今年2月下旬、インターネット掲示板に「お前、何様のつもりだ!日本から出て行け!」と書き込まれた在日コリアンの女性は、そのころ自分は何をしていただろうと回想し、「ただ、生活していただけだ」と気づいたと言います。何のきっかけもないのに、見知らぬ人の不満のはけ口として罵倒される、そんな理不尽なことが許されるのでしょうか?
「日本から出て行け!」侮辱罪で刑事告訴へ
川崎市の多文化共生施設「ふれあい館」の館長で在日コリアン3世の崔江以子=チェ・カンイジャ=さん(50)は3月4日、職場で出張授業の資料を検索中に、「川崎の崔江以子!お前何様のつもりだ!日本から出て行け!」という掲示板のスレッドタイトルを見つけました。
「この書き込み見てるか?あ?さっさと通報しろよ!」と挑発的な書き込みの下に、ヘイト文言に満ちたレス(返信)が連なっていました。中には200語以上の侮蔑語を「送る言葉(ママ)」として書き込んだものもありました。
崔さんは弁護士とともに3月14日に川崎臨港警察署に相談。18日に川崎市役所で記者会見を開き、今月中にもこのスレッドを書き込んだ人物と悪質なレスポンス3件を書き込んだ人物を侮辱罪で刑事告訴することを明らかにしました。
「コロナウイルス入り」サプリの袋に
崔さんが、民族差別を理由としたヘイトクライムにさらされるようになったのは2016年3月22日、参議院法務委員会で、コリアン集住地区である川崎市桜本へのヘイトデモの被害について、参考人として発言したことがきっかけでした。それから8年間、インターネット上で命の危険を感じるような書き込みが、断続的に続いています。職場への脅迫状も相次ぎ、崔さんは外出時に防刃ベストやアームカバーを着用せざるを得なくなり、突発性難聴やめまい、睡眠障害などにも悩まされています。2021年3月に届いた脅迫状は「コロナウイルス入り」と書かれたサプリメントの袋入りで、「死ね」と言う文字が13回も連なっていました。警察が脅迫容疑で捜査しましたが、容疑者不詳のまま、今年3月17日に3年の公訴時効を迎えました。
崔さんは「コロナで不安な中、コロナウイルス入りという脅迫が届いたので、職場で郵便物を開けることができなくなり、外線電話を取ることができなくなりました」と当時を振り返りました。
解決できないまま時効を迎え、犯人が特定されなかったことで再び攻撃されるのではないかという恐怖があるといいます。
「単なる脅迫ではなく、私が朝鮮人であることを指して『死ね』という言葉が向けられました。差別を動機とする犯罪は今の法規範では解決できません」と話し、差別禁止法の制定を求めました。
ただ生活していただけでも差別が降ってくる
今年2月下旬の書き込みについて、崔さんはこう語りました。
「掲示板の投稿がされたころ、私は何をしていたのかな、と振り返ったら、公園の河津桜の花のほころびが美しくて、その花を眺めたり、一生懸命、共生社会の実現のために仕事をしたり、買い物に行って野菜の価格が下がっていたら嬉しかったり、ご飯をつくって家族がおいしいねって言ってくれたらほっとしたり、私はただ、生活をしていただけなんです。何か社会にアクションをしたりとか、注目を浴びるようなことをしていたのではなく、この投稿がされた時、私はただ生活をしていただけです。それでも、こうやって(差別が)降ってくる。社会に発信しても攻撃され、ただ生活をしていただけでも季節の移り変わりや花のほころびを喜んでいるだけでも、こうして降ってくる」
「今回の投稿はあまりにも(悪質さの)底が抜けていて、まだ家族にも言えていません」と話しました。
崔さんへのヘイトクライムをめぐっては、2023年10月、横浜地裁川崎支部で画期的な判決が出ました。
2016年にブログで崔さんの名前を挙げ、「日本に仇なす敵国人め、さっさと祖国に帰れ」と書いた茨城県つくば市の男性に対し、「不当な差別的言動にあたる」として、190万円の賠償が命じられたのです。
それでも止まらないヘイトクライム。記者会見に同席した神原元弁護士は「ヘイトスピーチ解消法は主にヘイトデモを念頭に作られた。一方、インターネット上のヘイトスピーチは、京都・ウトロ地区への放火のような凶悪なヘイトクライムに発展するおそれがあるのに、対策が取られていない。国を挙げて法整備などの対策をとってほしい」と求めました。
女性で外国ルーツのマイノリティへの差別
崔さんの代理人を務める師岡康子弁護士は「崔さんへのヘイトクライムは女性でかつ、外国ルーツの人にだけ向けられたもの。しかも、あなたはこの社会に存在してはいけないという、本当に人に打撃を与える表現です。8年間もずっとこういう目に遭っている。マイノリティだからこそ、マイノリティへの差別があるからこそ、こういうことが起きていると知ってほしい」と強調しました。