リアルで会うことが抵抗のかたち 秋田市で「トランスジェンダーと話す会」

記者名:

私たちは、ここにいる。

 「トランスジェンダーと話してみませんか?」というワークショップが10月中旬、秋田市で行われた。SNSなどでトランスジェンダー(出生時に割り当てられた性別とは異なるジェンダーアイデンティティをもつ人)への誹謗中傷があるなか、「当事者がどのような生きづらさを感じているのか知りたい」「一緒に考えたい」という人たちが参加。リアルで顔を合わせながら当事者一人ひとりの声に耳を傾け、語り合った。

 話し手は、トランスジェンダー女性のМさん、トランスジェンダー男性の真木柾鷹(まさき・まさたか)さん、ノンバイナリー(nonbinary=男女という性別にとらわれないジェンダーアイデンティティをもつ人。日本ではXジェンダーとも表現される)のらっしーさん、あおいさんの4人。全体で15人ほどの集まりだった。

 4人はこれまでの歩みを振り返り、記憶に残る出来事や今思うことを語った。

「就職しづらい、受診しづらい」

 真木さんは出生時、戸籍に「女性」と登録されたが、女性であることにずっと違和感があった。のちにニュースで性同一性障害を知り、32歳の時にPMS(月経前緊張症)症状の治療として男性ホルモン剤の投与を選択。PMSの症状は緩和され、外見が男性に見えるようになったことから、男性として生活するようになった。

それぞれの歩みと今の思いを語る話し手たち

 周囲には男性と認識され、日常生活を送っている。だが戸籍の性は「女性」のままであるため、ふとした時に生きづらさを感じる。

 「以前の職場では『あいつ女から男になったんだ』とアウティングされました。病院を受診すれば処方箋には戸籍上の性別(女性)が記されてしまう。就職しづらい、受診しづらい、生きづらいな、と思っています」

性別移行後も周囲に気を遣う

 トランスジェンダー女性のМさんは県内で過ごした高校時代、アイデンティティが「死滅した」と語る。

 髪を伸ばしていることが校則違反だとして、頭髪検査の日は必ず体育教師とぶつかった。「高校の時は親しい友人がいなくて、周りも傍観しているだけでした。毎日(ストレスで)おなかを痛めながら、学校へ行きました」

 大学2年の時に睾丸摘出手術を受け、3年の時に改名した。戸籍は男性のままだったが、周囲には女性として認識され、学生時代を過ごした。それでも常に「他者がどう感じるか」に気を遣って、行動していた。

 「バイト先では男性用の更衣室を使うようにしていました。でも見た目は女性なので『(男性用更衣室を使って)すみません、すみません』といつも謝っていました。ほかの男性が入ってきたときは、逃げるように更衣室を出ていきました」

 22歳の時、韓国で声を高くするための手術を受けた。23歳の時にタイで性別適合手術を受け、戸籍の性別を女性に変更した。

 Мさんの母は、書籍などでトランスジェンダーについて学んでいた。一方、父親は「見て見ぬふり」で、大学時代に改名をしたときも何も言わなかった。だが性別適合手術については、術後「(Мさんのことを)絶対に許さない」と言っていたと、人づてに聞かされた。

 女性として生きられるようになると、次は周囲に「女性らしさ」を求められた。どこまでいっても「らしさ」の幻想に追い立てられた。

 「私は、女らしさも男らしさも好きじゃない。女性だからといって『恋愛は?結婚は?』と押し付けられるのは、おかしいと思っています」

集団で「あなたのここが変」

 ノンバイナリーのらっしーさんは小学校高学年の頃から、女性としての体の変化に苦痛を感じるようになった。中学生で初潮を迎えたときは、絶望感でいっぱいになった。「自分は男として育っていくんだと思っていました。でも男にはなれないんだなという、絶望感でした」。女子の制服はスカート。はくことが苦痛で仕方なかった。「女性として見られること、女性として扱われること、女の人はこうすべきと言われること、すべてが苦しかった」

「女性として扱われること、女性はこうあるべきと言われること、すべてが苦しかった」と語るらっしーさん

 高校時代には、仲良しだった女子グループのメンバーから「あなたのここが変」という長文の手紙を渡された。「『(男っぽい)話し方が変』『(男っぽい)歩き方が変』と。渡されたときは何も言えず、悔しいけれど、泣いてしまった」。鬱気味になり、学校へ行くのが怖くなった。

