子どもへの性暴力対策 公判前に被害者らから要望 横浜市教委に届かず 情報公開請求で判明

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横浜市教委の性暴力対策、被害者の要望は生かされなかったの?

 教員による子どもへの性犯罪事件の裁判傍聴を妨げていた横浜市教委が、傍聴の妨害が始まるきっかけとなった2019年5月の初公判を前に、被害者の保護者らからわいせつ事件における対応手順の策定や専門の相談窓口設置などを求められていたにもかかわらず、これまで具体的な検討を行っていなかったことが生活ニュースコモンズの取材で分かった。「教職員等による児童生徒性暴力等に関する法律(わいせつ教員対策新法)」が2022年4月に施行されたことも背景に、事案の検証や指針策定に取り組む自治体は近年目立つ。裁判傍聴の妨害問題で、子どもへの性暴力対策において消極的な姿勢が明らかとなった横浜市教委。このまま幕引きを図れば、被害の早期発見や被害児童生徒や家族に対する支援のさらなる遅れにつながる恐れがある。

性暴力対策への要望 検討されないまま対応遅れ

 生活ニュースコモンズの情報公開請求によって開示されたのは、2019年2月に教員が子どもへの性犯罪事件で逮捕されたことを受けて、市教委の対応経過をまとめた資料。初公判を控えた同年4月に市教委が行った被害者の保護者らとの意見交換では、外部委託による相談窓口の設置や、再発防止に向けた第三者の調査を公判傍聴と合わせて要望していた。資料は、鯉淵信也前教育長への説明資料として、市教委人権教育・児童生徒課が作成したとみられる。

 裁判傍聴の妨害問題を受けて市教委が7月に公表した報告書によると、教員の判決確定後、被害を受けた子どもの保護者からは「被害を発見できるようなシステムの構築」、「研修における事例の共有」を求める意見が出た。支援に当たっていたNPO法人担当者も「問題が発生した場合に誰がどう動くのかという細かなフロー(全体図)にしてほしい」と要望していた。生活ニュースコモンズでは、その後の検討経過が分かる資料の開示を求めたが、市教委は「該当文書について、作成された事実が確認できない」として、不開示決定とした。市教委人権教育・児童生徒課は、検討が進まなかった理由について「形跡は何もなく、資料が残っていないため分からない」と回答。同課によると、いじめや不登校などの相談を受け付ける総合的な相談事業は実施しているが、子どもの性被害に知見のあるカウンセラーや弁護士らに委託する専門窓口を置く対応は取っていない。

2019年4月に市教委人権教育・児童生徒課が教育長に示したとみられる説明資料。意見交換会に出席した保護者らが公判傍聴への要望と合わせて相談窓口の設置や再発防止策のための調査を求めていたことが記録されている。(開示を受けた文書については、個人情報に配慮して一部加工しています)

わいせつ教員対策新法成立 支援や検証取り組む自治体も

  東京都教育委員会では、わいせつ教員対策新法の成立を受けて、学校や警察、弁護士や臨床心理士・公認心理師など子どもの性被害に知見のある有識者を交えた連絡会を組織。有識者の助言や他自治体の取り組みも参考に、2023年3月、教職員等による性暴力事件が起きた場合の初動対応をガイドラインとしてまとめた。児童生徒の性被害では、本人や保護者が他機関への情報提供や被害届の提出を拒む事案も少なくない。ガイドラインでは、被害者やその保護者が希望していない場合についても、被害児童生徒に配慮をした上で、情報を得た教職員が警察や専門家に相談をつなげる仕組みを明記。東京都教育庁人事部職員課の担当者は「教職員がためらうことなく対応に当たることが、早期の被害把握や支援には重要だと認識している」と説明する。

 さらにガイドラインでは、教職員が児童生徒から話を聞き取る場合に注意すべき言葉遣いを例示。本年度の研修では、教職員が相談を受けることを想定したロールプレイ(役割演技)も実施した。22年4月からは、弁護士が相談に当たる専用窓口も設けており、現在は子どもにとって性暴力とは認識しづらい体罰や不適切な指導を含め、電話や郵送で相談を受け付けている。

 一方、23年10月に男子生徒への盗撮を繰り返していた公立中学校の男性教諭が逮捕された事件が起きた埼玉県朝霞市では、市教委職員による再発防止策の検討組織を内部で設置。今年3月に報告書を公表した。再発防止策の一つには、相談体制の再整備を挙げており、本年度からは市人権庶務課に子ども専用の相談窓口を設置。学校や市教委などの内部と専門家らとの関わり方など、連携体制の整備を案として盛り込んだ。

 報告書では、部活動における男性教諭の不適切な指導に対して、生徒や保護者から相談が相次いでいたものの、性的な被害の発見に至らなかった課題を指摘。教職員への研修などを進める市教委教育総務課担当者は、「男子生徒が被害を受けるリスクに対して認識が薄かったという反省点がある。講義形式の研修だけでなく、少人数で教職員一人一人に内容が届く研修を考える必要がある」と受け止める。

教職員等による児童生徒性暴力等が発生した場合の初動対応等(令和5年4月1日 東京都教育委員会)https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2023/03/23/documents/29_02.pdf
朝霞市教職員事故を受けた再発防止策の検討報告書(令和6年2月 朝霞市教育委委員会)https://www.city.asaka.lg.jp/uploaded/attachment/92537.pdf

傍聴妨害問題への処分公表 幕引き懸念する市民も

 横浜市教委が教員による性犯罪事件の公判へ教職員を動員した問題を巡っては、23日、当時の学校教育事務所長ら部長級職員を含む11人に対して戒告または文書訓戒の懲戒処分を発表。鯉淵信也前教育長を含めた退職者にも相当の処分を文書で伝えた。傍聴への動員にかかった出張費などの返還を市民が求めた住民監査請求計3件については、出張命令に従った職員について「不当に利得しているということはできない」などとして、同日までにいずれも棄却。一方、監査結果の報告書では、意見として「約26万人の児童生徒と真摯に向き合い、児童生徒が健やかに育ってゆくための取り組みを熱心に行うことが必要」だと、市教委側の今後の対応に釘を刺した形だ。

 市教委は28日に開いた市議会こども青少年・教育委員会で、裁判傍聴妨害の問題を受けて教職員の動員を決定した学校教育事務所(計4カ所)の体制を見直すなど改善を図る方針を示した。来年度にかけて、市教委のコンプライアンス(法令遵守)体制を見直す監査部門の設置なども検討する。一方、過去に被害者から要望があった相談窓口の設置や初動対応や被害の早期発見に必要な体制づくりは、現時点で具体的に取り組む予定はないという。

 住民監査請求を行った市民の一人、岸信孝さん(76)=西区=は「処分や形ばかりの再発防止策で幕引きを図ることは許されない」と懸念を強めている。「衝撃的な不祥事で、市民の関心は高い。市教委には、職員や市民からの意見や異論を排除せず、尊重しながら改善に当たる姿勢を示してほしい」と話している。

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