安倍晋三元首相を近鉄大和西大寺駅前(奈良県)で銃撃した事件で、山上徹也被告人(45)が殺人などの罪に問われた奈良地裁の裁判員裁判(田中伸一裁判長)の判決が1月21日午後に下される。初公判の2025年10月28日から計15回の審理を経て、12月18日に検察が無期懲役を求刑した。裁判は起訴から約3年を経て結審した。この裁判では、殺人罪については争わず、争点は量刑とされ、事件の解明が進められた。判決に向けて傍聴席から取材した証拠と証言をもとに、裁判を振り返る。(記事にある証言や証拠の記述は、傍聴中に記録した手書きメモをもとに書き起こしています)
安倍晋三元首相銃撃事件
起訴状によると、山上被告人は2022年7月8日午前11時31分、奈良市内の路上で、安倍氏に対し、殺意を持って、至近距離から手製2銃身パイプ銃(口径21・3ミリメートル及び約21・4ミリメートル)で金属製弾丸数発を発射し、その左上腕等に命中させた。同日午後5時3分ごろ、安倍氏は奈良県内の病院で、左上腕射創による左右鎖骨下動脈損傷により失血死した。同日に凶器のパイプ銃と弾丸の所持と発射、2020年12月から事件当日まで複数の手製銃の製造・所持、火薬も製造し発射したとして、殺人罪のほか、銃刀法、武器等製造法、火薬類取締法の違反に問われている。
「プライドの高い家庭」
幼児期から犯行時までの山上徹也被告人の人生は壮絶だ。父や兄の自殺、母親が旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)へ入信し、祖父とのいさかいや虐待、総額1億円以上の旧統一教会への献金や家庭内暴力、非正規労働を続ける中での不全感――。
裁判では、被告人以外に、母親、妹、旧統一教会の被害者の救済をする弁護士らが証言台に立ち、山上被告の人生や旧統一教会に関わる事実が明かされた。私が見た被告人は表情の変化は少なく、服装は黒のスウェットとベージュのズボン姿がほとんど。うつむき加減でいることが多く、自らの証言はゆっくりとしたペースで簡潔だ。それは「短い言葉だけど、相手に理解しやすいようにわかりやすく語る」という感じだ。
また休憩時に法廷を出たり入ったりする際の被告人の歩く動作は、事件時に被告人が安倍元首相に走り寄る映像と重なる印象を覚えた。
裁判の証言や証拠によると、関西の公立大学を卒業し栄養士の資格を持つ母親は関西の有名国立大学を卒業した父親と結婚。父親はゼネコンに勤めていたが、転職し山上被告の母の父が経営する建設会社に勤めたが適応できず、アルコール依存症になるなど体調が悪化。被告人が4歳の時に入院し自殺した。1歳違いの兄は持病や障害があった。母親の関心は長男に向いていた。被告人は「気位の高い母親」で「プライドの高い家庭」だったことを証言している。

