中央教育審議会で学習指導要領の約10年に一度の見直しが進められています。指導要領にある性教育の内容を制限する「はどめ規定」の削除と包括的性教育の実施を求めて、性教育に携わる市民団体などが11月27日、文部科学省に42,759筆の署名を提出し、申し入れを行いました。保健体育の学習内容を所管するスポーツ庁は「性教育は子どもの発達段階に沿って、個別に対応する」との見解を繰り返し、議論はかみ合いませんでした。
はどめ規定 現在の学習指導要領では、小学校5年生の理科で「受精に至る過程は取り扱わないものとする」、中学校保健体育保健分野で「受精・妊娠を取り扱うものとし、妊娠の経過は取り扱わないものとする」と記述している。多くの学校教育現場で、「小中学校では性交は教えてはならない」と解釈されており、性教育の妨げになっている。
申し入れを行ったのは「はどめ規定」撤廃署名活動実行委員会。9月1日からオンラインと対面で署名を集め、11月25日までに42,759筆に達した分の署名簿を、文部科学省に手渡しました。文部科学省側はスポーツ庁政策課の赤間圭祐・企画調整室長が応対しました。
実行委員会は包括的性教育を求める複数の市民団体で構成されています。
そのうちの一つ、一般社団法人“人間と性”教育研究協議会代表幹事の星野恵さんによると、あらかじめ用意した質問に対し、スポーツ庁からは「予想を超える踏み込んだ回答はなかった」そうです。
世論、教育委員会は「はどめ規定」不要
日本世論調査協会が2023年に行った「子どもの安全」に関する調査では「はどめ規定をなくすべきだ」という回答が88%にのぼっています。
また、全国の政令指定市、県庁所在地、東京23区の計74教育委員会を対象にした『朝日新聞』の調査では、回答した64教委の67%が性教育の拡充を求めており、指導要領以上の内容について50%が「認めたい」と回答しています。(朝日新聞デジタル、2025年6月12日)
こうした要望をどう受け止めているかを改めてスポーツ庁に尋ねたところ、「いろんな保護者の声がある。子どもの発達段階に沿って適切に進めていく」という回答でした。
性に関する情報源として「アダルト動画」を挙げる男子の割合が増加し、中学生までに性交について8割が知っているという状況については「子どもたちが性情報に触れる状況が変わってきているという認識はある」としながらも、「中教審は、いま全体的なことを協議し、その後各教科に入る。どこではどめ規定に触れるのかわからない。文科省の方から中教審に提案できる状況ではない」という回答だったそうです。
また「はどめ規定」設定の根拠については具体的に答えず、「性的同意」については2020年から始めた「生命(いのち)の安全教育」の中で教えている、としました。
「性交」は個別指導で?
文科省からは「はどめ規定は性交を教えることを禁止するものではない」との見解も示されました。しかし星野さんは、「現実にはスポーツ庁から教育委員会や学校へ、確認事項として『性交などについてはすべての子どもに共通に指導するべき事項ではない』という通知が下ろされている」と指摘。今年夏に、ある教育委員会主催の研修会で講師が示したスライドでは、外部講師もはどめ規定の対象になることや、性交を教える際の個別指導の具体例として「夜間の外出などを繰り返す女子生徒に対し、性交や避妊について指導し自分の身を守ることの大切さを伝えた」などが示されたことも明らかにしました。

星野さんは「これらの内容は、教育現場の実態にまるであっていない。はどめ規定を撤廃せず、子どもたちの学ぶ権利を奪い続けること自体がおかしい。科学的知識を持たないままの子ども、若者をこれ以上増やしてはならないはずです」と危機感をあらわにしました。
SRHR(性と生殖に関する健康と権利)の実現のため情報発信と政策提言を続ける「#なんでないのプロジェクト」の福田和子代表は、「はどめ規定と集団・個別指導を組み合わせてきめ細やかに性教育をするというが、どうやって?」と疑問を投げかけました。「性交を教えることが、誰に必要で誰に必要でないのかを見極めることは不可能です。文科省からは、はどめ規定は学習指導要領と同じく『一人ひとりの子どもが発達段階に応じて未来を切り拓くためにある』と説明されたが、むしろ阻害していると思う。この規定があることで教師を不当な介入から守ることもできなくなっている」と指摘しました。
自分の体と性を学ぶことは子どもの権利
2003年7月4日、東京都立七生養護学校(現・七生特別支援学校、東京都日野市)で、知的障害がある子どもたちに性器の名称を含む「からだうた」や模型、人形を使って性教育をしたことが、都議らによって批判的に告発されました。都教委は教材を没収、同校教員らを厳重注意処分としました。教員らは都教委と都議らに損害賠償と処分取り消しを求め提訴。いずれの裁判でも教員側が勝訴しています。
その裁判の原告で、七生養護学校で性教育を行ってきた日暮かをるさんも、この日の文科省交渉に臨みました。

