時間外労働規制の上限、緩和しないで 子育て世代が緊急声明 自民党総裁選で、複数候補が見直し提唱

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働き方改革を見直して、長時間労働に逆戻りするの?

9月27日開票の自民党総裁選で、複数の立候補者が労働規制の緩和を公約に掲げています。「解雇規制の撤廃による雇用の流動化の促進」と「時間外労働規制の上限緩和」という大きく2つの主張があるようです。

このうちの時間外労働規制の上限緩和に対し、子育て当事者らでつくる「みらい子育て全国ネットワーク」は9月13日、緊急声明を出し、撤回を求めました。

声明では、時間外労働の上限設定、勤務間インターバルなどの働き方改革について、「国民の生活と健康を守るために欠かせない、21世紀日本の大きな前進です。人手不足が懸念される今こそ、多様な働き手が、健康的に長く働き続けるための方策として必要とされています」と位置づけました。

年720時間の上限を法律で制定

働き方改革関連法は2019年4月に施行されました。労働基準法に定めがなかった時間外労働について、原則月45時間、年360時間までと定め、例外として、「年720時間、複数月の平均が80時間未満、月100時間未満」の上限を設けました。今年4月からは、運輸、建設、医師などの職種にも適用されています。

みらい子育て全国ネットワークによると、長時間労働が改善し、「親子で過ごす時間が増えた」という声の一方で、いまだに「サービス残業をさせられている」「夫は毎日深夜帰りだ」などと苦しむ人々の声も響き続けているといいます。

声明は、「この状態で時間外労働規制の緩和の議論が進んでしまうと、やりがいの搾取や、『自己研鑽』という名の強制残業など、今もある問題がさらに悪化する」と懸念を示し、「緩和」を論じる前に勤務間インターバル規制の義務化、残業割増率の大幅引き上げなどを先行導入するよう求めました。

「65連勤」に戻るのは困る

ネットワークの代表を務める天野妙さんは、小泉進次郎氏が9月6日の総裁選出馬会見で、「企業からも働き手からも、もっと柔軟に働けるようにしてほしいという切実な声が上がっています。労働時間の上限をなくします」と話したのを聞き、「おやおや?」と思ったそうです。夫は運輸業の建設部門に勤務。この数年の働き方改革で土日は休めるようになりましたが、以前は65連勤という時もありました。今も平日の帰宅は深夜で、子育てにも十分に関われていません。

「時計の針を働き方改革以前に戻すと人間らしい生活ができなくなってしまう」と危機感を抱いたといいます。

「自民党総裁選2024」の候補者一覧(自由民主党ホームページより)

「残業時間規制の柔軟化」「働き方改革の見直し」

自民党総裁選の各候補の公約などから労働規制に関連する部分を拾ってみました。

【小泉進次郎候補】

労働時間規制の緩和も検討します。労働者の働き過ぎを防ぎ、健康を守るのは当然のことですが、現在の残業時間の規制は、原則として月45時間が上限になっていて、企業からも、働く人からも、もっと柔軟に働けるようにして欲しいという切実な声が上がっています。一人一人の人生の選択肢を拡大する観点から、残業時間規制を柔軟化することを検討します。
私は、国民の皆さんの生き方や働き方の変化に合わせて、一人ひとりの多様な人生、多様な選択肢を支える仕組みを構築したい。
昭和モデルを前提に構築された様々な制度は成功モデルだったかもしれませんが、令和の今の世の中や家族や働き方の多様化に追いついていないのは明らかです。
一人一人の人生の選択肢を増やすことで、誰もがより自分らしく生き、モチベーション高く働ける社会を創る。そうすれば、人口が減少する中でも、労働力人口を維持し、生産性も上がっていく、新しい成長モデルの構築を私にやらせてください。

【小林鷹之候補】

暮らしを明るく:中間層「ど真ん中」の所得向上を実現
「もっと働きたい」という希望を叶えるため、「働き方改革」の点検・見直し。リスキリングとマッチング機能の強化で「失業なき労働移動」を促進。

【河野太郎候補】

労働市場改革
・個人にとっても企業にとっても躍動感ある労働市場を創り出します。
・男女の賃金格差及び正規・非正規雇用の格差を是正し同一労働同一賃金同一待遇を徹底します。
・世帯収入を増やすため、労働時間調整の原因である「年収の壁」をつくっている控除・手当・保険料を、時間をかけて縮小、廃止します。


みらい子育て全国ネットワークの声明には、経済学者、社会学者らもコメントを寄せています。一部を抜粋します。

【柴田悠・京都大学人間・環境学研究科教授】

残業割増率が低い現状のままで残業を規制緩和すると、「残業するだけで高く評価される」という「昭和モデルの人事評価」に戻ってしまい、「DXによる生産性向上がなされづらい失われた30年」に戻ってしまうでしょう。せめて残業割増率を「現状の25%」から「アメリカと同じ50%」へと引き上げることを是非ご検討ください。

【末冨芳・日本大学文理学部教育学科教授】

親の労働時間が長くなると、子どもからケアを奪うことになります。だからこそ親が長時間労働をしなくてすむ労働時間規制や、不安定就労から守る規制を重視する国が多いのです。年少扶養控除と手当を組み合わせ、子育て家庭を経済的にも支えています。新しい自民党であれば、この改革の実現が可能だと信じています。

【山口一男・シカゴ大学社会学教授】

日本の長期雇用者優先の雇用慣行のもとでは、企業の「働かせ方」が自分の選好と合わなくても、「退出オプション」がコスト高なため、非自発的に残業をしている就業者が未だ非常に多い状況があります。その状況で「労働時間規制」の緩和を行えば、非自発的残業が一層増え、ワークライフバランスが取りにくく離職せざるを得ない有能な女性も現在以上に増加し、日本の人材活用が長時間労働可能な男性に偏るといういびつさをさらに強化することになる懸念が大と思います。また恒常的長時間労働のもとでは、イノベーティブな仕事はできません。労働時間管理を就業者自身ができる雇用管理システムを日本企業が採用するように促していくことが重要と思います。

【山本勲・慶応大学商学部教授】

希望者に長時間労働を認めると、部下や同僚にも拡がる「ピア効果」が生じてしまいます。人手不足の日本で求められるのは、長時間労働への回帰ではなく、多様な人材が生産性とウエルビーイング(心身の健康と幸福)をともに高める新たな働き方です。そのためにも労働時間規制はグランドルールとして維持すべきです。

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