「入管は誰も懲戒処分されず、責任を認めていない」 名古屋入管ウィシュマさん死亡事件から4年半 支援団体が報告集会

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スリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさんが名古屋出入国在留管理局(入管)で収容中に死亡してから、4年半が経ちました。刑事告訴は不起訴とされましたが、国家賠償請求訴訟やウィシュマさんの亡くなる直前のビデオの不開示処分を取り消すよう求めた裁判は継続中です。人々の関心の低下に抗い、「事件はまだ終わっていない」と訴える報告集会が9月14日、東京都内で開かれました。関東を中心に外国人、難民支援を行う学生、社会人のグループ「BOND〜外国人労働者 難民と共に歩む会〜」が主催しました。

ウィシュマさん死亡事件 2021年3月6日、オーバーステイで名古屋入管に収容されていたスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさん(33)が亡くなった。同年1月ごろから体調が悪化し、食事が摂れなくなった。死の3週間前の尿検査では飢餓状態を表す数値が出ていたが、医師による点滴はなかった。当時はコロナ禍で日本とスリランカを結ぶ定期便は欠航。スリランカ入国後は隔離期間が設けられ、帰国は困難を極めていた。加えて日本で同居していたスリランカ人男性からドメスティック・バイオレンス(DV)を受け、その後「帰国したら探し出して罰を与える」との脅迫も受けたことから、日本在留を希望するようになった。1回目の仮放免申請は却下、死亡時は2回目の申請中だった。死後、裁判に先立つ証拠保全手続きで名古屋入管が撮影したウィシュマさんの居室の映像が一部開示されたが、医療を求めるウィシュマさんに対し、「死なないよ」「そういう権利はない」と言い放つ入管職員の姿が映っていた。

集会では、「ウィシュマさん死亡事件は何を問いかけているのか?」とのテーマで、ウィシュマさんの遺族を原告とする訴訟の代理人を務める指宿昭一弁護士が経緯を説明しました。

来日から亡くなるまでの軌跡

ウィシュマさんは2017年6月に来日。日本で英語教師になることを夢見ていたといいます。

ところが何らかの理由で日本語学校に通えなくなり、除籍。2019年1月に在留資格を失いました。

指宿弁護士は「当初の目的を果たそうとしても状況が変わってしまって在留資格を失うことはよくある」とし、就職先の倒産や生活費を稼ぐために学校に通えなくなる、などの例を挙げました。「不法滞在」という言葉がよく使われますが、オーバーステイは日本在留の法的な地位を失うことに過ぎず、刑法に定める犯罪ではありません。

2020年8月、ウィシュマさんは同居していたスリランカ人男性からDVを受けたとして、交番に駆け込みました。ところがDV被害者として保護されることはなく、不法残留の疑いで逮捕されます。名古屋入管に収容された当初は帰国を希望していましたが、コロナ禍で帰国の足がなく、収容は長期化。10月には同居していた男性から入管に脅迫の手紙が届き、ウィシュマさんは強い恐怖を感じて12月に在留希望に転じました。国会議員の質問などで「面会した支援者が在留を勧めた」という話が出ましたが、指宿弁護士は「そのような事実はない。ウィシュマさんが在留するという意思を示したので、これを支援すると述べただけだ」と話しました。

このころ入管職員がウィシュマさんの部屋を何度も訪れ、「帰れ、帰れ、無理矢理帰される(原文ママ)」と述べたため、ウィシュマさんは恐怖心を訴えていました。指宿弁護士は「入管はウィシュマさんを強制送還しようとしていた。本人に飛行機のチケット代を払ってもらい、本人の意思で飛行機に乗るように追い込もうとしていた」とみています。

指宿昭一弁護士=東京都内

入院・点滴を受けられないまま

2021年1月からは食べても吐いてしまう状況が続き、体重が減っていきました。

2月5日、ウィシュマさんは消化器内科を受診し、胃カメラで検査を受けました。医師は電子カルテに「内服できないのであれば、点滴、入院(入院は状況的に無理でしょう)」と記載。しかし、点滴は実施されないまま、ウィシュマさんは入管に帰されます。なぜ点滴をしなかったのか。入管職員は支援団体に対し「点滴には時間がかかるので入院と同じになる」と説明しました(最終報告書では否定)。

