超党派の女性国会議員が隔月で開いている「クオータ制(※1)実現に向けての勉強会」が2月6日、参議院議員会館であった。今回のテーマは「労働基準法改正による労働効率化と労働時間の短縮」。すでに2022年施行の改正女性活躍推進法で女性管理職比率の目標値が定められるなど、政治に先んじてクオータ制が広がっている経済界から、政治のありようはどう見えるのかなどについて、議論が交わされた。
※1クオータ制……格差是正のためにマイノリティの割り当て枠を設ける制度。ここでは政治の世界のジェンダー平等のために、候補者の一定の割合を女性にすることを指す。
「勤務間インターバル」11時間、残業代割増率を1・5倍に
会合では京都大学教授の柴田悠さんと、株式会社「ワーク・ライフバランス」社長の小室淑恵さんから「2024年政治にこれだけはやってほしいこと」として、労基法改正が提言された。
柴田さんは「賃金を下げずに労働時間を短縮できれば、夫の家事育児の時間が増え、妻の負担が軽減される。女性が望む『共働き・共育て』が実現でき、少子化も緩和される」と主張。日本では男性の有償労働時間が40年前からほとんど減っていない一方で、女性の有償労働時間が延びた。育児負担に起因する幸福感低下を指す「親ペナルティ」は、日本では女性にのみ課されていて、これが女性の結婚や出産の回避につながっているという。
柴田さんは「労働時間の短縮を実現するためには労基法改正という大きな起爆剤が必要だ。欧米なみに改正し、退勤と次の出勤の間を空ける「勤務間インターバル」11時間の義務化、残業時間の割増率を1・5倍にする、法定労働時間を週35時間にする、などの手を打ってほしい」と述べた。また、こうした法改正を実現するためにも、政治にクオータ制を導入し、女性の意見をしっかり政治に反映させる必要がある、とした。
政界のクオータ制に向けた8つのステップ
小室さんは「ゲームチェンジのための8つのステップ」を掲げた。
1) グローバルレベルの労基法に改正
2) 経済界トップに女性役員比率が高まる
3) 国会議員の働き方改善に経済界・国民からの圧力が得られる
4) 具体的な選挙活動ルール・国会ルールが変革される
5) 「選挙活動中」「国会会期中」にも議員が育児・介護ができるようになる
6) 女性議員・ダイバーシティ議員が各党の幹部に
7) 多様な国民が抱える課題が、真に政策に反映される日本へ
8) 少子化打破が加速・多様な労働力の活躍で日本経済再生
勉強会で、小室さんは「オンワードホールディングス」「大和証券」「丸井グループ」など、コンサルティングに携わった企業の例を挙げ、第1段階の「労基法改正」の必要性について、自説を述べた。
「残業時間を削減し、勤務間インターバルを義務化した企業は、コロナ下でも業績がV字回復した。女性従業員も、この働き方なら管理職を目指したいと意欲的になった」
このような変化を国レベルで起こすには労働基準法の改正が必要とし、「月間残業時間20時間以上からは割増賃金率を1・5倍に」「繁忙期を除き、勤務間インターバル11時間の義務化」の2点を挙げた。
男女の候補者割合の差に応じて政党助成金を減額
また女性国会議員を増やすために、「比例名簿は男女交互に」「官僚や議員の長時間労働を是正するため、国会は質問通告2日前を厳守」「審議引き延ばしなどの日程闘争を防ぐ国会の年間スケジュール化」「男女の候補者割合の差に1・5を乗じた率の政党助成金を減額」などの施策が必要だとした。
提案を受けて、各党から代表で出席している国会議員らが意見を述べた。
辻元清美さん(立憲)は「夫が働いて、妻は専業主婦かパート、というモデルで動いてきた労働組合も、女性が幹部に登用されるなど少しずつ変わってきた。夫の労働の地位を守るだけだったのが、それではやっていけないと女性たちが声を上げ始めた。みんなの意識が変わる中で、政治家が一番遅れている。政治家とは男が24時間戦うもの、政治家の妻が地元と子育てを守る空気や文化がある。そこはリベラルとか保守とか関係ないんです。党派を超えて変えていかないと」と話した。
