レイプやパワハラもみ消し 内部通報者の処分も 「自衛官の人権弁護団」ハラスメントアンケート

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自衛隊内のハラスメントの実態は深刻だな

元陸上自衛官の五ノ井里奈さんが同僚からの性暴力を告発したことを受けて、防衛省は2022年9〜11月、全部署を対象にハラスメントの有無を調べる特別防衛監察を実施しました。その結果207件、245人の処分が発表されましたが、被害の申告は1325件と、自衛官24万人の0・6%にとどまっています。

これは自衛隊という組織の体質に深く根を張っているハラスメントの実態を反映していないのではないか——。

自衛官のハラスメントアンケート結果を公表した佐藤博文弁護士(左)と武井由起子弁護士=東京都千代田区

目立つ「複数人からの加害」

弁護団のアンケートは2023年11月1日〜12月31日までウエブ上で行いました。自衛官と元自衛官から116件(A群)、家族や友人などから31件の回答(B群)がありました。

A群の回答者の属性は9割が自衛官・元自衛官、1割が防衛省事務官、技官、防衛大学校の学生・教官などでした。

性別は男性81・1%、女性18%。女性自衛官の比率(8・7%)に比べ、被害を訴えた割合は2倍に上りました。

被害が発生した場所は陸上自衛隊54%、海上自衛隊21%、航空自衛隊25%で、実際の比率と比べると陸自が少なく空自が多い傾向がありました。

ハラスメントの種類はパワハラが81%、セクハラが9%、マタハラが2%、類型不明が8%。

加害者の属性は所属長(59人)や上官(47人)など職務上の上位者が多い一方、先輩・同僚との答えも41人いました。

加害者が複数というケースが5割を占め、他職種より複数人による加害(リンチなど)が多いことが特徴でした。

6割が告発後に配置転換など不利益取扱を経験

ハラスメントを誰かに相談した人は70・5%、相談していない人は29・5%にとどまりました。

相談していない人が自衛隊内で相談しなかった理由は「内部で相談すると加害者からの報復や組織から不利益に遭う」が25人で最多。「相談しても何もしてもらえないと思った」22人、「ハラスメントの相談窓口や相談員を信用できないと思っていた」12人と続きます。

相談の上調査を求めた72人に顛末を聞いたところ、「調査されなかった」22人、「調査はされたが解決されず」15人、「加害認定されたが、加害者への注意や処分はなされず」8人、「調査結果と関係なく、加害者か本人が異動した」4人。「加害者が処分された」は2人と全体の3%にとどまりました。

相談を理由に不利益取扱を経験したのは46人(60・5%)。内訳は「上司から無視されるなどの嫌がらせ」16人、「職場で無視されるなどの嫌がらせ」14人、「不利益な配置転換」17人、「降任・昇任留保」6人、「退職強要」4人、「減給」3人など。

一般企業労働者8000人を対象にした2020年の厚生労働省委託研究によると、相談・告発を理由に不利益取扱を受けたという人の率は、パワハラで8・1%、セクハラで15・4%。それと比べると、自衛隊の報復や不利益取り扱いは異常に多いことがわかります。

不利益取り扱いに至らなくても「なかったことにされた」「被害者にも問題ありと言われた」など対応に問題があったケースを含めると、相談で不快や不信な思いをしたのは96%にのぼりました。

防衛省の職員に要望書を手渡す弁護士や自殺した自衛官の遺族ら=東京都千代田区

対策はポーズだけ」「声を上げた者を罰する文化」

「自衛隊の取り組みはハラスメント防止に有効か」を聞いたところ、全体の9割が「有効とは思わない」と回答しました。

自由記述には、「現場の幹部は全くハラスメント撲滅なんて考えていません。自分が管理職にいる間に過去のことも含め問題発覚しないかだけしか考えていないです」、「ハラスメントしている人たちが昇任しているし、対策はポーズだけ」などの書き込みがありました。

自衛官の人権弁護団の武井由起子弁護士は「指導的立場にある人がハラスメントがある職場環境で過ごしてきたことによるハラスメントを肯定する文化、ハラスメントの声を上げた者を罰する文化が、自衛隊にはある」と指摘します。

B群の回答の傾向も、A群とほぼ同様でした。家族や知人からは「ハラスメントの結果、自殺に追い込まれた」「自殺未遂があった」との報告もありました。

弁護団はこのアンケート結果と特別防衛監察(22年)の結果を比較しました。

ハラスメントについて誰かに相談したことが「ある」と「ない」の比率が、特別防衛監察では30%対64%だったのに対し、アンケートでは71%対30%と逆転していました。

また相談したことがない理由として、特別防衛監察では「相談先が思い至らなかった」が15・9%で、弁護団らのアンケートの「相談先を知らなかった」5・9%の3倍にあたりました。弁護団は、特別防衛監察の回答者は若い隊員が多く、相談先が周知されていないのではないか、と見ています。

