全国の新聞社・通信社の労働組合で構成する日本新聞労働組合連合(新聞労連)が主催するシンポジウム「ジェンダー表現たのしんでますか?」が6月末、東京都内で開かれました。2022年に新聞労連の組合員有志でつくった「失敗しないためのジェンダー表現ガイドブック」(小学館)の出版2年を祝して開催され、第1部ではジェンダーやフェミニズムなどをテーマに執筆活動を続けている作家のアルテイシアさんが講演、第2部はアルテイシアさんと、若者の政治参画を促進する団体「NO YOUTH NO JAPAN」代表の能條桃子さんらが登場し、ジェンダー平等実現に向けた課題などについて語り合いました。詳報をご紹介します。(コモンズ編集部)
第1部 アルテイシアさん講演
ジェンダーを知ると物事の解像度が上がる
最近モヤモヤした記事があります。ある新聞社で掲載された「小学生がパパ活した」という記事です。54歳の男性が小学生を買春したという話が「パパ活」という言葉で片づけられる。非常に違和感を覚えました。「ジェンダー表現ガイドブック」の紹介文に、「ジェンダーガイドブックという新しい眼鏡をかけてみると、いままで知らなかった世界が見えてくる」という言葉があります。メガネと言いますが、ジェンダーを知ると解像度が上がる。見えなかったものが見えてくるということだと思うんです。
私も、ジェンダーを知る前はセクハラに遭っても自分が悪かったと思っていた。目が悪かった時は、ぶつかっても「私が悪かった」と思ってきたが、目がよく見えるようになるとどう考えても「ぶつかってくる方が悪い」と怒れるようになり、「ぶつかるなよ」と言えるようになり、避けることができるようになる。ジェンダーを学んだことで自尊心を取り戻すことができました。ジェンダーを知ると、モヤることが増えますが、モヤるのはアップデートできた証拠と思うようにしています。
社会に出ると、圧倒的男性社会だということを感じます。私と同世代かちょっと上の記者さんから「ちょっと前まではジェンダーの記事が通らなかった」と聞きます。テレビ局の女性が言っていたのですが、ドキュメンタリー番組のナレーションで、「1970年代はいまよりもっと女性差別が激しかった」というと、男性の上司から「それはお前の意見だよな」と物言いがついた。感想じゃなくて事実ですよね。私自身、ジェンダーや性暴力についての取材を受けるが、ほぼ女性の記者。「痴漢撲滅アクション」をしていますが、それも取材にきてくれるのは女性の記者で、テレビ局で唯一取材に来てくれたのが英国BBCでした。
私自身は1976年、神戸生まれです。中高一貫の女子校に行き、これが大きかった。女の子だから、女の子なのにと言われない環境で育ちました。男子がいなくて困ったことなかった。女の子だってなんでもできる。ところが、大学に行って驚きました。進学したのは某国立大学の経済学部。女子は2割以下。女子校では自分の意見をはっきり言うようにと教えられてきたのに、大学に入って意見をはっきり言うと「生意気だ」と言われる。ゼミのリーダーもサークルのリーダーも全員男子。女子はサポーター役が暗黙のルール。ルッキズムにも殴られた。ブスでデブだと言われ過食嘔吐をするようになりました。
就活も、ひどかった。私の時代は就職情報が紙で届きました。その資料の厚さが同じ学部のゼミの男子で5倍ぐらい違う。女子は資料さえもらえない。かなり暗い学生生活を過ごし、某広告会社に入社しました。そこがセクハラ・パワハラの「セ・パ両リーグ」。入社して最初に見た景色は事業部長が女性社員の胸を「おはよう」と言ってつかんでいるっていう。こんな修羅の国で私は生きていかなければならないんだと思った。6年で退職し、無職になりました。人生地獄だなという時に、当時流行ったmixi(ミクシィ)でブログを書き始めた。それがバスって12社から本を出さないかとオファーが来ました。そこから作家デビューしました。
ジェンダー感覚は「九九」みたいなもの
ジェンダーは九九みたいなもので、一回覚えてしまえば、ダメなものはダメってすぐわかります。知識だけではだめで、感覚をアップデートさせなくちゃいけない。
ジェンダーギャップ指数、日本は経済と政治が低いですが、それは決定権のある場に女性が少なすぎるからですよね。そんな日本で育つと感覚がバグって当然。という私自身もアンコンシャスバイアス、無意識の偏見はありました。私も入社した時は「〇〇ちゃんは女子だけど、優秀なんだ」と言っていた。私の中にも無意識のアンコンシャスバイアスがあった。生まれた時代が違うと感覚も違う。生まれる時代は選べない、みんなアップデートの途中で、誰だって間違えます。過去の間違いに気づいたときはショック。でも本人が発した言葉なのだから、何が問題なのか、どういう風に改善するかを話すことが大切なのだと思います。
例えば韓国の男性グループBTS。彼らは新曲の歌詞をすべてジェンダー研究者にチェックしてもらっているんです。BTSも過去に不適切な歌詞があって問題になったから、改めた。そういう姿勢が評価されるのだと思います。
ジェンダー平等な社会って?
