身長161cm、体重41kgの女性 「お香典を払った月はご飯が食べられない」 物価高に対応した生活保護基準額の引き上げを

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物価上昇しているのに生活保護費を下げるなんて、あり得ない

生活保護問題対策全国会議など32団体が11月12日、福岡資麿・厚生労働大臣に対し、2025年度の生活保護基準額改定にあたり、物価高騰を踏まえた大幅な引き上げを求める要望書を提出しました。生活扶助費について、家計調査などの統計を基に、購買力維持の観点から、単身世帯は13%、複数世帯は12.6%引き上げるよう求めています。

要望書提出後に厚生労働記者クラブで生活保護利用当事者と支援者が記者会見を開きました。

物価高騰を踏まえ、生活保護基準額の大幅な引き上げを求める要望書を厚生労働省の担当者に手渡す生活保護問題対策全国会議の小久保哲郎弁護士(右)

2022年の生活保護基準部会は、生活保護基準額について所得下位10%層の消費水準を基礎として検証する、としました。2023年度から2024年度には月1000円の特例加算がありましたが、2025年度以降は「一般低所得世帯の消費実態との均衡を図るため、2022年部会の検証結果を適切に反映する」としています。

現在、低年金の高齢者をはじめ、生活保護基準額以下で生活している人が多くいます。下位10%を基準とすると、2025年度の生活保護基準額は都市部の65歳の単身者で月7.7万円から7.4万円に、75歳以上の単身者で7.2万円から6.8万円へと引き下げられる見込みです。

全国会議の小久保哲郎弁護士は「物価高の中での引き下げはあり得ない」と話しました。消費者物価指数は2020年度を100とすると3年連続で上昇し、2023年度は生鮮食品を除いた総合指数が105.9となっています。2022年度と比べても、物価は総合的に2.8%上昇し、生鮮食費品を除く食料は7.5%も値上がりしました。

2024年9月の消費者物価指数は、前年同月比3.0%上昇、食料は同3.6%、生鮮食品は同7.8%、水光熱費は同15.0%上がっています。

「物価高の中での引き下げはあり得ない」と訴える生活保護問題対策全国会議の小久保哲郎弁護士

生きるために必要な食費、水光熱費の値上がりは、低所得者ほど大きな影響を受けます。全国会議が生活扶助に相当する消費支出に関する項目に限定し、物価高の影響を試算したところ、2020年に比べ、2人以上の世帯で12.6%、単身世帯で13%の上昇が見られました。単純に2020年の最低生活水準を維持するだけでも、これだけの引き上げが必要だということになります。

2013年の生活保護基準額引き下げを違法として、全国31の裁判体で争われている生活保護基準引下げ違憲訴訟(通称:いのちのとりで裁判)は、地裁では18勝11敗、高裁では1勝3敗。今年10月28日には、岡山地裁でも原告が勝訴しましたが、国は控訴しました。記者会見には裁判の原告をはじめ、現在生活保護を利用している人達が参加し、現行の基準での、生活の困難さを訴えました。

「また5年、10年と闘うしかないのか」

◆岡山訴訟原告のAさん(74歳、男性)

10月28日の裁判で10年間闘って勝訴して、ほっとして、さあこれから厚労省の控訴を止める活動を行おうとしたら、厚労省はすでに控訴していました。まだ5年から10年闘っていくよりないのかなあと思っています。自分も年だし身体に気をつけてこれからも闘い続けていきたい。

猛暑で体調をくずし、体重は10㎏落ちたまま

◆東京訴訟原告のBさん(55歳、男性)

東京地裁は6月13日に、原告側勝訴の判決が出ました。でもマスコミの取材はほとんどなかった。軽く見られたのかなと思い、残念です。

私は精神科、内科に通い詰め、それと並行して生活保護に関わるようになった。2012年に自民党が政権に復帰した後、保護費がどんどん引き下げられてきた。その結果、今年の夏はとんでもない物価高騰やとんでもない猛暑で体調をくずして、食べ物も口に入らず、体重が10kg落ちたまま、戻すことはほとんど不可能になってしまいました。お米も値上がりして手が出ない状態です。食費だけでありません。電気、ガス、その他もろもろ軒並み値上がりしています。気がつけばほぼ無一文です。何か起きた時に、もういつ死んでもいいや、俺ひとり死んでも誰も困らないとか、そこまで思ってしまう。そういう意識にかられ、追い詰められてしまっている。

