横浜市教育委員会が教員による性犯罪事件の裁判傍聴を妨げた問題を巡り、被害者の子どもやその家族が特定される恐れがない公判にも教職員を動員して法廷の座席を埋めていたことが分かった。10日、問題を受けて公費返還などを市民が求めた住民監査請求の陳述が市庁舎で開かれ、市教委幹部が監査委員の質問に対して明らかにした。市教委教職員人事課によると、教職員を公判に動員した事件計4件のうち、被害者やその家族が直接裁判に参加した事件は2019年と24年に公判があった2件のみ。4件について市教委はいずれも事件概要や教員への処分を公表していない。組織的な動員は、被害者の保護を目的とせず、事件の発覚や被告人となった教員の情報が明らかになることを避ける意図で恣意的に判断がなされた可能性がある。市民からは「(動員を判断した)当時の幹部が説明責任を果たすべきだ」との声が出ている。
市教委によると、公判への動員を行ったのは児童生徒に対する性犯罪事件計4件で、2019年度に3回、23年度に7回、24年度に1回の計11回。いずれも教員が被告人となった横浜地裁の公判で、教職員延べ525人に傍聴に行くように求める文書を送り、延べ約400人が応じたという。市教委は「被害者の特定につながる情報が裁判を通じて不特定の人に広まるのを防ぐ狙いだった」と主張している。
問題の発覚を受けて、市教委は今年5月末、「19年4月に被害者側の支援団体から傍聴の要請があった」とし、動員のきっかけになったとするNPO法人の要請文書を公開した。文書は、要請について「(性暴力の)防止に役立ててほしい」「性被害傍聴マニアの傍聴を狭めたいという狙いもある」と記され、特定の公判日程での傍聴を求めていた。市教委は、23年度以降の公判において被害者側からの要請があったかどうかについて現時点で明らかにしていない。6月12日から弁護士3人による検証チームを設置して確認を進めており、7月中に問題の調査結果を報告する予定だ。
「被害者の保護」組織的動員の必要性に疑問の声
10日の住民監査請求を受けた陳述では、市監査委員が「(公判において)被害者の氏名や住所などの特定事項を秘匿する裁判所の手続きでは足りないという判断だったのか」と質問。市教委の村上謙介・教職員人事部長は「いろいろな方が傍聴する可能性があり、インターネットでの拡散を含めて防ぐ目的だった」とした。さらに、別の市監査委員が「目的の達成には1、2人の傍聴で足りると思われるが、何十人も行く必要があったのか」と尋ねると、村上部長は「経過を把握するために傍聴するのであれば2、3人で足りた」と認めた一方、「被害児童に関するプライバシー保護の趣旨で、一般の人に情報が触れないようにとの目的だった」と従来の説明を繰り返した。
10日に先立って4日、同様の主旨を訴えた別の住民監査請求の陳述が行われ、市教委に傍聴を要請した被害者保護団体とのやり取りも話題に上がった。監査委員は「支援団体が被害者側の団体として実在するかどうかは確認したのか」と尋ねると、市教委の片山哲夫・教職員人事課長は「当時の教育委員会担当者が(要請文書を出した)NPO法人の関係者に直接会った」と説明。「被害者家族の意向は確認したのか」とただした監査委員に対して、明確な答えはなかった。
住民監査請求 資料提出に応じない市教委に批判相次ぐ
市監査事務局によると、この問題を巡って公金返還を求める住民監査請求計3件をこれまでに受理した。市監査委員は4日の陳述で、動員を行った経過が分かる起案書や関連経費の資料を提出するように求めたが、市教委は「(検証チームの)検証を受けて判断する」として応じていない。さらに10日の陳述でも、資料提出を再度求めた監査委員に対して市教委は回答を保留。監査委員からは、「地方自治法に基づく監査を軽んじている」「資料を隠しているか、改ざんしているという憶測を呼ぶ」と厳しい声が出た。
住民監査制度では、監査結果は請求を受理した翌日から原則60日以内に請求人に通知する。3件の請求は、6月3日、10日、21日の各日に受理。1件目の監査結果は、早ければ8月2日に通知の期限を迎える。市教委側が、7月中に報告する検証結果を踏まえて回答や資料提出を判断するとの回答を繰り返す態度に、監査委員からは「間に合わない」「監査の妨害だ」と批判も相次いだ。
住民監査請求の請求人の一人、伊藤毅さん(72)=中区=は10日の意見陳述で、「傍聴妨害の責任を被害者側になすりつけず、動員を主導した当時の管理職に説明責任を果たしてほしい」。同日に参考人として陳述した元教員の竹岡健治さん(77)=栄区=も「教育委員会を守るために動員したのであれば、理不尽な指示を受けた教職員が従わざるを得なかった環境があったのだと思う。教員が自由に発言できない学校現場の状況を非常に危惧している」と述べた。