「検察組織が信頼できないと国民の安全は守れない」 大阪地検の元検事正による性暴力 被害者の女性検事が二次被害訴え

記者名:

誰しも被害者になれば避けて通れない検察。その内部で性暴力や二次加害が起きていた

(この記事には、性暴力に関する具体的な描写が含まれます。お読みになる際にはご注意ください。)

大阪地検の元検事正による性暴力事件で、被害者の女性検事が5月21日、東京都内で記者会見を開き、検察組織による二次加害について告発しました。

女性検事は元検事正の秘書だった女性副検事により、検察庁内で被害者であることを暴露され、誹謗中傷を流されました。女性検事は昨年10月、副検事を捜査妨害などで刑事告訴しましたが、大阪高検は3月に不起訴処分としました。同時に高検は女性検事に「検察の対応が甘いと外部発信するな」と口止めのメールを送っています。女性検事は「すべての犯罪被害者は検察を頼らざるを得ない。検察が信頼できないと国民の安全は守れない」と訴え、第三者委員会による検証や被害者庁の設置を求めました。

事件の概要
大阪地検の検事正だった北川健太郎氏は2018年9月、酒に酔った部下の女性検事を自宅官舎に連れ込み、長時間の性的暴行(レイプ)をはたらいた。途中、帰宅しようとする女性検事を押しとどめ、「これでお前も俺の女だ」と言って、性暴力を続行したという。北川氏が辞職せずに検事正職にとどまったため、女性検事が「上級庁に被害を訴える」と言ったところ、自死をほのめかして脅迫し、口止めしたという。
北川氏は19年11月に退官し、弁護士登録。女性検事は24年2月に刑事告訴し、大阪高検は同年6月に北川氏を逮捕、7月に準強制性交罪で起訴した。北川氏は10月の初公判で「争うことはいたしません」と罪を認めたが、12月、主任弁護士が記者会見を開き、次回公判で無罪を主張すると発表した。
一方、女性検事はPTSDによる休職を経て24年9月に復職したが、同じ部署にいた副検事が北川氏らに捜査中の秘匿情報を漏洩するなどの捜査妨害を行っていたことが発覚。10月から再び休職を余儀なくされている。女性検事は10月、副検事による捜査妨害や自身への誹謗中傷をめぐり、刑事告訴した。大阪高検は3月19日、事実関係を認めたものの「故意」がなかったとして副検事を不起訴処分とし、人事上は最も軽い戒告処分にした。

私たちのからだとこころは私たち自身のもの

女性検事はスピーチの冒頭で性暴力の定義について、内閣府男女共同参画局の見解を、主語を「あなた」から「私たち」に変えて読み上げました。

「私たちのからだとこころは、私たち自身のものです。いつ、どこで、だれとどのような性的な関係を持つかは、私たちが決めることができます」

「同意のない性的な行為は、性暴力であり、重大な人権侵害です」

「一つの行為に同意をしていても、他の行為にも同意したことにはなりません」

そして、自身の被害と、性暴力を捜査してきた体験も踏まえ、「性犯罪の被害者は被害を軽んじる誤った認識や世間の風潮に傷つけられます。職場で被害に遭うと、被害者が辞職せざるを得なくなり、噂が広がるなどの二次被害にあいます。捜査の過程での二次加害に傷つけられることもあります。家族も苦しみます。命を失うこともあります」と続けました。

女性検事は「ひかり」という仮名で記者会見した=東京都中央区

被害の3つのフェーズ

女性検事は自身の被害を3つのフェーズに分けて、振り返りました。

①権力者(元検事正)による性暴力

②権力者に近いもの(副検事)による二次加害

③検察組織による二次加害

記者会見を開いた意図について、「これは検察組織内の犯罪と二次加害についての公益通報です」と話しました。

元検事正「地検は組織として立ちゆかなくなる」

①では北川氏による性暴力と、その後の口止めと脅迫、加害の否認がありました。

北川氏はレイプの1年後、女性検事が上級庁に被害を訴えようとしているのを知り、直筆の手紙で以下のように書き送ってきました。

「公になった場合、自死するほかない」

「検事正による大スキャンダルであり、検察に対しても強烈な批判がある。大阪地検は組織として立ちゆかなくなる」

女性検事は所属組織や職員を人質に取られたと感じ、一度は被害を訴えるのをあきらめました。しかし、北川氏が円満退職後も検察に影響力を持ち続けるのに耐えられなくなり、2024年2月に刑事告訴しました。北川氏は逮捕、起訴され、一度は準強制性交罪の起訴事実を認めましたが、初公判後に「(性行為について)同意があったと思っていた」と否認に転じました。

