「被害者が声を上げたこと後悔させない」 大阪地検の元検事正による性加害事案で5万8967人の署名を法務省、最高検に提出

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元検事正による女性検事への性暴力。ひとりにさせないと、支援する会が法務省や最高検に署名を届けました。

(この記事には、性暴力に関する具体的な描写が含まれます。お読みになる際にはご注意ください。)

大阪地方検察庁の北川健太郎・元検事正による、女性検事への性加害事件をめぐり、「女性検事を支援する会」が1月27日、法務省、最高検察庁、大阪高等検察庁に、厳正な処罰を求める5万8967人の署名を提出しました。同日、東京の司法記者クラブで行われた記者会見には被害者の女性検事も出席し、「これは組織全体の問題。個人間の問題として矮小化しないでほしい」と訴えました。

事件の概要
大阪地検の検事正だった北川健太郎氏は2018年9月、酒に酔った部下の女性検事を自宅官舎に連れ込み、長時間の性的暴行(レイプ)をはたらいた。途中、帰宅しようとする女性検事を押しとどめ、「これでお前も俺の女だ」と言って、性暴力を続行したという。北川氏が辞職せずに検事正職にとどまったため、女性検事が「上級庁に被害を訴える」と言ったところ、自死をほのめかして脅迫し、口止めしたという。
北川氏は19年11月に退官し、弁護士登録。女性検事は24年2月に刑事告訴し、大阪高検は同年6月に北川氏を逮捕、7月に準強制性交罪で起訴した。北川氏は10月の初公判で「争うことはいたしません」と罪を認めたが、12月、主任弁護士が記者会見を開き、次回公判で無罪を主張すると発表した。
一方、女性検事はPTSDによる休職を経て24年9月に復職したが、同じ部署にいた副検事が北川氏らに捜査中の秘匿情報を漏洩するなどの捜査妨害を行っていたことが発覚。10月から再び休職を余儀なくされている。女性検事は10月、副検事による捜査妨害や自身への誹謗中傷をめぐり、刑事告訴した。

「女性検事を支援する会」は1月12日に、オンラインで署名活動を開始。2週間で性被害者の支援活動に携わる人をはじめ、弁護士、大学教員、記者、学生ら6万人弱が賛同しています。

署名で求めたことは次の2点です。

・検察庁・法務省に対して、北川被告人と副検事を厳正に捜査し、真相を解明することを求めます。
・裁判所に対して、北川被告人に長期の実刑判決と、副検事に厳正な処罰を求めます。

検察組織の問題として真摯に受け止めて

署名提出に際し、法務省、最高検察庁は当初、「個別の事件についての署名を直接受け取らない」と拒否していました。支援する会が「女性検事への安全配慮を欠いた人事、ハラスメントなど検察組織と、それを監督する法務省の問題である」と交渉を重ねた結果、受け取りに応じました。27日午前、東京・法務省内で法務省2人、最高検2人の職員が、支援する会の3人と女性検事の代理人である奥村克彦弁護士から、署名簿を受け取りました。

支援する会の山崎友記子さんによると、「組織の問題として真摯に受け止め、きちんと対応してほしい」という要望への直接の回答はなかった、といいます。会は、法務省、最高検の回答を求めるとともに、今後も署名活動を続け、大阪地裁への提出を目指しています。

同会の酒井かをりさんは「この性被害とハラスメントが、仕事の場で起きている、仕事の関係で起きていることを重く受け止めてほしい」と話しました。

「職場で起きたことだからこそ声を上げづらい。仕事を失うことは収入、キャリアを失い、生命にかかわる。性加害はすべてに繋がっている。その根を絶たなければいけない。検察がそれをできないのであれば、私たち国民は、被害にあったときに何を頼りに訴えることができるというのでしょうか?」

法務省、最高検察庁に署名を提出した「女性検事を支援する会」のメンバーら=法務省前

「捜査や公判に協力したくないのか」と口止め

女性検事は昨年10月と12月に大阪で記者会見を開き、自らの被害、副検事による名誉毀損や証拠隠滅、北川氏が無罪主張に転じたことについて意見を述べてきました。3度目となる東京での会見では、検察から代理人弁護士が口止めとも取れる圧力を受けたことを明らかにしました。

「つい先日、大阪地検幹部から代理人弁護士に、脅迫とも取れる口止めがありました。私が所属する大阪地検の上司です。検察官が捜査で得た証拠の内容や、副検事による捜査妨害について、私が会見で発言していることを問題視しており、『被害者が公の場で発言するということは捜査、公判に協力したくないということなのかと思ってしまう』と言いました。私自身への懲戒処分も匂わせました」

奥村弁護士によると、被害者参加人として裁判の証拠を開示してもらうことは許されていますが、その際には確約書を取られます。証拠は「被害者参加人としての活動」「損害賠償請求」の2点の目的についてのみ使用することができ、目的外使用はできないというもの。検察からは、記者会見の場での発言は確約書違反であるという指摘があったといいます。奥村弁護士は「我々としては使用が許される範囲と考えている」と話しました。

女性検事は「当初、副検事が捜査妨害行為をしているとは知らずに確約書に署名した。もし捜査妨害をしていると知っていたら、副検事を公の場で告発していたと思う。形式的な違反を問うて、『検事としての職責を問う』と被害者に言うのは脅迫に等しい。私が捜査妨害をするわけないのを知っていて、『捜査・公判をやってほしくないのかと思う』という発言は被害者に対する脅しにしか聞こえない。被害者に対して、強い権力を持って口を塞ごうとするひどい行為だと思っている」と訴えました。

