韓国・独立メディア ニュース打破 調査報道の力:尹錫悦政権との闘いの記録ドキュメンタリー『非常戒厳前夜』からみる(上)

記者名:
右より、ニュース打破の金鎔鎭前代表と韓相眞記者、奉志昱記者。=東京、2025年9月7日、撮影:岡本有佳

尹政権のメディア弾圧と闘った韓国の独立メディア・ニュース打破の記者たちの思いと行動とは?

2024年12月3日の尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領による突然の「非常戒厳」宣布の背景には、日本のマスメディアがほとんど報じることのなかった尹政権によるメディア弾圧と、それに抵抗したジャーナリストたちとの闘いがあった。公共放送の人事権までが政権に掌握されていく中で、尹政権を長年批判的に報道してきた韓国の独立メディア「ニュース打破(タパ)」が攻撃のターゲットになった。今年2月まで代表を務めた金鎔鎭(キム・ヨンジン)と韓相眞(ハン・サンジン)記者、奉志昱(ポン・ジウク)記者の3人に話を聞いた。
3人は2023年9月と12月、尹錫悦大統領(当時)への名誉毀損の疑いで検察の家宅捜索を報道機関事務所とそれぞれの自宅で受け、現在も裁判が進行中だ。ニュース打破は、検察が家宅捜査をすること自体が違法であるとし、国家賠償を求め提訴した。
3人は尹政権によるメディア弾圧と抵抗の経過を追ったドキュメンタリー『非常戒厳前夜1』の日本公開に合わせ来日した。

ニュース打破は、李明博(イ・ミョンバク)政権から朴槿恵(パク・クネ)政権にかけて9年に及ぶ公共放送へのメディアへの政治介入に対する闘いの中で、2012年から報道を始め、2013年には非営利団体として設立した。 このジャーナリストたちの抵抗は、ドキュメンタリー映画『共犯者たち』(崔承浩監督)に詳しい。
報道の独立性を確保するため企業広告をとらず市民の支援金だけで運営を始めた。当時は前例もなく、それで持続可能なのか、ほとんどの人が悲観的に見ていた。しかし12年後の現在、約6万2000人もの市民の支援金だけで運営できることを証明した。会費は任意で、1人あたり月平均1万5000ウォン(約1600円)。年間8億円近くになる。職員は約50人、うち記者は33人。

実際に家宅捜索されて…

Q:『非常戒厳前夜』の原題は「押収捜索ー内乱の始まり」です。映画では押収捜索(日本では家宅捜索)の様子が生々しく映し出されています。映画に先立ち2024年10月に韓国で出版された書籍『押収捜索』はすでに1万部も売れたそうですね。書籍の冒頭に「家宅捜索という強制捜査にどれほど問題が多いのか、特に関心もなく、知ろうと努力もしなかった。……恥ずかしい」と書かれています。実際に家宅捜索を受けて感じたことをお話しください。

ニュース打破のオフィスを家宅捜索する検事たち。C)KCIJ-Newstapa

3人の記者が家宅捜索と裁判の記録を著した
『押収捜索ー内乱の始まり』の表紙。ニュース打破発行

金:自分たちがしてきた取材は、ほとんどが捜査機関、つまり検察の立場から取材してきたのだと改めて気づきました。

家宅捜索の現場では、まず令状を詳しく確認すべきなのに、その内容があまり目に入ってこないのです。結果として、受動的になり、強制的に従わされました。今回の経験で、家宅捜索を受ける側は非常に不利な状況に置かれるということを実感しました。

韓:我が家に家宅捜索が入る前から、強制捜査が予想されていたので、それなりに準備をしていました。しかし、いざ家宅捜索の当事者になってみると、とても戸惑いました。検察側は全部で6人でした。思ったより深刻で怖いものだなと思いました。

何よりニュース打破の事務所という市民の後援金で運営されている神聖な空間に検察が家宅捜索に入ったこと自体、忘れられません。韓国メディア史でも屈辱的な日として記録されるでしょう。
映画にも出てきますが、検察の聴取を受けた日は雨が降っていたのに、傘も差せなくてまともに歩けなかった。やっと辿り着いた公園の階段で力尽きて座り込んで雨に打たれていました。今考えてもあまりにも大きな怒りでした。悔しいというわけではなく、ジャーナリストとして、韓国市民の一人として、ただただ怒りを感じていました。

この映画を見ると、おそらく多くの方がニュース打破だけが、尹政権から家宅捜索を受け裁判をしていると思うかもしれませんが、そうではなく、捜査を受けたメディアは4、5社あり、記者は10人以上にのぼります。そのうちの 1 人、韓国日報の記者は自死してしまいました。

