国連女性差別撤廃委員会の日本審査が10月17日、スイスのジュネーブで開かれました。
「世界中で妊娠中絶に配偶者の同意が必要なのは11カ国だけ。G7(主要7カ国)の中では日本だけ」
国連の委員が日本政府代表を問いただすのを聞き、NGOとして参加し現地で傍聴していた福田和子さんは「そのぐらい大きなことなんだよね」と頷きました。福田さんは女性のセクシャル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR=性と生殖の自己決定権)について発信を続ける「なんでないの?プロジェクト」の代表です。
「まさに家父長制」
日本政府側の答弁は「DV被害者の場合は、配偶者同意は不要と通知しております」。
福田さんは「まさに家父長制」と感じました。
「日本では基本的に中絶をできるか否かの決定権が男性側にあるのと変わらない。中絶が『女性の権利』として保障されていない」
国際人権NGOヒューマンライツ・ナウが10月22日に発表した衆院選政党アンケートで、自民党は「母体保護法における人工妊娠中絶の配偶者同意要件の廃止については、個人の倫理観、家族観等に関わる問題であり、国民的な合意形成が必要と考えています。また、刑法の堕胎罪は、胎児の生命を保護するものであり、その存廃をめぐっては慎重な検討が必要と考えています」と回答しました。
福田さんがジュネーブで聞いた日本政府代表の答弁のロジックも全く同じだったといいます。
「1人1人価値観や倫理観が違うのは当たり前。でも、その価値観・倫理観が他の人の中絶の権利を侵害してはいけないと思う。育てられないが中絶はしたくない人には、出産して里子に出すなどの選択肢が保障されるべき。同様に、中絶したい人には安全な中絶への確実なアクセスが保障されるべきです。そういうシンプルな考え方でいいのではないでしょうか?」
アクセスが悪く使われないから中絶薬は不要?
「日本の中絶」の著書があるRHRリテラシー研究所代表の塚原久美さんは9月28日、厚生労働省、こども家庭庁、日本医師会、日本産婦人科医会あてに要望書を提出しました。タイトルは「経口中絶薬メフィーゴパックのアクセス改善について」。
経口中絶薬は2023年4月、日本で承認されました。1988年にフランスで承認されてから35年も経っての承認です。しかし、母体保護法指定医の管理の下、入院で服用するなどの制限がつき、中絶にかかる費用は10万円と諸外国の数十倍で使用は広まっていません。こども家庭庁が2023年5月〜10月、薬による中絶435件を調査したところ、重篤な合併症は認められませんでした。一方、薬による中絶は同期間の全中絶件数の1.2%にすぎません。依然として母体に負担が大きい搔爬法を用いた手術(吸引法と併用を含む)が約半数を占めています。
9月25日の薬事審議会では中絶薬の病院外来での処方が認められ、「患者の自宅が医療機関から16km以内であれば服用後に帰宅してもよい」など、条件が緩和されました。一方、無床診療所での取り扱いについては専門家部会に差し戻されました。こども家庭庁の調査期間外に有害事象が複数認められた、というのがその理由です。
塚原さんは「承認から1年半経っても中絶薬について国民向けの適切な情報提供はほとんどされていない。避妊用のピルと同じように、アクセスが悪いために広まらず、使われないから日本人には不要とされてしまうのではないか」と危惧しています。
117年前から変わらぬ堕胎罪
日本では刑法・堕胎罪によって、「薬物その他の方法により中絶した女性は1年以下の懲役に処す」と定められています。堕胎の処置をした人も罪に問われますが、妊娠の相手方の男性は罪に問われません。この刑法は117年前から変わっていません。
一方で、戦後まもない1948年、優生保護法が制定され、堕胎罪の例外として欧米諸国に先駆けて中絶が許可されました。不良な子孫の発生を防ぐという優生思想に基づく法律でしたが、ゆるく運用され、経済的な理由での中絶を認めたことから、日本は「中絶が禁止されていない国」のように表面上は見えることになりました。1996年に優生保護法が母体保護法に改正された時も、堕胎罪は廃止されず、配偶者同意規定も見直されませんでした。
胎児保護⇒少子化対策にシフト
実効性がないのになぜ堕胎罪は廃止されないのか。塚原さんは国会答弁から理由の変遷を探りました。
1952年2月27日、法務府検務局刑事課長の神谷尚男氏は堕胎罪の保護法益(法律が何を守っているのか)について、次のように答えています。
「胎児に対して保護を与えるという面が非常に強く出ておるのではないかと思うのであります。この裏付としましては、キリスト教的な精神乃至はそれに伴いまするヒューマニズムの観念があるのかと存ずる……その次に母体の保護ということもありましょう」
しかし、出生率が1.57と戦後最低となった1990年には、「母体の保護」がするっと消えてしまい、「胎児の保護」が前面に出てきます。
1990年4月24日、法務大臣官房審議官、東条伸一郎氏の答弁。
「堕胎罪の保護法益は第一にはやはり胎児の生命あるいは身体の安全、これから人間になっていくものの命を守るという観点」
さらに、時代が下ると、堕胎罪の廃止が「性道徳の乱れ」を助長するという意見まで出てきました。
1995年4月27日、法務省刑事局長則定衛氏の答弁です。
「胎児もまた生命を持つものとして保護する必要があるということ、その軽視はひいては人命軽視につながるというおそれがあるのではないか。それからまた、堕胎に関します処罰規定の廃止によりまして性道徳が一層乱れるおそれはありやしないか……国民意識としても一般的に堕胎を是認するには至っていないのではないか」
塚原さんは「胎児の権利保護はキリスト教由来。そもそも日本古来の考え方ではないことが答弁から見えてきます。一方で1990年以降は少子化対策の必要性に迫られると同時に、宗教右派の台頭により女性を特定の性規範に押し込め、女性の権利自体が否定されてしまった」とみています。
中絶自由化は世界の潮流
リプロダクティブ・ライツ・センター(本部・ニューヨーク)の調べでは、過去30年間に中絶を自由化する方向で法改正を行った国は60カ国超。中絶禁止の方向で法改正を行ったのはわずか4カ国にすぎません。
日本では堕胎罪が存置され、中絶を指定医師に限定している母体保護法のために経口中絶薬など安全で女性自身が決められる中絶法が普及しない状況が続いています。
「その点で世界の潮流に逆行していることは間違いない。日本では女性のリプロダクティブヘルスライツが認められていない。結局、政治家も医者も、女性に生殖の自己決定権を渡したくないんです。この状況を変えていかなければなりません」(塚原さん)
母体保護のために性と生殖を啓発?