中学校や高校で講演するとジェンダー平等って何ですかとよく聞かれます。
そういう時は男らしさ、女らしさっていうのは型みたいなもので、型にはまらない、黄色とか緑とか、いろんな色が世の中には存在する。誰も排除されないみんなが共生できる社会っていうのがジェンダー平等なんだよと話します。
2018年に、東京医大の不正入試問題がありました。発覚して、翌年初めて医大の合格率が男女逆転しました。ほんとにどれだけ女の子が夢をつぶされてきたのかと思います。この本にも再三出てくるがリケジョ、女社長、女流棋士などは男性には言わない。ここには「女なのに〇〇」というバイアスがある。逆にいうとイクメン、弁当男子。これもバイアスがある。
この前京都に行ったときに、女性がバスの運転手をしていましたが、男性の乗客に「女が運転手で大丈夫なのか」と言われると言っていました。それも「女性でも安心な車」みたいなのをメディアが発信する。メディアはそうしたバイアスがあることを意識していくことが大切なのだと思います。なぜなら言葉は文化を作り、呪いにもなるからです。
男性の自殺率はなぜ2倍
どの世界でも男性の自殺率は高いんですよね。どの世界の男性を見ても、男性の方が人に悩みを話すのに抵抗があるからなんです。カウンセリング、診察を受けるにも抵抗がある。それは男は強くあるべきとか男だから泣くなと言われて育っていることと関係しているように思います。そういう呪いの言葉が男性自身も苦しめている。男だから泣くなと言われると、人とつながるのも苦しくなる、恥ずかしい、怖いという感情は女々しいと言われていたから、その感情にもふたをする。そして気持ちの持っていきようがなくて、人を殴ったり、ものに当たったりする。妻には口では勝てないから手が出たとか、暴力とか怒りになる。煽り運転の加害者の96%が男性。社会の安全のためにもジェンダーの呪いはなくしていきたいと思います。
ジェンダーの呪いに母は殺された
私自身が毒親育ちです。母は専業主婦で40歳の時に夫に離婚をされて、アルコールに依存するようになって自傷行為もするようになった。
最後は拒食症でなくなり、遺体で発見されたのですが、20代のギャルが着るような服が部屋にたくさんあり、母はジェンダーの呪いに殺されたんだなと思いました。女は若く、美しくあれ、みたいに。
父は暴君で、商売に失敗して自殺をしてしまった。父も稼げないなんて男失格だと自分を責めて亡くなった。父もジェンダーの呪いに殺されたんだと思う。もし私がジェンダーを知らなければ、自分を責めたかもしれない。ジェンダーを知っていたから、自分自身がすごく救われました。
パーソナル イズ ポリティカル
個人的なことは政治的なことです。日本で暮らすとすごく「自己責任」を背負わされる。様々なことは自分のせいだと。例えば奨学金をもらって大学に行って奨学金を返せず、自殺する子もいる。「お金がないのに大学に行った自分が悪い」と自分を責めてしまう。
ヨーロッパとか北欧とか見ると、大学まで学費が無料とか、生活費の補助すら出る。そうすると罪悪感や自責の念から解放されて、こんなに苦しいのは、自分のせいじゃなく、政治や社会のせいだというのに気づく。自己責任から解放されて、政治や社会に興味を持てるようになる。なので「パーソナル イズ ポリティカル」はすごく大切なスローガンだと思います。
クオータ制は逆差別?っていまだにいう人がいます。女子学生でもまだ性差別ってあるんですか?って聞く。じゃあ、あなたの大学の学長や教授に女性は何人いた?って聞くと、「ああそうですね」と納得する。国会議員の9割がおばさんだったらなんでこんな女性ばっかりなのと気づくのに、男性だと気づかない。
東大や政治家に女性が少ないのはなぜ?