副検事による捜査妨害は不起訴に

②では女性副検事による捜査妨害や誹謗中傷がありました。

女性副検事は北川氏の元秘書で、近しい関係にあり、北川氏への内定捜査時点で、最高検検事から事情聴取を受けたなど保秘の捜査情報を漏洩。北川氏との通信履歴を削除したり、「被害者は事件当時、酔っていなかった」と虚偽の供述をしたりして、捜査を妨害しました。北川氏が逮捕された翌日には、被害者が女性検事であることや、女性検事への誹謗中傷を検察幹部に広めました。大阪高検はこれらの事実を認めましたが、「故意ではなかった」「被害者情報は不特定または多数人には広がっていなかった」として不起訴処分にしました。

検察組織は被害救済せず、口止めも

③では検察内部で女性検事に対する安全配慮義務違反がありました。

女性検事は上司から「これはあなた個人の被害」といわれ、専門家によるサポートなどの支援が受けられず、放置されました。二次加害をした副検事と同じ部署、同じフロアに配置し、加害行為が発覚した後も副検事を異動させませんでした。

女性検事が求めたハラスメントの再発防止策をとらず、安全配慮義務違反の説明や謝罪もしませんでした。

大阪高検は副検事への捜査を途中で打ち切り不起訴にしました。非公開が原則の不起訴事件の証拠の内容を司法記者クラブに所属するメディアにのみ発表し、処分の正当性をアピール。一方で、女性検事に口止めのメールを送りました。

「(不起訴処分は)飽くまで法と証拠に基づく判断であって、何か都合の悪いことをかくすために甘い対応をしているなどということは全くない」

「そのような観点から外部発信をするようなことがあれば、検察職員でありながら、警告を受けたにも関わらず、その信用を貶める行為を繰り返しているとの評価をせざるを得なくなること」

大阪高検から女性検事へのメール。「口止めや脅しを受けたなどという発信も控えて」と書かれている

検察官は公務員なので、信用失墜行為は処分の対象となります。

女性検事は「国家権力による脅迫、口止めであり、パワハラであり、検察の二次加害です。検察が、被害者である私の声を再び奪おうとしているのだと思いました。公益通報者である私を守るべき検察が告発者潰しをしているのだと思いました」と訴えました。

セクハラは減給止まり 身内に甘い処分

女性検事のもとには、他の性暴力事件の被害者からも、検察の捜査で二次被害に遭ったという訴えが届いています。

検察内部ではセクシュアル・ハラスメント、パワー・ハラスメントに対する甘い処分が横行しています。人事院規則では「不同意わいせつ、上司の影響力利用による性的な関係」は免職または停職、「意に反することを認識の上でのわいせつな言辞等の性的な言動の繰り返し」は停職または減給、「意に反することを認識の上でのわいせつな言辞等の性的な言動」は減給または戒告と定めています。一方、2012年〜20年にセクシュアル・ハラスメントで処分された検察官は最高でも減給3ヶ月、ほとんどが戒告や訓告にとどまります。免職や停職の事例はありません。検察の外での盗撮や痴漢が停職2カ月なのと比べると、内々に処理されている印象が否めません。