祖父が「出ていってくれ」と土下座
10歳の頃、被告人の母親が旧統一教会に入信し、父親の生命保険金数千万円を統一教会に献金。さらに母親は祖父の不動産を無断で売りに出ようとしたことがあった。祖父は母親の入信に反対で「いずれすべて財産を持っていってしまう」と懸念し、母親を脱会させようとする祖父と母との間でいさかいが絶えなくなった。祖父は母を家から締め出すこともあり、被告人ときょうだいたちは、祖父から「出ていってくれ」と土下座されたり、「面倒見きれない」と言われたりしたこともあったという。
「中学生ですので自分で生活するのは無理で何時間か歩いたり、駅のホームで座り込んだこともあった」「(児童養護施設や親戚に預けるなど)何らかの手続きをとってくれれば。そのほうが子どもにとって悩まずに済むと思っていた」(被告人)
「(祖父から)すごく怒られるのが辛かった」「児童養護施設に行けばよかったと後悔している」(被告人の妹)
被告人は地元の進学校として知られる県立高校に入学し、部活動は応援団に所属。周りの同級生と比べ、旧統一教会によって翻弄される自分の家の状況と同級生の家庭との違いを感じ、学業にも落ち着いて向き合えない状態にあった。高校3年の時に祖父が亡くなる。母親が祖父の会社に借金があるからという嘘の理由で、祖父の会社の財産を処分し再び数千万円規模で教団に献金。被告は、周囲には旧統一教会の献金などの被害を相談できず、大学も受けたが、進学しなかった。
保険金残そうと自殺図る
被告人は高校卒業後に予備校へ行き、消防士の公務員試験は不合格に終わった。2002年に海上自衛隊に入隊する。その後、献金を続ける母が破産しショックを受けた。2005年に生命保険の自死の免責期間を確認し、保険金を家族に残す目的でベンジンを飲んで自殺を図ったが未遂に終わる。
弁護士である被告人の伯父が教団に掛け合って、統一教会から5000万円の返金が開始された。被告人の家に月々30〜40万円、そのうち13万円を被告人が受け取ることになった。宅地建物取引主任者などの資格・免許を取得。詐欺商法やカルトの被害者救済などのために、司法試験合格に向けて通信制の中央大学法学部に入学するが1年でやめた。その後は派遣社員として働き始める。さらに家庭内の状況は悪くなる。兄が度々家庭内で暴力を振るうようになる。階段から落ちて母親が骨折することもあった。母親は被告人と妹にたびたびお金を無心した。
「献金する人と見られて」チヤホヤ
母親は献金すると教会からチヤホヤされると証言しており、その内情も語っている。
「何かに物くれはったり、言葉もきつい言葉入れないとか、そういう感じ」「この人献金する人と見られて」(被告人の母親)
被告人が苦しむ姿に比べて、母親の証言が淡白な印象を持った。被告人の職業についても口を出して被告人がメールで拒絶したこともあるなど、母親の体面を気にする発言が気になった。
「(被告人は)あまり心配かける子じゃなく」「年齢が年齢だし、契約で(仕事が)変わるんでね。なんとかならないかと思いました」(被告人の母親)
兄の死の責任は自分にある
2015年11月に兄が自殺。亡くなる前まで、統一教会の献金に不満を持っていた兄の葬式に教会関係者がやって来て、勝手に教団の儀式を取り行ったこともあった。
「兄の晩年は悲惨、(母が)統一教会に入ってから最たるものが兄の死だ。死の責任は自分にある」「母は救われていない。自爆。死ねばあの世で救われていると思う。信じるか、縁を断ち切るしかない。(自分は)家族と縁は切れない。俺が自爆。根源を断つ。逃れたい」(被告人)
教団トップを襲撃しようとして未遂
2016〜17年には、被告人はカルト宗教の情報を扱うウエブサイトなどから、教団が政治家とつながりを持っていることを把握した。
その頃から被告人は、教団幹部の襲撃を計画する。2018年7月に岡山で教祖の韓鶴子(ハン・ハクチャ)の娘、2019年10月に愛知で韓鶴子自身を襲撃しようとするが、未遂に終わった。
被告人は襲撃に対する心理的抵抗を下げるため、対象と距離が取れる銃での襲撃を思いつく。違法な手段で拳銃を入手しようとするが、うまくいかなかったことに腹を立て、取引相手を警視庁の匿名サイトに通報したこともあるという。
2020年2月に被告人は、手製銃作りの材料の購入を開始。海外のサイトを参考に、車のトランクで機器を使って慎重に材料を調合し火薬も作った。撃ち漏らしがないよう、様々な銃身のパイプ銃を複数作成。発射速度も測り試射をして襲撃を準備した。被告人はエアガンなどの工作に凝っていた兄について思い出しながら製作したことを証言している。
「安倍氏の襲撃が教団ダメージにつながる」
犯行直前まで、被告人は家族にこだわり続けた。
2022年5月には1年半続けていた仕事を辞め、次の仕事がスムーズに見つからず借金もあり、破産の危機を感じた。韓鶴子の来日はなく、さらに焦りを抱いた。
「母は(財産を注ぎ込まない信者について)「二流信者」だという。惨め。(自分の破産を)母が知った時は泣いて喜ぶ。統一教会に楯突くからこうなると。破産になると母に負けたことになる」(被告人)
2021年9月に安倍晋三氏が教団関係団体の行事に送ったビデオメッセージ動画を見たことが事件の引き金となったとしている。
「(教団が)社会的に承認されていくのだろうと。兄が死んだこと、被害者の問題が忘れられる」(被告人)
被告人は、安倍氏の襲撃が統一教会のダメージにつながると判断。国内にいて教団トップに比べると、手が届くところに安部氏がいて、教団幹部に次ぐ目標選択肢の一つとなり、実際の銃撃に至った。
「人生の意味としての統一教会への打撃を与える実現として、引き金を引くことが最終的な到着したところだろうと思う」(被告人)

