子どもの人権はどこへ 教育に入り込む「結婚の気運醸成」 秋田県の高校生向け副読本② 

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人口のために、子どもたちを「結婚・出産」に導こう、自覚させようと議論していることが、怖い。

 高校生に「結婚と出産の大切さ」を強調し、ふるさと秋田のために「家族をつくること」を強く意識させる――。秋田県が「少子化対策」として公費で作成している副読本「考えよう ふるさと秋田とわたしの未来」について、前回紹介しました。前回の記事はこちらです。

 副読本は2021年度から作成されてきましたが、実は10年前に「原型」となる別の副読本が出来上がっていました。

 名称は少子化を考える高等学校家庭科副読本「考えよう ライフプランと地域の未来」です。

少子化を考える高等学校家庭科副読本「考えよう ライフプランと地域の未来」。画像は2020年3月発行のもの

学校教育での「結婚、出産」推し

 「少子化を考える」というタイトルの通り、この副読本は少子化対策を目的としたものです。

 2025年度の副読本と同じように「秋田での結婚、出産」へ導くようなデータや記述があり、「女性の卵子数が年齢とともに減少する」という図があって、最終ページには「結婚・出産」を前提に家族計画を記入する「ライフプラン作成シート」がついています。シートの内容も今とほとんど変わりません。

少子化を考える高等学校家庭科副読本「考えよう ライフプランと地域の未来」の中のシート。今とほとんど変わりません

 秋田県によると、現在高校で使われている「ライフプランニング副読本」は、この「少子化対策副読本」と「男女共同参画副読本」(2011年度作成)を組み合わせたものだといいます。

「中高生あたりで『自覚』させる」

 秋田県が「少子化対策副読本」を作った11年前、秋田県議会ではどのようなやり取りがあったのでしょうか? 県議会議事録を検索してみると、興味深いやり取りが出てきました。

 2014年6月議会での県当局と議員の発言をいくつか抜粋します。

金田恵総務課長(当時)
第2期ふるさと秋田元気創造プランを作成する段階で教育でも子育てに対しての意識を醸成しようということで副読本を作ることになりまして、担当が少子化対策局でございます。少子化対策局のほうで副読本を作るということで作成委員会を今年度設けております。その作成委員の中には高校の家庭科の先生ですとか、総合教育センターの指導主事、高校教育課の職員をメンバーに今年度掛けて作成する予定です。来年度から使う予定ということです。

北林丈正議員
高校の家庭科というのはどのくらいの時間があるのですか。

鎌田信高校教育課長(当時) 
時間は後ほど申し上げますけれども、昔と違って今は全ての学校で男子も、女子も受けなければいけない必修になってございます。その中で現在もその結婚等についての扱いというところは十分ございまして、更にそういうことに付け加えて副読本を来年度から使っていくというようなことだというふうに認識しております。

北林議員 
(略)教育庁全体としてもこの問題を非常に重要に考えて、学校で教えたからすぐ子供たちの考えが変わるとは思えないのですけれども、でも教育の現場としてきちんと子供たちにそういったことを教えていくということが大事だと思いますけれども、教育長、どうでしょうか。

米田進教育長(当時)
現実に少子化の問題がこれだけいろいろな形で我々に突き付けられているということで、今の高校生も、大学生も将来自分たちが中堅で動かなければいけないときに大変な時代になるのだというふうなことをだんだん感じつつあると思いますので、そういう時期に、特に中学校、高校辺りでしっかりと先はこうなんだよというふうなことを自覚させて、自分たちが何とかしなければいけないのだというふうな気持ちを醸成していくように、教科とか科目の枠を超えていろいろやらなければいけないことだと思いますので、その辺りを各学校でもいろいろな形でこの後アプローチしてもらうように我々も働き掛けていきたいと思います。

北林議員 是非お願いします。

石川ひとみ議員(当時) 
今の話が出たのでちょっと一つ加えさせていただくと、副読本もそれは大切かもしれないけれども、日常の学校、子供たちの生活する場の中でやはり男子生徒も、女子生徒もともにお互いを認め合って暮らしていくという、そういう醸成される中で、行き着くところにそれぞれがともに生活しようということになっていくのが本来は理想ではないかというふうに思うので、副読本はあっても、日常の生活の中で子供たちがそれぞれの立場を尊重して生活して、その先に結婚ということがあるということも併せてやはり導いていってもらいたいというふうに思います。

