日本の8月は戦争被害に関する報道が集中しますが、同時に日本の加害責任の問題に触れないわけにはいきません。
金学順(キム・ハクスン)さんが日本軍に性奴隷にされた被害者として名乗り出たのは、33年前の8月14日でした。この日を日本軍「慰安婦」メモリアル・デー1とし、2013年から毎年、日本軍の性暴力被害に遭った女性たちを記憶することで再発防止をはかる取り組みが世界各地で行われています。
東京都・飯田橋では、「日本軍「慰安婦」問題解決全国行動」(以下、全国行動)主催の「正義を求める声は世代を超えて」が開催され、会場約70人、オンライン約200人の計270人が参加しました。
若者たちが被害者の証言を自分たちの声で読む
「希望のたね基金」(以下、キボタネ)のメンバー7人が、証言の朗読を行いました。キボタネは、日本の若者が「慰安婦」問題を学び、性暴力のない社会づくりに役立てるために創設された基金です。若者たちが読んだのは、楊秀蓮(ヤン・シウリェン)さんの証言。楊さんは、河東村で日中戦争の最中に日本軍の兵士から性被害にあった女性・南二僕(ナン・アルプー)さんの養女です。南さんが自ら命を絶ったため、母の無念を晴らそうと、日本政府を相手取った山西省性暴力被害者損害賠償請求裁判の原告になりました。(2005年に最高裁が上告棄却)
南さんは20歳の頃、河東村に駐屯していた日本兵に強かんされ、日本軍の砲台近くの家に拉致されました。その後一年半くらい連日日本兵に強かんされる日が続きました。拉致した下士官の異動でなんとか砲台から逃げたものの、別の古参兵に捕まり、複数の日本兵に強かんされるようになりました。 戦後も南さんの苦難は続き、1967年、日本兵からの被害が発端で患った婦人病が悪化し、激しい出血や厳しい痛みに耐えかねて、首を吊って自殺してしまいました。その時、幼い楊さんの服を手に握りしめていたそうです。
1998年、楊さんは、母・南二僕さんの遺志を継いで訴訟を提起するに至りました。(要約:コモンズ)
半年前にキボタネに参加したという田中さん(23歳、学生)は、「『慰安婦』問題についてほとんど何も知らなかった私がキボタネの韓国若者ツアーに行き、今回初めて朗読に参加しました。いざ声に出して読むと、目だけで読んでいた時とは違う感覚がありました。自分の声で、メンバーたちの声で読むことを通して、本当にこの女性は存在したんだ、こんなことが本当にあったんだと感じることができました」と語りました。
中国の被害者・遺族が続々と日本政府を提訴
次に、「山西省における日本軍性暴力の実態を明らかにし、大娘たちと共に歩む会」 (略称:山西省・明らかにする会)の川見公子さんから、中国山西省遺族たちの提訴報告がありました。
今年4月15日、17日、中国・山西省の日本軍性暴力被害者遺族18人が、日本政府の公開謝罪と賠償を求めて山西省高級人民法院に提訴しました。山西省・明らかにする会は4月23日、提訴を支持する声明を発表。提訴から4カ月経つ現在も、受理されておらず、中国の裁判所の訴訟受理の可否が今後の焦点です。
さらに、8月7日、中国湖南省で日本軍性暴力被害者8人が、日本政府の公開謝罪と賠償を求めて湖南省高級人民法院に提訴しました。被害者本人が中国の裁判所に提訴するのは初めて。日本で若い世代向けにジェンダー・フェミニズム講座を開く「ふぇみ・ゼミ」は、8月14日、日本政府に謝罪と賠償を求める声明を発表し、賛同署名を呼びかけています。
中国の被害者・遺族が裁判を決意した背景には、2023年11月23日、韓国のソウル高裁が日本政府に対し、日本軍「慰安婦」被害者と遺族ら16人に賠償するよう命じた判決が影響しているそうです。
変化・発展する国際法〜普遍的⼈権の実現に向けて
日本政府は、「主権免除」を盾に、この裁判に参加せず、上川陽子外務大臣は「(判決は)断じて受け入れることはできない」と表明しました。さらに外務省は駐日韓国大使を呼び出して「国際法違反」だと抗議したと報じられています。
判決は本当に「国際法違反」「韓国司法の問題」なのでしょうか?
