韓国・大統領選 SNS違法コメントチームを暴いた独立メディア 右派歴史団体に潜入取材したインターン記者に聞く

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潜入取材をしたインターンのチェ・へジョン記者=韓国・ソウル、2025年6月9日、撮影:岡本有佳

韓国でも右派勢力は大きくなっている。独立メディアが潜入取材ルポで暴いたのは?

韓国大統領選投開票の日(6月3日)に、筆者はソウルに到着し、選挙後の取材をした。そこで、調査報道独立メディア「ニュース打破」(支援会員6万4000人余)によるスクープ記事を知った。インターン記者が選挙のSNS工作を担った右派歴史団体に潜入取材しその実態を暴いたという。6月9日、インターン記者のチェ・へジョンさん(25 歳)に会うためニュース打破を訪ねた。

選挙直前、調査報道スクープ

5月30日21時に配信されたスクープ(3本)は、以下のとおり。
「小学校放課後講師の資格証発行を餌に〝コメント工作チーム〟募集」(動画再生28万回)
「コメント工作チームと『偽の記者会見』を企画した政党・国民の力」(動画再生130万回)
「違法コメント工作チーム」潜入取材……〝指の軍隊で国を救おう〟」(動画再生14万回)
以降、ニュース打破は「リバクスクール」特集として毎日4、5本、7月27日現在まで約40本、ほぼ毎日のように報道し、追及を続けている。

ニュース打破が潜入したのは、李承晩(イ・スンマン)・朴正煕(パク・チョンヒ)を賛美するニューライトの歴史教育団体「リバクスクール」である。ニューライトとは、2000年前後に登場した新右派運動のこと。リバクスクールでは、今回の大統領選の候補で李在明(イ・ジェミョン、共に民主党、60歳)や李俊錫(イ・ジュンソク、改革新党、40歳)らを誹謗する違法コメントチームを運営していた。さらにそれだけではなく、学校講師の資格を与え、教育に介入させるという深刻なものだった。

インターン記者が潜入取材

5月23 日、ニュース打破はリバクスクール「自指軍」募集の情報提供を市民から受けた。「自指軍」とは「コメントで国を救う自由指軍隊」の略称である。ニュース打破はすぐに応募することにしたが、長らく極右団体を取材している記者もいたため、面がわれていない、インターンのチェ記者が抜擢された。

チェ記者は「先輩に行ってみるかと訊かれ、行くことにしました。すごく怖かったですよ。まだ怖いです」とその時の心境を語った。

募集ポスター「6.3コメント監視団募集および教育案内」に書かれた締め切りはすでに過ぎていたが、メールを出したところ、午後3時に来るよう連絡があった。

ソウル鍾路(チョンノ)区仁寺洞(インサドン)にある鍾路ビル。ここには「自由連帯」「自由言論国民連合」「リバクスクール」など17以上の保守系団体が集まっている。ニュース打破など報道5社の共同取材チームが2024年に尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権の報道掌握カルテルを追跡して判明した。数百の団体を社会関係網分析(SNA)した結果、特定の団体が1カ所の住所で活動していた。彼らは尹政権下でいわゆる「アスファルト右派1」と呼ばれ、尹政権支持の集会を開いてきた。

潜入取材に向かうチェ記者。提供:ニュース打破

チェ記者は一般の応募者として、鍾路ビルの近くにある事務所でリバクスクールの代表と名乗る人物に会った。
代表はソンという女性だった。代表はチェ記者に、なぜ志願したのか、この活動をどうやって知ったのかを尋ね、チェ記者は「尹錫悦氏の弾劾後に国が間違っているように思った」と答えた。さらに、プロテスタント教会に通っているのかとも訊かれ、通っていると言ったら、「やはり」と言われた。チェ記者によると、韓国の極右歴史団体はキリスト教の教会と深く結びついているという。

李在明候補の誹謗中傷コメントが目的

ソン代表は、「今私たちは李俊錫と李在明を非難しなければならない」と言った。李在明候補を誹謗中傷するさまざまなコメントサンプルも見せ、どのようにコメントを書くべきかを説明した。

潜入記者が撮影したリバクスクールのソン代表。「今、李俊錫と李在明を非難しなければならない」と語る。提供:ニュース打破

ソン代表の招待でチェ記者がカカオトーク(メッセージアプリ)の「自指軍」トークルームに入ると、すでに100人あまりが参加していた。ここでは午前6時から午後11 時まで、毎時間コメントを作るリーダーがいて、リーダーが作成したコメントとID、記事のリンクを共有すると、参加者たちが該当記事に共感の「いいね!」を押すという方式だった。さらに望むならコメントを書いてもいいと言われた。

彼らの目的は、当該記事のコメント世論を素早く先取りして共感数を高めて上部に露出させることである。韓国のポータルサイト「ネイバー」のIDも直接作って管理した。ネイバーはID1個につき最大20個のコメントをつけることができ、共感表示は50回。そのためコメント作業には複数のIDが必要だ。彼らはネイバーIDを「弾丸」と呼び、「『弾丸が足りない』と言ったら、私がIDをあげる」とソン代表は言ったという。