各党の公約・政策集からSRHRに関するものを拾ってみました。
包括的性教育に触れているのは立憲民主党、日本共産党、れいわ新選組。
性と生殖の自己決定権(SRHR)に触れているのは立憲民主党、日本共産党。
日本維新の会は性と生殖に関する知識を啓発する、としていますが、その理由を「母体を適切に保護するため」としており、「すべての女性を母体として扱っている」ところがSRHR以前の問題です。アフターピルのオンライン処方を受ける女性は「母体」ではありません。
国民民主党は「生理の貧困」に対応するとしていますが、中絶には触れず。
社会民主党は出産、避妊、中絶の保険適用、無償化に取り組むとしており、避妊、中絶を出産と同列に位置づけています。
「女性の権利」に無理解な政党も
ヒューマンライツ・ナウの人権政策アンケートから「自己堕胎罪や、母体保護法の人工妊娠中絶の配偶者同意要件の廃止など、セクシュアル/リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(性と生殖に関する健康と権利)を推進することに賛成しますか?」について、各党の意見を抜粋して掲載します。
・自由民主党……(賛否答えず)母体保護法における人工妊娠中絶の配偶者同意要件の廃止については、個人の倫理観、家族観等に関わる問題であり、国民的な合意形成が必要と考えています。また、刑法の堕胎罪は、胎児の生命を保護するものであり、その存廃をめぐっては慎重な検討が必要と考えています。
・立憲民主党……(賛成)女性が自己決定権に基づき心身ともに健康で生き生きと自立して過ごせるよう、総合的に支援しなければなりません。国連人権理事会における勧告を重く受け止め、全ての人のセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツの早期実現を目指します。
・日本維新の会……(賛成)リプロダクティブ・ヘルス&ライツの方向性には賛同するが、個々の具体的内容について は国民的議論の中で検討していくことが望ましい。
・公明党……(賛成)「性と生殖に関する健康と権利(SRHR)」=「産む」「産まない」は全ての当事者が周囲の支援と共に決める権利であることの認知をすすめるとともに、すべての女性のSRHR が守られ、選択が可能な社会的仕組みを 整備する必要があると考えます。中絶手術について、未婚の場合は相手の同意が不要ということを周知徹底するとともに、SRHR の考え方にもとづいて中絶の権利は本人にあることを明確にして、配偶者の同意は不要にすることを目指します。また、「産む」選択をする場合には、母子を支援し安全に出産ができる環境を整え、育てられない場合には社会的養育につながるよう相談体制、支援体制を強化していきます。
・日本共産党……(賛成)子どもを産む・産まない、いつ何人産むかを女性が自分で決める基本的人権です。性と生殖に関する健康や、それについての情報を最大限享受できることも、大事な権利の一環です。
・国民民主党……(その他)女性が自己決定権に基づき心身ともに健康で生き生きと自立して過ごせるよう、総合的に検討する必要があると考えます。
・れいわ新選組……(賛成)「セクシュアル/リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(性と生殖に関する健康と権利)」は、女性の権利として認められるべきであり、推進すべきと考えます。(中略)厚生労働省は、DVなどで婚姻関係が事実上破綻し、同意を得ることが困難な場合に限って不要とする方針を示していますが、未成年や未婚者の場合、相手の男性や親の承諾がなく中絶ができないまま、産み落として殺人罪に問われるケースも後を絶ちません。女性が自らの健康と性と生殖に関する権利を確保するために、刑法堕胎罪と中絶における配偶者同意の要件撤廃は欠かせません。
・社会民主党……(賛成)子どもを産む・産まない、いつ何人産むかを本人が決定するリプロダクティブヘルス・ライツは基本的な人権です。母体保護法14条に示された「配偶者同意要件」撤廃も併せて推進するべきです。