裁判はいくつかに分かれて進行しています。検察が起訴をする時に数人のケースを併合したのです。ポン記者は顔も知らない人たちと同じ容疑であるかのように捜査され、裁判も受けています。まるでコメディのような状況です(笑い)。

金:私たちはこの「尹錫悦名誉毀損」事件を「ニュース打破vs尹錫悦」事件と命名しました。

私たちにかけられた犯罪容疑は尹錫悦の名誉毀損ですが、起訴状には犯罪と直接関係のない内容があまりにも多く含まれています。映画にある通り、検察が最初に作成した起訴状は、70頁を超える長さでした。起訴状には李在明(イ・ジェミョン、当時、最大野党「共に民主党」党首)氏に関する部分がたくさん含まれており、3回も訂正され、最後には37頁になりました。

2024年11月28日、ニュース打破は、大韓民国政府を相手に国家賠償請求訴訟を提起しました。2023年9月から始まった検察の捜査過程で確認された各種違法行為が対象です。

メディア弾圧の中で沈黙しなかったメディア、市民

Q:ニュース打破が尹政権から攻撃を受けている時、黙殺したメディアが多かったそうですが、応援するメディアや市民はいたのでしょうか?

韓:もちろんそのようなメディアはありました。

しかし私はその前に申し上げたいことがあります。ニュース打破は毎月後援金を出してくれる後援会員が今は6万人を超えています。
私たちが家宅捜索を受けた日、YouTubeでライブ中継をしたのですが、それを見てニュース打破の事務室に走ってきた後援会員たちが非常に多かったのです。その方たちが実はニュース打破の主人です。自分が主人である団体を守るために来てくれたのです。

普段はジャーナリズムや民主主義について語り、進歩的なメディアであるかのように振る舞っていた言論人たちが、事実関係に対する綿密な検討もなしに、ニュース打破や捜査を受ける私たち記者たちを攻撃する行動を見せたことには非常に当惑しました。

むしろYouTubeを基盤に作られた多くの新生メディアや言論人たちが、私たちには力となりました。このことは、私にとって今のような社会でジャーナリズムが持つ役割に対して本質的な懐疑を持つようになるきっかけになりました。

Q:新政権になって8月12日、金建希(キム・ゴンヒ)前大統領夫人が株価操作や収賄など複数の容疑2で逮捕されました。ニュース打破が尹政権の不正疑惑を報じ始めて5年半です。どう受け止めていますか?

金:私は2024年6月に検察から呼び出され、検察庁に出頭しました。映画にも出てきますが、記者たちがたくさん検察前で待っていて、囲み取材を受けました。 
「今日、召喚調査を受けに来られたご気分はいかがですか?」と記者が聞くんです。
それは私にはとても愚かな質問のように思えたので、「取り調べ日和ですね、いい天気です」と言いました。そして記者たちにこう尋ねました。

「ここに誰が立つべきだと思いますか?」

記者たちは誰も答えないし、言葉も出ない。私が続けました。「金建希氏では?」と。
「株価操作疑惑と高級バッグの贈呈疑惑で、誰が思い浮かびますか?」「大統領夫人の金建希氏、その人はいつここに来るんですか?」
その動画がYouTubeにアップされ、100万回くらい再生されました(笑)。

金建希さんは大統領夫人で公人です。その人がドイツモーターズという企業の株式を保有して株価操作を行い、莫大な利益を不正に得たという容疑がかかっている。そんな人物を調査せず、関係のないメディアを捜査している。大韓民国の検察の存在価値が崩れてきたんだなと感じました。つまり、検察が権力者を捜査できないんです。

報道5社の共同取材チーム

Q:2024年7月15日、報道5社が報道機関の垣根を越えて共同取材チームを結成し、尹政権の言論掌握の実態を共に追跡しましたね。5社とは、オルタナティブ・メディアのニュース打破(調査報道)とオーマイニュース(ネットニュース)、メディアオヌル(メディア批評専門紙)、時事IN(時事週刊誌)、ハンギョレ(全国紙)。主流メディアと独立メディアがタッグを組んだんですよね。

韓:他社に呼びかけようと言い出したのは私でした。5つの報道機関のデスクを説得して集めたのです。尹政権があまりにも暴力的な政治をしていて、マスコミが本当に声を出せない環境でした。だから、個別の報道機関が自分たちのメディアで記事を書いて発信して終わりというようなやり方では、この非道な政治権力に対抗できないという気がしたのです。効果的で実効性のある闘いが必要でした。私たちのような小さな媒体一つ、あるいは大きくても独立的な媒体が一社で解決できる問題ではなく、志を共にするジャーナリストたちの連帯と協業しか答えがないだろうと考えたのです。

