「気がつけば違う山を登っているのでは?」 子ども子育て支援法案が衆院委で可決 細る子どもの貧困対策

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子どもや子育てを支援するはずが少子化対策に?

少子化対策を盛り込んだ「子ども・子育て支援法等改正案」が4月18日、衆議院特別委員会で、与党の賛成多数で可決されました。財源となる「子育て支援金」についての考え方をめぐり、与野党の意見が分かれたこの改正案。具体的にどんな支援が盛り込まれたのでしょうか?そして、どんな支援が足りないのでしょうか?

採決に先立つ4月17日の午後、東京都内で公益財団法人「あすのば」、子どもと家族のための緊急提言プロジェクトなど、子育て現役世代や支援者らが開いた集会「こどもまんなか政策〜加速化プランのその先へ〜」で話し合われた内容を元に、一緒に考えてみましょう。

「加速化プラン」って、どんなもの?

子ども・子育て支援法等改正案は、昨年12月に閣議決定された「こども未来戦略」の少子化対策の「加速化プラン」に盛り込まれた施策を着実に実行するため必要な措置を盛り込むとともに、児童手当の拡充にあてるための子ども・子育て支援金制度を創設するものです。

加速化プランの主な施策には次のようなものがあります。

【児童手当について】
・支給期間を中学生までから高校生年代までに延ばす。
・所得制限を撤廃する。
・第3子以降の児童への支給額を増額(第1子、第2子は月1万円、第3子以降は月3万円)
・支払い月を年3回から年6回に増やす
【妊婦のための支援給付金】
・妊娠期の負担軽減のための支援給付(10万円)を創設し、妊婦等包括相談支援事業と組み合わせる。
【すべての子ども・子育て世帯を対象とする支援】
・保育所に通っていない満3歳未満の子どもを対象に「こども誰でも通園制度」を創設する。
・産後ケア事業を地域子ども・子育て支援事業に位置づけ、計画的な提供体制を整備する。
・教育・保育を提供する施設・事業者に経営情報の報告を義務づける。(急な閉園・倒産の防止)
・児童扶養手当の第3子以降の加算額を、第2子の加算額と同等に引き上げる。
・ヤングケアラーを子ども・若者支援の対象として明記
・基準を満たさない認可外保育所の無償化に関する時限的措置の期限が来ることへの対処
【共働き・共育ての推進】
・両親ともに育休や時短勤務をした場合に出生後休業支援給付、育児時短就業給付を創設
・自営業・フリーランス等の育児期間中の経済的な給付として、育児期間の国民年金の保険料を免除する

年収600万円で月額1000円の負担増

こうした子育て施策を実現するための財源として、「子ども・子育て支援金制度」を創設し、医療保険者から子育て支援金を徴収し、2026年から2028年にかけて段階的に導入する、としています。

国会ではこの子育て支援金制度が、1人月額いくらなのか、医療保険に上乗せする形で徴収するのは適切なのか、をめぐり与野党がぶつかりあいました。政府の試算は当初、1人500円弱の負担としていました。しかし、4月に入り、会社員らが入る被用者保険では被保険者1人あたり、年収600万円で1000円。国民健康保険は加入者あたり、年収400万円で550円という試算が出されました。岸田文雄首相は国会の審議の中で、「健康保険の加入者は扶養家族分の保険料も負担しており、2人分と考えれば、1人あたりは500円程度になる」と答弁。その後も単身者世帯が最多となった人口動態を反映しない答弁が繰り返され、負担感をめぐる溝は深まるばかりです。

一方、「子ども・子育て支援」の内容がこれでいいのか、についてはそれほど議論が深まっているわけではありません。

子育て政策にかかわってきた各政党の国会議員が加速化プランについて所感を述べた=東京都千代田区

集会では、各党の国会議員に富士山のイラストを示し、「いま子育て支援は何合目?」「どこまで登りますか?」と問いかけました。議員らからは、登り始めたところ、3合目という認識とともに、「違う山、違う登山ルートを登っているかもしれない」という発言が相次ぎました。

