高校無償化や幼保無償化から除外されている朝鮮学校に通う子ども達に、「こども基本法」に則った学ぶ権利の保障を——。
日本人と在日コリアンの女性たちが6月13日、連帯して集めた署名6万2194筆を岸田文雄首相、盛山正仁文部科学大臣、加藤鮎子内閣府こども家庭担当大臣、松本剛明総務大臣に提出しました。
半年間で6万2194筆 朝鮮学校のない県からも
署名を集めたのは朝鮮女性と連帯する日本婦人連絡会、在日本朝鮮民主女性同盟、アイ女性会議。昨年11月の学習会をきっかけに街頭署名を始め、今年5月までの半年間で、朝鮮学校のない島根県や山形県を含む全国から署名簿が寄せられました。
こども家庭庁の発足に伴い、昨年制定された「こども基本法」では、すべての子どもは「人種や国籍、性、意見、障がい、経済などいかなる理由でも差別されない」と規定し、子どもが将来にわたって幸福な生活を送ることができる社会を目指す、としています。
無償化から除外、補助金も停止や削減
ところが、朝鮮学校は2010年に始まった高校無償化制度から除外され、自治体の補助金も停止や削減が相次ぐなど、差別的な取り扱いを受けています。朝鮮学校の幼稚部は2019年に始まった幼保無償化の対象外です。日本には各種学校として都道府県知事の認可を受けた外国人学校が128校あり、認可を受けていない外国人学校(朝鮮学校など)がありますが、いずれも私学助成の対象にならず、「学校保健安全法」「学校給食法」「日本スポーツ振興センター法」などの適用外に置かれています。こうした差別的な状況に対し、国連子どもの権利委員会から是正勧告も出ています。
このため、3団体は署名で次のことを要望しました。
・朝鮮学校の高校無償化の早期適用、朝鮮学校を含む外国人学校への幼保無償化の適用
・朝鮮学校が所在する都道府県知事に対し、補助金の再考を求めた2016年の文部科学大臣通知(*注1)を撤回し、自治体に補助金の復活や増額を促すこと
・朝鮮学校をはじめとする外国人学校への公的支援を拡充すること
・外国人学校を正規の学校として位置づける「外国人学校振興法」を制定すること。
署名提出後、各地の朝鮮学校に子どもを通わせる女性らが、民族教育の重要性と、朝鮮学校の現況を訴えました。
習いたての朝鮮語、電車の中で話せず
小4の息子が東京朝鮮第5初中級学校に通うオモニ会議東京の姜慧英さんは、息子が1年生の時の思い出を話しました。
息子が電車の中で、習いたての朝鮮語で話していたら、上級生がシーッと諫めて「電車の中では朝鮮語は話したらだめだよ」と言った。
幼い子が、電車の中で朝鮮人だと知られたら、周囲の日本人から何かされるかもと思ったのでしょう。
子どもが朝鮮人と知られないように振る舞わなければならない。朝鮮学校がさまざまな助成制度から排除されている状況が、そういう社会を作る根源ではないかと思う。
こども基本法には差別の禁止や「子どもにとって最善の利益を第一に」「子どもが将来にわたって幸福な生活を送ることができる社会を目指す」とありますが、本当にそうなっているでしょうか。
朝鮮学校の子ども達はこども基本法の「すべての子ども達」に含まれていますか?