韓国初の検察予算共同取材団

Q:同日同時刻に各社「本物のジャーナリズム実践プロジェクト」と銘打ってそれぞれの記事が出たんですね。これは読者である市民がみても力が湧いたと思います。

金:もう一つの試みは、シリーズ「検察予算の検証」です。検察の予算のうち特殊活動費について情報公開請求をしましたが、不開示だったので、訴訟を起こしました。3年かかって勝訴し、膨大な量の検察予算の内訳が開示されました。ニュース打破だけではとても分析できないため、ニュース打破と三つの市民団体3は2023年6月、韓国大検察庁とソウル中央地検が書いた特殊活動費の執行内訳の資料約8000頁分を解析し、5週連続で検証報道しました。

▲市民団体とニュース打破記者たちが大検察庁の予算資料を青いボックスに入れて検察庁舎の外に出てくるパフォーマンス。YouTubeより。提供:ニュース打破

この時、検察庁に行って、青い押収捜索ボックスに検察の予算資料を入れて持って出て来るというパフォーマンスをしました。これは検察も国民の監視を受け、検証を受ける機関だということを象徴的に見せるためでした。検察は私たちをどれほど憎らしいと思ったことでしょうね(笑)。

私たちの検証の結果、検察の会計処理はめちゃくちゃなものでした。検証対象の2017年5月から2019年9月まで、2年5ヶ月の間に、検察の特殊活動費は292億ウォン。このうち80億5,000万ウォンは全国65カ所の地方検察庁に配分されていたんです。

この80億5,000万ウォンが何に使われたのかを検証するには、全国65カ所の地方検察庁に出向き「特殊活動費」の領収証を受け取らなければなりません。そこでニュース打破を含めて五つの独立メディアと一つの公営放送と共に〈検察予算共同取材団〉(囲み参照)を作りました。権力機関である検察の予算監視のために全国で共同取材団を設けたのは、韓国で初めてのことでした。

▲2023年7月1日、ニュース打破で〈検察予算共同取材団〉第1回会議が開かれた。提供:ニュース打破

<検察予算共同取材団>ニュース打破、仁川京畿探査報道ジャーナリズムセンター「ニュースハダ」、 大邱慶北独立メディア「ニュースミン」、「慶南道民日報」、「忠清レビュー」、釜山MBC(公共放送)

実はニュース打破が家宅捜査を受けた9月14日は、この「特殊活動費」について記者会見の日でした。

独立メディアの生態系をつくる

Q:ニュース打破は独立メディアの育成にも力を入れていますね。そんな独立メディアを他に知りません。

金:明泰均ゲート4を最初に報じたのは、有力な既存メディアではなく、非常に小さなメディア「ニュース・トマト」でした。ここから明泰均ゲートが次第に拡大していったのです。尹政権の不正の暴露や情報開示では、主要メディアではなく、小さな新興メディアが活発に活動しました。

奉: 2023年、尹錫悦の妻・金建希がブランドのバッグを贈与された事件を初めて報道したのは「ソウルの音」というYouTubeメディアでした。隠しカメラでディオールのバッグを受け取る場面を撮って公開しました。ところがこの時、地上波放送局や大新聞がすべて黙殺したのです。それだけでなく、報道したメディアを金建希を罠にはめたと攻撃し始めました。
ところが、当時野党だった「共に民主党」がこの事件に言及すると、一転してマスコミが報道を始めたのです。与野党問わず権力を監視して批判するのがマスコミです。それを放棄する行為だと思います。

金:韓国メディアが崩壊した理由には、過剰な利益追求のために存在するようになってしまったという側面があると思います。人々の興味を引くような記事を大量に流し、広告主の目を常に気にするような構造です。マスメディアだけでなく、小さなメディアも同じような問題を抱えています。

こうした状況で、私たちだけがうまくやっても、何の意味があるでしょうか。
私たちは独立メディアがその役割を果たせる生態系を作ってみようと、4年前から「独立メディア100個作成プロジェクト」を始めました。可能性のあるローカルメディアやジャーナリスト志望者などを対象に創業支援をしています。ニュース打破で実務研修を積み、いくつかの段階を経て実際に独立メディアを設立する。そのプロセスを支援するプロジェクトから、現在までに五つの独立メディアができました。さらに、韓国独立メディアネットワーク(KINN)を形成し、日本の独立メディアとも繋がっていく予定です。

世界の趨勢をみると、たとえば米国にあるINN(独立メディアネットワーク)は2009年当初は27だったのが、第二次トランプ政権の2025年現在500団体を超えています。

Q:韓記者と奉記者は、他のメディアから移籍されました。ニュース打破に入って気づいたことはありますか?

