「誰もウクライナを奴隷にすることはできない」 オクサーナ・ピスクノーワさん講演会

記者名:
(C)林克明

祖国の頭越しの停戦交渉 ウクライナの女性はどう感じたか?

寄稿=川名真理

ロシアによるウクライナ全面侵攻から2月24日で丸3年。その直前の2月16日、渋谷区勤労福祉会館で行われた、「ウクライナと連帯する」と題する講演会に参加しました。

主催はウクライナ連帯ネットワーク(SUN)。ロシアの侵攻を米ロ対立の延長線上で捉え、ウクライナに主体性がないかのような論調が目立つなか、祖国を守りたいというウクライナ人の思いこそ尊重されるべきだとして連帯を訴えてきたグループです。講演会には45人が参加していました。

講演者はウクライナ人のオクサーナ・ピスクノーワさん。SUN主催の講演で話すのは2度目ですが、私が聞くのは初めてでした。オクサーナさんはウクライナ東部ドネツク州生まれで、1996年に来日し、通訳や語学教師として働いてきました。2022年のロシアによる全面侵攻以降、日本に逃れたウクライナ避難民の支援をしながら、この3年間に10回もウクライナを訪れ、祖国の変化を見つめてきました。ご両親は2014年のロシア軍によるクリミアとドンバス侵攻時に首都キーウへ避難。弟さんは2023年から軍隊に入っているそうです。

他国の利益のために取引される祖国の自由と尊厳

オクサーナさんは、開口一番、トランプとプーチンがウクライナの頭越しに停戦交渉するという報道を聞いて、この数日、ウクライナ人はひどい精神状態に陥っていると話しました。祖国の自由と尊厳が他国の利益のために取り引きされる屈辱と不安はいかばかりでしょうか。

ロシアの侵攻を受け日本に避難したウクライナ人は2700人ほど。日本でのウクライナ人の扱いは国際条約に基づく「難民」ではなく、期限付きの特例措置「避難民」です。言葉や習慣の壁があることなどから日本で生活の基盤を作ることは難しく、約900人が故郷に帰る道を選びました。一方で、今も2000人弱が日本で暮らしています。

多くの人が「生きていること」に罪悪感

祖国に帰りたいという同胞に、ウクライナで見てきたことを伝えるのも自分の務めだとオクサーナさんは言います。その内容は一言でいうと「ウクライナは以前とは違う。帰っても元のような生活はできない」ということです。

ウクライナでは今も日常的に空襲警報が鳴り、どうやって暮らしているのか疑問に思うほど物価が高く、以前と同じ仕事につける可能性も低い。また、よほどのことがない限り医療を受けられないそうです。

さらに厳しいのは多くの人が生きていることに罪悪感を覚えているということ。ウクライナ人の誰もが、身内や知人の誰かが戦死している状況で、軍隊に入っているか、入っていないか、避難しているか、していないかで分断が生じ、罪の意識から逃れられないというのです。家族の間にも、友人の間にも分断が生じており、子ども同士でも避難先から故郷に戻ると「逃げた」と言われるなど、いじめが起きているそうです。

オクサーナ・ピスクノーワさん=林克明さん提供

3年続くオンライン授業 「教育が絶滅」

オクサーナさんの話は、ウクライナ復興の道のりにも及びました。戦時下で子どもがオンラインでしか教育を受けられない状況が3年も続き、「教育が絶滅」しており、ウクライナの復興を担う人材が育つ環境にないことを憂慮していました。

質疑応答の時間に「避難しているウクライナ人と接するとき、気をつけることは?」と問われ、オクサーナさんは「将来のことを聞かないでほしい。ウクライナがどうなるのかわかないのだから、自分のこともわかりません」と答えました。さらに「残された家族のことも聞かないで」と付け加えました。何気ない質問が、戦時下を生きる人にはとてつもなくむごい質問になってしまうことがわかり、胸が痛みました。

こんな質問もありました。「ゼレンスキー大統領は任期が切れているので、正当性がないという指摘もあるが、どう思いますか」。オクサーナさんが答える前に会場から「国外に逃れる人が数百万人もいる状態で、どうやって選挙ができるというのですか?」と怒りをにじませた応答がありました。オクサーナさんに答えさせるのはしのびないと思ったのでしょう。この応答がなければ、私は「任期が切れているのは問題かも」と受け止めてしまったのではないかと思います。やりとりを聞きながら冷や汗をかき、身がすくむ思いでした。

侵略に対して抵抗する人と連帯することも大事

3年前、実は、私は「ウクライナを応援したいけれど、すべての軍事主義に反対している立場上、軍事的な支援は支持できない」と考えていました。その葛藤を市民運動の仲間に打ち明けると、複数の先輩に「自国を守るための抵抗と、その抵抗への支援を自分は否定しない。ベトナム戦争と同じ」と言われました。たしかにそうだと感じたものの、すっきり思い定めることができず、長い間、悶々としていました。

この葛藤を解く鍵を与えてくれそうだという勘から、SUN主催の勉強会に定期的に参加するようになりました。そのなかで、ウクライナ連帯を呼びかける加藤直樹さんから「軍事主義に反対することは大事。でも、侵略に対して抵抗する人と連帯することも大事。その矛盾を苦しくても抱え続けることも大事」とアドバイスしていただいたことがあります。

その上で、今回のオクサーナさんの話をうかがい、前述のような私の考え方は高みから見物しているからこそとれる態度であると痛切に感じました。休憩時間に主催者と軽く会話を交わしただけで抑えていた思いが溢れて涙が出てしまい、終了後は逃げるように帰途につきました。

Ukrainian patriot woman waving national flag in canola yellow field. Rare, back view. Ukraine unbreakable, peace, independence, freedom, victory in war. (Adobe Stock Photo)

ウクライナの人は即時停戦を望んでいるのか?

少し前まで「即時停戦」という言葉に違和感を持たなかった私ですが、侵略されたままの即時停戦がウクライナに何をもたらすのか、ウクライナの人はそれを望んでいるのか、そこを考えなければいけないと、今ははっきり思います。

オクサーナさんは言います。

「私たちだって戦争はしたくない。でも、この先、何が起きようが、私たちは抵抗し続ける。誰もウクライナを奴隷にすることはできない」

トランプの主張に「NO」を

2月28日の停戦の条件を話し合うトランプ・ゼレンスキー会談では、ゼレンスキーが「過去の停戦合意はロシアによって破られた。停戦後の安全の保証は不可欠」と繰り返し主張したのに対し、トランプとバンスは「我々を批判するとは失礼だ」「感謝したことが一度でもあるのか」などと強い口調で攻撃。交渉はものわかれに終わりました。その3日後、トランプは「ウクライナ側が誠実な態度を見せるまで軍事支援を停止する」と指示。まるで「俺の靴を舐めなければこうなるのだぞ」という見せしめのようです。

「ゼレンスキーはアメリカを批判したからしくじった」という論調をよく見かけます。では私たち人類はみな、トランプの靴を舐めなければこの世界を生き延びることができないのでしょうか。はっきり「NO」と言いたいです。ウクライナに連帯することは「世界はこうあってほしい」という希望の灯を守る営みに通じると、会談後、思いを新たにしています。

かわな まり 1963年東京生まれ、埼玉育ち。フリーの編集者として小中学生向けの雑誌に携わる。同誌で「偽ニュースの見分け方」特集も担当した。「沖縄への偏見をあおる放送をゆるさない市民有志」呼びかけ人。行動等はXの@nonewsjyoshiで発信。

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