会社でも、仕事ができないおじさん管理職は腐るほどいる。たまたま女性の管理職で仕事ができないと、やっぱり女はダメだと言われる。やっぱり男はダメだとは言われない。マイノリティは一括りにされて叩かれる。「女性視点の意見を」、「女性ならではの」とか、女性女性って言われる。だからやっぱり3割はいないとだめなんですよね。意見を反映させるにはクリティカルマス、3割が必要ということです。
日本維新の会の馬場伸幸代表が、「私は24時間365日、風呂に入っているときと寝ているとき以外、選挙のことを考えている」という発言をしました。「こういう考え方ができる女性は少ない、だから女性枠をつくることは一切考えていない」と言いましたが、その布団干して風呂洗っているのは誰やねんて話です。家事、育児の家事労働のケア労働を女性に丸投げして、長時間労働できる男性を中心に作られている。わたしの30代の友人は記者をやっているが、朝5時ごろから取材相手の家の前で待ち伏せさせられたりしている。この前出産しましたが、上司に報告すると「無理するなよ」と言ってくれるが、求められる成果は同じで結局、評価が下がったと。
「どうしたらいいの?」と言われた。そういう働き方はおかしい。それで少子化がどうとか記事に書いているとしたら、「どの口がいう?」ってなりますよね。
先進国で日本の男性は最も家事育児をしないというデータがある。日本だと女性が男性の5・5倍家事育児を負担している。当然女性の家事育児の負担が高い国ほど出産率が低い。
東大には女子が2割しかいない。これは最近話題になっているんです。世界のトップ大学はほとんどパリテ。これは親の教育投資が影響しているんですよね。東大に受かるぐらい偏差値の高い女性が東大を受けていない。なぜかというとこのデータにもありますように、女の子だから地元の大学に行きなさい、浪人はしないようにと言われて育つ。それは地方に行くとよりその傾向が強くなる。東京に行くのもお金がかかる、浪人もお金がかかる。だから女子は地元の大学でってなるんです。
アイスランドは15年連続ジェンダー平等1位ですが、そのアイスランド大使が言っていたのは、ジェンダー平等を進めるのに大切なのは、男性自身が幸せを実感するのがカギということです。アイスランドだと男女ともに半年以上育休を取れる。男性が赤ちゃんといられることを幸せに感じられる。日本人男性が余命勧告されて一番思うのが「あんなに仕事するんじゃなかった」ていうことらしいです。男性自身が家族や友人と暮らす時間が増えて、趣味や余暇を楽しむ、自分の心身をケアすることを考えてほしい。国民幸福度ランキングを見ると、ジェンダー平等が進んでいる国ほど高いんですよね。同性婚ができるようなった国は自殺率が減っている。マイノリティが差別されない社会は、みんなが生きやすい社会だということ。世界で一番同性婚が早く進んだのはオランダ。クラスの中に同性カップルの子どもがいるのは当たり前。子供が生きづらい社会を作っているのは中高年だと思うので、私たちの責任なんじゃないかなと思います。
マジョリティは特権に気付きにくい
東京工業大学に行った女性の友人が「トイレがなくて不便だった」と言っていたという話を東京工業大の男子学生にしたら「気づきませんでした」と。トイレに行ける人は不便をしないから気づかない。これがマジョリティの特権です。
私自身も、失敗があります。以前東京でイベントに呼ばれてゲスト出演した時に、足が不自由な方に「2階の会場で階段しかなかったので行けませんでした」と言われて、気づかなかったと思いまいした。マジョリティは気づかない。だからこそ積極的に学ばなくちゃいけない。
アメリカで、ジョンとジェニファーの名前で履歴書を出すと圧倒的にジョンの方が採用されるし、年収も高く提示されるという事例があります。