その上で、「私自身、今回そう言われたことで萎縮してしまい、詳細を語れなくなりました。他の人にも注意してくださいと言わざるを得ない。国家権力の暴力だと思う。本当に許せません」と話しました。

副検事と同じ職場への復帰は「安全配慮義務違反」

副検事への捜査は進まず、懲戒処分もないまま、今も大阪地検に在籍しています。職場復帰にあたり、捜査妨害の事実を隠したまま、副検事と同じ職場に女性検事を置いたことについて、支援する会は「職場での安全配慮義務違反」にあたる、と指摘しています。

女性検事は職場復帰直後の状態について、「検察はPTSDで苦しみながら職場復帰をしようとしていた私を、副検事のいる職場に復帰させた。副検事を異動させることすらしなかった。私は何も知らされていないので、迷惑をかけて申し訳ない気持ちでいました。公判が控えているので副検事と接触しないようにといわれ、同じ階のエレベーターも女子トイレも使わず、服務室に引きこもっていました」と話しました。

「その間、副検事は検察庁内やOBに、金目当ての虚偽告訴、詐病だと言いふらし、ひどい被害内容の詳細まで漏洩させ、事実無根の中傷までしていた。私を孤立させ、辞職に追い込もうとしていたのだと思います。起訴前にもかかわらず、大阪地検から遠く離れた、法務省、司法研修所にまで私が被害者だということが広まっていました。夫の個人情報まで広まっていました」

「安全配慮義務を欠く配置をして、私をセカンドレイプに合わせたのか。何度も聞いても、誰に聞いても答えてくれない。最高検は沈黙です。副検事の捜査妨害を知って、異動を求めても、『何が怖いの?』と一蹴され、検討すらしてくれませんでした。副検事の所属は今も大阪地検のままです。懲戒処分も受けていません。こんな検察により性犯罪事件は適正に捜査されているのか、と国民に疑念を持たれることになると思います」

署名について説明する「女性検事を支援する会」の山崎由記子さん=司法記者クラブ

検察庁、性被害についてのヒアリング行わず

検察組織による事件の隠蔽や矮小化が国民の安全、安心を揺るがす事態になっていることについて、検察自体が気づいていない——そんな組織の体質について、女性検事は危機感を抱いています。

「唯一の起訴権限を持つ検察官のトップに立つ検事正が性犯罪をし、副検事が隠蔽した。そうした検察が国民の安全を守れるのでしょうか?私は検事だから、ここまで闘ってこられた。新たな性犯罪を生み出すことになりかねないという危機感を私自身が持っているんです。国民の安全を検察は正しく守ってほしいという思いが集まってこの署名につながったんだと思います」

「私が昨年2月に訴えた後、検察庁は、他の性被害について検察官へのヒアリングを一切行っていません。検察庁は公にアナウンスメントやコメントをしていません。内部に対してもアナウンスがありません。あったのは箝口令だけです」

「内部には私と同じような気持ちでいる職員もいると思いますが、誰も何も声を上げられない。大多数の職員は命がけで仕事をしているのに、組織がこんなにも職員を守らないのかと不安に思っているのです。組織の問題として受け止めない。検事総長は『たいしたことでない。検察組織の運用に影響はない』と言い放ったと聞きました。私との面談も拒否しました。第三者委員会も再発防止策もないでしょう。個人の問題と矮小化して終わると思います」

外部相談窓口の設置を

女性検事は、外部相談窓口の設置も検討してほしいと求めています。

「検察内部のハラスメント委員会に訴えても、人事に直結するので申し立てはつぶされてしまう。今後同じ職場になる可能性を考えると訴える側も強い懲戒処分を求められない。検察の体質としてパワハラやセクハラが横行している。すごくゆがんだ組織だと思います。北川被告人は検察時代、監察指導部長という職員の違法行為・不適切行為を監察するトップだった。彼には万能感があり、誰にも咎められないという認知の歪みがあったのではないでしょうか」

「外部に相談窓口があるといいと思う。検察内部で処罰されない体制が許されてしまうと、また次の被害者を生んでしまう。検察はその種を残したままだと思います」

記者会見で被害を訴える際、女性検事は時折涙ぐみ、マスクを抑えた=司法記者クラブ

「被害者に伴走して最後まで戦い続ける検察官でありたい」

被害者として話します、と前置きした会見でしたが、最後に検察官としての思いも話しました。

「検察の理念には被害者保護が掲げられている。犯罪被害者の尊厳と正義の回復のために私たちは力を尽くさなければならないと書かれている。性犯罪の被害者は重篤な被害を受けて長く苦しみます。令和5年の刑法改正時に、国会の法務委員会が附帯決議で捜査、公判を通じて被害者に寄り添うようにと書いています。今の最高検の幹部らの対応はこれらの法律や附帯決議などに相反する。そんな対応は法律に反してまずくないのかと訴えているんです」

「被害者は孤独で、ひとりで抱えてきて、それでもたまらなくなって被害申告をしてくるわけです。申告を受けた側は全力で受け止めて被害者に伴走して最後まで戦い続ける。それこそが検察官のあるべき姿だと思っています」

「私は被害者として、ずっとつらいことを訴えている。検事である被害者なんですよ。この二つは切り離せないと思っています」

「判決では、社会的影響力の大きさが不利な事情として書かれることがよくあります。この事件は被害者を守るべき立場の検事正が行った犯罪であり、社会的影響力が大きいと証明をしたいという思いはある。民意で重い処罰にしてほしいということではなく、社会的に影響力があり、性加害事件に関する悪影響がとても広がっているんだよということの立証に、この署名を使っていただけたらと考えています。検察庁に今伝えたいことは、『ちゃんと捜査してください、国民も怖いと思っていますよ』ということです」