困難を抱える親子への支援が少子化対策に

「こども庁のスタート時の理念からいうと、違う山を登っていないかと疑問に思う。当初は、産後うつや虐待をなんとかしたいという思いだった。そう考えれば産後に給付金ではなく、産前からの支援が必要だ。困難を抱える子と親のために作った組織が、少子化対策が目的になっているのではないか」(自民・山田太郎参議院議員)

「0〜2歳の子の親を中心の支援メニューが目立つが、子どもを持つ選択がかなわない若者の対策が置き去りにされている。多子世帯、3人目以降の子に焦点が当たり、子どもの貧困、虐待対策がうすれてしまっている」(立憲・岡本あき子衆議院議員)

集会の主催者からも子育て支援のさらなる拡充を求める声が相次ぎました。

子どもと家族のための緊急提言プロジェクト共同代表の佐藤拓代さんは「妊娠届け出のときのクーポン券、赤ちゃんが生まれてからの給付金等で、子育て、出産費用の高額化が解決されようとしているというところまで来た感があります」と一定の成果を認めました。

その上で、「しかし、お金だけで子どもを育てることはできません。伴走型の支援のためには同じ保健師が関わり続けることが大事。そして保育所がすべてのこどもに必要だと私たちは思っております。法案の付帯決議で、次の3年間の取り組みを書いていただけるようにしたい」と話しました。

内閣府の「こども未来戦略」の委員で「manma」理事の新居日南恵さんは昨年11月に出産し、5ヶ月の娘を連れて参加しました。

manmaの新居日南恵さん=東京都千代田区

新居さんは、産後一番あったらよかったと思うのは、「いつでも相談できる子育ての専門家」だと言います。

「出産4日後に退院して、子どものげっぷやしゃっくりが止まらないなど小さなことで日々不安がつのっていくような1ヶ月間を過ごしました。新生児訪問で保健師が来てくれて、助産院の産後ケアに初めてアクセス。一気に子育てに対する不安が消えました。産後1ヶ月の間に利用できる子育てケアマネジャーがいたら、状況は変わっていた、と思います」

産後ケアが自治体によってまちまちなことも気になっています。

「訪問型でも宿泊型でもデイサービスでも使える子育て支援券など、一律で柔軟な制度に変えて行くことが重要かと思います」

「お腹を空かせた子どもがいなくなるのか?」

主催団体でつくる「こどもまんなか政策を実現する会と仲間たち」が、加速化プランの先に求めるものとして5点を提言し、参加者がコメントをつけていきました。

1 )支援金制度を踏まえ、予算倍増へ「子ども版の税・社会保障一体改革」の検討を
こどもまんなか政策」の実現へ、与野党で子ども・若者のための「税・社会保障一体化改革」の議論を始め、「子育て予算倍増」に道筋をつけてください。支援金制度に対する批判の背景には、現役世代に負担が集中する拠出構造への不満があります。全世代、全セクターが参加する安定財源の確保策、税制も含めた社会保障との新たな一体改革の議論が必要です。その際、不十分な子どもの貧困対策、年少扶養控除の復活(※1)なども検討し、税と社会保障の両面から子どもと家庭への支援を大きく強化することを求めます。

あすのば理事・日本大学教授の末冨芳さん

「子育て支援の3合目から頂上に登っていくプロセスでぜひとも一番実現していただきたいのが、子ども・若者の貧困解消です。今回支援金として、全世代の国民、特に現役世代に負担を集中させる形で財源を確保し、政府の歳出改革で予算を確保するということ自体は必要なことではあると思います。

ただ、この国からお腹を空かせた子どもがいなくなるのかときかれると、実現しますとはまだ言えない。虐待をうける子どもたちがいなくなるのか。若者が大変な環境で苦しんでいる時に、必ず救いの手が差し伸べられるのか、そんな日本になるのかと言われたらまだまだ遠い。子ども若者の貧困こそ真っ先に解消されなければならない課題です。

児童扶養手当の第1子からの増額、低所得のふたり親への適用ができれば、お腹を空かせた子どもたちは減っていきます」

月10時間の保育所利用では不十分

2)「こども誰でも通園制度」を発展させ、「全ての子への保育保障」の実現を
「月10時間」などの制限を作らず、良質な保育(幼児教育)の利用を全ての子どもの権利とする「保育の保障」を政策にしてください。欧州などの先進国に「待機児童」がいないのは、国連児童権利条約にもとづき「保育利用は全ての子どもの権利」とされているからです。保育における就労要件の緩和は前進ですが、「月10時間」では、子どもと保育者の信頼形成、愛着形成は困難です。また「保育虐待」「不適切保育」を作らないため、「質」を担保する仕組みとして、保育の監査・助言機関となる「日本版Ofsted」(※2)の創設を求めます。