この日の基調講演「正義を求める声は世代を超えて〜普遍的⼈権の実現に向けて」で、具良鈺(ク・リャンオク) 弁護士が紐解きました。
具弁護士は京都府宇治市出身の在日コリアン3世。ヘイト・レイシズム、植民地主義と闘いながら、国際人権法とヘイトについて研究し、現在は韓国ソウルの高麗大学大学院で学んでいます。
具弁護士のパワーポイントから要点を抜粋します。
各国内の権利義務を定める「国内法」と、主権国家の間のルール、各国の権利義務を定める「国際法」があります。国際法で最も大事な原則は、主権平等原則です。
各国内の権利義務を定める「国内法」と、主権国家の間のルール、各国の権利義務を定める「国際法」があります。国際法で最も大事な原則は、主権平等原則です。
では、国家を拘束する(国家に義務を発生させる)国際法のルールはどのようになっているのでしょうか? ルールにはまず条約と条約以外があります。
①条約=主権国家間の合意、②条約以外=合意がなくとも、各国家が守るべき国際社会のルールのことです。②はたとえば、国際法上絶対的禁止(ジェノサイド禁止、奴隷制禁止、拷問禁止など)を定めた「強行法規」 (jus cogens)があります。
条約の有無にかかわらず全ての国家を拘束するルールが、「国際慣習法」です。亡命者保護や外交特権、「世界人権宣言」があります。世界人権宣言は、第二次世界大戦におけるナチスの残虐行為を教訓として生まれました。「国家中心主義から人権へ」――つまり、国際法のパラダイム(規範)の変化が起きたということがとても重要です。
「主権免除」をどう考えるのかは、国際慣習法において議論されています。
「主権免除」とは、主権国家は平等なので、一国が他国の裁判権に服することはないという国際慣習法上の規則です。かつては、例外なく、外国を被告に訴訟できない、これが絶対的でした。ですから戦後補償裁判においては、主権免除は“越えがたい壁”と認識され、被害者の国の裁判所に加害国を被告とする訴訟が提起されることはほとんどありませんでした。
しかし最近は「相対的禁止」、つまり、いかなる場合に主権免除の例外が認められるか(いかなる場合に外国の裁判権に服するか)という議論にシフトしているのです。
主権免除の例外について、国内法や条約で定めていない国では国際慣習法に基づいて決定されることとなります。
もはや日韓に利益・不利益をもたらすという次元ではない
主権免除を考える上で大きな影響力をもったのが、2012年の国際司法裁判所(ICJ)判決です。1990年代、欧州各国でナチスドイツの行ったジェノサイドや人権侵害に対し、ドイツを被告とする訴訟が提起されるようになりました。ギリシャとイタリアでは主権免除の例外を認め(2004年3月11日)、ドイツを被告とした裁判で原告が勝訴しました。
これに対しドイツは主権免除を認めないのは国際法違反だとして国際司法裁判所に提訴し、2012年2月3日のICJ判決はドイツの請求を認めたのです。
具弁護士は「この判決について、戦争被害者が加害国に対して自国の裁判所に提訴することが全く不可能になったとか、国家間の賠償協定により被害者個人の請求権が消滅することを認めた、などと誤解が広まっているのは問題だ」と指摘します。
ICJは、人権侵害の重大性については検討することなく、武力紛争遂行過程における軍隊の行為については主権免除を適用するという国際慣習法が存在するという点に判断を限定しました。つまり、重大な人権侵害に対し一般的に主権免除の例外を認めない、という判断ではないと言えます。
この2012年ICJ判決の壁を超えられるかが国際法の関門でもありました。
こうした状況の中で出たのが、韓国における2つの「慰安婦」判決でした。
◆2021年1月8日、ソウル中央地⽅法院判決(原告:韓国人日本軍「慰安婦」被害者12人)
「被告となった国家が国際社会の普遍的な価値を破壊し、反人権的な行為によって被害者に極度の被害を与えた場合には、主権免除の例外を認めなければならない」
◆2023年11月23日、ソウル高等法院判決(原告:韓国人日本軍「慰安婦」被害者11人と遺族5人)
「法廷地国の領土内で法廷地国の国⺠に行われた違法行為の場合には、その行為が主権的行為として評価されるかどうかを問わずに主権免除を認めないのが現在の有効な国際慣習法である」
国際法は、国家中心から人権中心へ、今、私たち世代が解決すべきこと
これらの判決を受けて具さんは「特定の国家に利益・不利益をもたらすかどうかという次元の問題ではない」とし、「普遍的人権を侵害された個人が裁判を受ける権利を守るのかという問題」であると指摘します。
「『慰安婦』問題は、人道に対する罪に相当する人権侵害であり、日本の植⺠地支配下で引き起こされたものです。旧来の主権免除のあり⽅にこだわっているだけでは、人種主義と性差別にまみれた歴史的不正義が、国際法の名のもとに不問に付され、永続化されかねない」と言います。
具さんは「本日の集会では、中国の被害者・遺族の訴えや、被害者の証言が紹介されました。まさにこうした被害者中心的アプローチで考えるべきです。被害者がアクションを起こすのがどれほど困難か、私も経験からも痛いほどひしひしと感じています。だからこそ、私たちの世代できちんと解決して終わりにしたいと心から思っています」と結びました。
日本政府の圧力でベルリン《平和の少女像》撤去の危機
最後に、今再び日本政府による要請を受ける形で撤去の危機にさらされているベルリン・ミッテ区の《平和の少女像》について、現地ベルリンからコリア協議会の韓静和(ハン・ジョンファ)さんのビデオメッセージが流れ、少女像を守る署名への呼びかけがありました。
全国行動の署名
コリア協議会の署名
集会の中で、「日韓合意ですべて終わったとは決していえないことが、今日またハッキリした」と語った全国行動共同代表の梁澄子(ヤン・チンジャ)さんの言葉がこの日のすべての報告の意味を表していました。
- 日本軍「慰安婦」メモリアル・デーとは
2012年12月に台湾で開催されたアジア連帯会議で、金学順さんが名乗り出た8月14日を日本軍「慰安婦」メモリアル・デーとすることが決定されました。以降、日本軍の性暴力被害に遭った女性たちを記憶することで再発防止をはかる取り組みが毎年、各国でおこなわれています。 ↩︎