ジェンダー平等、日本と世界の差は30年
倉林明子さん(共産)は「日本と世界の差は30年。うちの党も例外ではない。労基法改正に黒船が必要っていうのを、本当にそうだなあと思いながら聞いていたんだけど、ジェンダー平等をどう進めるのか衆議院が特に遅れている。共産党は比例で候補者を男女交互にすることで、結果としての同数を目指そうとしている。小室さんの法律で規制していくステップは合理的だ」と述べた。
福島瑞穂さん(社民)は30年前に夫と交代で子どもの保育園のお迎えに行った経験から、「夫婦が交互にやるなら、1週間の半分早く帰る、半分は遅く帰ることでなんとか回っていく」と話した。その上で、「男性の残業をなくし、1日の労働時間を短くする。これまで労働組合は残業規制をすると給料が減ると言ってきたが、ベース賃金を上げて、残業に頼らないようにした方がいい」と提案した。
櫛渕万里さん(れいわ)は「大企業だけでなく、庶民の暮らし、中小企業の意識を変えていくという点が大切。社会保険料の負担が減るような中小企業向けのインセンティブが必要」とし、小室さんも「中小企業は利益が上がっていないので、減税が利かない。労働時間短縮で得をする仕組みを社会保険料のところで入れていかないといけない」と応じた。
現役の子育て世代として国会議員の働き方改革に言及したのは野田聖子さん(自民)だ。「育児は女性がやるという固定観念が私たち自身にある。妊娠出産は女しかできないけど、育児は男ができるという発想に立たないと、男が無関心になり、育児は不毛の、永遠の課題になってしまう」
選挙や国会のあり方を変えないと育児できない
「男性国会議員は、育児はしてるの?」と辻元さんに聞かれ、伊藤孝恵さん(国民)の代理で出席した「黒一点」の玉木雄一郎さん(国民)は「国会議員になる前は結構やってたんですよ。大臣秘書官で、大臣室に子連れでいって答弁を作ってました」と答えた。しかし、子どもが幼稚園の年長の時に選挙に出て、事情は一変したという。「しばらくの間、子どもの記憶がないんですね。とにかく選挙で、できるだけ(地元の)お祭りを回れ、というね。働き方改革も必要なんだけど、選挙や国会のあり方を変えていかないと、男性議員が育児をするというメンタリティにはならないと思いますね」
玉木さんは伊藤さんの働き方を見て気づかされることがあった、という。
伊藤さんは子どもを保育園に送っていくために午前8時15分からしか会議に出席できない。「午前8時の部会で、座長あいさつに間に合わない。彼女と一緒にやろうと思うと、会議を8時半からに変える必要が出てくる。それじゃあ9時からの予算委員会に間に合わないよというのであれば、党内だけじゃなく、国会全体を変えていかなければいけない。こういうことに気づくためにも国会議員に多様性やバランスが必要だし、もっと子育ての当事者を増やさないといけない」。
野田さんも内閣府の特命大臣(少子化担当)時代に、慣例を変えた。国会質疑に答えるため、早朝5時、6時から開いていた官僚の「朝レク」を思い切ってやめてみた、という。「前夜のうちにLINEで質問に対する答弁書を直接送ってもらい、ニュースを見ながら、確認してオッケーのスタンプをポンと。やればできるんです」
国会の部会が午前8時始まりであることについて野田さんは、「朝はヒマだし、朝ご飯も出るし、という昔ながらのやり方なんでしょう。私は出ていません。後から内容を聞くことは可能なので。そういう慣例をなくしていく、オンラインにしていくことができると思う」と述べた。
女性登用進む経済界、政界の足踏みに不満も
労働時間の短縮について、福島さんは「かつては、男性の労働時間が短くなってもバーか飲み屋で過ごす時間が増えるだけだといわれてきた。パパと子どもの仲がいい文化をつくって、飲み屋にいくより家に帰ってご飯を作る方がハッピーだよね、という風になるといい」と注文をつけた。