「自指軍」は天気や芸能ニュースにも李在明ら大統領候補に対する誹謗中傷コメントをつけた。たくさんの人々がみるニュースなら関係なくてもつけるということだ。

「自指軍」は2021年から主要な選挙のたびに活動してきた。初期は50~60 代が多かったが、尹錫悦内乱以降は不正選挙陰謀論に引きつけられた青年たちが積極的に参加し始めたという。ソン代表は「自指軍」のメンバーに奨学金を出すこともちらつかせた。

ニューライト歴史教育団体が小学校の講師資格を授与

チェ記者がコメント部隊(コメントを書く人たち)に合格した後、ソン代表は突然、放課後プログラムの講師の話をしてきた。「ヌルボム教室」という韓国の放課後プログラムで、講師として働ける資格証を与えるというのだ。放課後プログラムとは、小学生の子どもを持つ親を支援するため、政府が朝や放課後に実施する補習授業のこと。

つまり、「自指軍」の違法コメントは単なる「選挙工作」ではなく、選挙がない時には講師たちを全国の小学校に送り、子どもたちにリバクスクールの歴史観を教えるものだったのだ。

これは、教育省がリバクスクールのような団体に講師資格証の発行権限を与えたから可能なことだった。教育省は当初、放課後プログラムの講師は民間資格に過ぎないという立場をとり、数は不明としていたが、報道に追い込まれる形で全数調査を開始し、6月16日、中間調査結果として「2021年からリバクスクール関連機関の教育を履修し、資格を持つ講師43人が57カ所の学校に出講したことを確認した」と明らかにした。

実は、ソン代表は教育省長官から委嘱を受け、「教育政策諮問委員会委員」として活動していたことも確認され、今後追及は必至とみられる。

実習の修了証(左)とヌルボムプログラム講師資格証。

実習の修了証(左)とヌルボムプログラム講師資格証。

コメント部隊と記者会見した「国民の力」

コメント部隊は5月27日、「保護者団体」を装って、保守党「国民の力」のチョ・ジョンフン議員と国会で記者会見を開いた。「保護者団体」を名乗る出席者11人のうち5人は「自指軍」で、その中にチェ記者も含まれていた。特にジョンモという人物は李在明候補に対する悪質コメントを主にアップし、不正選挙論を広めていた人物だった。実際、会見は李在明候補の公約を批判する場だった。この事実を伝えるニュース打破の動画再生は130万回を超えた。

ソン代表は「国民の力」の金文洙(キム・ムンス、73歳)候補とは2018年から保守右派の選挙勝利のための行事で交流があったことも取材でわかっている。一方、金候補側は「リバクスクールとは全く関係がない」と関係を否定したという。

5月27日、「国民の力」が開いた金文洙大統領候補を支持する記者会見。実際は、李在明候補の公約を批判する場だった。提供:ニュース打破

小中学生にニューライト歴史観を

ニュース打破のスクープが報道された直後、リバクスクールのYouTubeチャンネルから「ジュニア歴史教室」の映像はすべて削除された。

ニュース打破は削除直前、一部の動画を保存し、リバクスクールが数年前から「ジュニア歴史教室」を開き、小中学生にニューライト歴史観を教えてきた事実を確認した。たとえば、朴正煕は「真の民主主義」を作った人、李承晩は「韓国のモーゼ」に例えられていた。

リバクスクールの「ジュニア歴史教室」に参加する子どもたち。提供:ニュース打破

さらにリバクスクールは22年4月、尹錫悦大統領当選直後、幼い子どもたちを集め「リバク合唱団」を作った。舞台で合唱する子どもたちの後ろのスクリーンには尹錫悦の顔が大きく映し出されていた。リバクスクールが作った「大韓民国ソング」の歌詞は、「李承晩が大韓民国を建国し、朴正煕が経済を興した」という内容だった。

これを見た瞬間、筆者の頭に浮かんだのは、森友学園が運営する塚本幼稚園で園児が教育勅語を学ばされ、運動会で「日本を悪者として扱っている中国、韓国が心を改め、歴史教科書で嘘を教えないようお願いいたします。安倍首相がんばれ、安倍首相がんばれ、安保法制国会通過よかったです」と声を合わせる場面だった。

水曜デモ妨害、少女像毀損犯もリバクスクール講師

さらに6月23日の記事では、リバクスクール講師の中にこんな人物がいることも明らかになった。
ソウルの在韓日本大使館前で30年余り続く日本軍「慰安婦」被害者に対する謝罪と賠償を要求する「水曜デモ」。そのデモを妨害する行為が6年ほど前から続いているが、それを主導するキム・ビョンホン氏である。彼は国史教科書研究所代表で、水曜デモの妨害に加え、数年前から韓国各地に建てられた150余りの少女像を訪ね歩き、「撤去」と書かれたマスクと黒いビニール袋を少女像にかぶせて、「凶物」と書かれた看板を立てた写真を撮ってSNSに載せている。

