女性は、子どもを産むために存在していると言いたいのだろうか? こう考え込まされる言葉に出会いました。「プレコンセプションケア」(略してプレコン)という言葉です。
プレコンは一言でいうと「女性やカップルに、将来の妊娠を考えて健康管理を促す取り組み」。いま、この取り組みに国が力を入れ始めており、地方の施策にも静かに浸透しつつあります。国や自治体が介入する公的なプレコンに対して、秋田県内の女性からは「なんだか怖い」という声、そして「プレコンの前にやるべきことがあるのでは」という声が聞こえてきます。
プレコンとはいったい何なのか
プレコンとはどのような考え方なのでしょうか。国立成育医療研究センターのホームページには〈コンセプション(Conception)は受胎、つまりおなかの中に新しい命をさずかることをいいます。プレコンセプションケア(Preconception care)とは、将来の妊娠を考えながら女性やカップルが自分たちの生活や健康に向き合うことです〉とありました。
また秋田県の公式サイトには、プレコンセプションケアについて〈女性やカップルを対象として将来の妊娠のための健康管理を促す取り組みをいいます〉とあり〈思春期世代の男女が将来のライフプランを考え、正しい知識を得て健康的な生活を送ることは、将来の健やかな妊娠・出産やより質の高い生活の実現につながります〉と続いていました。
そしてサイトには、女性が健康でいるための生活習慣として、以下の「6か条」が記されていました。
(1)適正体重を守る
(2)栄養バランスを整える
(3)適度に運動する
(4)禁煙する・受動喫煙を避ける
(5)アルコールは控えめに
(6)ストレスを溜め込まない
公的なプレコンに感じる「怖さ」
「プレコン、ヤバすぎると思います。とても良いことのようにして語られていることに、ヤバみを感じます」。秋田県内の女性Aさん(40代)はプレコンへの印象をこう語ります。
なぜ、公的なプレコンを「ヤバい」(危うい)と感じるのか。その理由についてAさんは「産むための健康な体っていう考え方が、私は一番引っ掛かりました。それと健康を押し付けられるのも、優生思想を感じて好きじゃないです」と話しました。
危うさを覆い隠す「デオドラント化」
秋田県内の女性Bさん(40代)は「(プレコンは)私も最近知った言葉ですけど、働く女性の健康についての講座に参加したとき、やたらと個人の健康管理について時間を割いていて『怖っ』てなりました」と話します。
特にどんな点を怖いと感じたのか。「やっぱり女性を産む機械とみなして管理しようとしているし、それをあたかもいいことみたいにデオドラント化(防臭加工)していることが一つ。それと、結局は国力のための動員しか考えてないんだなということ。根底に絶対、優生思想があると思います」(Bさん)
ちなみに秋田県には、すでに産官学連携のプレコン事業の実績がありました。そのサイトには、次のような記述がありました。
急激に進む少子化は大きな問題となっている。その原因は様々議論されているが、①女性の社会進出という社会の前進に、女性の健康支援が追いついていないこと、②ライフプラン設計と関連付けた性教育がほとんど行われていないことも、大きな要因であると考えられる
まるで女性が「原因」であるかのように
「まるで、人口減少は女性の責任と言わんばかりに聞こえます」。秋田県内の女性Cさん(50代)は、国や自治体が介入する公的なプレコンについてこう印象を語ります。「プレコンとやらを広める前に、もっと、すべきことがあるように思います。今の社会では、不安が絶えず、もしくは生活が成り立たず、とてもじゃないけど子どもを持つなんて考えられない、という人も多いのではないでしょうか?」
「健康を気遣う優しさ」の衣をまとっているプレコン。ですが、公的事業としてのプレコンの根底には「人口政策(少子化対策)」があります。地方が税金を投じて行う「官製婚活」や「若い女性の地元定着」と同じ流れ――女性を「母体の予備軍」とみて結婚・妊娠・出産に誘導する流れ――にあるといえるのではないでしょうか。
このような流れを、国や地方が批判を受けることなく作っていくと(つまり「良い事業」として広まっていくと)何が起きるでしょう?
