生活保護を受けているのに、生活苦による自殺が年 118件 猛暑、物価高……追い詰められる利用者たち

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物価高なのに、生活保護基準を引き下げ?

生活保護問題対策全国協議会など、困窮者支援に取り組む全国の15団体が9月13日、武見敬三厚生労働大臣に2025年度の生活保護基準額の改定で大幅な増額と夏季加算の創設を求める要望書を提出しました。

物価高なのに、生活保護基準が切り下げられようとしているってどういうこと?

冬にはある光熱水費の加算が、もはやエアコンが必須の夏にはないってどういうこと?

要望を取材し、当事者の話を聞きました。

生活扶助基準額の引き上げと夏季加算を要望

要望は次の3点です。

・2025年度の生活扶助基準額を全ての生活保護利用世帯について、少なくとも7.7%以上引き上げること
・夏季の光熱水費を賄うための夏季加算を創設すること
・全ての生活保護利用世帯について、エアコン購入費用の支給を可能とすること

生活保護の基準額について、国は

①2023年度〜2024年度の2年間は2019年度当時の消費水準に、一人あたり月1000円を特例的に加算する

②それでも現行基準が減額となる世帯については現行の基準額を保障する——という方針を採ってきました。

2025年度以降については、「一般低所得世帯との消費実態との均衡を図るため、生活保護基準部会における検証結果を反映する」としています。この部会での検証は、所得が低い方から10%の人の消費水準と生活保護基準を比較することになっています。日本は生活保護の補足率(生活保護を利用する資格がある人のうち実際に利用している人の割合)が15〜20%と低く、生活保護基準額以下で暮らしている人が多くいます。本当はそのこと自体、憲法に定める「健康的で文化的な最低限度の生活」が保障されていない恐れがあり、問題です。一方で、より貧しい世帯との比較という検証手法を採ることで生活保護基準額が引き下げられてしまう恐れが大きいのです。

厚生労働省に要望書を手渡した尾藤廣喜弁護士ら=東京都

都市部の単身高齢者3.4%減の見込み

社会経済情勢等を勘案しない限り、2025年度の生活保護基準額は大幅引き下げになる予想です。都市部に住む65歳の単身高齢者は月7.7万円から7.4万円に3.4%減。75歳以上の単身高齢者は全国的に減額幅が大きく、都市部に住む後期高齢者は月6.8万円と7万円を割り込みます。

他方、異常なペースの物価高は現在進行形です。消費者物価指数は2020年度から3年連続で上昇。特に「生鮮食品をのぞく食料」は2023年度には前年度比7.5%も上がり、オイルショックがあった1975年以来の上昇を記録しました。

光熱水費は2020年から約2割上がり、2024年7月は前年同月比で7.5%の上昇。特に電気代が22.3%も上がっています。今後、全国の自治体で水道代の上昇も見込まれています。

基準額は下がる、物価は上がる。これでは暮らしていけません。

コロナ禍以降、弁護士らが全国で取り組んでいる無料相談会「いのちと暮らしを守るなんでも相談会」でも、生活保護利用者から悲痛な声が上がっています。

60代単身女性
「年金と生活保護で月収10万5000円。家賃3万4000円。洗剤や食料費の値上がりが止まらない。缶詰のサイズが小さくなった。米は昨年暮れから500円ぐらい上がった。夏の電気代を考えると怖い。今の生活保護基準ではやりくりするのが厳し過ぎる」

40代男性
「食料品や電気代、ガス代が高い。ガス代節約のために入浴せずシャワーだけにしている。就職活動で携帯代もかかる。友達とも会っていない。保護基準を上げてほしい」

80代女性
「物価高でまともに食事も摂ることができていない。水道・光熱費を2ヶ月分滞納している。水道局、電気会社に延納措置をお願いしているが、今後支払いが滞った場合、水道を停めると言われている。月の食費は1万5千円で収めている。病気を持っているため食事に気をつけなければいけないのだが、献立はお粥などに限られ、量も少ないため、毎日白湯やお茶を飲んで空腹をしのいでいる。毎日暑い日が続くが、電気代節約のためエアコンはなるべくつけないようにしている。毎日不安で夜に目が覚めてしまう」

厚生労働省で開かれた記者会見では2人の生活保護利用者が体験を語りました。

Aさん(50代、男性)

とんでもない猛暑と物価高のダブルパンチに直面しました。
今年は猛暑のあおりで体調を崩したり、食事が喉を通らなかったり、体が受け付けなかったり。吐いてしまうこともありました。体重が10kg近く落ち、精神科と内科の診察時にそのことを言ったら、CTを撮られました。検査で異状は見つからず、医者には栄養失調と脱水といわれました。とにかく水分をとらなければと、ミネラルウォーターばかり飲んでいる日もあった。食費よりもミネラルウォーターの方が高いぐらいだった。
言葉に傷つくんですね。周りから「いいダイエットになってよかったじゃないか」と言われると、頭にきたり、情けなかったり、「俺一人死んでも、だれも困らない」と思うようになってしまった。
9月に入り、ちょっとずつ、なんとか食べられるようになってきた。
やっと5kgのお米を買ってこられたが、これがなくなったらと思うと怖くて使えない。猛暑が大変なら、涼める所に行ったらいいといわれますが、自宅は駅から離れていて坂があるので、帰るまでに汗だくです。うちに帰ったら一気に暑い。室内は気温37〜38℃が当たり前、湿度70%が当たり前。
古いエアコンなので、電気代が怖くて点けられない。
窓をほぼ全開にし、うちわで扇いで、汗を飛ばすのに必死です。除湿剤を置いても追いつかない。
去年は特殊詐欺にひっかかりほぼ無一文の状態になった。
今年は物価高や思わぬ出費が重なっています。今度無一文になったら一発アウトだなと思っています。夏季加算の新設、物価高に見合う保護費の引き上げを早急にやってほしい。今すぐやってほしい。私だけじゃないです。全国から声が上がっています。
私のように死にかける人が出てくると思います。引き下げられた保護基準額を元に戻す対応を、早急にしてほしい。生活実態に見合った、かゆいところに手が届く補助をしてほしい。ケチケチ言わずに今すぐやってほしい。