キム・ビョンホン氏が自分のSNSに投稿した少女像を侮辱した写真。キム氏はこれを「少女像撤去チャレンジ」と命名している。 (出典:キム·ビョンホンSNS)  提供:ニュース打破

ニュース打破は、キム・ビョンホン氏がリバクスクール体験学習専門講師として出演した映像ファイル5個を入手した。それらにはキム氏が受講生たちに日本軍「慰安婦」問題は国際「詐欺劇」であるとか、日本軍性奴隷ではなく自発的な「売春」だと教えている。映像では、講義で反論する受講生は一人もおらず、むしろ講義に同調して「(慰安婦たちは)高額の年収があって、幸せだったじゃないですか」と言う受講生の姿まで収められていた。

リバクスクールで体験学習専門講師の講義をするキム·ビョンホン氏。提供:ニュース打破

極右を報じる際の取材力・報道力の違い

韓国でこのスクープが配信された前後の3日間、日本では『朝日新聞』が現地ソウル特派員による連載記事を掲載した。
連載では、進歩的な考えを持つ両親に反発して「極右」思想に傾倒する延世(ヨンセ)大学の男子学生や尹錫悦弾劾に反対して演説をした高麗(コリョ)大学の男子学生の主張や思いを紹介。また「地域主義の根深さ」に直面した2人の紹介でも、一人は親戚との政治観の違いに悩む大邱(テグ)の男子大学院生、もう一人は、進歩系の地域・光州(クァンジュ)の大学前で開かれた尹氏を支持する学生デモに「尊敬の念を覚える」と語った全羅南道出身の30代男性だった。

この連載には女性は一人も登場しない。連載の初回に「分断された社会の中でもがく若者の声に耳を傾けます」と書きながら、登場するのは男性だけだった(デジタル版は5回連載で女性研究者のコメントや二人の20代女性も登場するものの、そこにまた彼女に同棲を延期された尹氏を支える活動にのめり込んだ30代男性が登場する)。
これでは、20代・30代の女性2と男性の間に起きている政治的志向の違いや葛藤もわからないし、「極右」化と言っても韓国右翼の実態や背景もさっぱりわからない。ましてや選挙前の時期に一部の若い男性の主張だけを無批判に紹介するというのはあまりに無責任ではないか。フェイクニュースを引用するならフェイクであることがわかるような注意書きを書くべきだ。
これは『朝日新聞』に限ったことではない。大手メディアはどこもほとんど似たような傾向だった。

潜入取材連続報道に記者賞

6月末、ニュース打破の「『コメント工作』リバクスクール潜入取材連続報道」は韓国記者協会より第417回今月の記者賞を受賞した。探査チームはイ・ミョンソン、チョン・ヒョクス、イ・スルギ(以上、記者)、パク・ジョンファプロデューサー、チェ・ヘジョン(インターン記者)の5人。

今月の記者賞を受賞した5人。左からイ・ミョンソン、パク・ジョンファ、チェ・ヘジョン、イ・スルギ、チョン・ヒョクス。提供:ニュース打破

チェ記者は「ニュース打破は、歴史を歪曲しようとするリバクスクールや、不正選挙を主張した極右市民団体と政治(大統領室、国会議員)がつながっていたのか、追跡し、報道していきます」と話す。
今後、国会で聴聞会が開かれる予定だという。

続く問題提起

7月22日の記事では、ニュース打破が米国で入手した500ページにおよぶKCPAC(韓国保守主義連合)資料集を分析した結果、コメント工作チーム「自指軍」をリバクスクールと共同運営していた「Truth Korea」(民主党解散国民運動本部ともいう)幹部たちは不正選挙陰謀論を拡散したKCPACの核心的な役割を担っていたことを確認したと報じている。
KCPACには米国の極右政治家が多数含まれ、「2020年米国大統領選挙と2022年、2025年韓国大統領選挙はすべて不正選挙だった」という陰謀論を展開している。

ニュース打破は、7年も前から尹大統領の不正を暴く記事を配信し続けてきた。そのため、尹政権の圧力により家宅捜査まで受け、現在も尹錫悦氏から名誉毀損で訴えられ、係争中である。ニュース打破はその顛末を記録した書籍を発行し、ドキュメンタリー映画も製作。韓国では4月に劇場公開され、日本の劇場でも今秋、ドキュメンタリー映画『非常戒厳前夜』として緊急上映される予定だ。

[参考]


  1. 「アスファルト」は舗装された道路を意味し、「アスファルト右派」はアスファルトの道路の上や街頭でデモや集会を主導する右派団体を表す。市民に衝撃を与えたのは2003年3月1日だと言われている。 ↩︎
  2. 弾劾を求める女性たちについては、拙著『弾劾可決の日を歩く ーー〝私たちはいつもここにいた〟』(タバブックス)を参照。 ↩︎



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