死産した子どもの遺体をごみ箱の中に安置し、死体遺棄罪で有罪判決を受けたベトナム人技能実習生のグエン・ティン・グエットさん(21)が1月13日、最高裁に上告趣意書を提出しました。近年日本では、技能実習生が妊娠を誰にも言えずに孤立出産に至り、刑事責任を問われるケースが相次いでいます。背景には女性の性と生殖・健康の権利が守られていないという構造上の問題があります。
グエットさんらを支援している「コムスタカ——外国人と共に生きる会」などが上告趣意書の提出後、東京都内で支援集会を開きました。
(*裁判が続いているため、マスメディアではグエットさんの呼称を「被告」としていますが、この記事では刑事責任を問うべき事例なのか疑義を呈する意味で「さん」を用います)
事件の概要 グエットさんは2023年7月に来日し、技能実習生として福岡県の食品加工場で働き始めた。来日前から仲介業者に「妊娠したら帰国」と繰り返し言われていたため、2023年12月に妊娠に気づいた後も誰にも相談できなかったという。2024年2月2日、知人宅に一人でいたときに出産。死産だった。ベトナムでは遺体を床に置くことはタブーとされていたため、赤ちゃんの遺体はビニール袋に入れ、ごみ箱の中に安置し、その上にケーキの空き箱を置いた。大量出血や酸欠状態などで何度も失神し、約8時間後に帰宅した知人に病院へ連れて行かれた。診察時に警察へ通報され、子どもの遺体を適切に処置しなかったとして死体遺棄罪で出産の4日後に逮捕、起訴された。グエットさんは一貫して「子どもを捨てたのではなく、どうすればいいかも考えられなかった」と無罪を主張。2025年3月7日、福岡地裁で懲役1年6月執行猶予3年の有罪判決。同年11月4日、福岡高裁は有罪判決を支持し、控訴を棄却した。グエットさんは同年11月6日に最高裁へ上告し、2026年1月13日に上告趣意書を提出した。
先行するリンさんのケースは最高裁で「無罪」に
支援集会には130人が参加。上告趣意書の要約書が配布され、それに沿って3人の弁護士が説明しました。
孤立出産後に死産の子の遺体を遺棄したとして罪に問われた先例に、レー・ティ・トゥイ・リンさんのケースがあります。リンさんは2018年に来日。熊本県のみかん農園で技能実習生として働いていましたが、妊娠を誰にも言い出せないまま2020年に自宅で双子を死産。遺体をバスタオルにくるんで段ボール箱に入れて封をし、一晩棚に置いた行為について「死体遺棄」罪に問われました。熊本地裁、福岡高裁では執行猶予付きの有罪判決。2023年3月に最高裁は「遺棄の解釈に誤りがあった」として逆転無罪としています。
グエットさん事件の一審、二審は、リンさん事件の最高裁判例を引きながらも、ごみ箱に置いたことは他者が死体を発見することが困難な状況を作り出す「隠匿」行為であり、「習俗上の埋葬等とは認められない態様」での「遺棄」にあたるとして有罪としました。
ごみ箱の中に一時的に置いたことが宗教感情を毀損?
オンラインで参加した池上遊弁護士は、「一番強調したかったのは、ごみ箱の中に置いたということだけで死体遺棄罪の保護法益である一般の人たちの宗教感情や敬虔感情が害されるのだろうかということ。私たちはごみ箱の中から何かを取り出して使い直したりする。遺体を置いたとしても、その場から医療機関に行かなければ、そこで通報されなければ、家に戻ってきて遺体を埋葬することもできたし、彼女もそうしようとしていた」と話しました。

また、検察官は当初、起訴状で遺体を「投棄」したと書いていましたが、1審、2審の判決では「隠匿」として有罪としました。池上弁護士はこれについても「投棄と隠匿には距離がある。訴因変更しないまま判決を下したのは訴訟手続き上の法令違反にあたる」と指摘しました。
島翔吾弁護士は「リンさん事件が一つの判断の枠組となって、本件についても最高裁自身が悩み、考えて結論を出すべき事案と考えている。最高裁はリンさんの件では無罪といっているが、それ以外の事件については判断していない。逆に言うと、別の判断ができるようにあえて行間を残しているところもある。我々としてはグエットさんも無罪にしていただきたいと考えて趣意書を提出した」と話しました。