自分の被害を詳細に話してもよいと答えた人24人を対象にした追加アンケートの結果も発表しました。

セクハラ訴え、「不貞行為」と処分された
陸上自衛隊の女性隊員
子どもが児童相談所に保護された時、同じ班の隊員に保証人になってもらった。その1年後に告白され、断り切れずに数回性的関係を持った。その後やはり嫌だったので、数度遠回しに断ったが通じず、最後はっきり断ったら、職場で無視され、職場に居づらくなった。最初に相談した相談員は放置し、私が異動になった。相談員の後任者が相談段階で不用意に周囲に聞いたため、相手方にバレて激怒された。10ヶ月後、虚偽のセクハラ申告による名誉毀損だと内容証明郵便が相手方弁護士から届いた。特別防衛監察にも言ったが、申し立てると大変な労力がいるといわれ、匿名で再発防止教育のみを求めた。その後、内局のハラスメント対応弁護士に相談したが、調査がなかなかされずに、相手は何の処分もないまま再任用任期満了退職した。
調査官は申立者を責めるようなことを言ってきた。「暴行や脅迫もないのにセクハラというのは理解できない」「相手方は良い再就職の話があったがなくなった」など。
すべての対応がひどく不眠や頭痛に悩まされ、適応障害の診断を受けて1ヶ月休職した。相手は盗撮もしていたと聞いていたし、家も知られていて怖いので引っ越しもした。
その後も相談はたらい回しにあい、性的関係があったことだけを取り上げて「不貞行為の処分をするから署名捺印しろ」と言われた。拒否したが、人事に呼ばれ、不貞行為で戒告処分が決まったと言い渡された。
相談と申し立てをしたらやりがいのある仕事は奪われ、精神的に病み、何人もの弁護士さんにも相談に行き、労力とお金も使い、怖い思いもして電話番号も変え、引っ越しもし、私は懲戒処分に。不利益しかありませんでした。

◆『性的関係結べば昇進』 断ると殴られ、レイプされた◆
陸上自衛隊の元女性隊員
家庭もあり子どももいる上司から自分と性的関係を結ぶなら3曹に昇任させてやると言われ、結構ですと断ったら頭を殴られた。その後、その上司から、夜勤の仮眠時に突然襲われた。人払いをしていたようで、口を塞がれ、抵抗できずにレイプされてしまった。その上司は他の女性たちにも同じ事をしていると言っていた。

◆胸を鷲掴みされ『俺のおもちゃ』と暴言吐かれた◆
航空自衛隊の男性隊員
男性隊員から両胸を鷲掴みにされ、「お前は俺のおもちゃだ」など暴言をはかれた。
2020年に航空自衛隊のパワハラ相談室に相談と処分を求めた、部隊赴任した先の相談者にも相談と処分を求めた。23年には警務隊ひ被害届を提出した。その後、加害者に停職1日の軽処分が降りたが、それまでの経緯に組織の対応として不十分に感じる対応が多々あった。パワハラ相談室からは「被害は人間関係の一部であり、処分しない」。部隊赴任先では相談を10ヶ月間放置され、セクハラでの行政処分を求めたところ、事情聴取を受けた。そのときに部隊全員が閲覧できるパソコンのネットワーク上の共有フォルダに事案の事情聴取をアップロードされ、「自分で消して」と言われ、放置された。警務隊に被害届を提出した際、「強制わいせつ罪」で訴えたかったが、「服の上からでは、暴行罪にしかならない」と言われ、暴行の被害届を提出し、事後不起訴になった。
人事係長からは「セクハラがパワハラに切り替わった」「セクハラとパワハラ両面で行政処分を求め、罰が重い方で処分するというのはわがまま」と説明を受けた。検察及び部隊を通して示談金を支払うとの申し出があったが、保留したところ、すぐに撤回された。その際、小隊長に「相手は金も払いたくないし、謝りたくもないって。いくらなら許すの?」など他の隊員がいる事務室で話された。

◆「死ね」「発達障害」と2時間超、罵声を浴びせられた◆
陸上自衛隊の男性隊員
第一師団の隊長から2年間にわたり嫌がらせを受けた。隊長は陸士に対して「死ね」「発達障害」「辞めろ」などと罵声を浴びせながら2時間超、隊長室で指導した。年次監察アンケートに記入し、直接監察官にも話したが、何も調査がなかった。隊長は異動、私は精神科にて「適応障害」との診断を受けたが、何も対処はされなかった。

◆重大事案を通報したら見せしめに処分◆
陸上自衛隊の男性隊員
特別防衛監察に重大事案を通報したところ、陸上幕僚監部人事教育部服務室からにらまれ、私が「違反行為を行った」として処分される見込みである。私が通報した事案は調査すらされていない。違反行為とは、私の過去の行為を「パワハラ」に該当するとみなすもの。私及び私の部隊は「懲戒以前に調査にすら値しない」と感じている。
他にも陸上自衛隊において特別防衛監察、その他公益通報で報告された複数の事案を陸幕服務室が部隊に命じ、証拠の改ざん、再調査を行わせずに「異状なし」の報告をさせる等により隠蔽している。中には隊員の自殺未遂に発展したもの、障害が残ったもの等重大なケースも含まれる。一方で、重大事案を報告した通報者複数名を見せしめに処分する等の制裁を行っている。特別防衛監察以降の処分者一覧の過半数が言いがかりをつけられたとしか思えない数年前の「違反行為」で厳しく処分されている。その中に多くの公益通報者が含まれていると思われる。これは公益通報への牽制と強く感じられる。たとえ「違反行為」の名目を変えても公益通報者への処分は違法であり、現在調査が行われているものも含め、公益通報者への処分を早急に取り消してもらいたい。