Bさん(40代、女性)

関東地方に住む、シングルマザーです。16〜22歳の子どもが5人います。配偶者のDVで離婚し、なんとか借家で子どもたちと暮らしています。持病があり、働くことは困難です。
6月の初めに冷蔵庫の冷蔵室が壊れて冷えなくなった。野菜室が少し冷えている状況。冷凍庫は動いていましたが、製氷機が壊れていたので、氷もその都度作っていました。
子ども5人の食事を毎日どうするか。夏場の電気代がかかるということと、冷蔵庫を買い換えることとの間で悩み、決断ができず、ただ日々どう食べてどう暮らしていくかしか本当にわからなくて。
お米がない。お米が高くて買えない。夏休みはそうめん、うどん、冷やし中華、焼きそばなど安い麺類をねらって前の日の夜にスーパーに見に行く。半額になったものを買ってきて、次の日のお弁当に詰める。私のご飯は、子どもの残り物があれば、それですます。
運動部の子どもたちは半日で2ℓの水分が必要です。家から持って行ったお茶を冷やすためには氷がいる。地元の「生活と健康を守る会」に相談し、古いけど使っていない冷蔵庫が見つかった。故障から2ヶ月、8月16日にようやく冷蔵庫が来ました。暑い中、重い冷蔵庫を4〜5人で運びました。なんとも言えず嬉しく、幸せな気持ちになった。
住んでいるのは築60年弱の古い一軒家。雨漏り、鼠、ゴキブリも出ます。不衛生だと思いながらもなんとか雨風をしのいで生きている。
子どもたちには涼しい部屋で睡眠を取らせてやりたいというのを一番に考えた。子どもたちの寝室だけはエアコンを入れ、私は別室でアイスノンなどを使って首の裏を冷やしながら寝ている状態でした。
Aさんと同じく、心ない言葉に本当に傷つきます。
コロナ禍で生活苦から自治会を退会しました。月1200円が払えなかった。そのころから近所の視線がつらくなりました。朝、子どもが登校する時間に、高齢の男性がうちの前で毎日お喋りをしているんです。子どもたちが、「またいる」「また見てる」「声が聞こえる」と訴えてくる。生活保護で暮らしていくことへの社会の理解のなさだったり、生活困窮している人間への厳しい視線や悪口を敏感に捉えてしまう自分がいます。自分を肯定できないことはきついなと思います。
多子世帯の生活実態に見合った扶助額にし、夏季加算をつけていただき、子どもたちの大学の受験、進学費用を出せるような制度にしていただけたらと思います。

外国では公的扶助を引き上げ

諸外国では公的扶助の金額を引き上げている例が目立ちます。

ドイツの連邦裁判所は2010年、生活扶助をめぐる違憲判決の中で、基準額の決定において、給付の水準を下回る世帯を参照世帯から除外することを求めました。その後、一貫して扶助金額は引き上げられています。

韓国でも支給要件となる所得額を24年、基準中位所得の30%以下から32%以下に引き上げました。

スウェーデンでも物価高対応で、生計援助の全国標準額を23年に前年比8.7%、24年に同8.9%引き上げています。

生活保護を受けているのに「生活苦」で自殺

日本はどうでしょうか?

物価高の中で生活保護基準額が据え置かれた結果、自殺者が増えています。

厚生労働省の自殺統計は2022年から「無職者」を細分化し、「生活保護受給者」のカテゴリーが新設されました。22年は1014人、23年は1071人が自殺しています。

中でも深刻なのは自殺理由に「生活苦」を挙げた人の多さです。22年は86人、23年は118人にのぼります。

つくろい東京ファンドの代表理事、稲葉剛さんは「炊き出しに集まる人が増加傾向にあって高止まりしている。もともと生活保護を受けていない人を制度につなげるためという動機もあって、炊き出しをしていたのに、この数年は生活保護をすでに受けている人が次々に来る。生活保護を利用しているけど困窮しているということが常態化している」と話しました。

新里宏二弁護士は「生活保護を受けながら、生活苦で自死する人が年間118人。人の命が奪われても制度が変えられない。こんな世の中でいいのだろうか」と話します。

8月に優生保護法の弁護団が市営住宅を訪ねて、原告の話を聴く機会がありました。エアコンがなくて汗だくになったといいます。

「生活保護世帯の人は毎日この生活かと身にしみました。日本が熱帯になったのに、エアコンがないなんて、こんなばかなことがあるか? エアコンがあっても、電気代が上がるから点けられない。悲しくなる。ここを変えていかないとならない」

オイルショックの時は20%引き上げ

尾藤廣喜弁護士はオイルショックの時のことを引き合いに出しました。

物価高を受け、政府は1973年、年度途中の10月に生活保護基準額を5%引き上げ、74年4月には20%引き上げています。その間に2回、特別一時金も出しています。

「今回、同じような極端な物価上昇の中にあって、即時引き上げを検討しないのは解せない」と尾藤弁護士は首をかしげます。

生活保護を受けながら、生活苦で自殺するという本末転倒な事態をなくすべく、一刻も早い基準額の引き上げが待たれます。