「選択の自由を尊重しています」という体裁(つまり強制はしていないという体裁)を取りつつも「女性は母体になりうることを思春期から意識すべき」「それが望ましいあり方である」という空気を、醸成してしまうのではないでしょうか。その空気が学校、地域、家庭に至るまで浸透したら、どうなるでしょう。人権と自己決定権はどこかへ行ってしまうのではないでしょうか。あたりまえの自己決定すら「わがまま」などと言われかねません。今でさえ、そうなのですから。
「不平等こそが課題」
性と生殖に関する健康と権利(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ=SRHR)の保障に取り組む国連機関「国連人口基金」は「世界人口白書2023」の発表に寄せた文章のなかで、次のように記しています。
あまりにも長い間、女性一人当たりの出生数などの数字に固執するあまり、女性たちが何を望むかに耳を傾けずにいました。今こそ、人口データ以外の問いに目を向けましょう。不平等こそが課題です。それは権利と選択の問題です。誰が享受することができていて、誰ができていないのでしょうか?(略)出生率を問題視することでは、世界における最も深刻な課題を解決することはできないでしょう。問題視されるべきは不平等です
どうせ国や自治体の力で広めるのなら、こういう前提こそ、もっと広めてほしいと思います。
人権をベースに議論しなければ
秋田県内も議会シーズンです。人口減対策が頻繁に議題に上がっていますが、国連人口基金がうたう「性と生殖に関する健康と権利(SRHR)」をベースに発言している議員、首長、自治体幹部は、果たしてどれくらいいるでしょう。
「そういうベースがあるのとないのとでは、全然違います」。地元の議会で、人口減をめぐる質疑を傍聴した女性Dさん(20代)が語ります。政策を論じ、決める人たちにはSRHRの視点をベースにもっていてほしい、とDさんは考えています。どうしても人口対策を論じるのであれば、そのベースが必要不可欠ではないでしょうか。人口問題は、人間、人権の話だからです。
「子どもを産み育てたい」といった個人のニーズにこたえ、民間企業が婚活アプリを提供したり、病院がプレコンセプションケアに取り組んだりすることと、そこに国家や自治体が積極的に介入していくことは、まったく次元の異なる話です。公的なプレコンセプションケアの高まりは、女性たちの声にあるように「怖い」ことだと感じます。むしろ国や自治体は、そこかれら手を引くべきだと思っています。優生保護法を生みだし、法の下に人権と命を奪い続けた日本の歴史を考えたら、なおさらです。
プレコン、人口対策の前に
「プレコンを広める前に、もっと、すべきことがあるように思う」というCさんの投げかけは、大事だと感じます。それこそ、さまざまな知恵を出し合って考えていくべきことと思います。
「財源の使い道の見直し」もその一つです。
たとえば秋田市では、プロスポーツのためのサッカースタジアムを建設する計画がずっと議論されています。建設費用は90億円を超すともいわれ、いったん造れば維持管理費もかかります。これは果たして本当に必要な施設なのか、建設して秋田市の財政は大丈夫なのか、と感じます。県議や市議からは「本当はスタジアム建設自体に反対だが、怖くてなかなか口にできない」という声を聞くことがあります。「スタジアムをやめる」という考え方は半ばタブーになっているようです。
財源の議論は、どういう社会を目指すのかという議論でもあると思います。今回取材した秋田の女性たちからは「望む社会」として、こんな声が寄せられました。
「稼ぐことじゃなく一人ひとりの生活の充実を大事にしたい」「個人の幸福(人権)を大事にしたい」「経済成長じゃなく個人のQOL(生活の質)を上げること」。これらは「人口の維持」なくして実現できない――という人口神話を、そろそろ覆していきませんか。
【参考資料】
・こども家庭庁サイトhttps://www.cfa.go.jp/councils/preconception-care
・国立成育医療研究センターのホームぺージhttps://www.ncchd.go.jp/hospital/about/section/preconception/
・秋田県の公式サイトhttps://www.pref.akita.lg.jp/pages/archive/77527
・神奈川県の公式サイトhttps://www.pref.kanagawa.jp/docs/cz6/cnt/f532164/index.html
・国連人口基金駐日事務所サイトhttps://tokyo.unfpa.org/ja/news/swop2023_launch_statement