学生のアルバイトに関する「年収の壁」が103万円から引き上げられることが決まりました。一方で、子育て世代にも「年収の壁」が存在します。ひとり親に対する児童扶養手当の所得制限限度額と住民税非課税ラインです。子どもの貧困対策に取り組む4団体が13日、都内で記者会見を開き、引き上げを求めました。
4団体は公益財団法人「あすのば」、認定NPO法人「キッズドア」、NPO法人「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」、公益社団法人「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」です。
【そもそも】 児童扶養手当とは?
児童扶養手当とは、ひとり親家庭等の生活の安定と自立の促進に寄与するため、当該児童について手当てを支給し、児童福祉の増進を図る目的で支給されています。子どもがいる全世帯に給付される児童手当とは別の制度です。
支給期間は子どもが18歳になる年の年度末まで。岸田政権下の異次元の少子化対策の一環で、今年の11月から支給額が第1子の全部支給で1,310円引き上げられ、45,500円になり、第3子以降の加算額も第2子と同等の10,750円になりました。所得制限限度額も全部支給が160万円から190万円、一部支給が365万円から385万円に上がっています。
過去30年の伸び率わずか15.5%
しかし、上がったとはいえ、児童扶養手当の過去30年間の伸び率は15.5%にとどまり、最低賃金の77.3%と比べると低いまま据え置かれていることがわかります。
また、所得制限限度額は全部支給が1998年、一部支給が2002年に大幅に引き下げられ、その後徐々に上がりましたが、それぞれ204万8000円、407万8000円だった30年前の水準まで戻していません。
一部支給の対象から外れると、自治体が実施する「ひとり親世帯医療費助成」などの支援が受けられなくなります。また全部支給から外れると、民間の食料支援や奨学金などの対象外になるケースが多いのです。
また、住民税非課税のラインはひとり親で子1人の場合は204万円。この額を超えると、臨時給付金の対象から外れ、コロナ禍で借りた緊急小口資金の返済免除が受けられず、大学等への進学を支援する「修学支援新制度」による給付型奨学金、授業料減免の満額適用から外れます。
ひとり親の働き控えや経済的自立を阻害
4団体の共同要望書ではこの状況が「ひとり親の働き控えや経済的自立を阻害している」ことに加え、「困窮ふたり親世帯の子どもに対する給付制度がない」として、次の3点を求めました。
1)児童扶養手当の「所得制限の壁」の大幅な引き上げ
児童扶養手当の一部支給の所得制限を年収590万円(私立高校無償化ライン)まで引き上げてください。全部支給の所得制限を年収385万円まで引き上げてください。
2)児童扶養手当の増額
児童扶養手当の全部支給の月額を、少なくとも1万円増額し、45,500円から55,500円にしてください。子ども2人目以降の加算額も20,750円としてください。
3)困窮ふたり親世帯に児童手当の上乗せ支給
困窮するふたり親世帯等への新たな給付金制度として、年収590万円までの世帯の子どもへの児童手当を、少なくとも月額1万円上乗せして支給してください。
11月22日に政府が閣議決定した物価高に対応する給付金は1世帯3万円、子ども加算2万円で、住民税非課税世帯(ひとり親で子1人の場合年収204万円未満)が対象です。記者会見には2人の子どもを育てるシングルマザーがオンラインで参加し、窮状を訴えました。
私を含めて多くの子育て世帯は、育児と家事で大変な毎日を過ごされていると思います。ひとり親も同様で、すべてを一人でこなしています。働いているとスーパーの特売品も日中に買いに行けず、品切れのこともとても多いです。経済的、時間的制約などに直面しながら、必死にがんばっています。ひとり親の就業率はこども家庭庁の調査からもわかるように86%を超えており、子どもを抱えてがんばっているお母さんがたくさんいます。
私からは三つのことをお願いしたいです。
子育て世代に住民税非課税が少ない
まず現在の給付や支援制度の仕組みを考えていただきたい。様々な支援や給付制度が住民税非課税世代が対象で、私は該当していません。住民税非課税世帯は全体の24%ほど、世代別にみると30代が3%、70代は37%だそうです。子育て世代にこの支援は該当していません。本当に支援を必要している世代に支援が足りていないと思っています。
次に、経済的格差が教育格差や体験格差を生まないような制度をお願いします。児童憲章には、すべての児童は就学の道を確保されて、十分に保った教育を用意される、とあります。保育費や給食費の無償化は低所得者を対象とした支援でしたが、コロナ後は子育て世代すべてへの支援へと広がりました。もちろんすべての子への支援は子どもたちの未来のためにとても大切だと思っておりますが、こうした支援はむしろ格差を作っているのではないでしょうか?
