衆院選2024「個人的なことは政治的なこと」⑤追い詰められる生活保護世帯 「きっと私たちだけではない」

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生活保護をめぐって地方で起きていることは、どう考えても、政治の問題

 「自分は生きていていいのかな」
 記者として、この言葉をこれほど何度も聞いたことはありません。この1年、出会う人、出会う人が「自分は生きていていいのか」「自分さえいなければ」と言うのです。その誰もが、精神障害があり、生活保護を利用していて、秋田市で起きたある問題の当事者です。

 衆院選公示日の10月15日も、自分は生きていていいのか、と問う人と出会いました。当事者の言葉に耳にすませながら、各党公約と民間団体による「生活保護制度に関する公開質問状」に対する回答書を見ていきたいと思います。

「地獄に突き落とされたと感じた」

 生活保護費のうち、毎月1万6620円の障害者加算を打ち切ります――精神障害のあるAさん(60代)が秋田市からそう知らされたのは、昨年11月のことでした。翌12月から、生活費(家賃を除く)はおよそ2割減り、約7万4000円になりました。

 追い打ちをかけたのが「返還金」という名の借金です。過去5年間に受け取った毎月の障害者加算を返さなければならず、その額は86万3620円に上ると知りました。「地獄に突き落とされたように感じました」

 その後、秋田市による控除(生活に欠かせない物品の購入費を返還額から差し引く作業)が進み、Aさんに示された返済額は、35万1767円になりました。

秋田市からAさんに届いた返還額決定通知書(「秋田生活と健康を守る会」提供。赤線は筆者による)

 通知が届いたのは今年7月。初めて返還のことを知らされた日から、8カ月がたっていました。この間、Aさんの体重は激減し、体調はどんどん悪くなっていきました。

月々2000円の「分割納付計画書」

 秋田市からは「分割納付計画書」も送られてきました。約35万円を、月々2000円の分割で支払い続ける計画が記されていました。

秋田市からAさんに届いた「分割納付計画書」(「秋田生活と健康を守る会」提供)

 月々2000円、単純に計算すると、返済には14年ほどかかることになります。
 この間、2割ほど減った生活費をさらに削って月々2000円を市に返済しながら、物価高騰をしのぎ、果たしてAさんは「健康で文化的な最低限度の生活」を送れるのでしょうか?

 返済についてAさんは、秋田市のケースワーカーからこのようなことを言われたといいます。「冬季加算があるから、大丈夫ですよね」

 冬季加算とは、10月から翌年4月までの7カ月間、冬場の暖房費や灯油代として支給されるものです(秋田市の場合は月1万2780円)。障害者加算や冬季加算の「加算」という言葉は、決してプラスアルファを意味しません。その金額を加えることによって、ようやく「最低限度の暮らし」を営むことができる、そういう必要不可欠なお金です。冬が長く、冷え込みの厳しい雪国においては特に、命にかかわるお金といっても過言ではありません。

 夏についても、最近は秋田でも35度を超える日があります。エアコンなしで暮らすことは難しく、生活保護問題対策全国会議は夏季加算の創設を求めています。しかし、与党の反応はよくありません。

生活保護問題対策全国会議による公開質問状への回答。〇思う・×思わない・△その他

 「助けてあげられなくてごめん」

 Aさんには娘がいます。その暮らしは、決して楽なものではないといいます。「娘も今回のことにショックを受けていて、ごめんね、お母さん助けてあげられなくてごめんねと言うんです。娘が悪いわけではないのに、娘にも迷惑をかけてしまった」

生活保護問題対策全国会議による公開質問状への回答。〇思う・×思わない・△その他

 9月、Aさんは秋田市に1回目の2000円を返還しました。次の保護費支給日まで1週間ありましたが、Aさんの手元には、1000円しか残りませんでした。

 食事は日に1食。電気代を節約するためほとんど照明は使っておらず、夕方には布団に入ります。光熱水費を抑えたいので浴槽にはつかることがなく、数日に一度のシャワーで済ませています。

 Aさんは42歳のとき小脳梗塞で倒れてから、生活保護制度を利用するようになりました。この問題の当事者になった昨年以降、ずっと考えてきたことを、次のように語りました。

 「人に迷惑ばっかりかけていて、生きていていいのかなあと思いました。私、何か悪いことをしたかなあ、何かしたのかなあ…と思って。自分が、人間と思われていないみたいで…」。話している間、Aさんはずっと泣いていました。

 物価高騰への救済策を求める声が社会全体から上がる中で、生活保護世帯、中でもこの問題の当事者は「行政に生活費を削られて借金まで背負わされる」という、救済とは真逆の異常な状況に置かれています。

生活保護問題対策全国会議による公開質問状への回答。〇思う・×思わない・△その他

「もう一度働きたいと思ってきた」

 50代のBさんは精神障害者保健福祉手帳2級をもっており、Aさんと同じくこの問題の当事者です。昨年8月、毎月の障害者加算を止められること、過去の分の返済もあることを、秋田市から告げられました。

 当初、市から示された返還額は約75万円。市はこの額から差し引く作業を進め、まる1年がたった今年8月、Bさんのもとに通知が届きました。最終的な返済の額は、約52万円。月々2000円を返していくとして、21年かかる計算になります。