リプロダクティブ・ライツから憲法違反を問う
上告審から加わった林陽子弁護士は国連女性差別撤廃委員会の委員を3期12年務めた経験から、「グエットさんの事件は自分の体験を生かせる、社会に還元できる場と思い、弁護団に加われたことを幸運だと思っている」と話しました。
林弁護士はリプロダクティブ・ライツ(生殖に関する基本的な権利)を中心とした憲法違反について立論。グエットさんに死体遺棄罪を適用することが憲法13条(幸福追求権)、24条2項(家族を形成する権利)、14条1項(平等権)、31条(適正手続き保障)に違反するとしました。
「女性が子どもを産むか産まないか、何人をどんな間隔で産むかということは女性の権利。女性差別撤廃条約にもハッキリ書いてある。リプロダクティブ・ライツは幸福追求権に含まれる」と解説しました。
家族を形成する権利を侵害されているという点について、上告趣意書はグエットさんの置かれていた状況から説き起こしました。
「被告人は技能実習生という地位ゆえの構造的制約の中で、避妊や妊娠中絶、妊婦健診へのアクセスに障害があり、労働法令の保護を受けながら出産し就労を続けることに制限があり、かつ生まれてくる子どもの在留資格が不安定であった。このような状況下で孤立出産により死産した胎児の埋葬をしなかったことに対し、被告人の刑事責任を問うことは憲法13条、24条2項に違反する」
死体遺棄罪の胎児への適用は女性への間接差別
林弁護士は技能実習生に産休育休の制度が教えられていないことにも言及しました。「外国人技能実習機構(OTIT)は技能実習生向けの労働法のテキストを多言語で出しているが、産前産後休暇がスポっと抜けている」

さらに刑法190条(死体遺棄)の「死体」に胎児を含むとすることは、処罰の対象が出産した女性にほぼ限られる点において、女性に対する間接差別であり、法の下の平等に反する、としました。
「流産には刑事罰がないが、死産は刑事罰の対象となる。日本では妊娠12週を過ぎたら死産。WHOは22週、カナダやオーストラリア20週を基準としており、12週で分けるのは非常に早い。胎児が生きているか、死んでいるか、埋葬義務があるかないかを判断するのは困難。12週以上の死産を検案した医師は警察に届け出なければならないが、これは明治時代に違法な中絶を防止するために設けられた規定だ。死体遺棄罪については明治刑法が生きている。それが技能実習生の女性に二重三重の制約になり、リプロダクティブ・ヘルス/ライツを全うできないより重い負荷となっている。これは、女性差別撤廃条約、人種差別撤廃条約にも違反している」(林弁護士)
出産年齢にある技能実習生に家族帯同を認めないのは理不尽
上智大学総合グローバル学部の田中雅子教授は「リプロダクティブ・ジャスティスの視点から見た技能実習生らの孤立出産に関する意見書」を書きました。
リプロダクティブ・ジャスティスとは①子どもを持たない権利 ②子どもを持つ権利 ③安全で健康的な環境で子どもを育てる権利が実質的に保障されているかを問う枠組み。その不平等性を可視化するために、複数の属性が重なり合うことで生まれる複合的な差別や不利益の構造を分析する交差性(インターセクショナリティ)の視点を取り入れています。