みらい子育て全国ネットワークの天野妙さん

「私たちは希望するみんなが保育園に入れる社会を目指す会として7年前に発足しました。最初は保育園の待機児童解消のために集まったのですが、保育園ってやっぱりいいよね、と。保育士、親同士のコミュニティーに助けられたり、子どものコミュニケーション能力を高めたり。目に見えない大きな価値を享受していました。こうした保育園の恩恵を受けられない隣人がいることは、不公平だと思っています。保育園の大きな価値をすべての親子に。ユニバーサルな保育保障が必要だと考えました。

こども誰でも通園制度が実現し、念願が叶いましたが、就労していない人の利用は月10時間が上限です。大きな価値と呼ぶにはほど遠い状況にあります。週2・5時間ですから、ぎりぎり美容院に行って帰ってくるぐらいの時間です。

子どもが居場所として認識し、大きな価値を享受するにはせめて週10時間が必要です。

いままで就労条件があったことを思えば最初の一歩としては大きいと思いますが、歩幅はやや小さめなので、右足の次にすぐ左足を出してほしい。幼保の一体化、一元化、配置基準の改善、不適切保育の監査機関の設立など、やることはたくさんあります。

今回の改正は高めに見積もっても三合目。歩みを止めることなく、走り出していただきたい」

妊娠期からの支援で子どもの虐待防止を

3)妊娠初期から「全ての親子へ伴走者」がつくシステムを
全ての妊産婦と家庭にかかりつけで継続支援する専門家「子育て版ケアマネジャー」がつく支援システムが必要です。法案にある「出産育児給付金(10万円)」は経済面の支援になりますが、妊娠の悩みを早期に把握し継続支援する伴走者はいないままです。周産期支援の専門性を持つ助産師のような専門家が「子育てケアマネ」となり、産前産後の孤立、うつ、虐待を防止する効果的な仕組みを作るべきです。また、「産前産後ケア」「家事育児ヘルパー」「ショートステイ(宿泊ケア)」「育児用具レンタル」など支援サービスの提供基盤整備も急務です。

にっぽん子ども・子育て応援団の運営委員・高祖常子さん

「日本は生まれるこどもたちの数が減っています。しかし、虐待で、3歳以下、ゼロ歳、ゼロ日の子どもが命を落としている。

虐待で亡くなる子どもの数が年70〜80人でずっと減っていない。政府の虐待防止対策が効いていないんです。

私はこども家庭庁の幼児期までの子どもの育ち部会の委員をしています。

昨年末にこども大綱がまとめられました。部会でも初めの100ヶ月までの子どもの育ちビジョンをまとめました。

ここには妊娠期の10ヶ月も含めています。この妊娠期からの伴走支援がまだ充実していません。

虐待によって生じる社会的コストと損失は約1・6兆円といわれます。川下ではなく、川上での対応が重要です。妊娠初期からの伴走支援で寄り添ってくれる専門職が大事。子育てケアマネなど、しっかりと学んだ専門職がつき、妊娠期から伴走することが、子どもの命や尊厳を守っていくことにつながります」

長時間労働のままの女性活躍は地獄

4)「共働き共育て」と本格的な働き方改革に向けた課題
政府の「加速化プラン」は「共働き・共育て」を打ち出し、方向性は正しいものの、働き方改革の視点が弱いままです。ワークライフバランス向上と少子化改善で成果を上げたフランスなどのように、労働基準法の改正による本格的な働き方改革が必要です。日本の男性の家事育児時間が短いのは、労働時間が長すぎるため。過重な労働時間にペナルティーを設ける「労働時間短縮策」を導入し、人間らしい人生、出生率上昇、企業の業績向上、若者の賃金アップ、女性活躍推進の同時達成へとつなげるべきです。

