生活保護の生活扶助基準額が2013年から3年にわたり、平均6.5%、最大10%引き下げられたことは違憲として、全国29都道府県で1,000人を超える原告が国を訴えている「いのちのとりで」訴訟で6月27日、最高裁第三小法廷(宇賀克也裁判長)は引き下げを「違法」とする判決を言い渡しました。2023年4月の大阪高裁(原告敗訴)と、2023年11月の名古屋高裁(原告勝訴)で判断が分かれたことから最高裁が審理していたもので、原告の勝訴が確定しました。
いのちのとりで訴訟 国が2013年から2015年にかけ、段階的に生活扶助基準を平均6.5%、最大10%引き下げたのは生存権を定めた憲法25条に違反するとして、生活保護の利用者らが減額の取り消しを求めて訴えた。提訴は2014年から2018年にかけて29都道府県の地裁で行われ、原告の数は計1000人を超えた。これまでに31の地裁で判決が出され、20勝11敗。11高裁の判決は7勝4敗。2023年4月の大阪高裁(原告敗訴)と2023年11月の名古屋高裁(原告勝訴)で判断が分かれており、今年5月27日に最高裁で弁論が開かれた。
厚労相の判断の過程に過誤、欠落があり違法
判決の言い渡しは午後3時から。3時半ごろ、弁護団と原告が最高裁正門前に現れ、「勝訴」「司法は生きていた」など9本の旗を掲げました。集まった生活保護利用者や支援者からは「よし!」「おめでとう」などのかけ声とともに大きな拍手が上がりました。

判決は裁判官5人全員一致で、引き下げの主要な根拠とされた「デフレ調整」(物価が下落した分、生活保護費を引き下げる)について、「専門的知見との整合性を欠き、厚生労働大臣の判断の過程及び手続きに過誤、欠落があり違法」としました。
一方、所得下位10%の世帯の消費実態と生活保護世帯を比較し、減額したという「ゆがみ調整」と、国家賠償請求については、多数意見は違法としませんでした。
宇賀克也裁判長は、ゆがみ調整、国家賠償とも認めるべきだという少数意見を付記しました。
「今後こういう裁判をしないですむ政治を」
都内で開かれた報告集会には350人が参加。まず原告から発言がありました。
愛知訴訟の原告、千代盛(ちよもり)学さんは糖尿病で失明し、日本料理店の料理人を失職。生活保護を受けるようになりました。5月の弁論にも白杖をついて参加しました。
「今朝は4時に起きてラジオを聞いた。最高裁に来るまで勝負は半々と思っていた。法廷で判決を聞いていて、最初は負けたと思った。地獄を見たと思った。ところが弁護士がえらい強気でいるので、これは勝ったんだなと思った。今日は一日で地獄と天国を見ました。愛知県は原告が13人。13人全員が来られなかったので、私がちゃんとしっかり受け止めようと思って参りました。ですから感無量なんですけど……国に言いたいのは、今後こういう裁判をしないですむ政治をしてほしいということです」
原告の2割超が判決を見ずに死亡
最初の提訴から11年。1000人を超える原告のうち232人がすでに亡くなりました。
大阪訴訟の原告小寺(こてら)アイ子さんは、赤い文字で「だまってへんで、これからも」と書かれた旗を掲げました。判決を見ずに亡くなった大阪訴訟の別の原告の言葉です。

「勝ったと知って足がガクガク、めまいがして立てなくなった。弁護士の先生方、地域の人のお力だと思っています。これからが大変と思いますが、ありがとうございました。うれし涙です」と語りました。
生まれつき脳性麻痺があり、頸椎を痛めて働けなくなり、生活保護を受給するようになった大阪訴訟の山内(やまのうち)一茂さんは車椅子で傍聴しました。

山内さんは「障害者は霞を食べて生きる仙人ではありません」「引き下げは、私だけでなく、私の後に続く障がいを持つ者の自立を阻害しています」と訴えてきました。「色々な問題がありますが、僕たち障害を持つものにとってはとても重要な判決です」と喜びを露わにしました。
「要求を! 権利ですから」
愛知訴訟の澤村彰さんは「この判決で終わらせちゃいけない。この判決を基にして、年金を上げてほしいとか、賃金を上げてほしいということに役立ててほしい。生活保護利用者以外の人も要求をどんどんしていってください。色んな権利を勝ち取っていってください。これは私たちの権利なんですから」と話しました。

いのちのとりで裁判大阪訴訟・愛知訴訟の原告団・弁護団と、いのちのとりで裁判全国アクション、生活保護引き下げにNO!全国争訟ネットは合同で、「最高裁判決を高く評価し、判決を踏まえた早期全面解決を求める声明」を出しました。
生存権と個人の尊厳を侵害し続けた国に
集会では大阪訴訟の小久保哲郎弁護士が読み上げました。

「私たちは長年にわたり数百万人の生存権(憲法25条)と個人の尊厳(憲法13条)を侵害し続けた国に対し、本判決に従い、全ての生活保護利用者への謝罪、本件引下げ前の基準による保護費との差額支給等、必要な被害回復措置を直ちに講じるよう求める」
「また、前代未聞の権利侵害を二度と発生させないよう、厚生労働大臣の裁量を明確に制限し、生活保護バッシングの再来を許さない『生活保障法』の制定等の措置を速やかに講じるよう求める」
記者会見で国のどこに問題があったか、と問われ、大阪訴訟の伊藤建弁護士は「減額の判断過程を明らかにしなかったことだ」と話しました。

「北海道新聞のスクープや情報公開を経て、我々が手探りで国側の判断過程を組み立て、暴いていった。ところが、地裁や高裁で違法という判決が出たら、国は理由をすり替えた。本来、国側が判断過程を主張立証するのが当たり前だと思うんです。ところがそれをしないから、事実を明らかにするのにも時間を要し、裁判が長引いた。ここまでしなければ勝てない行政裁判の構造にも疑問がある」
謝罪と被害の回復を求める
大阪訴訟の尾藤廣喜弁護士が最後に判決を今後、どう生かすかについて述べました。
「勝訴しただけでは国は動きません。まず、被害の回復を求めなければならない。まず、すべての生活保護利用者に対する真摯な謝罪をしてもらわなければならない。違法行為を居直って苦痛を与えたのだから、謝罪は必要です」

「2番目には、差額を早急に支給するよう求めなければならない。生活保護の制度は就学援助や施設の入居基準にも関係している。ナショナルミニマムにどのような影響を与えているのか、すべて洗い直しをさせなければなりません。この影響は非常に大きなものがある。もう一度真摯に掘り起こしをしなければならない」
「次に再発の防止。保護費減額をめぐり国は数々の違法行為をしたが、誰がしたのか、誰が責任を取るのか、一部しか明らかになっていない。原因の調査解明を、検証委員会を作ってしなければいけない」
「その次は保護基準の決め方の適正化です。生活保護法8条2項を遵守すること。減額は基準部会に必ずかけること。いま、生活保護利用当事者が基準部会に入っていない。制度の利用者の声が反映されなくていいのか、問わなければいけない」
「夏季加算の創設と、物価高を踏まえた生活実態に合わせた保護費支給を求めていきたい。制度を根本的に変えさせる。権利性の明確な生活保障法の制定を求めていく。一致団結して実現を求めましょう」

「いのちのとりで裁判全国アクション」と両訴訟の原告らは、この日午後6時半から、福岡資麿厚労大臣あての要請書を提出しました。尾藤弁護士が集会で列挙した要望を読み上げ、厚労省の保護課の課長補佐に手渡しました。
要請内容について、週明けの6月30日午後1時から厚労省と交渉を行う予定です。