下の娘が入学します。
下の子は朝鮮語を早く習いたいと入学を心待ちにしています。差別が1日でも1秒でも早くなくなることを、心から希望しています。
マッチングアプリに使う税金があるなら……
西東京第一朝鮮初中級学校に子どもが通っている徐梨華さんは、学校存続の資金を得るため、チマチョゴリ友の会でキムチの包装作業をしてから集会に来たといいます。
東京都の朝鮮学校への補助金復活を求めたい。出生率が1.2を切ったので、東京都が5億円を使ってマッチングアプリを開発するというニュースを見ました。私の子どもには一つも補助金が下りていないんです。そんなものに億単位のお金を使うなら、1日も早く補助金を復活させてほしい。
私の子どもにも教育を受ける権利があります。ウリマル(母国語=朝鮮語)や民族の踊りを習うことで、安心感を得ることができる。それが朝鮮学校に子どもを預けた理由なんです。それがウリハッキョ(私たちの学校=朝鮮学校)なんです。この価値をみなさんにもわかっていただきたい。都知事選の出馬会見で小池知事が「変えるものは変え、守るものは守る」とおっしゃっていましたが、まさに朝鮮学校への態度を変えていただきたい。補助金復活で大改革をしていただきたいのです。
県庁前に子どもが立ってもニュースにならない
神奈川オモニ会の白珠妃さんは朝鮮学校への補助金復活を求める「月曜行動」について話しました。
神奈川県庁前で月に一回、補助金復活を求めて集まっています。時には朝鮮学校の保護者より日本の方がたくさん駆けつけてくださっています。マイクを回すとみなさん、発言してくださる。それがどれだけ私たちの力になっているか。
朝鮮高校の子どもたちも参加します。15時30分、通常の学校なら部活をしているところ、補助金のために、自分たちが教育を受けるために、県庁前に立ってシュプレヒコールを上げているのです。日本の子どもが同じことをやったら、きっとニュースになるでしょう。でも朝鮮学校の子はニュースにならない。こんな風に、非日常を日常としてとらえてしまっている日本の社会が普通ではないと思えてしまう。これはおかしいんだと訴えるのが、この署名の一つの目的でもありました。
こども基本法の原則に、「差別の禁止」とあります。すべての子どもは親の国籍や経済状況などで差別されず、子どもの権利条約で定めるすべての権利が保障されます、と書いてある。このすべての権利とは何でしょうか。
差別とは特定の属性や所属を理由に異なる扱いをする行為である。なんらかの除外行為、拒否行為を指すと辞書にあります。
こども基本法に定める権利は、朝鮮学校の子ども達に保障されているのでしょうか?
マスクも生理用品も「除外」
在日本朝鮮民主女性同盟の李全美さんは埼玉県の状況について話しました。
県や市で私たちの要求を話すと、「日本の学校に通えばいいではないか」という言われ方をすることがあります。
私自身、通名を使って、小学校から大学まで日本の学校に通って生きてきた。でも、朝鮮人として自分を肯定的に捉えられる機会は一度もなかった。
朝鮮学校は在日の子ども達が自分を肯定しながら生きていく空間です。それがどれほど貴重な場所か、私は知っています。
自分たちが自分たちのままでいてもいいよと言われる場所が、日本の中では朝鮮学校しかないのではないか。
日本の学校では先生に差別されることが、学校の中でもありました。だからこそ朝鮮学校を守っていかなければならない。
自分自身を肯定するという当たり前のことを、みんなで守っていかなければならないんです。
埼玉では、コロナの時に朝鮮学校にだけマスクを配らなかった。命の差別までされるのかという衝撃的な出来事でした。
1年後、生理の貧困を受けて、行政が生徒に生理用品を配る時に、また朝鮮学校だけ除外されました。
こうして私たちは周縁化される。制度を作ったのはそっちなのに、決まりですからと排除される。決めたのはあなたでしょ?と言いたい。
常に制度の外側に置かれ、声を上げ続けなければならない。それが私たちなんです。
ボロボロになった体育のマットレス
千葉朝鮮初中級学校に子どもを通わせている皇甫美和さんは朝鮮学校の運営が財政難で危機に瀕している状況を話しました。
千葉県では数少ない外国人学校です。 地域の人たちとさまざまな行事を通して信頼と友好を深めてきました。
バザーでの交流、町内会への参加、最寄り駅への新年のあいさつも欠かさず、千葉市長や副市長への補助金支給要求も行っています。
県、市からの補助金停止から12年が経ち、朝鮮学校の財政は日に日に逼迫しています。老朽化している施設の修繕費も出せません。体育で使うマットレスがボロボロになっているのに、買い換えることもできず、先生たちが手縫いで修繕しています。
何より先生たちの人件費が滞っているのがつらいです。保護者もチャリティーのための活動をし、人件費が出せない中、せめてもと先生のお弁当を手作りし、必死に支えています。これは教育権の侵害だけではなく、弱者の人権の侵害です。
私たちはウリハッキョを守っていきます。
我らの学ぶ権利を全面的に保障するのは国の義務であるはずです。
高校生が国を相手に補助金支給を求めて裁判を起こすような破廉恥な状況を許しているのは日本だけです。
子どもはどんなことがあっても守られるべきではないですか?