弁護人「懲役20年まで」と主張
2025年12月18日の公判で、検察は「戦後史に前例を見ない犯行」だと断罪。犯行は悪質で、入念な準備をして計画性があり、重大な結果と社会的影響を及ぼし、短絡的で自己中心的だと主張した。さらに「不遇な生い立ちが量刑の大枠を変更するものではない」と指摘。被告人が旧統一教会にダメージを与える手段として直接落ち度のない安倍氏を殺害したと訴えたが、死刑は求めなかった。
一方、弁護側は「未成年の時からの家庭の崩壊は犯行に一直線に結びついている。量刑判断に関わる情状事実である」と訴えた。また、動機や経緯は同じ社会に生きる我々が十分考慮でき、事件は偶発的な事情が重なって起きたと主張。「今後の立ち直りが期待できる」として、殺人罪の量刑は最大で「懲役20年までで止まるべきだ」と訴え、手製の銃や火薬の発射罪などは法律の構成要件を満たさず成立しないとした。
福祉が関与しなかった背景
フリーランスの記者として数回にわたり、記者席で傍聴をした。傍聴するたび、複雑な思いを抱えた。事件前は宗教二世の被害救済が進んでおらず、山上家では家庭内で暴力が発生し、被告人も虐待を受けていた。宗教が絡むとはいえ、暴力や虐待が起きていたのは間違いない。山上家に福祉の救済はなかったのか。追い詰められる過程で旧統一教会ではなく福祉の関与があれば、状況は違ってきていたかもしれない。憲法で保障する思想・信教の自由を尊重するあまり、行政が介入しづらい場面がなかったかどうか、被告人に関わらず宗教二世の問題が放置され続けてきた問題の背景を追及する必要性がある。
「報道とかの中に不正確なものとか」
また、被告人は、被告人に対して全国からお金が寄付されていることに関して、寄付者にお金を返す意思も示している。その際に報道についての証言もあった。内容を聞き取り、ノートに記録できた範囲で示したい。
「報道とかの中に不正確なものとか、違うものもあり、自分という人間か、推測して、裁判終わればかなり違った・・・。人間として、返したほうがいいでしょうから、そうするのがまずやるべきかなと」(被告人)
各社報道では、旧統一教会の被害者として同情論的な論調が加速していた。この事件の背景には、高額献金問題のみならず、母親の入信のベースとなっている被告人の家庭状況や宗教が招く児童虐待の状況、非正規社員の雇用の不安定さなどがあることが考えられる。被告人は報道媒体を拘置所で読んでいるとされるが、「不正確なもの」とはどこの部分か気になっている。
今回の事件では、2銃身の手製銃で2回の引き金を引いて12発の弾が発射されたとされ、元首相の胸元にあった議員バッジと拉致問題解決に向けた国民運動のシンボルとされるブルーリボンバッジにも当たっていたというのだ。このことは、かなり衝撃的だった。
結審日には元首相の妻、安倍昭恵さんもブルーリボンバッジに触れ、元首相の北朝鮮拉致問題に対する活動ぶりについて陳述を書面で行っている。
これ以外にも、この裁判の傍聴では、証言や証拠を見せられ、何度も心が突き動かされる場面があった。法廷内の空気は絶えず、ずっしりと重く、傍聴後は毎回へとへとに疲れた。

今後も深く掘り下げる報道が必要
また今回、戦後史に前例なき事件として、報道においては時間をかけて多方面にわたる検証がなされたのだろうか。まだ足りない気がしている。傍聴席の抽選は倍率10倍以上となる時もあり、限られた人しか法廷に入ることができない状況にあった。記者席として傍聴を安定的に確保された立場の報道関係者は、自分も含めて引き続き、この事件について深く掘り下げる責任を負っているだろう。
それから、近年起きた著名人を狙撃する銃撃事件としては、国松孝次・警察庁長官狙撃事件や伊藤一長・長崎市長射殺事件が有名だ。銃撃事件の報道ではお決まりの、凶器の形状、入手経路を含めて、しつこいくらいやる物理的な検証が、今回は過去の事件と比べて積極的になされなかったことが、被告人以外の犯人がいるのではないかという陰謀論や憶測を呼ぶ一因となっているように思えてならない。
この事件は社会に多大な影響を及ぼした。事件を契機として国から旧統一教会の解散命令請求が出された。また、被告人に対する考え方はさまざまだ。結審日には奈良地裁前に被告人を応援するプラカードを持った女性数人が集まる姿も見られた。この裁判の影響力の大きさを物語っている。政治の世界においても、相当の権力構造が変化したことだろう。
ドタバタの国会冒頭解散、衆院選挙などを控え、政局に右往左往するばかりで浮き足立つ報道合戦が続く中、このような重大裁判のクライマックスである判決取材に力を注ぐことができるのだろうか。大手メディア各社の堅実な報道を期待したい。

ジェンダーバランスに欠ける法廷
また、裁判において、法廷内に女性が少ないということも気になった。「また、ここもか」という思いで、傍聴席で違和感を抱き続けた。
今回の事件は被告人の弁護人、検察官も女性がゼロ。裁判官3人のうち、左陪席の判事が女性だった。数少ない女性の裁判員が辞退した。この銃撃事件は、犯行動機に関わる部分で、母親と被告人の関係性や家族の問題が色濃く出ており、事件解明には多様な見方が必要だと考える。司法の世界でもジェンダーバランスが欠けているという問題は広く知られるようになってきたが、この裁判ではそのことが浮き彫りになった。ジェンダーは司法判断にも影響する重大な課題であり、より一層の改善が必要だと改めて思わされた。
判決言い渡しは1月21日13時半に行われる。

【訂正】 裁判官3人のうち、「右陪席の判事が女性だった」は誤りで、「左陪席の判事が女性だった」でした。お詫びして訂正します。(19日20時08分更新)

