治療目的以外の不妊手術を禁止する母体保護法は憲法13条(幸福追求権)、24条2項(婚姻・「家族関係における両性の平等)に違反するとして、5人の女性が国に損害賠償を求めた「わたしの体は母体じゃない」訴訟の判決が3月17日、東京地裁(鎌野真敏裁判長)で言い渡されました。判決は「原告らは憲法13条に照らして国家から妊娠するよう強制されない避妊の自由を有する」と認めました。避妊の自由を認めた判決は、原告弁護団によると初。一方で、避妊法には複数あり、不妊手術が唯一のものではないとして違法確認請求を却下、国家賠償などその他の請求は棄却しました。原告らは即日控訴しました。
わたしの体は母体じゃない訴訟 自分らしく生きるために不妊手術を受けたいと考えている女性5人が、2024年2月に提訴。母体保護法が治療目的以外の不妊手術を原則禁止していることや、要件として「妊娠・出産が生命に危険を及ぼすこと」「すでに子どもが複数人おり、出産のたびに健康が損なわれること」「配偶者の同意」などを規定していることを違憲とし、同法の規定を改廃しない国会の立法不作為について500万円の国家賠償を請求した。
「産めよ増やせよ」の思想を断ち切る一歩
判決後の記者会見で亀石倫子弁護士は、「判決は母体保護法の不妊手術に関する規定は合理性に乏しいとして、適切な検討が行われるべきだとした。この意義は大きい。戦中から現在まで続く『産めよ増やせよ』の思想を断ち切る大きな一歩。日本のSRHR(*1)について大きな一歩と受け止めている」と評価しました。
また、判決が女性の人格的権利として、国家に妊娠を強制されない「避妊の自由」を保障しているとしたことも、高く評価。弁護団によると「避妊の自由」と明記した判決は初めてです。
しかしながら、判決は、
①避妊法は複数あり、不妊手術を受けることができなければ避妊をすることができないわけではない
②身体への侵襲を受けない権利は保障されているが、受ける権利を保障しているものではない
として、不妊手術を受ける権利が憲法13条で保障されているとは認められない、としました。
亀石弁護士は「残念だったが、控訴審で訴え。法改正も求めていきたい」と語りました。
*1……セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス・ライツの略。性と生殖に関する健康と権利の意。

「産む/産まない」が家族制度に直結している日本
早坂由起子弁護士は、不妊手術の要件が、憲法13条と憲法24条2項に違反すると問うてきました。判決は配偶者同意などの要件について、「家族に関する法制度を定めたものであるとは言いがたい」として、違憲性を認めませんでした。
早坂弁護士は「24条2項は家族のあり方について、個人の尊厳や両性の本質的平等に立脚しなければいけないとしている。これが家族制度にかかわることではないとされたのは残念だった。日本は非嫡出子が非常に少ない。『産む/産まない』が、家族制度にまさに直結している。配偶者同意という規定そのものが家族に関する規定であり、裁判所が正面から向き合ってくれなかったことを残念に思っている」と話しました。
記者会見では原告5人も、それぞれの思いを話しました。
不妊手術をしたという体験を社会に還元したい
◆梶谷風音さん
女性に子どもを産まない自由を認めたという点で画期的な判決だった。
不妊手術は日本ではできないけど、他国でやるのは自由だ。でも、不妊手術を望んでいても、情報と渡航する手段がなければ実現はできない。大半の人がそこで諦めてしまう。正しい情報にアクセスすること、自分に合った避妊法を選ぶことは現在の日本では、未だ「奪われた権利」。それを取り戻したい。
母体保護法という法律は合理性を欠くと司法が真っ正面から言ってくれたことは大きなことだ。日本では不妊手術に配偶者同意が必要とされている。さらに「複数人子どもを生んでいる」、「産むたびに健康が低下」、「妊娠・出産で命に危険がある」と言う場合でないと認められない。こういう規定に合理性がないと認めてくれたことは大きなことだと感じている。女性が何かをすることを事実上禁止されていたり、男性の許可が必要だったりする社会は女性の人権を十分に認めていない。
私は妊娠を望まないことで『この国にいてはいけない存在』と、植え付けられるような思いで生きてきた。母体保護法の不妊手術要件は、女性の心にスティグマをあたえ、自分の人生を自分で選ぶことに罪悪感を抱かせるシステムだと思う。海外で不妊手術を受け、日本で正解とされる幸せの形以外を選んだ。女性であること日本人であること、そして他人とは違う生き方を選んだ一人として自分の経験を伝えて行くことが責務だと考えている。
保守的な社会の中で私のような若い女性が名前を出して言うことで、仕事に影響があるのでは、何か非難されるのではという気持ちは常に持っている。でも仮にそういうことがあったとしてもほんの一瞬のこと。この国で女性として生きていく人がいるというのは永続的な事実なので、後に続く人のためにも意義のある選択だったと思っている。間違った生き方を選んだと思われる人がいるかもしれませんが、胸を張って生きていきたい。
不妊手術をしたという経験を社会に還元したい。見た目が変わるわけじゃないし、周囲から「結婚はまだ?」「子どもは産むの?」といわれても聞き流せばいいのかもしれないけど、「なぜ子どもを産まないといけないのか」と問い返し、そうした問いがマイノリティの行きづらさを助長していると気づいてもらいたい。