被害申告者対象に「特別防衛監察110番」

武井由起子弁護士は「詳細な聞き取りをした24人のうち、特別防衛監察でも何もしてもらえなかったという人が10人いた。中には公益通報後のみせしめ処分と思われる例もある。世間は、防衛省は特別防衛監察をして自衛隊内のハラスメント撲滅に取り組んでいると思っているかもしれないが、実態はどうだったのか」と話し、あらたなアンケート「特別防衛監察110番」を実施する、と発表しました。特別防衛監察に被害申告をした自衛隊員を対象に、その結果どうなったかを問うもので、〆切は4月末日。6月前後に結果を公表する予定です。

退職理由に「ハラスメント」認めず

佐藤博文弁護士はいじめ事件に関して、2014年に防衛大学校が学生1847人にとったアンケートの結果を紹介しました。

「目の前で殴るのを見た」は57%、「囲んで指導(リンチ)するのを見た」76%、「体毛を燃やすのを見た」39%。

「日常的な暴力の頻度と、特別防衛監察に申し立てた0・6%という比率はかけ離れている。多くの被害が申告されていない。申し立てた人に不利益があると、みんなが知っているからです」と強調しました。

退職を決意する自衛官が、退職理由に「ハラスメント」と書くと、「書き直せ」と指導され、辞職承認処分が降りないというケースも続出しているといいます。辞めたいのに辞められず自殺をした人も複数います。2023年版の防衛白書によると、2022年度に自殺した自衛官は79人にのぼります。

また自衛隊員は他の公務員とは違い、人事院規則も行政不服審査法も適用除外になっている点について触れ、「政令で定める苦情処理申し立てや弁護士を選任できるという権利を隊員に周知し、自衛隊内のハラスメント対応の手続きを確立することが重要だ」と話しました。

遺族「一人一人を大切にする自衛隊になって」

報告会には、1999年11月、護衛艦さわぎりの艦内で自殺した21歳の海上自衛官の母で、「自衛官の命を守る家族の会」共同代表の樋口のり子さんの姿もありました。

海上自衛官だった息子を護衛艦内のいじめで亡くした樋口のり子さん=東京都千代田区

樋口さんは防衛省の職員らを前に話しました。

私はさわぎりで子どもを亡くしました。もう25年になります。
私は昭和22年、憲法と同じ年に生まれました。教育はずっと新しい憲法の下で、命や人権や尊厳が大事と自然と身に付けて育ったと思います。戦前がどんなにひどい状況だったかをほとんど知らずに大人になった。戦前の教育は私たちにはされなかった。
息子は10歳ぐらい上の従兄弟を尊敬し、その後を追って防衛大に入りました。曹候補学生として防衛大に入りました。2年後に三曹になって半年で、いじめられて亡くなった。当時、上司の人たちが口々におっしゃったのは、「なかなか昇任できない人がいる中で、曹候補生いじめというのは痛いほどわかります」と。ずっと昔からそういういじめはあったんですね。
今、特別防衛監察で、声を挙げた人が処分されるとききました。高校時代に教わったグレシャムの法則をずっと覚えています。「悪貨は良貨を駆逐する」。息子が亡くなって25年が経ちますが、自衛隊は良くなったことがあるんですか?
自衛隊は上の命令が絶対なんだから仕方ないという考えを持った人はたくさんいる。だけどイラク戦争の時にはオランダの軍人組合の組合長が反戦デモに参加していました。軍隊はそのくらいおおらかな組織であってもいいんじゃないでしょうか。
自分の考えはあってもいい。命令は命令として正しく行われていれば、問題はないんです。
少子化が問題にされていますが、自衛隊は中学校や高校に募集に行って、まじめな子どもたちを入れていじめ殺す、そういう組織です。今からでも学校に行って、ここに行かせないでくださいと、言わなきゃいけないかなと思っています。あと1週間遅かったら、海に落とされていたという隊員の訴えを聞き、救ったこともある。亡くなる前に救う。命を救う。環境を変えてあげなければ。その人は自衛隊が好きなんだから。環境を変えてずっと働き続けている人もいます。
そういう風に心を寄せて、一人一人を大切にする自衛隊になっていただきたい。なんとかして、せっかく自衛隊に入って働きたいという人の命を救うということ、命を落とさないようにしていただくということを心がけていただきたい。

報告を受け、防衛省人事教育局服務管理官付の小泉優樹さんは「防衛大臣の命を受け、ハラスメントを一切許容しないという環境づくりに取り組んでいる。昨年8月には部外の有識者会議からさまざまな意見をいただいた。できることから、検討、取り組みを速やかに実施していく」と述べました。