一部の人が朝鮮学校への差別を煽っています。しかし、この署名に見られるようにより多くの人が朝鮮学校に理解を示している。その声を国民の声としてとりあげてほしい。
文科省 審査基準や教育の質、具体的に示さず
署名の要望に対し、文部科学省は事前に文書で回答しました。
・高校無償化は生徒が日本国内に在住していれば、国籍を問わずに支援対象としている。朝鮮学校は法令に基づいて定められた審査基準に適合すると認めるに至らなかったため、制度の対象に指定されていない。これは法令の趣旨に則って判断したものであり、引き続き法令に基づき、適切に運用していくことが重要と考える。
・幼保無償化は法律により幼児教育の質が制度的に担保された幼稚園等を対象とするという考え方で整理されている。朝鮮学校を含む各種学校については、多種多様な教育を行っており、法律により幼児教育の質が制度的に担保されているとはいえないことから、無償化の対象とはしていない。
・自治体による補助金の停止や減額については、各自治体が判断する事柄。(国が)復活や増額を奨励することは適切ではない。
・朝鮮学校は学校教育法第一条に規定する学校ではないので、政府から財政支援を行うことは考えていない。
・(3団体が求める)「外国人学校振興法」の内容が必ずしも明らかではありませんが、外国人が主として通う学校が、学校教育法第一条に規定する学校となることを妨げる規定はなく、学校教育法上の正規の学校となっていただくことが可能。
関係団体からは「審査基準に適合すると認めるに至らなかった」「幼児教育の質が担保されている」とは具体的にどういう状況を指しているのか、という質問が相次ぎましたが、会合に出席した文科省の職員3人からは、いずれも具体的な例示はなく、「学校教育法の要件を満たしていない」などの答弁にとどまりました。
朝鮮学校の保護者からも、「課題がわからないと改善することもできない。最初から除外ありきではないのか」などの声が上がりました。しかし、文科省の職員は「持ち帰って省内で共有します」と繰り返しました。
子どもたちの人権を真ん中において
在日本朝鮮人人権協会の宋恵淑さんは署名簿を指し、「ここにあるのは、子どもたちを乱暴に放り投げるなという思い、排外主義的な差別は許せないという声なんです。受け止めてください」と訴えました。
「昨年、こども基本法、こども大綱ができました。子どもの権利条約を日本が批准して30年。日本政府は外国人学校に通う子どもの権利について、何の整理もしてこなかった。こども基本法ができた今、これからその権利を整理し、都道府県にも子どもの人権を中心にすえて教育を進めていくようにということになると思います。その1丁目1番地は差別の禁止です。子どもたちの人権を真ん中において進めてくださるようにお願いしたい」
注1)2018年3月29日、馳浩文科大臣(当時)が都道府県知事に出した通知「朝鮮学校に係る補助金交付に関する留意点について」。通知では、朝鮮学校について「我が国政府としては、北朝鮮と密接な関係を有する団体である朝鮮総聯が、その教育を重要視し、教育内容、人事及び財政に影響を及ぼしているものと認識しております」と記し、補助金の趣旨・目的に沿った適正かつ透明性のある執行の確保と住民への情報提供を求めた。この通知が自治体が朝鮮学校への補助金を廃止、減額する根拠として使われている。