自分をケアし、対話し、つながるーートランスジェンダーへのバックラッシュに揺れるアメリカ

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アメリカに吹き荒れるバックラッシュ。それでも希望を失わず、対話を続ける姿に勇気づけられた

 第2次トランプ政権が発足したアメリカで、トランスジェンダーの存在を否定し、人権を奪う動きが苛烈さを増しています。現地で何が起き、人々はどう向き合っているのでしょうか。アメリカのジャーナリストとトランスジェンダー当事者の議員が語るオンライン勉強会が11日、開かれました。

 トランスジェンダーをめぐるアメリカの現状についてより正確な情報を共有し、ともに考える場にしようとトランスジェンダーの当事者などでつくる「Tネット」が主催しました。アメリカにおけるトランスジェンダーの政治について発信しているジャーナリストのエリン・リードさん、そして共和党支持者が多く「赤い州」と呼ばれるモンタナでトランスジェンダーであることを公表し下院議員を続けるゾーイ・ゼファーさんが講演。約700人が参加しました。

「私たちはずっと存在していた」

 エリンさんは紀元前からの歴史を紐解き、世界各地に生きたトランスジェンダーの生涯を紹介しながら「私たちはずっと存在してきました。そして存在する権利のために常に闘わなければなりませんでした」と話しました。

「トランスジェンダーへのバックラッシュに揺れるアメリカの情勢を学ぶ勉強会」スライドより

 「アメリカでは1960年代、トランスジェンダーやゲイがナイトクラブで逮捕される『ストーンウォール蜂起』が起きました。80年代にはエイズとHIVが流行し、人々は差別や偏見にさらされながらも医療を受ける権利を求めて運動しました。90年代になると(保守派による)『脱ゲイ運動』が起こり、当事者たちはセラピーを受ければゲイやLGBTQから『転向』できると言われました」(エリンさん)

 21世紀になり、ひとつの転機が訪れます。2015年に同性婚が合法化されたのです。

 「これはLGBTQ+の権利にとって大きな前進でしたが、同時に、反対派の人々が『新たな標的』を探し始めた瞬間でもありました。彼らにとってトランスジェンダーが、LGBTQ+の権利を覆すための手段となったのです」

 同性婚が合法化された翌年の2016年、ノースカロライナ州ではトランスジェンダーの人々が性自認に応じたトイレに入ることを禁ずる「トイレ法」が可決されました。ただ当時の報道によると、アップルやバンク・オブ・アメリカなどの大手企業がトイレ法を相次いで批判し、ブルース・スプリングスティーンをはじめとする複数のアーティストが抗議を示して州での公演をキャンセル。反対派デモや署名活動も盛んに行われました。トイレ法成立後、ノースカロライナ州からはさまざまな企業が撤退。37億ドルの損失を生んだといわれます。幸い、トイレ法は早い段階で撤廃されました。

自由に自己表現できる社会なら

 エリンさんによると、アメリカではLGBTQ+の割合が増加していると言います。「アメリカ人の10人に1人がLGBTQ+であり、若い世代では4人に1人がLGBTQ+を自認しています。特に2024年、10代や20代の若者にトランスジェンダーを含むLGBTQ+であると認識する人が増えました。LGBTQ+に道徳的に反対する人々は、これを社会に情報が広がったことによる『伝染』だと非難しました。しかしLGBTQ+はもちろん伝染などしません」

 ここでエリンさんは、アメリカの「左利き」の人の割合が1900年代初期の3%から1950年には12%に急増したことを例示しました。「これは左利きが『伝染』したのではなく、左利きの人たちに対応するような社会になった――例えば左利き用のハサミや机ができてきたからです。人々がありのままの姿でいられる社会になれば、より多くの人々がカミングアウトし、自由に自己表現することができるのは当然のことです」

「人々がありのままの姿でいられる社会になれば、より多くの人々が自由に自己表現することができるのは当然のこと」と語るエリンさん(写真左。「トランスジェンダーへのバックラッシュに揺れるアメリカの情勢を学ぶ勉強会」スライドより)

史上最多、1600件の「反トランス」法案

 アメリカではトランスジェンダーの有名人――セレブや政治家も登場するようになりました。エリンさんのパートナーであり、下院議員をつとめるゾーイさんもその一人です。

 そうして当事者の可視化が進む一方、トランスジェンダーを標的とした法律は年々増えていきました。エリンさんによると、2022年から25年までの4年間で反トランスの法案は史上最多の1600件生まれました。トランプ政権が誕生してからは、パスポートの性別記載の変更が禁止され、トランスジェンダー当事者が軍隊から排除されました。当事者は入隊を禁じられています。「このような中で、10年以上軍にいたトランスジェンダーが退職手当を受けられないまま排除されることも起きています」