「俺ひとり死んでも誰も困らないとか、そこまで思ってしまう」と話すBさん

自分の今の気持ちを話せる相手がいなくて、友達もいなくて、30年以上ひとり暮らしでなおさらつらいんです。「生活保護を受けているからいいじゃないか」と言われることもつらい。逆に困ってしまう。

熱中症や脱水で、1日中点滴を受けたこともありました。薬も十何種類を毎日飲み続けています。国は生活弱者にせこいことを続けて、保護費の引き下げを続けて来た。来年も生活保護基準額の引き下げが予定されていると言われています。落ち目に追い打ちというか、死にたい人に睡眠薬を寄こすようなことをしているのではないか。1円の出費も命取りという中でどうやって暮らしていけばいいのか。引き下げられた生活保護基準を、今の経済状況に見合うレベルに戻して、なおかつ夏季加算を出してほしいということを訴え続けて行きたいと思います。

バッシングの中、下げられ続けた保護費

◆埼玉訴訟原告のCさん(58歳、男性)

私は精神疾患、精神障害、そして今は内科的疾患、外科的疾患までも抱えて生活しています。なぜ生活保護になったかというと障害年金だけでは暮らせない。作業所の工賃を足しても暮らせなかったからです。一人暮らしの生活を維持するために、生活保護を受領しました。私はいま埼玉の精神障害者の施設で、お世話になっています。そこで出会う仲間たちも、今のこの物価高、生活苦がいつまで続くんだということをいつも考えて、話題にしています。光熱費が上がった。電気代が1万円を超えた。ガス代が1万円を超えてしまう。切実な思いをよく聞きます。

今年の夏はエアコンの調子が悪くなってしまい、大家に交渉したんですが、「それはあなたが直さなきゃいけないよ」といわれました。残念ながら直すことができず、施設に相談したら「ショートステイの枠を利用してみたら?」といわれ、ようやっと猛暑を乗り切ることができました。でも、「来年は利用できないよ」とも言われました。それまでにエアコンを買わなければいけない。月に1万円ずつ貯めていっても、来年の夏に間に合うかわからない。生活保護費から毎月貯めるということがどれほど大変なことか、それをわかってほしいです。

国は物価が下がったかのようなことを言って、生活保護費を下げました。2012年生活保護バッシングが始まり、政権交代の時に大多数を占めた政党のマニフェストは「生活保護の最大10%の削減、平均4.5〜4.6%の削減」でした。2013年から2015年まで段階的に保護費が下げられました。私の場合は三段階で4000円近く下げられました。2018年から2020年にもまた三段階にわたって下げられました。合計6000円〜7000円の生活扶助費が下がりました。それだけではありません。住宅扶助費も2700円も下げられました。月47000円の家賃を払っていたところ、「無理に45000円のアパートに転居しろとはいわない」と言われましたけれども、でも、ケースワーカーには「運良く(安い物件に)移れた人もいたんだよ」と言われてしまいました。

「血の通った温かい判断が欲しい」と語るCさん

結局、私のアパートも取り壊されることになり、転居せざるを得なくなり、住宅扶助の範囲内の家賃45000円のアパートに移ることになりました。転居にはものすごいエネルギーを使いました。

「生きていてよかった」と思えるよう願って

2013年度の引き下げに対し、行政への不服申し立てや、厚生労働省への審査請求、再審査請求を行いましたが、却下されました。裁判を起こす権利があると言われて、2014年度に原告になりたいと、施設の職員と相談しました。「10年かかってもいいから裁判を闘いたい」と訴えて、埼玉の原告の仲間に加えていただくことができました。その当時は34〜35人の原告がいましたが、10年で次々と亡くなって今、20数人しかいません。それほど消耗戦の闘いなんです。苦しい思いをして声を上げたけれども亡くなっていった仲間のことを思うと、私は裁判を諦めることができない。

物価高でご飯も満足に食べられない仲間もいます。1日1食、2食しか食べられない。カップラーメン中心の生活をしている仲間も多いです。

少しでも血の通った人間味のある行政判断はできないのでしょうか?血の通った温かい判断が欲しい。「生きているだけじゃだめなんだよ」と仲間と言い合いながら、少しでも生きていてよかったと思えるような、未来が見えるような闘いにしたいと思っています。