用意した原稿を読む女性検事=東京都中央区

お尻を触ったのは「好意持ち、承諾を得ていた」

女性検事がこの日、公表した北川氏から女性検事への直筆の手紙には、余罪について触れた箇所もありました。

「私がこれまでに複数人の女性と関係を持ったことがあったことは事実です。飲酒の上のものもあります。しかしいずれの場合も、それまでに人間関係ができており、好意をもっていることを双方が確認した上でのことです。関係後にトラブルになったことはありませんし、その後も同じような交際が相当の期間継続しています。ですからあなたと同じような被害者はいないと明言できます。今まで今回のような失敗をしたことは本当にありません。わいせつ行為(お尻を触ること)についても聞かれていますが、心当たりの女性は私に好意をもっていることを打ち明けてくれており承諾を得ていた行為なのです。とはいえ、時期や状況は忘れていますが、あなたに対するものは弁解の余地はなく謝罪します。酔った勢いで好意を伝えるために冗談ぽくしたものと思いますが論外です」

お尻を触った女性からは「承諾を得ていた」と書く北川元検事正の手紙

女性検事は北川氏の書きぶりから他にも同様の被害にあった検察職員がいるのではないかと考え、全職員を対象にしたヒアリングの実施を求めましたが、検察庁は拒否しました。

検事正として森友学園の文書改ざんも捜査

直筆の手紙では北川氏の、仕事が手に付かない様子も綴られています。

「事件以来、いつもあなたと事件のことが頭を離れることはなく、自業自得とは言え、事件の解決もできないままで、いつあなたが事件のことを訴え出るかと思い続けており、生きた心地がしませんでした」

女性検事は北川氏が事件から退職までの1年間に決済した事件の判断に問題がなかったか、見直しをするよう求めましたが、検察は対応しませんでした。

北川氏は大阪地検検事正に在任のこの期間に、森友学園への国有地売却に関する決済文書改ざん問題を捜査、佐川宣寿元国税庁長官らを不起訴処分としています。森友学園事件では証拠文書の欠落が指摘されています。女性検事は「通常なら検察が(欠落に)気がつかないはずがない。その意味でも北川氏の検事正時代の事件は見直されるべきです」と指摘しました。

女性検事は今も復職ができておらず、「死にたい」という思いにさいなまれています。

「私は苦しみ続けています。検察の仕事をしたい。穏やかに家族と暮らしたい。でも検察の二次加害によりそれすらも叶いません」

「被害者は検察をスルーできない」

そして日本では犯罪被害者が必ず通らなければならない「検察」という組織が、このような状態でいいのか、と問題提起しました。

「検察には被害者を十分に支援する体制はありません。組織としては被害者を軽視する実態があります。真相解明よりも迅速な事件処理を優先する幹部、職員も少なくありません。被害者は、救ってもらえるはずの検察からの二次加害により更に傷付けられ、どこにも訴える場所がなく、苦しんでいます」

今年3月、タレントの中居正広氏によるフジテレビ社員への性暴力事案について弁護士らでつくる第三者委員会が調査結果を発表し、フジテレビ側の安全配慮義務違反を指摘、再発防止策を講ずるよう求めました。

女性検事は「この件はフジテレビと同じ構図だと思っている。でも、事後の対応が全く違う」と言います。

「民間企業は株主やスポンサーからの圧力があり、第三者委員会が入り、ヒアリングがあり、責任者は全員辞職した。社長が被害者に謝罪し、コンプライアンスを強化しようとしている。監督官庁である総務省も行政指導を行った。一方、検察はこの件に関して何も変わらない」

「テレビ局については、見たくなければそのチャンネルを見なければいい。しかし、検察は誰しも何らかの被害に遭った時にスルーすることができないんです。検察がこんな状態で、みなさん不安じゃないですか? 国民のみなさん一人一人が、自分ごととして受け止めていただいて、一緒に声を上げていきましょう」

女性検事は今後、副検事の不起訴処分について検察審査会への申し立てを行うほか、検察を調査する第三者委員会設置の呼びかけ、公務災害の申請、人事院へのハラスメント被害申し立て、北川氏と副検事への国家賠償請求訴訟などを検討しています。

まずは検察審査会への申し立てのため、北川事件の話や被害者情報、誹謗中傷などについてのメール(boshu-okumura@okadalaw.com)での情報提供を求めています。

女性検事を支援するオンライン署名はhttps://www.change.org/kenji_support

感想やご意見を書いてシェアしてください!

記事を紹介する
  • X
  • Facebook
  • Threads
  • Bluesky