国際的なチェス大会からも当事者を追放

 アメリカにおけるトランスジェンダーへの攻撃について、エリンさんは「スポーツを入口として始まり、その他の生活のすべての側面を攻撃していく狙いがあった」と指摘します。スポーツという一つの分野からトランスジェンダーを排除することによって、その他の分野――例えばトイレや運転免許証、身分証明書など――からも当事者を排除できると考えたのだろう、とエリンさんは見ています。

 「スポーツといえば水泳やランニングのようなものを思い浮かべるかもしれませんが、トランスジェンダーはあらゆる『スポーツ』に参加することを禁じられ、排除されています。そのスポーツとは例えば釣り、ダーツ、ディスクゴルフ、ダンス、そして信じられないことに、チェス。トランスジェンダーは国際的なチェス大会からも追放されたのです」

最終目的は「トランスジェンダーを終わらせること」

 反トランスの動きは国際的にも起きており、ロシアやハンガリーではトランスジェンダーであることが禁じられ、同性婚も明確に禁止するなどLGBTQ+をターゲットにした憲法改正が行われました。またイギリスやスウェーデンでもトランスジェンダー医療へのアクセスを大幅に規制する動きがあり、医療を受けるために5年から10年待たされる人もいるといいます。

 エリンさんは「反トランス感情の国際的な広がりは、アメリカの億万長者が資金提供している組織を通じてなされていることにも、注目する必要がある」と語ります。「彼らの最終目的は、トランスジェンダーから医療やケアを奪い、トランスジェンダーであること自体を禁じようとすることです。アメリカで反トランス法案を書いている人たちのチャットルームを取材したところ、彼らは自分たちの最終目的を『すべての人のためにこれ(トランスジェンダー)を終わらせることだ』と言ったのです」

政権への恐怖が生む「忖度」

 エリンさんは、自ら作成したアメリカの地図を示しました。各州をトランスジェンダー当事者にとって「安全な場所」と「危険な場所」に色分けしたもので、数年前から更新を続けているといいます。

「トランスジェンダーへのバックラッシュに揺れるアメリカの情勢を学ぶ勉強会」スライドより

 「ニューヨークやカリフォルニアなど濃い青色の州はトランスジェンダーをしっかりと法的に保護していて、当事者は運転免許証を更新し、比較的自由に生活することができます。一方、フロリダのような赤色の州は当事者が激しく攻撃され、トランスジェンダーの女性がトイレで逮捕されています。テキサス州に至っては、トイレでトランスジェンダーを探す賞金稼ぎがいる町もあります」

 トランプ氏の大統領令は、トランスジェンダーの児童生徒を守る教師をも標的にしています。「大統領令の影響により、もし教師がトランスジェンダーの生徒を肯定すれば『無免許で医療行為を行った』のと同等の罪があるとして逮捕、起訴される可能性があります。多くの教育機関はこれに反発し、当事者の子どもを守り続けると宣言する学校もあります」とエリンさん。

 一方で、政権に対する「忖度」も生じています。「19歳未満のトランスジェンダーがジェンダー肯定医療を受けられないようにするという大統領令は、すべて裁判で阻止されました。しかし、いまだにケアが中断しているところもあります。これは、病院側がトランプ政権を恐れて過剰に従っているからです」

消去されていく歴史と存在

 トランプ政権下では、トランスジェンダーの存在と歴史の消去も行われています。

 「ストーンウォール蜂起」の歴史を刻んだストーンウォール国定記念碑の説明文からは「トランスジェンダー」という言葉が消されました。ストーンウォール蜂起のリーダーの一人であるシルヴィア・リベラは、政府のウェブサイトに掲載された経歴から自身がトランスジェンダーであるという記述さえ、削除されました。

 エリンさんは「アメリカの状況はトランスジェンダーにとって非常に厳しいです。でも、私たちは常にここにいたし、これからもここにいるだろうし、アメリカだけでなくあらゆる場所で、これからも私たちの権利を求め続けます」と語りました。

「私に社会を変えることができるだろうか?」

 続いて、エリンさんのパートナーであり、トランスジェンダーであることを公表して下院議員となったゾーイさんが講演しました。

 「私が立候補した理由は、私のコミュニティを傷つける政策が、時には1票差で可決されるのを見てきたからです。もし私がそこにいたら、変化をもたらすことができるのではないかと考えました」。ゾーイさんは知り合いの上院議員に会い、立法府は自分にとって良いことができる場だろうかと尋ねてみました。議員は「良いことができるだけでなく、あなたの声が今、最も必要とされている場だ」と言ったそうです。