「東京高裁の判決は七生養護の『こころとからだの教育』を高く評価してくれた。共通の理解の下に生徒の実情を踏まえて、保護者とも連携しながら、組織的計画的に性教育を進めることは望ましいとされた」
一方、裁判をやっている10年の間に、東京の障害児教育にも大きな変化がありました。
「特別支援学校では、子どもの個別ニーズに担当の教員が応えることが重視され、教員集団として子どもと関わることができなくなった。障害を持つ子どもの教育では、事務員や用務員も含む学校全体の連携が大切なのに、個別化されていった。性教育も1人の先生がやるのではなく、学校ぐるみで取り組むことが大事なのに」
日暮さんは3年前、性教育を進めてきた仲間たちと「包括的性教育推進法ネットワーク」を立ち上げました。
「世界中で、自分の体と性を学ぶことは子どもの権利として扱われている。日本はかなり遅れている。私たち大人が性を学んでいないので、性教育が子どもの人権に属することだと気づかない。『大人も学ぶ、子どもと学ぶ』ことが大切です」
不正確な性情報に触れ、性加害、性被害の当事者に
誰もが性の健康と権利を実現できる社会を目指すNPO法人「ピルコン」の染矢明日香理事長は、学校に性教育の外部講師として招かれた際に、「性交や避妊を教えないでほしい」「コンドームは避妊法ではなく性感染症予防の道具として扱うように」などと、調整を求められることがあると明かしました。

「インターネットやSNSを通して子どもが不正確や偏った性情報に触れ、性被害、性加害の当事者になってしまうことが深刻化している。性的な画像のやりとりのトラブルも小学生からと、低年齢化してきている。はどめ規定を撤廃し、妊娠に関する科学的に正確な知識を身につけられるようにすることが必要です」
2023年の人口動態調査では14歳の出産が27件、15歳〜19歳の出産が4325件あり、同年の衛生行政報告例によると、10代の中絶件数が1万件以上にのぼっています。
染矢さんは「思いがけない妊娠が10代から20代に起きている。こども家庭庁の発足に伴い、2023年に改定施行された成育基本法で、性や妊娠に関する正しい知識の教育・普及が求められているが、文科省はあくまで『個別指導』としている」と政府内部(文科省、こども家庭庁、内閣府)での性教育に関する姿勢の矛盾に言及しました。
規定撤廃に働きかけを継続
2024年10月、国連女性差別撤廃委員会(CEDAW)は日本政府に対し、「早期妊娠や性感染症を予防するための責任ある性行動を含む、年齢に応じた包括的な性に関する指導が、定期的な授業の提供を通じて、また、その内容と使用される用語に関して政治家や公務員が干渉することなく、学校の教育課程に適切に組み込まれることを確保する」よう、勧告しました。はどめ規定の撤廃はこの勧告にも適うものと考えられます。
実行委員会は署名を続行し、中教審への働きかけを継続していく考えです。星野さんは「日本弁護士連合会をはじめ色々なところが、はどめ規定の撤廃に向け意見書や声明を出しているが、スルーされている。子どもたちは性について知りたいと思っている。学校の中でその学びが保障されていないことが問題だ」と話しました。
染矢さんは「問題意識を共有できる人を増やしたい。性教育を不要とする管理者、地域、教育委員会の下では学べず、不平等が起きてしまう。リスクを負うのは子どもたちです。何かトラブルが起きた時に自己責任的な論調が起こるが、教えてこなかった大人、社会の責任をもっとひとりひとりが意識していかないといけない」と訴えました。