「いないもの」とするのはやめてほしい

 社会人になり、自衛隊で11年間、働いた。「日常的なパワハラ、セクハラがあって『女だからこうしろ』という圧力があった。上が黒と言えば黒という世界。口ごたえはできなかった」。生活を建て直そうと自衛隊を辞め、秋田でブロガーとして活動を始めた。ファンや応援してくれる人たちが増えて「みんなが見てくれている」と気づいたとき、自分のジェンダーについて「フルオープンにしていこう」と決めた。「かつてのような生きづらさが、今はなくなりました」

 それでも職場などで「彼氏いないの?」「結婚しないの?」と聞かれたりする。「男性には興味がない」と伝えるとほとんどの人は驚き、「(セクシュアルマイノリティは)いるんだ、本当に」などと言う。

 「小さな声を上げている人たちのことを、いないものとするのはやめてほしい。あなたのそばにいるよ、と言いたい。怖いことも不安なこともあるけど、行動してみれば周囲の視点が変わったり、物事が変わったりする。身近にいるのだということがもっと認知されるように、行動していきたい」

「声を上げてはだめ」と思わされている

 あおいさんも、周囲から「女としてこうあるべき」という扱いを受けることが、ずっと苦しかった。母はその思いを分かってくれていた。だが、自分に同性のパートナーがいると伝えたときには「ショックだ」と言われた。

 「(LGBTQ+についての)情報に触れてはいたけれど『娘がそうなるとは思わなかった』と」。それでも母は、少しずつ理解しようとしていた。月日が流れ、あおいさんの出身地の自治体がパートナーシップ制度を導入した時には、新聞記事の切り抜きを送ってくれた。

 あおいさんを「女性」として認識している人からは、あいさつのように異性愛前提の世間話をされる。「コミュニケーションがまず『彼氏いるの?』から始まる。そして『結婚はどうするの?』。最近は怒ることも、疲れてきてしまいました」

 今の日本の社会は「男性優位で、その中で女性として生きていくことは、つらい」と感じている。「若い友人の中には『マイノリティはマジョリティに配慮するべきで、声を上げちゃいけない』という思考になっている人もいる。でもそうじゃない。声を上げていいし、自分のような人間が生きていることや、いろんな視点があるということを、若い世代に伝えられたらと思います」

誹謗中傷の渦、SNSをやめる

 LGBTQ+の存在と人権保障の問題が可視化される一方、SNSでは当事者への誹謗中傷も起きている。中でも近年深刻化しているのが、トランスジェンダー女性への差別的な発言だ。よく目にするのは「トランスジェンダー女性の権利を認めると、女湯や女子トイレに『自分は女性だ』と言って男性が入ってくる」と不安をあおるもので、トランスジェンダー女性への誹謗中傷につながりかねない言説だ。

 Мさんは、トランス女性への誹謗中傷を目にすることがつらくなり、SNSの利用をやめた。

 「(通知を消す)ミュートの機能をいくら使っても、トランス女性と女子トイレとか、トランス女性と女湯といったワードがトレンドに上がってくる。非表示にしても目に入ってしまう。そういうワードを目にして病んだりする時間がもったいないと思って、SNSをやめました」。LGBTQ+やトランスコミュニティーの情報が入りにくくなり、SNSでつながっていた友人ともやり取りができなくなった。そういう実害はあったが、心の安全を保つことを大切にしたかった。

 一方で今月12日、うれしい出来事があった。トランスジェンダーが戸籍上の性別を変更するため、生殖腺の除去手術を要件としている「性同一性障害特例法」の規定について、静岡家裁浜松支部が初の「違憲判断」を示したのだ。「こんなにSNSの誹謗中傷がひどいときに、よくぞと。大きな一歩、世界が開けたなと思いました」

ワークショップのちらし。SNSでの誹謗中傷がやまない中、リアルで語り合える場をつくろうという試みだった

リアルで会うことの大切さ

 フリートークでは、参加者からLGBTQ+の人権をめぐって「分断」が起きていることを心配する声が上がった。

 ある参加者は「トランス当事者の中には、性別適合手術を受けられる人もいれば、貧困に苦しんで手術を受けられない人もいる。それを『手術できないあなたが悪い』と切り捨てるのは、あまりにひどい。フェミニストとトランスジェンダーはともに闘っていかなければいけないのに(女性の中にはトランス女性を排除・攻撃するような発言をする人もいて)女性の中の分断も起きている」と語った。この参加者もМさんと同じように、SNSの利用をやめたという。「こうしてリアルで会うことが大事だなと。これも一つの抵抗の形だと思いました」 

 ワークショップはLGBTQ+を支援している民間団体「性と人権ネットワークESTO」が主催した。トランスジェンダー当事者と語り合う場を、今後も持ち続けたいという。