オーケストラでもありますよね。カーテンの後ろで顔が見えない状態で弾いたら女性の採用率が上がるとか。
性別なんて関係ないよ、本人のやる気だよと言われたら、あなたは性別を理由に差別された経験がないからだよと言いたい。特権があるというのはその人の苦労や努力を否定するものではない、その属性を理由に差別される機会がないということなんです。
マジョリティ性、マイノリティ性はみんなが持っています。例えば私は女性という意味ではマイノリティですが、異性愛者としてはマジョリティになる。日本で日本国籍だとマジョリティだが、欧米だとマイノリティになる。
ドイツに住む友人は、夫と食事に行ったとき、夫に「あなたと食事に行く時とアジア人の友人と食事に行くときでは、店員の態度が全然違う」と話をしたら「気にしすぎじゃないの。君は繊細過ぎる」と言われたと。気にせずに済むこと、考えずに済むことが特権なんだと思う。その友人がドイツ人の友人から「わたしはアジア人に偏見がないから、あなたと友達になりたいわ」と言われたっていうんですよね。これって言っている方は、気づかない。言われた方がその鈍感さに気づく。
関係ないよと言えるのはあなたが差別されないから。だれが差別してるんですかって話。誰かが差別されたっていう話をしたときに「自分は気にならない」と言って、そこで思考停止するんじゃなくて、気にならない私はやばいじゃんっていうのを調べてみる。これが知るきっかけになると思います。
自分が超えたことがないハードルは低く見積もる。だから男性というのは、性差別、性暴力にあったことがない人が多いから、大したことがないと思ってしまう。同時に居心地の悪さを感じてしまう。なので性差別、性暴力の話をされると「男ばっかり責められても」とか「自分は差別してない」「男がみんなセクハラするわけじゃない」とか言いだす。痴漢の話をすると「責められているみたいで怖い」とか言われる。でも女性は現実に苦しみや恐怖を味わっている。PTSDに苦しむとか、学校に行けなくなるとか。自殺未遂をしてしまうとか。だから居心地の悪さを感じろよと思う。そこで責めてないよ、怖くないよってなぜこちらがフォローしなくちゃいけないのって思います。
「ノットオールメンはもう聞き飽きた」
ベネディクト・カンバーバッチという「シャーロック」という映画のシャーロック役の俳優の言葉を取り上げたいと思います。「男性たちは反論し否定し『すべての男が悪いわけではない』という幼稚な言い訳を口にする。しかしそれは違う。私たちはただ口を閉じ、聞かなくてはならない」と彼は言っています。カンバーバッチは男女のギャラが公平じゃない映画には出ないと言っています。彼は、性暴力や性差別の話になったとき、男性は居心地の悪さを感じるだろう。それは自分がマジョリティ側にいるからだ。居心地が悪いという理由で、こちらの言葉を遮らないでほしい。耳が痛い話でも真摯に耳を傾けてほしい。「そんな男と一緒にされたら迷惑だ」というなら、それを被害者じゃなく加害者に言ってほしい。男性が「Not All Men」と女性にいうのではなく、「Don’t Be That Guy」と男性に言うようになれば世界は変わるとも話しているんですね。
#Active By Stander 性暴力を見過ごさない
特権の正しい使い方としては男性の声の方が伝わりやすいということがある。男性が、男性に痴漢するなという方が届く。おじさん上司が、女性に「今日もだんなと子作りするのか」と聞く。それを男性の同僚が「それセクハラですよ」と言えば聞く。女性がいうと「〇〇さんは怖いな」と言われる。男性の特権をどう使うか。
男社会で成功した女性が、同性に強く当たる。セクハラなんて笑顔でかわせとか。都合のいい女にさせられていた。そういうのを気にしないようにしないと生きてこられなかったと。