秋田市からBさんに届いた返還額決定通知書(「秋田生活と健康を守る会」提供。赤線は筆者による)

 障害者加算が減った分を補い、さらに返済もしていくため、Bさんは週3回の午後のみだった就労継続支援B型事業所での仕事を、主治医に相談して週5回のフルタイムに変更しました。しかし心身に負荷がかかり、仕事をしていると苦しくなって、体が震えてきます。そうして頑張っても、月収は障害者加算1万6620円の額に届きません。

 Bさんは数年前まで民間企業に勤めていました。しかし精神障害の症状が重くなって働き続けることができなくなり、生活保護制度を利用しました。

 「失礼なことですが、私は、生活保護を恥ずかしいと思っていました。もう一度働きたいと思ってきました。でも努力して頑張っても、今の自分にはできない。生活保護制度がなければ生きていけないんです。生活保護があるから、安心して暮らすことができる。本当に最後の砦(とりで)です」

生活保護問題対策全国会議による公開質問状への回答。〇思う・×思わない・△その他

「返さなければ、生活保護が止まるんじゃないか」

 AさんとBさんは9月、それぞれ1回、2000円を秋田市に返済しています。物価高騰が続く中、月7、8万円ほどの生活費(家賃をのぞく)の中から2000円を捻出し、支払うのはたいへんなことです。それでもなぜ、返済しようと思ったのか。Bさんは、次のように答えました。

 「返すのを渋ると、生活保護を止められるんじゃないかと思いました。相手は市なので、1対1で勝てるわけがないから、返さなきゃいけないと。それともう一つは、やっぱり、皆さんの税金で暮らしているので、それを思うと、返していかなきゃいけないんじゃないか、という思いもありました」

秋田市役所庁舎

「一人で悩まないでと、伝えたかった」

 2人は10月15日、秋田市による生活保護費の「返還決定」取り消しを求めて秋田県に審査請求を行いました。

 行政に対する「怖い」という思いもある中で、審査請求(不服申し立て)をしようと決めた理由について、Bさんは「私だけではないと思ったから」と語りました。

 「私やAさんのような人は、たくさんいると思うんです、表に出ていないだけで。ただやっぱり、相手が市ですから、大きい相手ですから、対抗するのは本当に、怖いと思うんです、みんな。民間の支援団体(秋田生活と健康を守る会)があることも知らないし、もしかすると、支援団体の事務所に行くこと自体、勇気が要る。そういう人たちがいると考えたら、私たちがちょっと勇気を出して『こういうふうにやっている人もいるから、一緒にやりましょう』と、何も暗いばかりじゃないから、一人で悩むんじゃなくて、一緒に話し合いましょうと、伝えたかった」

秋田県の担当者(右)に審査請求書を手渡すAさん、Bさん

一地方の問題ではない

 これは、秋田市という一地方の問題では決してありません。同じ問題が全国各地で頻発しており、会計検査院の指摘によって地方自治体が障害者加算の「返還」を求められ、その負担が精神障害のある生活保護世帯にのしかかる――という構図が、何年も繰り返されています。

会計検査院の令和4年度決算検査報告書より。秋田市と同様のミスは各地で多発しています

 さまざまな問題を抱える生活保護制度のなかの、この問題は一つにすぎないかもしれません。しかし、象徴的な問題でもあります。

 精神障害のある生活保護世帯への障害者加算をめぐり、秋田県をはじめとする地方自治体は厚生労働省に対し、自治体のミスを招く複雑な制度設計――ひいては当事者に負担がのしかかる制度設計――を見直すよう、繰り返し制度改正を要望しています。

 それに対する厚生労働省の回答は「改正は適当ではない」です。

「地方分権改革に関する提案募集」に秋田県と県内25市町村などが寄せた要望(赤線は筆者による)
「地方分権改革に関する提案募集」の秋田県の要望に対する厚生労働省の1次回答(囲いは筆者による)

 改正はしない――という行政の姿勢の背後には「政治」がある。公開質問状への各党の回答書は、それを浮き彫りにしています。

これまでの経緯 秋田市は1995年から28年にわたり、精神障害者保健福祉手帳(精神障害者手帳)の1、2級をもつ世帯に障害者加算を毎月過大に支給していた(障害者加算は当事者により異なり、月1万6620円~2万4940円)。2023年5月に会計検査院の指摘で発覚。市が23年11月27日に発表した内容によると、該当世帯は記録のある過去5年だけで117世帯120人、5年分の過支給額は約8100万円に上る。秋田市は誤って障害者加算を支給していた120人に対し、生活保護法63条(費用返還義務)を根拠に、過去5年分を返すよう求めている。

〈参考資料〉
・生活保護問題対策全国会議サイト http://seikatuhogotaisaku.blog.fc2.com/
・総務省統計局サイト 2020年基準 消費者物価指数 全国 2024年(令和6年)8月分(2024年9月20日公表)https://www.stat.go.jp/data/cpi/sokuhou/tsuki/index-z.html
会計検査院の令和4年度決算検査報告書

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