2019年の労働基準法改正では、残業を減らしたもののまっすぐに家に帰らず、飲み屋で滞留してから帰る会社員を指して、「フラリーマン」という造語が生まれた。
小室さんは「転勤をさせず、オンラインで遠隔地をマネジメントする支社長、支店長も増えてきた。育休が取れて家族の一員になると、早く帰れる時はまっすぐ帰宅している。そうした流れを作ることが大切です」と話した。
特に中小企業は法律でしばらないと男性の働き方が変わりにくいという。残業代の割増率は日本は1・25倍だが、世界的には1・75倍が標準になりつつある。ここをせめて1・5倍にすることで残業時間が劇的に減るだろうと、小室さんはみている。
さらに、経済界の見方が変わってきたという。
「経団連や経済同友会は、女性管理職の比率を決めて登用を進めてきているので、政治に対して、なんでクオータ制ができないんだと不満がたまり始めている。経済界はもうターニングポイントを迎えた。なのに、政治が経済界に忖度して、残業割り増しを低く抑えておいた方がいいですよね、と言うのは時代遅れ。企業のため、経営者のためによかれと思ってやっていることで、実際に日本の経済は回らなくなっている」(小室さん)
石井苗子さん(維新)はトラックドライバーの労働時間の上限が設けられることによって生じる2024年問題にからみ、物流業界から「労働時間短縮を押しつけてくるのをどうにかしてほしい」と要望を受けたと明かした。「育休を男女で取られたら、中小企業は残った人間が4倍働かなくてはいけない。若手が休むと周囲がワークストレッチでどうにもならない。労働効率化をどうするのか。AI(人工知能)なんて明日から来るわけじゃない」などの苦情を口々に訴えられた、という。
小室さんは「トラックドライバーが集まらなくなることが日本にとっては大きな損失。消費者がコストを負担するとともに、ドライバーの働き方を変えなければ、若い人は集まらない」とし、同様に改革が遅れていた建設業界の変化を例示した。
岩盤と思われた建設業界にも働き方改革
今年1月12日に、全国建設業協同組合連合会が、「勤務間インターバル宣言」を出した。「働き方改革法が今年4月に施行される。建設業界にはその後、若い人が業界に入ってくる未来が見えないという危機感がありました。それが宣言につながった。運輸業界も変われるように手助けが必要です」玉木さんも「私も、石井さんと同様に現場から、仕事があるからもっと働きたいという声を聞く。一つやったらいいのは勤務間インターバル。わーっと働いて深夜になってもかまわないんですけど、次に出勤するまでの時間、身体を休める。それをまずやるのがブレイクスルーになるんじゃないかな」と話した。小室さんは「40歳〜50歳代が7時間睡眠を取れるように休めないと、定年後の認知症リスクが1・3倍になる」というデータを上げ、「国民が認知症になるリスクを放置していると、医療費も上がりますよ」とだめ押しした。野田さんは「私たちは立法府。悪者になって、法律が決まったからやらなきゃいけないよというコースを作らなければならない」とし、抜本的な手当と短期的な対処法を並行して進める必要を示した。「経営者はしがらみの中でなかなか変われない。労基法の改正も、変化へのあと一歩の後押しになるなら、やれると思う」と述べた。「短時間労働、高収入、自分の生活をしっかり守れるような豊かな国民に日本はなっていかないと」。
最後に、竹谷とし子さん(公明)が「2024年問題。働き方改革法により生じた状況で、いま本当に困っていらっしゃる業界がある。次の段階で、残業の割増率を1・5倍にするというのを超党派で進めていけるようにしないといけない」とまとめた。
労基法改正による経済界の変化が国会のクオータ制につながるまで、遠回りの長い道のりに、も見える。議論を聞きながら、正直、「政治の世界のジェンダー平等は、まだそこなのか!」と思った。しかし、小室さんが言うように、先んじて変化した経済界や国民から、国会の働き方改革に圧力をかけていけるように、勉強会での率直な議論を注視していきたい。
(阿久沢悦子)