2021年3月、名古屋出入国在留管理局(入管)に収容中に飢餓状態に陥り死亡したスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさん(33)の居室での全映像の開示を求め、遺族が起こした訴訟の第1回口頭弁論が9月30日、東京地裁でありました。法廷の意見陳述で妹のポールニマさんは「姉の死の真実を知るためにどうしてもビデオの開示が必要です」と訴えました。国側は「個人情報保護に抵触する」として争う姿勢を示しています。
ウィシュマさんの居室での映像は、亡くなる直前の2週間の、295時間分が残されており、2021年10月に名古屋地裁で係争中の国家賠償請求訴訟の証拠保全手続きで、そのうちの5時間分が開示されました。ウィシュマさんの妹と母親は今年2月、名古屋入管に対し、残る290時間分の開示を請求。3月に不開示決定が出されたため、5月に決定の取り消しを求めて提訴しました。
「姉の死の真相を知るためにビデオの開示が必要」
ポールニマさんは法廷で次のように陳述しました。
私は、原告のポールニマです。私が、家族と相談の上で、この裁判を起こしたのは、名古屋入管で亡くなった、私の姉・ウィシュマ・サンダマリの死の真実を知るためです。名古屋入管が開示を拒否したビデオには、姉の死の真実を知ることのできる映像が残っているはずです。名古屋で行われている裁判で、国は、約5時間分のビデオしか提出しませんでした。ビデオは、全部で約295時間分あるのです。私は、名古屋地裁で約5時間分のビデオを見ましたが、残りの290時間分を見ていません。国がかたくなに、残りのビデオの開示を拒むのは、そこに入管にとって不都合な真実があるからです。
私の姉は、名古屋入管収容中に、飢餓状態に陥り、点滴と病院での治療を求めたのにかなえられず、亡くなりました。このビデオは、姉が死亡するまでの約2週間を記録したものです。この映像を、私は、私たち遺族は、見る権利があります。姉の最後の姿を映したこのビデオは、私たち遺族のものです。姉が亡くなった直後から、私たち遺族は、名古屋入管に、すべてのビデオを提供することを求めてきましたが、未だに叶えられていません。日本という国には、正義がないのでしょうか? 入管は、どこまでも真実を隠し、責任を否定し続けるつもりなのでしょうか?
私たち遺族は、この裁判を通じて、一日も早く、すべてのビデオの開示を受けたいです。姉の死の真実を知るために、どうしてもビデオの開示が必要です。ぜひ、公正で迅速な裁判をお願いします。
国側が「争う姿勢」
国側は答弁書で争う姿勢を示しました。
不開示の理由については、以下の理由を挙げました。
1)個人情報の開示請求の対象となるのは「自己を本人とする保有個人情報」に限られる。遺族は開示請求をすることができない。
2)ビデオは入管収容施設の定点監視カメラによって撮影した映像を記録したもので、ウィシュマ氏の処遇業務を行っていた職員や他の収容者が映っている。
3)ビデオ開示により収容所の構造が明らかになると被収容者の逃走、外部からの奪取行為、規律違反行為のおそれが高まる恐れがある。
とんち問答みたいなふざけた話
裁判後の記者会見で、遺族側の代理人を務める指宿昭一弁護士は、「職員の容貌は職務執行とは関係のない個人情報なので開示できないとか、すでに収容者はみんな知っている職員の見回りの時間が明らかになると脱走を招くとか、とんち問答みたいなふざけた話だ」と不快感をあらわにしました。
遺族による個人情報開示請求はすでに判例で認められており、答弁書全体を通して「なんでもいいから理由をつけて開示したくないとしか思えない」と話しました。

パソコン1台しかなく??
入管は答弁書で、仮に映像を開示するとしても、ウィシュマさん以外の人物にマスキングを行うためには「優に5年以上はかかる」と主張。理由について、名古屋入管には、「マスキング作業を行うことのできる動画編集ソフトが導入されたパソコンは1台しかなく、作業にあたる職員は1人であり、それに対し作業量が1万時間超にのぼるため」としています。
指宿弁護士はこれについても「日本の科学技術は、入管においてはまるで20世紀で止まっているかのような、公にするのが恥ずかしい認識だ。原告としてしっかり反論していきたい」と批判しました。
指宿弁護士は、ビデオの開示が必要な理由については「入管の最終報告書との間に齟齬があるからだ」としました。
「最終報告書には入管職員とウィシュマさんの会話が克明に書いてあるが、開示された部分のビデオと照合するとだいぶ違う。起きたことの順序も異なる。書類では入管に不都合なことを隠していると感じる。最終報告書にあるやりとりをわたしは信用できない。それが強く懸念されるので、ビデオを出してほしい。逆に最終報告書が正確であるのなら、ビデオを出せないはずはない」
遺族は「諦めない」
記者会見ではもう一人の妹ワヨミさんと母親のコメントが紹介されました。
「今さらビデオを手にいれても、ウィシュマの命は戻りません。そんなことは分かっているのです。しかし、せめてウィシュマの最後の日々の映った映像を見て、心だけでも映像の映す冷たい部屋の中に入り、苦しむウィシュマに寄り添い、心だけでもウィシュマを抱きしめてあげたい。この願いがかなうまで、ウィシュマの家族は諦めません」(ワヨミさん)
「本当のことを申し上げますと、私には、ウィシュマが苦しみ苛まれる姿を直視することは辛すぎて難しいでしょう。それでも、このビデオを諦めるということは、家族までもが、ウィシュマの死の真実をうやむやにすることを受け入れ、大切なウィシュマを見放すことを意味するのです。私たち遺族が、ウィシュマのビデオを諦めることは決して致しません」(母親)
原告らは1年以内の迅速な判決を求めています。新しい事実が明らかになれば、名古屋地裁での国賠訴訟に証拠として提出することも視野に入れています。