 変化を起こしたいと考えた時、重要なポイントが2つあるとゾーイさんは言います。「1つ目は、仕事の多くが人間関係であるということ。そこにいる人々のことを知り、コミュニケーションを通して心を変える方法を知ることが大切です」。2つ目は「権力がどこにあり、変化をもたらすにはどこに働きかけたらいいのか」ということ。ゾーイさんは、変化をもたらすため自身がしてきたことを語りました。

反トランスの保守派議員と友人に

 「私が最初の議会に出席したとき、とても保守的な年配の女性議員がいました。彼女は反トランスジェンダーの法案を6本も用意していました。『反トランス法を大々的に推進する』というニュースを読むような人物で、週末には陰謀論者と会っています。まさに私が怖がるか、闘うべき相手のように思うかもしれません」

 しかしゾーイさんは最初の3週間、この議員と政治の話を一切しませんでした。代わりに個人的な話をたくさんしたといいます。「議会の間、1日10時間を一緒に過ごし、彼女のことを知りました。彼女は美しい帽子をかぶっていたのですが、それは亡くなった母親へのオマージュだと知りました。私も、亡くなった祖母へのオマージュとして身につけているジュエリーのことを話しました」。やがて2人は友達になりました。

人間関係と対話が生んだ「変化」

 それから3、4週間後の金曜の夜、議員がゾーイさんを訪ねてきて「トランスジェンダーについて話してほしい」と言いました。

 「私たちは1時間ほど話をしましたが、特に彼女の法案について話したわけではありません。私は自分の友人や家族のこと、アメリカの状況について怖がっているトランスジェンダーのティーンエイジャーのことを話しました」。週明け、議員はゾーイさんのところに来て「私はあなたのために正しいことをしたい。こんな法律を提案するつもりはない」と告げました。

 この経験を紹介した理由について、ゾーイさんは次のように語ります。

 「変化というものは、人々と関係を築いたときに、ゆっくりと時間をかけて起こる。そのことを私の経験は示していると思います。このような変化によって、いくつかの反トランス法は提案されずに終わりました。私がこの3、4年で築いた人間関係は、1カ月ほど前、私の州の共和党保守派の半数が反トランス政策に反対票を投じたことにもつながっています。反対票を投じた議員の中には『こんなおかしな法案はやめて、この人たちをそっとしておいて』と言った人もいました」

「変化というものは、人々と関係を築いたときに、ゆっくりと時間をかけて起こる」と語るゾーイさん(写真右。「トランスジェンダーへのバックラッシュに揺れるアメリカの情勢を学ぶ勉強会」スライドより)

「相手も信念と繊細な考えをもっている」

 自分とは考えの異なる相手に対して、どのようにアプローチすればいいのか。ゾーイさんは「相手について3つのことを信じて会話に臨んでいる」と言います。第一に、相手も純粋に自分の信念を持つに至ったということ。第二に、相手も複雑で繊細な考えを持っているということ。第三に、適切な状況下であれば、相手は考えを変えることを厭わないということ。

 「もちろんすべての人に当てはまるわけではありませんが、私は信じています。LGBTQ+を最も強く擁護したのは、とても保守的な年配の女性でした。そのような人々の存在が、この闘いの中で重要なのです」

自分をケアし、対話し、つながる

 最後にゾーイさんは、それぞれの人が「変化を起こせる場所」を見つけるために大切なことを「ケアの同心円」という言葉を用いながら語りました。

 「円の一番内側、核にあるのは『自分自身のケア』。変化を起こしたいのならば自分をいたわり、あなた自身を誇ってほしい。あなたがしている闘いも誇りに思ってほしい。次に自分が変化を起こせる場所を見つけたら中に入り、あなたがそこにいて本当に良かったと思ってもらえるように説得しましょう。ほかのコミュニティのために活動している人たちとつながることも大切です。なぜならトランスジェンダーへの攻撃は、黒人のコミュニティや、あらゆるコミュニティへの攻撃とつながっているからです。危害を加えようとする人たちは、私たちを互いに引き離そうとします。私たちが、私たち全員のために闘えば、私たちの権利を奪うことは難しくなるのです」

【参考資料】
・米ノースカロライナ州の「反LGBT法」でデモ 賛成・反対派の双方(BBC、2016年4月26日)https://www.bbc.com/japanese/36136652
・ロシア最高裁、LGBT活動を「過激派」認定 コミュニティーの不安募る(BBC、2023年12月1日)https://www.bbc.com/japanese/video-67586334
・ロシア連邦:同性カップルを認めないのは人権侵害 欧州人権裁判所の判断(アムネスティ、2021年7月27日)https://www.amnesty.or.jp/news/2021/0727_9261.html

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