18歳で投票 抱いた疑問が出発点
「生活に一番身近な地方議会へ、自分たちの代表だと思える人を送り出す一歩にしたい」。11月2日、東京・虎ノ門のオフィス街の一角で開かれた講座で、政治の場のジェンダー平等に取り組むFIFTYS PROJECT(フィフティーズプロジェクト)代表の能條桃子さん(26)は参加者に語り掛けた。講座は、2027年の統一地方選に向けて女性候補者の擁立につなげる狙いで、今年度から初めて開催。この日は、全国から参加した9組約20人が地域課題やジェンダーギャップの解消に向けた取り組みを発表した。能條さんは「まずは地域社会に関心を持つ有権者のコミュニティをつくることが、候補者の擁立やその後の議員活動にとって重要だ」と力を込める。
能條さんは大学4年だった2019年、若い世代に投票行動などを通じた政治参加を促すプロジェクト「NO YOUTH NO JAPAN(ノーユース・ノージャパン)」を発足。22年には、4年に一度の統一地方選挙で主に20代、30代の女性候補者の擁立を目指す「FIFTYS PROJECT」を呼び掛け、多様な立場の政治家を増やす取り組みを続けている。30歳未満の議員が占める割合は市議会で0.9%、町村議会で0.3%。市区町村議会で女性が占める割合は17.6%(いずれも2023年調査)。「単に割合ではなく、それぞれの立場から社会課題を真剣に解決したいという意識の政治家を増やすことで、政治や政党の質を高めたい」と活動の意義を語る。
2016年6月の法改正で選挙権年齢が18歳以上に引き下げられた「元年」に、18歳を迎えた。慶應大経済学部に進学した同年7月、家族と一緒に参院選で初めて投票所に足を運んだ。しかし、周りの同級生に聞いてみると投票した学生は驚くほど少なかった。「将来は多額の納税者になる若い人たちが、税金の使われ方や選挙に意味を見出さなければ、最も困るのは社会的に弱い立場にいる人たちではないか」。地元で過ごした小学校時代、子どもながらに肌で感じていたひとり親家庭や経済格差といった影響は、進学する度に「階層にふるい分けられ、身近な問題から切り離されていった」ように思えた。真っ黒なリクルートスーツが大学構内を埋め尽くしていた大学3年の時、「このままでは答えは見つからない」との思いにかられた。デンマークにある若者のための社会教育機関「フォルケホイスコーレ」で学ぶため、1年間の休学を決めた。
デンマーク留学 「おかしい」と声を上げる力に
全寮制の施設では、主に有権者となる18歳以上の若者が芸術やスポーツ、哲学など好きな分野を学びながら民主的な思考や対話力を養う。中でも記憶に残っているのが、「体と性」をテーマにした授業。クラスメートがそれぞれ「男らしい」「女らしい」と思う服装に着替えて、感じた違和感について語り合った。自分自身にも無意識の偏見や思い込みがあることに気付かされ、「心の中にあった価値観が崩れていくような経験」だった。そして何より「自分がおかしいと思ったことに対しては、おかしいと声をあげていい」と背中を押された。
留学を終えて大学に戻った21年2月、ある「事件」が起きた。東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗元首相の「女性がたくさん入っている会議は時間がかかる」との発言が報じられた。森氏は直後に発言を撤回、謝罪したが、組織の任命責任や女性登用を巡る議論はなされないまま幕引きがされようとしていた。能條さんは海外留学中の友人らと共にオンライン署名を立ち上げ、発言は「明確な偏見」であり、五輪・パラリンピックに関連する意思決定の場で女性理事の割合を4割に引き上げることを求めた。
署名運動は1週間で15万筆を集め、森元首相は会長を辞任した。署名運動を一緒に呼び掛けた仲間たちと話す中で、「現状を変えるには、政治の意思決定の場に女性が必要だ」との思いが一致した。2022年夏、翌年4月の統一地方選挙に向けて20〜30代の女性、トランスジェンダー当事者の候補者を募り、ジェンダー平等の政策を共に進めるFIFTYS PROJECTを発足。プロジェクトを通じて計29人が都道府県議、市区町村議選に立候補し、24人が当選した。メディアの注目を集めた一方、能條さんにとって最も嬉しかったのは「選挙運動に携わったボランティアが候補者の当選を自分ごとのように喜ぶ姿」だったという。「こうした光景がもっと見られれば社会は変わっていける」。その確信がプロジェクトを続ける原動力になっている。
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被選挙権年齢引き下げへ提訴 若者が参加しやすい環境へ変化を
現在、もう一つの柱に据える活動が「被選挙権年齢の引き下げ」だ。23年の統一地方選では、能條さんを含む19〜25歳の男女6人は県知事選や市議選などに立候補を届出たが、年齢を理由に不受理になった。これを踏まえ、同年7月、国が被選挙権年齢を引き下げないことは、国民主権や法の下の平等を定めた憲法に違反するとの訴えを東京地裁に起こした。
「なぜ若者の投票率が低いのか」。これまで能條さんは、メディアからの取材を受ける度にそう問われ続けてきた。たどり着いたのは、「若い人の意識や関心の問題ではない」という答えだ。OCED(経済協力開発機構)38カ国中では、フランスや英国、韓国など過半数の国では被選挙権年齢は18歳以上だ。能條さんは「同世代の政治家もいなければ、若者に身近な課題はほとんど議論されない。若年層が政治に期待し、関心を寄せるために必要な社会環境へ向けた変化を少しでもつくりたい」と20代の目標を見据える。
地元の小学校で担任だった女性教諭の話が好きだった。朝は日直の児童が気になったニュースについて話すのが日課で、当番が回ってくるのを楽しみにしながら新聞に目を通した。家では親戚同士が集まる機会も多く、「自分の話を大人たちが喜んで聞いてくれたおかげで、新しいことをもっと知りたいという気持ちが沸いた」と振り返る。現在は、実家を離れて都内で暮らす。「(活動が)うまくいかなかったら帰っておいで、と言ってくれる家族の存在はやはり気持ちの上で大きい」と顔をほころばせた。
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能條桃子(のうじょう・ももこ)
1998年平塚市出身。慶應大経済学部卒、同大学院経済学研究科修士課程修了。デンマーク留学中だった2019年、参議院選挙に合わせてInstagram(インスタグラム)のアカウント「NO YOUTH NO JAPAN」で、選挙や投票に関する情報発信を始めた。20年7月に一般社団法人化し、情報発信のほか、若者の声を政治や行政に届ける企画運営などを手掛けている。22年8月、政治分野のジェンダーギャップ解消を目指し、20代・30代の地方選挙への立候補を呼びかけるFIFTYS PROJECTを進める一般社団法人New Sceneを設立し、代表を務める