株式会社ワークライフバランス社の代表取締役社長・小室淑恵さん

「こどもまんなか政策で決定的に足りていないのは働き方改革だと思います。

日本は男性の育児時間が非常に短い。しかし24時間の中で、仕事と睡眠時間を除いた自由時間の中で育児に参加しているという割合いでは諸外国の1・2倍。そもそも自由時間が短いことが原因でした。24時間の中を無尽蔵に食い尽くす労働時間をどうにかしなければなりません。労基法を改正し、長時間労働にペナルティーを。男性の労働時間が週6時間短くなると出生率が0.52上昇すると言われています。男性も保育園にお迎えに行けるように、フランスは週35時間労働にしています。労働時間を短くする法改正で出生率がぐんと上がりました。

一方で、日本は長時間労働のまま、女性の社会参画を進めています。保育園も延長保育になり、保育現場も疲弊しました。

長時間労働のままの女性活躍は地獄でしかない。これが未来の少子化を引き起こすと思います。

企業に長時間労働対策を入れられるかがカギになります。

時間外割り増し率を1・5倍にし、勤務と勤務の間を11時間あける勤務間インターバルを義務化しましょう。

労働時間短縮策をやることで、育児・介護事情がある人が継続就労できるようにすると、生涯賃金が2億円アップするといいます。自信を持って生きていくための労基法改正が必要です」

医療的ケア児を置き去りにしないで

5)「誰でも通園制度」への期待と「安心できる保育」を
「誰でも通園制度」の創設は、保育190年の歴史で「働く親のため」でありつづけた保育を「こどもの権利」の視点から全ての子どもに開く大きな転換点です。真の意味で全ての子ども、保護者、そして保育現場で働く人にとってよりよい制度になるように、利用時間の拡大、医療的ケア児を置き去りにしない設計、保育現場に過度な負荷がかからない補助金等の設計を実現してください。「安全な保育」になるよう、子どもの性被害を防ぐ仕組みとして国会審議中の日本版DBS(※3)についても、対象や範囲に抜け漏れがない制度検討を求めます。

保育改革の提言を読み上げたフローレンスの赤坂緑さん=東京都千代田区

子どもの貧困や差別の解消を最優先に

最後に、子育て支援拡充を目指す会の瀬良淳さんがSNSで見た子育て当事者の声を読み上げました。

率直に申し上げて、負担増にもかかわらず、優先順位が高くない政策が並べられているように思えます。子どもの貧困も少子化も解消するようには、私には思えません。
これから、こどもまんなか政策をさらに前に進めるならば、対象が限定された支援制度よりもまず、子どもの貧困や差別の解消、生活の保障を最優先にしていただきたいです。具体的には子ども版税と社会保障の一体改革の推進をお願いします。時代にあった額の扶養控除と手当で全ての子どもが国から応援されることが必要です。これなしでは、現在検討されている支援金も、当事者にとって受け入れがたく、子を持つことを躊躇する親が増える結果になると思われます。
次に現物給付としての中等教育までの完全無償化と、高等教育費の負担軽減で、借金を親にも子にも若者にも背負わせない設計をお願いします。
当事者が、最優先に求めているのは子どもの命と生活を全力で守る制度です。教育を受ける権利が保障されることであり、子どもまんなか税制と教育支援制度です。子どもたちの未来のためにどうぞよろしくお願い申し上げます。

※1 年少扶養控除の復活……2011年、所得制限のない子ども手当の創設に伴い、16歳未満の子どもに対する扶養控除(年38万円)がなくなり、子ども手当の財源とされました。子育て当事者からは、手当と扶養控除をバーターにするのは「子育て世代への負担の付け回し」だという批判が出ています。

※2 日本版Ofsted……Office for standards in educationの略。イギリスの教育機関を監査する准政府機関(教育水準局)を指す。イギリスでは、教育水準局が幼稚園・保育園から大学まで、3年に一度、すべての教育施設を抜き打ち監査し、評定をつけて公開している。

※3 日本版DBS……Disclosure and Barring Serviceの略。イギリス司法省の犯罪証明管理システムを指す。イギリスでは子どもに関わる仕事に就くことを希望する人は、DBSから児童虐待や性加害の犯罪歴がないことを示す犯歴証明書の発行を受ける必要がある。