2月15日、尿検査でケトン体の値が「3+」と飢餓状態を表す異常値を示しました。この状態が長く続くと体内が酸性になり、多臓器不全に陥る可能性も出てきます。しかし入管は点滴も入院も認めませんでした。

2月16日、仮放免申請が不許可に。

2月22日、2回目の仮放免を申請。

3月4日、外部病院への受診が認められますが、なぜか内科ではなく精神科の受診となりました。精神科の医師は「支援者から『病気になれば、仮放免してもらえる』と言われた頃から、心身の不調を生じており、詐病の可能性がある」とカルテに記載しています。この虚偽の情報を医師に伝えたのは入管職員でした。

3月6日、朝から血圧や脈拍が弱い状態が続きました。14時07分、呼びかけに無反応で脈拍が確認できず。8分後、救急搬送を要請。15時25分、搬送先の病院で死亡が確認されました。

入管に収容された時から体重が21.5kg減っていました。

「休日は医療従事者不在」と正当化

入管は2021年8月10日、最終調査報告書をまとめました。

ウィシュマさんの具合が相当悪くなっているにもかかわらず精神科を受診させたことについて「医療的判断として合理的理由あり」、死亡当日の措置は「休日は入管に医療従事者が不在で、外部の医療機関へのアクセスも制限された」などとして正当化し、入管の責任を認めていません。

同日、入管庁は名古屋入管の佐野豪俊局長と当時の渡辺伸一次長を訓告、警備監理官ら2人を厳重注意処分にしました。しかし、これは国家公務員法に定める懲戒処分にはあたらず、処分履歴も残りません。

ウィシュマさんの遺族は2021年11月、殺人の容疑で名古屋入管の局長らを刑事告訴しました。

しかし、名古屋地検は、検察審査会の不起訴不当の議決を受けた後も含め二度にわたり、不起訴処分としました。

三つの「なぜ」?

ウィシュマさんの死には大きく三つの「なぜ」が横たわっています。それぞれの論点について指宿弁護士が解説しました。

①なぜ点滴をしなかったのか?

(指宿)入管では、帰国に同意しない人には医療を行わないという拷問が被収容者に行われていた。強制送還のためには外国人の命も人権も顧みないという入管の体質の現れだ。

②なぜ仮放免をしなかったのか?

(指宿)入管は、収容し続けることを一種の拷問として使っている。ウィシュマさんの体調は悪化の一途をたどり、医療を必要としていた。しかし、最終報告書は仮放免の不許可について「相当の根拠があり、不当と評価できない」「立場を自覚させ、強く帰国を説得する」「支援者の下で生活するようになれば、在留希望の意志がより強固になってしまう」などと記載している。

(指宿)当時は入管がウィシュマさんの命と健康を完全にコントロールしている状態で、入管が責任を持って命と健康を守らなければならなかった。それを怠ったのだから殺人罪もしくは保護責任者遺棄致死罪にあたる。百歩譲っても業務上過失致死罪だ。しかし、それも不起訴になった。入管と検察は一体の存在だからだ。検察にとって身内がやった犯罪は起訴しにくい。まして、外国人に対する入管の権力を絶対的なものにしておく必要性が強く感じられていた。この点は今も変わらないどころか強まっている。不起訴の背景には日本国家に根付く民族差別構造がある。

点滴をしなかった入管の不作為を問う

遺族は現在、国家賠償請求訴訟を闘っています。

国側の代理人は口頭弁論で「ウィシュマさんの死因がわからないから、国は責任を負わない」と主張しています。

原告(遺族)側は「死因は飢餓であり、飢餓をもたらしたのは点滴をしなかった入管の不作為が原因である。因果関係は疑いようがない」と主張し、対立しています。

指宿弁護士は「本件は、医療過誤訴訟ではない。点滴を打てば助けられる人に点滴を打たなかっただけ。ただ、ウィシュマさんは入院していないので死亡の機序(亡くなるまでの過程)は緻密にはわからない。入管はそこに論点を持ち込もうとしている」とみています。