我々の世代がもっと声を上げていれば被害を止められたんじゃないかと考える女性が多い。私は男性は?と思う。俺たちがもっと声上げるべきだという声は聞かない。
「アクティブバイスタンダー」という動画を作りました。アクティブバイスタンダーというのはハラスメントや暴力、性差別が起きたときに居合わせた第3者が行動を起こすことです。
ユーチューブで配信していますがこれがすごくバズった。半年で再生回数270万ぐらいいった。性暴力や差別の現場にい合わせたときに、声を上げる。ハラスメントをなくすカギ。これは周りの人のアクションなんです。つまり第三者介入なんです。このプログラムは欧米では広く行われている。このプログラムを実施した大学で性犯罪の事件数が47%減ったというようなそういうデータもある。
森喜朗氏みたいなおじさんを変えるのは難しい。だからこそ周りにアクティブバイスタンダーが増えることなんですよね。まずセクハラ発言されても、一切笑わずにドン引きする。忖度して笑わない。それセクハラですよ、レアですよということを全員が言えばそのおじさんは発言を続けられなくなる。
5Dと言われる第三者介入方法をご紹介します。
5Dと言われる第三者介入の方法
Direct(直接介入する)それセクハラですよといって止める
Distract(注意をそらす)間に入って、注意をそらす
Delegate(委任する) 助けを求める。だれかに相談する
Document(記録する)動画、画像を残し、証拠を取っておく
Delay(後からケアする)後からケアする。通報する
見て見ぬふりをしないということです。私は神戸で「痴漢撲滅アクション」をしていて、この第三者介入を広めていきたいと考えています。
うっかり言いがちな「あるあるNG集」
最近モヤったのが都知事選で蓮舫さんと小池知事の戦いが「女の戦い」と言われたことです。
よく蓮舫さんて攻撃的だと言われますが、麻生太郎さんとか石原慎太郎さんの方がよっぽど攻撃的。女は笑顔でニコニコ愛想よくと思っているなら、自分のバイアスに気づいてほしい。
「女性ならではの気遣い」というのも女性に押し付けている。男性は気遣いが苦手でもしょうがないという言い訳になる。男性も上司や得意先に気遣いする。だから男性は気遣いする人を選んでいるだけじゃないだろうか。夫婦間だと自分がケアしてもらう立場だと思っている。
「旦那さん偉いね」「女性でも安全な車」とか。逆の立場ならいうかというのを考えてほしいです。私は、各地でジェンダーのもやもやについて話す集いをやっています。やっぱりつながりたいと言っている人はすごく多い。ひとりだと勇気が出ないので、仲間が欲しい。オープンチャットをラインでやっていて、議会の傍聴に行ったり、選挙ボランティアに行ったりしている。みんなで自分のできることをやって社会を変えていければと思っています。(以上)
第2部 クロストーク(敬称略)
能條桃子 今、二つの団体の1代表をしています。一つが5年前に作った「NO YOUTH NO JAPAN」という団体で、若い世代の政治参加を促進するのという団体です。SNSなどを使って選挙のことをわかりやすく発信するという活動をしています、もう一つは、20代、30代で選挙に出る人を増やそうという活動をしています。
アルテイシアさんの話、とても共感する部分が多かった。私は慶応大学経済学部出身で、女性の学生は2割だった。20年経っても2割というのは変わっていません。私も女子高出身で、女生徒ではなく、生徒として扱われるという経験をしてきたので、女子が2割しかいない大学に入ったときのギャップ。男女差別っていうのは、母親世代の問題じゃなかったんだということに、大学に入ってから気づきました。
日本の景色はおかしい?