吉川正一教育次長(当時) 
石川委員がおっしゃるように、やはり基本はその人、その人、性別は変わってもまず尊重するということで、今年度から人権教育という形で県の指針にも大きく取り上げております。これまでも男女共同参画の社会を目指してということで進めてきておりますが、併せて本県もかなり前からいわゆる性教育、これは避妊だとかそういうことではなくて、どういう生き方をしていくのか、どういう結婚をしていくのか、そういった意味での性教育も進んできておりますので、そういったことも踏まえながら、先ほど教育長もおっしゃったように、全部の教育活動を通じてやっていくような取組をこの後も進めていきたいと思っております。

 以上のやり取りは、11年前(2014年)のものであることを割り引いて読む必要があるかもしれません。

 また翌年の2015年10月議会の議事録には、次のような発言もありました。

菅原博文議員(当時)  
(略)ただ高校生に配ったところで何も意味がないというか、説明してあげないと副読本をつくった意味がないと思うのです。配る際にいろいろと中身を説明しながら、「実は秋田県は人口が少ないので、結婚して子供をつくるようにみんなで頑張ろう」というような話を一言加えることがとても大切なことではないかと思うのですが、そのような形で配っているのでしょうか。

島崎正実企画振興部地方創生監(当時)
この事業は(略)知事部局と教育庁が一緒になって副読本を作成したという事業であります。これは授業の中で使うということで、きちんと高校教育課の指導主事もはまっています。昨年度、私は教育庁にいたものですから、その経緯を分かっているのですが、家庭科は年間を通して二十数時間あるかと思うのですけれども、そのうちの3分の1程度においてこの副読本が使えるということでありますので、そこはきちんと高校教育課から各学校に周知徹底されておりまして、授業の中で生かされているはずであります。

 県当局の力の入れようが伝わってくるとともに、県当局だけでなく県議会内にも「人口減少対策として、子どものうちから結婚への気運を醸成しなければならない」という共通の問題意識があったことがうかがえます。

「女性たちへの圧になりかねない」

 県議会では、副読本への批判的な見方も出ていました。例えば2016年9月議会での加藤麻里議員の発言(抜粋)です。

 副読本で使用されている数々のデータについて少し気になることがありました。男女で学ぶ副読本であるにもかかわらず、子供を産む性である女性を意識しすぎてか、「出生数と合計特殊出生率の推移」であるとか、「第1子を生んだ母の年齢別出生数」、または「女性の年齢の変化による卵子の数の変化」、そして「不妊治療における年齢別の出産率と流産率」など、ほとんどが女性に特化したデータです。これらの数値は事実かもしれませんが、これでは、とにかく若いうちに結婚し、若いうちに出産をと急き立てているようなもので、かえって女性にプレッシャーを与えかねません。(略)私は、このようなプレッシャーを与えることよりも、まず検討すべき課題があると思うのです

 10年前、すでにあったこのような批判的な声に、秋田県が十分に応じてきたとはいえません。 むしろ2025年の副読本を見る限り、また近年の政策や議会でのやり取りを見る限り「秋田のために産んでもらおう」という圧は、社会全体で強まっているように思います。

批判の声は「寄せられていない」

 秋田県は、ライフプランニング副読本についてどのように考えているのでしょうか。文書で質問したところ、次のような回答が寄せられました。

質問① この副読本の目的は、どのようなものでしょうか。学校現場でどのように活用されることを想定されていますか。

秋田県の回答 小学生、中学生、高校生の各段階に応じて、秋田県の良さや現状を学び、自分らしく生きることについて考えながらライフイベントやその課題等を主体的にとらえ、生涯を見通した人生設計を立てる機会を提供するため副読本を作成しました。家庭科での活用を想定していますが、他の教科でも活用可能です。