「入管については負けるはずのない訴訟で負けが続いてきた。裁判所を市民が監視する必要がある。4年半が経ち、市民の関心が低くなったころに判決を出そうとしているのかもしれない。そんな土俵に持ち込まれてはならない。まだ裁判の結果は出ていないし、国の責任は認められていない」と強調しました。

入管の映像、全開示求める訴訟、9月30日に始まる

もう一つの訴訟が、入管がウィシュマさんの居室を撮影した映像をめぐって進行しています。遺族にはこれまで全295時間のうち5時間分しか開示されておらず、妹のポールニマさんらが2025年2月、名古屋入管に残りの部分の開示を請求。3月に不開示が決定されたため、5月に不開示決定の取り消しを求めて提訴しました。9月30日に第1回口頭弁論が開かれます。

入管は2025年5月、「不法滞在者ゼロプラン」を発表。在日外国人への強制送還の圧力を強めています。7月の参議院議員選挙では「日本人ファースト」を掲げる政党が大勝。その後も「外国人は優遇されている」「外国に日本が乗っ取られる」というデマがSNSなどにあふれています。

指宿弁護士は「日本は植民地を作ってきた民族的な原罪があるのに、それを正面から認めてこなかった。入管の中に外国人差別を温存させてきた。そのことを私たちは反省しなければいけない。戦後80年を機に日本が他民族にしてきたことを振り返って、国家と社会を変えて行かなければならない。その責任が私たち市民にはある。そうしなければ第二、第三のウィシュマ事件は起こり得る」と話しました。

妹のポールニマさん「入管は責任逃ればかり」

報告会にはウィシュマさんの妹のポールニマさんも出席し、BONDのメンバーからインタビューを受けました。

インタビューに答えるポールニマさん(中央)=東京都内

——率直に今どういう気持ちですか?

すごく残念な気持ちでいる。姉が亡くなって4年以上が経っている。時間ばかりが経ち、真相は究明されず責任も認められていない。入管側が自分のミスを認めず、責任逃ればかりしている。それしか今、感じていない。

——今の日本国民の多くは、ウィシュマ事件は終わったと思っている。日本社会に伝えたいことは?

亡くなったのは私の家族、姉なんです。時間ばかりかけている入管、言い訳ばかりの入管に、みなさんが声を上げることでプレッシャーを与えてほしい。他にも入管に収容されている人がいっぱいいる。二度と同じ事が起きないようにするにはみなさんの声が必要です。制度を変えるために協力していただきたい。「不法滞在者」のそれぞれにビザを失効する理由、事情がある。(入管は)ちゃんと把握した上で対応すべきだと思っている。

——日本で排外主義が強まっていることをどう感じているか?

不法滞在者ゼロプランが出されたが、帰れない事情がある人がいる。帰れない人にはどうしたらいいか、入管は背景や事情もよく考えて対応してほしい。どんな人間でも自分が好きな国に行って住む権利がある。外国籍の人も日本に住む権利がある。一概にそれを奪うようなことは許せない。

スリランカにいる姉のワヨミは、アフリカのホームタウン構想について、日本人がJICA本部にデモをしかけたニュース映像を見て、ショックを受けていた。日本にいる妹は大丈夫か、と恐怖感を感じたそうだ。私もショックを受けた。

入管に面会に行き実態を知って

報告会の最後に、指宿さんとポールニマさんは、市民が入管に行き、収容者と面会することで実態を知り、改善に向け行動してほしいと強調しました。

「入管に面会に行くと、実態がわかる。二度と姉のような死亡事件を起こさないため、入管の弱点を崩す取り組みをしてもらいたい。今、入管に問題がないかというとそれは嘘です。みなさんが入管に行ってみればわかります。みなさんが声を上げることが一番大事。他の人が命を落とさないように、改善につながりますので、ぜひお願いします」(ポールニマさん)

ウィシュマさんのビデオ全部不開示決定の取り消し請求訴訟は9月30日(火)14時30分から東京地裁で。

裁判の報告集会は16時30分からビジョンセンター有楽町302号室で開かれます。