冷暖房は極力がまんし、冬は重ね着をして過ごすなど、光熱費の節約は日常です。親は食事の回数や食べる量を減らし、かさ増しできる食材を工夫しながら生活しています。子どもに習い事や塾に行かせるなどは全くできていません。毎日働き、物価高で生活していくことだけでも大変です。スーパーでは値上げの札ばかりが目に付き、お米は5kgで以前の2倍近くの値段となっています。子どもたちが成長し、チャレンジしたいことを見つけたとしても選択する自由がありません。友達が普通にしていること、たとえば、くもんやスイミング、水族館に行くというようなこともなかなかできないです。
子どもが2人いたら、2人分のお金がかかる
3つ目は児童扶養手当の加算額の増額です。子どもが2人いると、加算額を足して2で割ると子ども1人分より少なくなってしまいます。総務省の調査では、ひとり親世帯の子どもは1〜2人が圧倒的に多いです。全体の2割程度が3人以上の子がいる世帯になっています。現在児童手当や東京都独自の給付金「018サポート」については子ども一人ひとりに支払われています。児童扶養手当も子ども1人ずつの支給に拡充をお願いしたいです。
「頑張ると手当がもらえず支援の審査に落ちる」
困窮家庭の子どもへの学習支援に取り組む認定NPO法人キッズドアの渡辺由美子理事長は、今年10月29日〜11月9日にかけて同団体が実施した、子育て家庭アンケートの結果を紹介しました。(有効回答数1160件)
自由記述では「年収の壁」に関するものが多かったそうです。
・大学無償化と言っても、所得が境界線で何の支援も受けられず、とにかく学費がかかり苦しいです。非課税や多子世帯ばかりの支援が多くなり、母子家庭の中での中間層あたりはかなり厳しいと思います。
・収入を増やそうと頑張ると、児童扶養手当はなくなり、色々な支援も審査で落ちる。非課税世帯や児童扶養手当全部支給の人たちが優遇される。つまりは収入を上げると見捨てられるということなので、頑張るのが怖い。
・総所得を上げても、増税と社会保険料の増額で手取りが増えない。児童扶養手当も減額され、一生懸命働いても報われない。ギリギリ中間層のひとり親も生活困窮していることをわかってもらいたい。
物価高で衣食住にも欠く「絶対的貧困」が広がった
公益財団法人「あすのば」理事で、日本大学教授の末冨芳さんは、11年にわたって子どもの貧困対策に取り組んできた経験から次のように話しました。
「先進国最悪といわれていたひとり親の相対的貧困率が、わずかしか改善していない。最新値(2022年国民生活基礎調査概況)でも44.5%と、2世帯に1世帯は所得水準で測っても貧困です」
物価高の影響で、衣食住にも欠く「絶対的貧困」も、シングルマザーの世帯に広がっているといいます。
末冨さんはこうした状況を引き起こしている原因を2つ挙げました。
「一つは政府のお金の使い方が間違っている。再分配機能が非常に弱い。ひとり親ががんばるほど、支援を減らしていく。そもそも、もともとの手当の額も子どもを育てるには全く不足している」
税制や支援金制度にも課題
「もう一つの問題点は税制の問題です。なぜ、所得の低いひとり親世帯が住民税非課税にならないか。年少扶養控除や高校生扶養控除が民主党政権(2009年)以降、一貫して削られてきている。だから子育て世帯だけ、異常に非課税世帯が少ないんですね。子育て世帯は税制上の優遇措置がないことによって、給付金からも除外されてしまっている」
岸田政権は今年、少子化対策の財源として、「子ども・子育て支援金制度」の導入を決めました。2026年から医療保険に上乗せする形で国民1人あたり月500円程度を徴収するというものです。
末冨さんは「子育て支援金は子どもの貧困解消にはわずかしか充てられない」と指摘。「社会みんなで子育てをと支援金を徴収しているのに、子どもがご飯を食べられない家庭があるなんておかしい。子どもの貧困解消は急務です。税制も含めて包括的に、子どもの貧困、ひとり親家庭の貧困を解消していくというプランを立て、支援金を割り当てていただきたい」と強調しました。