「女と戦争――ともに声をあげる勇気を!」女たちの闘いに連帯する〜日本軍「慰安婦」メモリアル・デー

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基調講演をする清末愛砂さん。=東京・四谷、2026年8月15日、撮影:岡本有佳

女性と戦争!共に声をあげよう。日本軍「慰安婦」メモリアル・デーでアフガニスタンの女たちの闘いに連帯

金学順(キム・ハクスン)さんが日本軍による性暴力被害を訴えた日から35年。彼女が名乗り出た8月14日を日本軍「慰安婦」メモリアル・デーとすることが決定されてから、日本軍の性暴力被害に遭った女性たちを記憶することで再発防止をはかる取り組みが毎年、世界各地でおこなわれています。 

8月15日、東京・四谷にある上智大学で、第14回日本軍「慰安婦」メモリアル・デーが開催されました。会場約180人、オンライン約330人の計約510人が参加しました。日本軍「慰安婦」問題解決全国行動(以下、全国行動)と上智大学グローバル・コンサーン研究所の共催です。

清末愛砂さんの基調講演を紹介します。清末さんは室蘭工業大学教授で、憲法学、ジェンダー法学、アフガニスタン研究をしています。また、パレスチナやアフガニスタンの女性たちとの交流を長年にわたり続けています。

この日の講演タイトルは「女と戦争――ともに声をあげる勇気を!」。アフガニスタン初のフェミニスト団体として知られるRAWA(アフガニスタン女性革命協会、囲み参照)との連帯活動から学んだことを3点にまとめて話しました。

①求められているのは、哀れみの涙ではない。《ともに闘う勇気》そのもの

2024年アフガニスタンのバーミヤーンという街にある洞窟を利用して行われている女性のための識字教室を開く女性たち。提供:清末愛砂

この写真は、2024年アフガニスタンのバーミヤーンという街にある洞窟を利用して行われている女性のための識字教室を訪ねた際のものです。読み書きの機会をさまざまな理由で失った女性たちを集めて、簡単な読み書きができるよう識字教育をしています。アフガニスタンでは家父長的な社会規範により女性が学校に行くという発想がそもそもなかった上に、たび重なる戦争により難民となる人も多く、女性たちが教育を受ける機会が非常に少なかったのです。そのため生きていくのが本当に大変でした。

2024年の訪問の際に私が感じたのは次のようなことでした。「アフガニスタンの外からやってきた筆者らに、女性たちが人生を振り返りながら話をしつつ、同時に静かに問うていたのは、自らを振りまわした国際社会のこれまでのありようそのものであったのではないか」1

世界で経済的にも軍事的にも最も強いアメリカが、 世界で最も弱い立場にあるアフガニスタンに対して軍事攻撃をします。犠牲者がたくさん出ることに対して、つい哀れみとか同情の気持ちを持ってしまうし、涙が出るわけです。でも、2001年10月開始の米国によるアフガニスタン空爆に対して RAWAが出した抗議声明を読んだとき、はっとしたんです。 つまり、アフガニスタンのタリバン政権は、我々アフガン人が倒すものなんだと書かれていたからです。私がすべきは哀れみの涙を流すことではなくて、 RAWAの人たちが国際社会に求めていたのは、ともに闘う勇気なのではないかと強く思ったのです。
アフガニスタンの女性たち側の活動家だけじゃなくて、 洞窟で学ぶ女性たちにも会って話を聞く中で、 いろんなところで彼女たちの話をストーリーとして、論文として、きちんと記録化していきたいという風に思いました。2

RAWA(アフガニスタン女性革命協会)
1977年にカーブルで創設されたアフガニスタン初の独立系フェミニスト団体(政治団体)。創設者は当時カブール大学法学部の学生だったミーナー。1977年は、1973年の王制廃止後に社会の民主化を進めるために、アフガニスタン共和国憲法が制定された年。家父長的な社会規範に基づくジェンダー差別が根強く残る一方、1970年代の都市部(アフガニスタンの大部分は農村部)では、カーブル大学で女性たちが権利を求めてデモをするなどの動きも見られた。ソ連侵攻時代に拠点をパキスタンへ。パキスタンとアフガニスタンを行き来しながら、活動を継続。2016年にパキスタンを完全撤退し、アフガニスタンでの活動に専念する。ミーナーは1987年にパキスタンで暗殺された。
活動の目的は、女性の団結の力で社会を変革し、女性の権利を含むすべての人々の権利と自由が保障される民主的な社会を築くこと。女性に対する人権侵害を果敢に告発している(1996年から2001年までの旧ターリバーン政権時代を含む)。

RAWA創設者ミーナー
(1987年にパキスタンで暗殺)提供:清末愛砂

②連帯とは「支援するーされる関係」ではなく、信頼して手を繋いだら離さない

2025年にマザリシャリーフという町で「秘密の学校」(地下学校)を運営しているRAWAのメンバーやその学生たちに会いました。これは小学6年生までしか教育を受けられないアフガニスタンで、 それ以上の教育をしたいと考えている子どもたちを、 自分の家などにこっそり呼んで勉強させる活動です。

「秘密の学校」を運営している女性と話している時に、連帯というのは、支援するされる関係に基づいて構築されるものではない。あらたに、ともに闘うという視点が必要。対等な関係性を追求しようとする営みの中からこそ、連帯は生まれてくるのではないか。そして、お互いに信頼して手を繋いだら離さないという関係性を連帯関係というのではないかと思ったのです。この点は日本の運動も大いに学ぶべきことではないかと思います。こういう連帯が作れなければ、軍拡も戦争も止められないと思います。