奉:私がニュース打破に入って驚いたのは、検事の顔と名前を全部公開していることでした。JTBCでは、不正疑惑を報道する時、検事の実名をあまり使いません。
また、私が今、主にニュース打破で担当する報道は、尹政権で検察がどのような不正を犯したのかというものです。検察の捜査記録をたくさん入手して、様々な事件について検察の不法捜査、証拠捏造などを報道しながら、検察の捜査記録をすべての市民に向け公開しました。これはニュース打破以外のマスメディアではできないことです。検察はすごく慌てたことでしょう。

韓:入社面接で私が質問したことが一つだけありました。価値のある記事ならば、企業や政治に振り回されることなくいつでも書けるのか。すると金代表(当時)は公益的な価値のある記事なら、どんな外圧にも屈せず、記事はいつでも書ける。広告主なく市民の後援金だけで運営しているからだと言われました。にわかには信じがたいことでしたが、それを聞いて入る決心をしたのです。

日本の市民、ジャーナリストへ伝えたいこと

金:非常戒厳の宣布後、私が驚いたのは日本のマスコミがそのような状況をまともに報道せずに日本の読者や視聴者たちがむしろ状況を逆に捉えるような報道を多くしていることでした。たとえば、尹錫悦は親日派の大統領、対する李在明(現・大統領)は問題の多い人で北朝鮮と親しいなどの報道です。このような報道により韓日の市民がそれぞれ自分の国と相手国の状況を誤解し、政治的状況を理解できなくなってしまうのではないでしょうか。

この映画を通じて、実際に韓国でどんなことが起きていたのか、尹錫悦前大統領が何をしてきたのか、それを知るきっかけになったらいいと思います。

韓国であれ日本であれ、私たちジャーナリストが権力を批判的に監視するという責務をだんだん失ってしまうのではないか、そんな気がします。私たちの経験を日本のジャーナリストと共有して、私たちがそれぞれ属している国であれ、東アジアであれ世界であれ、ジャーナリストが果たすべき役割をきちんと一度振り返ってみましょう、それを共有していきましょう。

韓:私たちはニュース打破が不当な目に遭ったことを告発するためにこの映画を作ったのではありません。私たちの悔しさや怒りは法廷で、あるいは記事で解決すればよい問題です。映画まで作る決心をしたのは、民主主義が崩壊した社会におけるメディアの役割は何なのか、民主主義を発展させる過程でメディアはどのような役割を果たすべきか、ということを多くの市民が一度は考えてみるきっかけになればいいと思ったからです。韓国でも日本でも、依然として民主主義が危ない瞬間が繰り返し発生するという状況でメディアがどんな記事、どんな言論行為をすればいいのか、どんなことが市民に役立つのか、改めて考えてみてほしいと思います。

私たちジャーナリストにとって最も重要なことは、権力に屈服しないこと。そして、どんな場合でも市民の側に立つことではないでしょうか。

奉:李在明政権には、尹錫悦政権が検察と政府機関を動員して何を指示したのか、調査で正確に明らかにして公開してほしいです。政権批判が気に入らないからメディアを捜査するなどということが二度と起こらないよう、事件の全容を明らかにすることが重要です。

【下に続く】

  1. 本作は全国の劇場で公開中↩︎
  2. ドイツモーターズ株価操作事件:2009~12年にかけて起きた輸入車ディーラー「ドイツモーターズ」の株価不正事件。2019年に尹錫悦が検察総長に任命されるにあたって開かれた人事聴聞会で、配偶者の金建希がこの事件に関与し不正に利益を得た疑いが提起され、2020年のニュース打破の報道で証拠資料が公表された。この事件を捜査・起訴するため政府から独立した「特別検事」を任命する「特別検事法」が2023年12月、野党の賛成多数で可決されたが、尹大統領は拒否権を行使。
    その後、不起訴が決定された。李在明新政権発足後の2025年8月12日、ソウル中央地裁は資本市場法違反などの容疑で金建希への拘束令状を発付した。
    ↩︎
  3. 税金泥棒を捕まえろ、情報公開センター、共にする市民行動 ↩︎
  4. 明泰均ゲート事件:事業家にして政治ブローカーの明泰均が、尹前大統領夫妻を通じて、国政に影響を及ぼした事件。2022年の国会議員補欠選挙で、当時の与党(国民の力)の公認候補になるために、明泰均が金建希に働きかけたという報道が2024年9月に出たことで、一連の疑惑が噴出した。
    それ以前の2020年も国民の力の大統領候補として尹が選出される過程でも、明泰均による世論操作疑惑が浮上し、さらに他の議員との関係や国家産業団地請負開発受注にからむ事前情報流出疑惑など、尹大統領夫妻を媒介に多方面にわたって国政に介入した事件への関与が疑われている。 ↩︎



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