質問② 「ライフプラン作成シート」を拝見し、結婚・出産・子育てが強調されていると感じました。この点について、秋田県としてのお考えをお聞かせください。

秋田県の回答 結婚や出産は個人の価値観に関わることであり、授業において活用する際は、本副読本において、ライフイベントを例示し、関係情報を掲載しているものの、結婚することや子どもを産み育てることなどを決めつけたり、押しつけたりするものではないことに留意するよう各学校長へ通知しています。

質問③ 「ライフプラン作成シート」について、結婚・出産・子育てを強調しているといった声は、学校現場などから寄せられたことはなかったでしょうか。

秋田県の回答 副読本活用状況調査や、高校生を対象としたアンケートでは、「ライフプラン作成シート」について、結婚・出産・子育てを強調しているといった声は寄せられておりません。なお、自由記述では以下のような意見が寄せられました。
・子育て支援が他県よりも良いと知り、将来設計の参考にしたいと思った。
・保育料助成額や子育てしやすい企業などがあることが分かった。
・女性の場合ある程度の年齢になると出産が難しくなるので、将来設計を持つことは重要だと思った。
・進学で秋田から離れても就職や結婚・出産をするとなったら秋田でしたい。
 

子どもを苦しくさせていないだろうか?

 少なくともここ10年、秋田県は人口政策として高校生に「秋田での結婚・出産」を促すライフプラン教育を一貫して進めてきました。副読本の高校での活用率はおよそ9割(2024年度)。県によると、学校現場から批判的な声は上がらなかったといいます。

ライフプランニング学習副読本活用状況調査(2024年用)より

 「性別にかかわらず自分らしく生きる」「個人を尊重する」という人権をベースにした教育がなかなか行き届かない現実がある中、それを後戻りさせてしまうような教育――「ふるさとのため、地域のため、結婚して子どもを産みましょう」という全体主義的なライフプラン教育――が、秋田県では少子化対策の名のもとに行われてきました。

 それが今、秋田では「当たり前のこと」になっています。このような状況は「秋田で生きることは苦しい」という空気を、知らず知らずに生んではいなかったでしょうか?

 前回の記事で高校生のAさんが話した言葉を再度、掲載したいと思います。 

「子どもの頃は、大人に教わることはすべて正しいように感じます。大人がどこかで変わらないと、子どもは自分を変えられません。大人には『相手の意思を尊重すべきだ』ということをまず教えてほしい。結婚して子どもを産むことを理想とする気持ちも、結婚や出産がすべてじゃないという気持ちも、どっちも否定せず、尊重してほしい」

〈取材後記〉問題に気づけたか自信がない

 最後に、ここまで読んでくださった皆さんにお詫びがあります。秋田県がこの副読本を作成した2014年当時、私は地元の新聞社で記者をしていました。しかし私は、この副読本の存在を全く知らずにいました。仮に10年前、副読本の存在を知ったとしても、問題点に気づくことができたか、そして「記事にしなければ」と思えたかどうか、自信がありません。それは自分の問題意識や人権感覚が、今以上に薄かったためです。

 問題点に気づくことができたのは、日本の家族政策に警鐘を鳴らしてきた研究者の蓄積があったからです。たとえば『国家がなぜ家族に干渉するのか 法案・政策の背後にあるもの』(本田由紀/伊藤公雄編著、青弓社)もその一つです。

 今後も、子どもの時から「結婚、出産」へと誘導するような人口政策には、批判的な立場で取材を続けていきたいと思います。

【参考資料】
・ライフプランニング学習副読本「考えよう ふるさと秋田とわたしの未来(秋田県・秋田県教育委員会)」https://common3.pref.akita.lg.jp/kosodate/babywave-info/pamphlet/pamphlet-cat03
・少子化を考える高等学校家庭科副読本「考えよう ライフプランと地域の未来」https://x.gd/GvUrM(秋田県・秋田県教育委員会)
・男女共同参画副読本「みんなイキイキ」(秋田県・秋田県教育委員会)https://www.pref.akita.lg.jp/pages/archive/5092
・ライフプランニング学習副読本活用状況調査https://www.pref.akita.lg.jp/pages/archive/69427