田中教授は3つの権利について移民女性にとってのリプロダクティブ・ジャスティスの課題を挙げました。
①子どもを持たない権利……出身国と日本で避妊・中絶へのアクセスや制度が異なる。日本ではピルが薬局で買えない。避妊目的では保険適用外。緊急避妊薬も買える薬局が限られ、高価。中絶に配偶者同意要件がある。
②子どもを持つ権利……妊娠したら帰国/退学/退職といった警告を受ける人がいる。
③安全で健康的な環境で子どもを育てる権利……在留資格の一部に「家族帯同」の制限がある。産休育休の権利を行使できない環境にある。育児支援制度が脆弱。
田中教授は「技能実習生が家族を帯同することは認められていない。一方で、技能実習生の女性の9割が生殖年齢にあたる。『母になってはいけない』というのはあまりにも理不尽だ」と指摘しました。
ベトナム人以外にも、インドネシアやスリランカからの技能実習生が孤立出産で罪に問われています。田中教授によると、2024年12月までに16件の報道がありました。
「これは受け入れ側の日本社会の問題だ。自宅で死産をすれば罪になってしまう。最高裁は個別行為だけでなく、制度的背景と国家の不作為を含む全体構造を踏まえるべきだ。孤立出産は偶発的ではなく、古い法体系の中で連続性を持って起きたこと。社会を前に進めるための裁判として、みなさんにも協力していただきたい」(田中教授)
とても怖くて混乱して、体もとても疲れていました
集会では動画でグエットさんが思いを述べました。

子どもを出産したあと、体が紫色で呼吸をしていない子どもを見て、私は声を出して泣きました。そのとき、もう助からないと分かりました。とても怖くて、混乱していて、体もとても疲れていました。何をしたらいいのか分からず、子どもの遺体をビニール袋に入れました。
しばらく周りを見ました。目の前にごみ箱があり、そこに子どもを置こうと思いました。亡くなった人を送るとき、何かで体を覆うのを見たことがありました。そのため、子どもの体も何かで覆いたいと思いました。白いケーキの箱があったので、それを使って子どもの体を覆いました。
息をしていない子どもを見て、母親として私は本当に強い悲しみを感じました。胸がとても苦しく、その場には頼れる人が誰もいませんでした。なぜ子どもが亡くなったのか分からず、私はその場でたくさん泣きました。子どものそばに横になることしかできませんでした。そのときたくさん出血していて、自分も死んでしまうかもしれないと思っていました。そのため、ごみ箱のふたを閉めませんでした。そうすれば、誰かが私と子どもに気づいてくれると思ったからです。
その後、彼氏が仕事から帰ってきて、私の体や床にたくさん血があるのを見ました。すぐに同僚に連絡し、私を病院に連れて行こうとしました。私は病院で診てもらって、そのあと家に帰れると思っていたので、病院へ行くことにしました。家に帰ったら、彼氏に、出産したこと、子どもが亡くなったことを話し、子どもをどうやって埋葬するか、一緒に考えてもらうつもりでした。しかし、その後警察に捕まり、子どもに会うことも、それを行うこともできなくなりました。
以上の経緯から、私はこれまでずっと、自分は無罪であると主張してきました。しかし、事件の審理の中で、まだ十分に考えられていない重要な点があると感じています。また、私が置かれていた状況や、本当の意図が正しく理解されていないとも思っています。
私の行為が犯罪だと評価されたことは、私にとって非常に大きな苦しみでした。心に深い傷が残りました。それは私だけでなく、家族にとっても同じです。私が上告しているのは、責任から逃れるためではありません。真実を明らかにし、公正に判断していただくためです。
私は、最高裁判所が偏見ではなく、証拠と事実に基づいて、この事件を判断してくださることを心から願っています。最後まで、誠実に、そして粘り強く、この問題と向き合い続けていくつもりです。どうか私の声に耳を傾けてください。
処罰ではなく理解を、断罪ではなく支援を
コムスタカは裁判支援のため女性たちの意見書を集め、最高裁に提出しました。「出産がどれだけ過酷で、出産直後に冷静な対応を求めることがどれだけ非現実的か」を立証するのが目的です。大学生から90代まで47人が意見書を寄せました。

同会の佐久間順子さんは「今回集まった意見はグエットさん一人を守るものではありません。医療につながれなかった女性が出産直後の行動だけで刑事責任を問われるのであれば、安心して産むことはできません。出産とは何か。死産とは何か。人の心と体はどうなるのか。外国で子どもを産んだ女性がどうなるのか。処罰ではなく理解を、断罪ではなく支援を。母体もまた守られるべき存在であるはずです。そのことが意見書には詰まっています」と語りました。
女性支援、外国人支援にかかわる20団体がグエットさんの無罪を求めて、署名を継続しています。