大学で最初の方に女性学の授業を取っていたのですが、この間成績表を見返していたら、女性学の成績がCで、なんでかなと思ってレポートを見返していたら、「慶応の経済学部には女性が2割しかいない。アファーマティブアクション(社会的に差別している人たちを優遇する措置)は必要か」との問いに「必要ない」と書いていて、恐ろしいなと思った。当時は、自分は勉強を頑張ったから大学に入れた、自分の努力のおかげだと本当に思っていました。ただ何となくこの社会おかしいなとは思っていた。そんな時、18歳の男性の同級生が、結婚する相手には専業主婦になってほしいって言ったんです。結婚が決まっていない、彼女もいないのに言っているのはおかしいと思っていたが、自分のこととなると、自分は勉強を頑張って入ってきたのだから、アファーマティブアクションなんかいらないっていうようなそんな10代でした。決してフェミニストというような感じではなかった。契機となったのはデンマークに留学した時に、ジェンダーギャップが少ない国で、留学を通して日本の景色はおかしい、そしておかしいと言っていいんだってことに気づいたことです。
ジェンダー表現ガイドブックは、メディアの意思決定層の人に全員読んでもらいたい。自分が取材を受けていて思うのですが、ジェンダー平等に関心がある人の取材はほんとに心地いいし、仲間だなと思うんですが、たまにいつも取材してないけど、取材に行けと言われたので来ましたみたいな人もいて、圧倒的に違いがあって。どういう活動しているんですか?って取材に来てくれたけど聞かれて、調べてから来てくれればいいのになって思う。
本には身に覚えがある例がたくさん書いてありました。森喜朗さんの女性蔑視発言の話が著書に何回か出てきますが、私は森さんの発言が問題になったときに15万筆の署名を集めました。先ほどアルテイシアさんが、テレビはBBCしか来なかったって言ってましたが、私も署名の時に、60社ぐらい取材を受けましたが、そのうち59社の記者は女性だった。バズフィードだけ男性だった。中には「この曜日は女性のデスクなので、この日なら載るかもしれません」って言った女性記者もいました。あの署名は自分にとってもターニングポイントになった。こうやってメディアの中で戦ってきた人がいるからニュースになる。だから問題が表面化するんだってことがわかりました。
メディアの切り取り方、あってます?
中塚久美子(朝日新聞労組) 確かになぜかジェンダーの話だけは説得力が必要で、根回しを求められますね。
能條 この本を読んで一番これ書いてくれてよかったと思ったのは、「メディアの取り上げられ方の問題」っていうところです。(安保法制法案の時に発足した若者団体)SEALDsはちょっと上の世代でした。メディアはあの時、あんまり関心なさそうなのにやっているという人を積極的に取り上げました。本来はいろんな人が活動している団体なのに、若い人だけ切り取る。若い女性であまり政治に関心がなさそうな人をフックとして使っている。若い人に言わせて、結果、その人たちが声を上げたら叩かれるんだというところがあったように思います。要するに画がほしいだけ。著書にはそれを反省的視点で書いてあり、すごくいいと思いました。
中塚 女性が声を上げるどんなまなざしを向けているかに自覚的であれということですよね。
能條 自覚的であることも大切だと思うし、性別年齢が違っていたらその言葉使いますかっていう。特にSNSでたたかれるネタを作っているところでもあるっていう。たたかれたからと言って守ってくれるわけじゃない。
自分ごととして考える
中塚 アルテイシアさんがBTSの歌詞をジェンダーチェックする専門家がいる言ってましたが、じゃあメディアはどうなんだって。
アルテイシア ほかの人権意識は高いけど、ジェンダーは違う。チェック機能も甘いですよね。これが出ちゃうの?って思う記事はありますよね。
中塚 そういうのがほかの差別問題の扱いは慣れていると思うけど、ジェンダーはチェックが甘い。
アルテイシア 最近政党に講演で呼ばれます。圧倒的に70歳以上が多い。すごい大量のおじさんたちの前で話します。みなさん法律とか制度を学んできたけど自分ごととして学んだことがなかったって言います。自分事として考えたことがなかったって。講演をフックにしてジェンダーのことを学んでいくという場があるといいですね。
秀野太俊(愛媛新聞労組)15,6年前に愛媛新聞の男性記者として初めて9ヶ月間育休を取りました。「育休を取りたい」と上司に話したら「何か悩みがあるのか」と言われた。在日コリアンの人たちの企画を書いたりすごくいい企画を書く上司だった。でもその時はそういうニュアンスになってしまう。
