総合職のみが利用できる社宅制度は、男女雇用機会均等法が禁ずる性別に基づく「間接差別」にあたるーー。
素材大手「AGC」(旧・旭硝子)の完全子会社「AGCグリーンテック」(本社・東京)の女性従業員(44)が、ほぼ男性が占める総合職のみが利用できる社宅制度を、ほぼ女性が占める一般職が利用できないのは、女性差別にあたるとして同社を訴えた裁判で、東京地裁(別所卓郎裁判長=瀬田浩久裁判長代読)は5月13日、女性の訴えを一部認め、総合職と一般職の家賃補助の差額約323万円と慰謝料55万円を支払うよう命じる判決を言い渡しました。
男女雇用機会均等法で初の「間接差別」認定
原告代理人によると、賃金や待遇における性差別を扱った裁判で、「間接差別」が認められたのは初めてといいます。
判決文などによると、AGCグリーンテック社は2009年6月設立。2020年4月までに総合職34人(うち女性1人)、一般職7人(うち男性1人)が在籍していました。
同社の社宅制度は、「総合職のみが利用できる」と社宅管理規則に定められています。賃貸住宅を会社が借り上げ、妻帯者や扶養家族がいる従業員と39歳以下の独身者は、月の賃料が8万2000円以下なら80%、8万2001円〜12万円なら20%を会社が負担、40歳以上の独身者は8万2000円以下なら20%、8万2001円〜12万円なら10%を会社が負担します。敷金、礼金や更新料も会社が負担します。
一方、一般職の住宅手当は月3000円〜6000円にすぎません。
原告の女性は総合職と一般職の住宅手当の著しい格差が男女雇用機会均等法や民法に反するとして、一般職への社宅制度の適用と、これまでの差額の支給を求めてきました。
一方の性の構成員に相当程度の不利益を与え、合理性がない
判決は、同社の総合職と一般職の区分が、単純に性別によるものとはいえないとし、男女雇用機会均等法第6条の「直接差別」にはあたらないとしました。一方で、「他の性の構成員と比較して、一方の性の構成員に相当程度の不利益を与え、合理的な理由がない」として、同法第7条の「間接差別」にあたる、と認めました。
均等法第7条は2007年の法改正で加わりました。施行規則では間接差別の適用範囲を、「労働者の募集若しくは採用、昇進又は職種の変更に関する措置であって、労働者の住居の移転を伴う配置転換に応じることができることを要件とするもの」と定めています。これまでは採用時に身長、体重などの体力要件を選考基準とすることや、配転時の転勤要件を課すことが「間接差別」にあたると解されてきました。
今回の判決は、同社の社宅制度が「住宅の貸与であって、労働者の住居の移転を伴う配置転換に応じることができることを要件とするものについても、間接差別に該当する場合は、民法90条(公序良俗に反する法律行為の無効)違反が生じると解すべきだ」としました。その上で裁判所は、同社の設立時の就業規則等で、総合職を「会社の命ずる任地に赴任することが可能であり、その任地での業務を円滑に遂行できる能力があると認められる職能をいう」と規定していることを引き、「社宅制度が労働者の住居の移転を伴う配置転換に応じることができることを要件としている」と認定しました。
総合職でありさえすれば、認められる
半面、運用面では、転勤しない人や、結婚して広い家に引っ越す、親元から独立するなどの「自己都合」で賃貸住宅を借りた人にも適用されていることから、「総合職でありさえすれば、適用される」と認めました。
その上で、総合職が1人を除き男性であること、一般職が1人を除き女性であることに照らし、「福利厚生の措置の適用を受ける男性の割合が圧倒的に高く、女性の割合が極めて低い」「両者の享受する経済的恩恵の格差はかなり大きい」として、間接差別を認めました。
原告は、同じ一般職であっても、女性より男性の方が、賃金面で優遇されているという格差についても男女差別に当たると訴えていました。
この訴えについて裁判所は、一般職男性が、以前同社で総合職として働き、他社での勤務を経て、一般職として転職してきた事情や、転職者として給与について会社と合意をしたことなどを踏まえ、「性別を理由にしたものとは考えられない」として退けました。