③生まれつき活動家なのではない。各自が置かれている状況が人を抵抗に向かわせる

アフガニスタンで女性たちが字を学び、それによって自分の社会を変えていこうと動いている人たち、差別や抑圧に対してさまざまな方法で抗してきた女性たちは、人生は自分のもの。そうであるからこそ、自らの人生を変える権利は自分にあると信じてきたと思います。抵抗の歴史を作る主体はこうした女性たちです。この姿は日本軍性奴隷制のサバイバーたちと重なります。

憲法学の視点から「日本軍性奴隷制」の問題を考える

日本国憲法は9条によって軍事組織の保有を否定し、憲法24条によって家父長的支配を否定する、という条文を持っています。近代国家は軍事組織を持つのが当然視されていましたから、それを否定したという意味で大いに評価できるでしょう。また、近代家族の中ではたくさんの暴力や差別があり続け、それを隠蔽しようとしてきたのが近代国家の特徴の一つでした。
ですから、本当に非暴力的な社会を築くためには、9条の理解だけでは不十分です。24条をどれだけ理解できるのかが大きな鍵になると私は思っています。

大日本帝国はどういう帝国だったのか。それは欧米の列強諸国に対抗しながら軍事力に依拠して海外に植民地を求め、軍事侵略を続けた国家でした。家制度とは、皇民化教育とともに軍事国家の体制を強化するのに用いられた仕組みです。こうした役割になった家制度の廃止を導いたのが24条です。これは国内外で数多の戦争被害を生み出した大日本帝国のような国家のありようを完全に否定し、それとは異なる歩みを進める決意を示したことを意味します。

また、家族のような親密圏でのドメスティックバイオレンス(DV)などのファミリーバイオレンス問題に対応する立法を導くことも24条の役割の一つです。
ファミリーバイオレンスとは、家族内の権力関係を利用してなされる支配を指します。いわば恐怖心を植え付けるための道具です。こうした力による支配は、軍事的に優位に立とうとする発想を肯定することにつながります。

私たちが本当に戦争をなくそうと思ったら、戦争反対とか声を上げることは非常に重要ですが、それに加えてまず自分の足元(親密な関係性や運動団体など)で力による支配を肯定するような状況が起きていないかどうか、常にチェックしなければなりません。力による支配の発想があれば、戦争なんて止められません。戦争を起こす構造と、力によって抑えつけようとするDVのような発想は、非常によく似ているものであるからです。私たちはそれをすっ飛ばして戦争反対と言ったところで、おそらく説得力もないだろうと私は思っています。

憲法には適用対象という差別がある:「国民」という発想

植民地出身者だけではなく、内なる植民地である沖縄の現状は、まさにその結果として存在すると思います。実は、日本国憲法は大変差別的な過程を経て成立しています。たとえば日本国憲法の制定議会となった帝国議会の議員を選ぶ選挙において、旧植民地出身者は排除されました。

また、日本国憲法の施行前日に、外国人登録令11条(1947年5月2日)により、日本在住の朝鮮人と内務大臣が定める台湾人は日本国籍を維持したまま、「外国人扱い」になりました。

実際にこうした方々が日本国籍を一方的に喪失させられるのは、1952年4月19日の法務省民事局の通達によってです。ちょうどその頃の1950年代から始まったのが日本国憲法の改悪の動きなのです。これらは連動する動きです。人を排除した上ですぐに改悪運動が始まっていったのです。

足元から暴力を根絶していかなければ、戦争はなくならない

来年度の防衛費をもっと増やすとか、北海道にも大きな影響が出てくる長射程ミサイル配備問題、日本各地に弾薬を配備していく問題など、まさに戦時体制の構築が進んでいると思います。排外主義や監視体制の強化などと連動しながら進み、最後の総仕上げが改憲なのでしょう。

こういう体制を正当化している論理で、最も重要なものは「自衛」あるいは「対テロ」だと思います。実際は侵略戦争であっても、「自衛」という名のもとであれば、正当性をおびてしまいがち。だからこそ日本国憲法は、侵略戦争だけではなく、自衛のための戦争も否定したはずでした。しかし今はそうではない。大日本帝国と同じような形で自衛の名のもとで軍事増強しているわけです。 これって約束破りです。日本国憲法は、被害を受けたアジアの国々、人々に対する約束として二度と戦争はしないという約束として位置づけられるものものでもあったはずなのに……。これは犠牲者に対する再度の裏切り、犠牲者を愚弄する行為だと私は思います。

国際法上の最も重い犯罪としてのジェノサイド(集団殺戮)すら生み出してしまう「自衛」「自衛権」という発想の中に、ある〈怖さ〉を考える必要性があると思います。

  1. 清末愛砂「洞窟で学ぶ女性たち-恥辱の継続と平和的生存権」『世界』1006号、2026年6月、146頁。また、現在劇場公開中のアフガニスタンの映画『ハワの手習い』『撃たれた自由の声を撮れ』はタリバンによる暫定政権でいかに女性たちの教育の機会や自由が奪われているのかを理解するのに役立つ。 ↩︎
  2. 清末愛砂『世界が〈ここ〉を忘れても』(寿郎社、2020年)。 ↩︎

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