「自分の意思で子どもを産まない女性」を可視化
◆佐藤玲奈さん
「産まない体になりたい」と裁判を始めた。判決文から、私たちが訴え続けてきた「産む/産まないを決める権利」は私たち自身にあると認識してもらえたと感じた。この国のすべての人にとって意義のある判決だ。
裁判を通して日本のSRHRの課題を知っていただけたことも大きい。女性が主体的に使える避妊方法が限られ、配偶者同意が必要など、日本の状況には改善が必要だ。
これまでいないことにされてきた、「自分の意思で子どもを産まない女性」が可視化された。
国側にとって、私たちの存在は想定外で理解しがたいものだったようだ。国側は「女性は喜んで子どもを産む」という前提で主張していた。この裁判で多くの人に、タブー視されがちなテーマについて知っていただけた。
国家による身体の管理は一部の人の問題ではない。性別や年齢、子どもを望むか否かで私たちは自己決定権を侵害されてきた。産む権利も産まない権利も侵害されている。基本的人権がどのように扱われるかという問題につながる。私たちの訴訟はまだ終わりではない。高裁でも引き続き取り組んでいきたい。
少子化対策の中、「子どもを産まなくてもいい」は大きな一歩
◆千文さん
少子化対策で、産んだ人への補助金や手当などのインセンティブを国が打ち出している中で、女性は子どもを産まなくてもいいという判決を引き出せたことはとても大きい。子どもを持たない人が正々堂々と胸を張って生きていける。権力に従順になったり、卑屈な考えになったりしなくていいというメッセージになる。不妊手術という存在を知らなかった方が結構多いと思うのだが、裁判を通して応援してくださる人が増えた。今回判決としては棄却という残念な結果だったが、子どもを持たない、子どもを望まない生き方をする人にとって大きな一歩となった。応援してくださったみなさん、ありがとうございました。

誰かの介入を受けることなく妊娠しない権利
◆久野さん
傍聴に来てくださった方がたくさんいて胸がいっぱいになった。母体保護法には母も私も苦しめられた。長い間この法律にメスが入れられず、おかしいと思う人がこれだけ集まって裁判を起こせたのがよかった。「母体保護法の規定は合理性に乏しく、改廃に適切な検討が望まれる」と聞けて、すごくよかった。現状の憲法がある限り、子どもを産めと国に言われることはないし、海外で不妊手術を受けても罰せられることはない。誰かの介入を受けることなく、妊娠しないというのは権利。安心できた。誇らしい気持ちでいっぱい。
「いつかお母さんに」に狭められる人生の選択肢
◆田中さん
私はこの国の空気がすごく嫌いだった。空気は周りの人の言葉で示される。
「いつか結婚するだろう」「いつかお母さんになるだろう」「だから体を大切にしなきゃいけないよ」
どこからこの空気が来ているんだろう。私は女性として生まれてきただけで、お母さんになることや妻になることを強制されていることが嫌いだった。
「お母さん」という枠に私の人生の選択を狭められていることに我慢がならなかった。
その法律の規定が合理性に欠けると、今日、目に見える形で明文化された。この言葉を形にする立法府の動きが重要視されるところではあるが、力を合わせて裁判所に訴えていきたい。
目に見えなかった空気が形になった。一人一人の言葉が形になったことがこの結果を生み出した。みなさんの勇気に感謝します。
体への違和 ほかの避妊法では代替できない
ほかの避妊法ではなく不妊手術でなければならない理由について、佐藤さんは「私はアロマンティック、アセクシュアル(*2)。自分のセクシュアリティと自分の体を一致させるために、不妊手術は必要不可欠なものであると考えている」と話しました。
*2……他者に対して恋愛感情、性的欲求を抱かない特性を持った人
梶谷さんは「自分が子どもを産み得る可能性があると扱われることを、9歳ごろから負担に感じていた」と話しました。今でも忘れられないのは、高校生の時に、数学の先生に「将来子どもを産むかも」と言われ「産まない」と返しても、「産むかもしれないじゃん」と軽く笑いながら言われたこと。ほかの人からも「お尻が大きくて安産型だね」と言われたことを覚えています。
「言った方は忘れているかもしれないけど、自分の体に違和感を持っている人にとっては10年経っても消えない言葉。自分の体や妊孕性に違和感を持ったことがない人が、その違和感はたいしたことがないというのはちょっと違うと思っている。この身体で生まれてきたことで精神的に苦しんだ。この国では母体であることから解放される手段がなかった。私にとっては妊孕性(*3)を取り除く不妊手術が自己のアイデンティティを保つために必要でした」
*3……妊娠するための生殖器の機能・能力

訴訟費用の寄付を継続
原告・弁護人らは控訴審と並行して、母体保護法改正に向け国会議員への働きかけも行う方針です。
裁判は公共訴訟を支える専門家チーム「LEDGE」の支援を受けて闘っています。原告らは、公共訴訟に特化したプラットフォーム「CALL4」で裁判費用への寄付も引き続き募っています。