中塚 自分ごとじゃなかった。
秀野 そうですね。その人にとっては対外的には男性育休を進めなくちゃいけないっていうのは分かる。でもそこで生産性どうなるんだという発想になる。育休をとれた方が長期で見ると生産性が上がるという発想がない。最近、消滅可能性都市というのが発表され、地方から女性がいなくなっているのを見ていて、地方自治体がやばいと思い始めている。愛媛県だと男性より女性の方が1.3倍から1.6倍県外に出て行っていて、きっとこの地域にいても自分の能力を発揮できない、自己実現できないと思っているわけで、それは変えなくちゃいけない。「じゃあどうしたらいいんですか」という話で、「育児休業を初めて取った秀野さんの話を聞きましょう」というので講演で話すと、管理職がフムフムと聞いてくれています。
金融機関のゴールドマン・サックスは、ほかの金融機関が白人を雇用するので、しょうがないのでマイノリティを狙うしかないとアジア系とかアフリカ系、女性を雇うようになった。そうすると、組織の中のダイバーシティが上がり生産性が上がったんですよね。新聞社も今までの発想だと人が来てくれない。だったら変わらないとだめだし、変わっていかなければならないと思います。今のままで働いてくれる人はいませんよ。
消滅可能性都市とジェンダー
中塚 残念ながら、消滅可能性都市というようなグサッとくるような言葉がないと動かない。
20年変わっていないことを見ると、消滅可能性都市というキラーワードがあっても変わらないんじゃないかと思う。
アルテイシア 友達にデザイナーがいるのですが、地方をキラキラしてみせる冊子を作ってほしいというオーダーがあるらしいんです。地方に仕事はないのに、「嫁さ来い」みたいなのをキラキラコーティングで見せているだけで、バカにしてると思いません?その冊子の中で、取材して活躍していますというのは全員男性なんですって。
能條 消滅可能性都市っていう言葉もまあ割と、批判的な視点なく報じられている。一つの見方として、それどうなの?というコラムを入れたとしても、基本的には発表されましたというのを肯定的に受け止めている。その指標を作っているのは確実に産まない人たち、産める年代の女性を客体にして、議論していることへの気持ち悪さ。都知事選も、若者政策イコール、少子化対策みたいになっていて、全然話は別なのに、それやっていれば、若者政策でしょという目線が候補者側にもメディア側にもあるんですよね。
アルテイシア シングルマザー支援は子育て支援になっている。18歳になったら支援がなくなる。これは人権の問題なのにそうは捉えないんですよね。
能條 メディアも結局上層部見たら多様性がなくて、その中から出てくる社会へのまなざしが影響しているのかなと思います、
アルテイシア ケアって、教育って、コスパで考えちゃいけないですよね。
中塚 少子化、消滅可能性都市の話でにぎわっていますが、それをどんなまなざしで見ているのかというと個ではなくて、そもそも産める機械として見ている。乗せられちゃいけないっていうことですよね。
秀野 この本の中でジャーナリストの浜田敬子さんにインタビューさせてもらったのですが、浜田さんも自分がおじさんに言うときには「その方が経済成長しますよ」と言ってきたんだけど、いやこれはまずいと、最近は「これは人権の話ですよ」いうようにしているそうです。私もそう思うのですが、「きょうは経済合理性の話です」という風に話さないと伝わらない。
能條 わたしは今、26歳ですが、同級生だった男子たちが大学時代より悪くなっているんです。育休の話ひとつとっても、大学生の時はそれも一つの選択肢だよね。いざ、会社員やってると、理想はそうだけどなかなか難しいんだって言われます。それは本人が持っていた言葉じゃなくて。上司、評価対象者の言葉なんでしょうね。学校教育で割とまともな人権感覚をもっていたはずなのに、社会に出ると変わってしまう。
悪意なき間違いは責めない
アルテイシア 私たちみんなまともなジェンダー教育、差別教育を受けていないので、あまり責めすぎるのは良くない、政治のせいなので。(Mrs.GREEN APPLEの)コロンブスという曲のMVが炎上しましたが、悪意なく知識なくやってしまった炎上については、そこまで責めなくてはいいのではと思う。BTSみたいに反省して改善すれは、評価が上がる。
能條 責めすぎるのはよくないと思うが、私は、反省する、間違っちゃいけないと思いすぎてるんじゃないかって思います。みんな間違える。例えば、東京都がマッチングアプリに何億円もかけていますが、東京都が税金をかけるものではないでしょうと思う。それ以前に、よく読むと、同性愛の人は対象じゃない。戸籍謄本出さなくちゃいけないので外国籍あると使えない。税金を払ってるのに差別が生まれている。気づいていないこと、無意識なことはある。ああよくなかったなってそのたびに反省すればいいのに、私は間違っていません、っていうのは違うと思います。