私たちの生活実態を見てほしい。生活保護に至った人がたどった人生を少しでもわかってほしい。みんななりたくてなったんじゃないんだ。私と仲間の場合は精神疾患をもってまともに働くことができない。作業所なんて最低工賃も認められていないところで、時給200円〜300円で働いて、月1〜2万円でも稼ぐことが難しい。行政の手が差し伸べられていないところで、一生懸命爪に火を灯すように生きている人がいるとわかってほしい。判決だけじゃなく、行政も少しでも変わってほしい。そのためにはマスコミのみなさんの報道も力になると思います。

「正規の値段で食べ物が買えない」

◆東京都内で暮らすDさん(50代、女性)

私は線維筋痛症という病気にかかり、働くことが困難になりました。2014年当初はリウマチと誤診されました。線維筋痛症と診断が下されるまでに3〜4年かかり、治療費で生活はどんどん困窮していきました。身体中にこわばりや痛みがあります。服薬するとぼうっとしてしまい、仕事でミスが続くようになり、退職しました。貯えが尽き、病院のソーシャルワーカーから生活保護の申請を代理でしていただいて2020年に受給に至りました。現在も体調が安定せず、社会復帰ができていない状況で、心がつらいです。病気が良くならない。

生活保護支給額が低い中、食べ物がどんどん値上がりしていますので、正規の値段で買えません。午後8時になって値札が50%引きにならないと買えない。同じように50%引きになるのを待っている人が大型スーパーにいっぱいいるんですね。その中で、70代後半の女性と知り合いになりました。その方は国民年金で生活できずに足らない分の生活保護を受けていました。70歳で足が悪くなり働けなくなったところ、いま住んでいるアパートの基準が高いのでと転居を進められた。そうしたら、お風呂がない。足が悪いのにエレベーターのない建物の3階になった。さらにエアコンが故障した。初めからエアコンがなければ購入費が支給されますが、途中での故障は自分で直すか新たに購入するかしかない。賃貸住宅の約款にはそのようなところが非常に多いんです。

スーパーで一緒に「値下げ」を待った仲間の死

私の家も2年前にエアコンが故障し、扇風機だけの生活になりました。周囲は大型マンションに囲まれて、窓を開けると排気口から吹き出す熱風が入ってきて、外気より暑くなります。室内の温度を計ったら36度ありました。バスタオルを濡らして身体中に巻き付けて扇風機の風をあて、気化熱で体温を下げていました。お腹が冷える。でも、タオルはすぐにバリバリに乾いてしまう。今年の8月はとうとう耐えきれずに倒れ、病院で熱中症と診断されて、点滴をしてもらいました。

退院後、スーパーに行ったのですが、「50%仲間」の女性の姿はありませんでした。女性の家の近くまで行って消息を聞いたら、1週間ほど前に亡くなっていました。熱中症だったということです。業者が来て片付けをしたと聞きました。酷暑で亡くなる方が実際にいる、そういう方の声を、伝えたい。何も言わずに亡くなってしまわれて、このままだったら犬死に、無駄死にじゃないかな、と。

暑さの中で亡くなっていった女性のことを思うと胸が詰まる。自分も同じ状況で、このまま黙っていたら同じように死んでしまう。ほかにも人知れず亡くなっていく方がいるかもしれない。それを訴えたくて、今日、この場に参加しました。

「人間らしい生活」ができない現実

私たちは生活するだけではなく、人間ですからいろいろと横のつながりがあります。コロナが明けてから周囲の人が急死することが増えました。でも、お香典を渡すと生活ができません。父が亡くなった時にお香典をいただいた方にはお返ししたいと思ってお出しすると、もうご飯が食べられない。そんなことが何度もありました。いま私は身長161cmで体重は41kgです。光熱費や水道を払って最低限の生活をしています。栄養不足で、病院の先生からは350キロカロリーの補助食品を出して貰っている状態です。

人付き合いをしようとすると、食べられない。でも、父にいただいたお香典1万円に対して、私が包めたのは5000円だった。陰口で「もうあの家とは付き合いたくないね」と言われていると後から知りました。生活保護費の中から冠婚葬祭を出すと人間らしい生活ができない。人間関係を構築する上での最低限を出すことが難しい。そうしたことも知っていただけたら、と思います。

病気になってどう社会復帰するかということに関しても、ケースワーカー1人が80人を抱えていて、飽和状態なので、フォローされていない現状がある。見通しが立たない不安についても知っていただけたらと思っています。