)を行った
- 少年に対し性的に不適切な質問を行った。
- 被勾留者の不調の訴えを聞かず、心身の状態を守らなかった
- 少年法による特別の保護を考慮しなかった。
向井弁護士は「この訴訟は現在の日本において人質司法が行われていることを白日の下にさらし、人質司法を終わらせるための訴訟」と位置づけています。その上で、福祉現場に対する無知、不見識も、不適切な逮捕の背景にある、と指摘しました。
「障害福祉の現場では利用者が暴れることがある。職員はケアをする。それを安易に『暴行』と評価することは危険。同じことは保育や教育の現場でも言える。現場で働いているスタッフを誰が守れるか。障害福祉の現場のことをきちんと調べたのか。現場を知らないままに逮捕、拘留に至ったことには問題があると言わざるを得ない」

法相「個別事件に所感を述べることは差し控える」
会見には元法相の森まさこ参院議員も同席し、検察組織内のハラスメント実態調査や組織健全化のための第三者委員会の設置を強く求める平口洋法相あての提言を読み上げました。賛同者として7月16日時点で衆参両院の自民党議員45人が名を連ねています。
森議員は7月9日の参議院本会議で、るなさんの事件について法相を質しました。
「本来、少年事件は勾留ではなく、監護措置です。結果として冤罪だったわけです。逮捕勾留するやむを得ない理由はなかった。それなのに裁判所に準抗告までして勾留延長と再延長を獲得する検察の執念ぶり。この国でまだこのような取り調べがなされているのかと愕然としました」
平口法相は「個別事件における捜査の具体的内容にかかわることから、法務大臣としての所感を述べることは差し控える」と回答しました。
森議員は取り調べへの弁護人の立ち会いなどを含む刑事訴訟法改正も提案しています。