アルテイシア 日本人って一番失敗を怖がる。それって本人のせいじゃない。失敗できない社会になっている。社会のせいだなというのはある。みんな間違えるので、間違えたときに謝ればいいと思う。
中塚 メディアを使って責任のある人間が発言する。あるいは報じることが問われているのかなと。それも積み上げしかないので、新しい知識を身につけながら、少しずつクリーンにしていきましょうってことですよ。
アルテイシア ジェンダー系の発言については、やっとちゃんとメディアで扱われるようになったなという気がします。でも、新聞でいうと、ジェンダーの話は国際女性デーに集中するんですよね。日常的にはニュースとして扱われない。新しいことがなければ、なぜ今出すのと聞かれてしまう。それがニュースなのかどうかを決める価値判断ができるかどうか。実はニュースになっていないけど、そういうことを拾い上げる人が評価されるようになってほしい。
森さんみたいな人の考えを根こそぎ変えるというのは難しいと思います。だから、セクハラ発言をすることがあれば周りが止める。アクティブバイスタンダーだと思います。周りの人ができることをする。
アクティブバイスタンダーを増やす
中塚 アクティブバイスタンダーになるために、学ぶことが大切なんだと思いますが、練習も必要なんですかね。
アルテイシア 一人だと難しいので、仲間を増やすことが大切ですよね。やっぱりおじさんは処罰が一番効く。結局、その人のジェンダー感覚は変わらないので、企業とかでセクハラの処罰が厳しくなった。降格するとか左遷されるとなるとピタッとなくなります。企業として処罰をしっかりすることが大切です。
能條 仕組みが大事ってことだと思うんですよ。
中塚 処罰しましょうっというと駆逐せよみたいになる。学びながら自分たちがアップデートしておかしいからやめようねと言える人間になること。ずっと学んでいきながら、一方で同時に責任ある発信者として、性差別的な発言、表現を自分たちでチェックしていく機能を持つということなのかなと思います。
能條 森喜朗発言の署名の時に一番最初に取材を受けたのはロイター通信、ウェブメディア、新聞、テレビだったんですね。ニュースにできるかどうか、ニュース性を決められる特権性がメディアにあって、そこはうまく活用してほしい。そもそもそれがニュースなのかどうかを決める価値判断力があるのが権力だと思う。今はニュースになってないけど、50年後だったらニュースになることがたくさんある。そういうことを拾い上げる人がメディアの中で評価されて、上に行ってくれればと思います。
アルテイシア 地方に行くと、ほんとに考えられないようなことを言われている。子供がいないというと「子供の作り方教えてやろか」とか。会社の中のセクハラ防止も機能していない。姫路市で話すと、祭りがつらい、夫が夜にみんなを家で連れてきて宴会になるとか、言います。祭りが地域の絆みたいに美化されるが、祭りがつらいという話が出てくる。そこでシスターフッドができてくる。エンパワメントされている。生身のフェミニストがいたんだ。つながれるというのは大きいと思う。わたしは各地でジェンダーについて語る「しゃべり場」というのをやっているのですが、「私、もともとアンチフェミなんです」っていう人が来ている。なぜ来たの?と聞くと、私の本が面白かったというんですよね。きっかけはいろいろあると思います。
能條 やはり海外メディアが先に取材に来るっていうのは恥ずかしいことだと思わなくちゃいけない。何をニュースととらえるか。ジェンダー平等、若者枠、この視点で取り上げようというところにジェンダー枠が入っていない。そこが難しいなと思います。
中塚 もっと感度よくスピードアップしてジェンダーの記事を出していくっていうことですね。
「失敗しないためのジェンダー表現ガイドブック」(小学館、税込み1650円)。全国の新聞社、通信社、フリーランスのジャーナリストで作る新聞労連の有志が、ジェンダー平等を日本で早く実現したい、そのためにまず自分たちの発信を見つめなおそうと企画、制作した。新聞労連は、2020年度に執行部の意思決定の場に女性を3割置くクオータ制を設け、このメンバーが中心となり各地でジェンダー平等実現をテーマにしたシンポジウムを開催。著書は21年に執筆、22年に出版。メディア以外でも、民間企業や教育機関が研修で使う例も増えている。現在第5刷。オーディオブックとしても販売されている。