女性差別撤廃への道を大きく開いた
原告代理人の平井康太弁護士は「家賃補助が性別に基づく間接差別で違法と認めさせた、画期的な判決。会社が社宅を一般職に広げる措置を怠ったことも賠償の対象となった。ほかの事案にも広く妥当しうる。女性差別撤廃への道を大きく開いた」と高く評価しました。
今野久子弁護士は「コース別人事管理制度は雇用機会均等法施行時に、大企業を中心に導入された。いま、30人前後の小さい会社でも、総合職、一般職とコース分けされている。一般職だからといって、女性が総合職と変わらない責任ある仕事をしているにもかかわらず、低い賃金に置かれているという実態があるのではないか。しかも、一般職から総合職への転換制度がない。男女賃金格差の隠れ蓑として使われているのが、コース別人事。一般職として差別され、声を上げられないでいる人がいっぱいいると思っている」と述べました。
たくさん泣いて、たくさん悩んだ
原告の女性は2008年4月から派遣社員として同社に勤務、同年7月に正社員として採用されました。採用時には、一般職、総合職という説明はなく、管理室(旧事務部)で総務、経理系の仕事をしてきました。
2017年12月に女性は男女の待遇格差について、労働組合ユニオンちよだに労働相談し、団体交渉を持ちましたが、解決せず、提訴に至りました。
女性は判決後の報告集会でこう語りました。
借り上げ社宅を一般職に認めないのは間接差別で違法であるという判決が下りました。
待ちに待った答えをいただけたことを感謝しています。
一人で会社と闘いながら、悔しい思いをして、たくさん泣いて、たくさん悩んできました。
本日の判決はようやく認められたと嬉しい気持ちです。
結審から判決までの期間、男女差別を是正してほしい、と3月には親会社のAGC株主総会で株主として発言してきました。
労組の活動の一つである千代田総行動に参加し、地裁の前でビラを配ったり、AGCグリーンテック社の前でマイクを握ったりと自分にできることをしてきました。
総合職だけに認めている社宅制度を一般職にも認めてほしいといったこの裁判が、今回このような判決になって本当に嬉しいです。
提訴してからは、私の直属上司となる総合職の女性を採用し、仕事を外され、関与させないようにされ、管理室が監視されているのを感じて、本当に苦しくて悲しかったです。
今日の判決で辛かった思いや苦労、悲しさが喜びに少し変わりました。
あきらめようとは1度も思わなかったが、実際のところ一人はきつくて、厳しい状況の中で心が折れそうになることが何度もありました。
それを吹き飛ばすように、去年の証人尋問にたくさんの方が傍聴に来て下さり、みなさんの支援の輪が広がり、多くの方とつながり、この日を迎えることができました。みなさんの温かさに感激し、とても救われました。信念を貫いた先に自分の選択した未来があると信じてきてよかったです。
採用面接で聞かれた「結婚する予定はあるのか」
その後、記者からの質問に答え、女性はこれまで職場で感じてきた性差別について語りました。
私は紹介予定派遣で入社したのですが、採用面接が終了した後に、派遣会社の担当営業から2つ確認されました。
地方に帰る予定はあるのか。
結婚する予定はあるのか。
すごく違和感がありました。この質問を男性にはするのだろうかと思った。
そのまま入社して、やっぱり男性と女性で職場が分けられていた。(職種名ではなく)女性、男性という言葉で呼ばれていました。一般職が働く管理室を、「女性部屋」と呼ぶなどです。
制度、ルールが変わっても、一般職の女性には全く説明がない。正社員になったのに、なんで正社員扱いされないんだろうと思ってきました。
自分は何も悪いことをしていない、おかしいことをしているのは男女で区分している会社だと思って闘ってきました。
今の会社は25名前後の小人数の会社。総合職と一般職があることが、男女差別の隠れ蓑として使われているというのが今回分かったのですが、一本化してほしい。総合職と一般職というコース別人事をなくしてほしい。他の会社にもコース別人事を使っているところがあると思う。中には私と同じような思いをしている人がいるかなと思うので、そういうのがなくなっていくといいなと思います