すべての人が自分らしく働き続けられる社会へ 〜性別役割分業の障壁とは〜 北大准教授 駒川智子さんインタビュー

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ジェンダー平等と企業成長のベクトルは同じだと思う

  働き続ける上でのキャリア形成について、「配属」「賃金」「離職・転職」などの過程ごとにジェンダーの視点を用いて分析した「キャリアに活かす雇用関係論」(世界思想社)が1月に発刊された。すべての人が自分らしく働き続ける社会を実現するための障壁とは何か。3月8日の国際女性デーを前に、編著者として出版に携わった北海道大学大学院教育学研究院の駒川智子准教授にインタビューした。(生活ニュースコモンズ編集部)

「女性が働くこと」をきちんと書いた本がない・・・

――書籍は15章で構成されており、全国の経済学、政治学、経営学、社会学、教育学の専門家13人が執筆しています。先生のほか、もう一人の編者は女性労働の研究者として知られる埼玉大学大学院教授の金井郁さん。この本を出そうと思った狙いは。
駒川さん)私自身が、学生に『働くこと』に関する授業をする中で、いいと思うテキストがなかったことがきっかけです。労働に関する本は男性を標準に書かれているものが多く、その中のコラムなどでやっと女性活躍という言葉が出てきたりする。女性は付け足しなんですよね。女性が働くというのはどういうことかがきちんと書かれていないのがいつも不満でした。
一方で、男性だからこそ背負わされている重圧についてもきちんと書かれていない。日本の男性は長時間労働をするとよく言われますが、その背景には性別役割分業があり、妻が専業主婦で家庭を支えているからですよね。だから制約なく男性は働ける。その根本の課題に触れている本がないなと。であれば、徹底的にジェンダーの視点で分析した本をつくろうと思いました。企業の人事の人が読んでなるほどと思う本ではなく、働く人の目線で、今の雇用管理について学べて、なにをどう変えていく必要があるか考えられるような本になったと思います。

学生に社会に出る前に読んでもらいたい
就活から始まる成長物語

――著書のキャッチフレーズに「就活から始まる成長物語」とあります。学生に社会に出る前に学んでほしいことをまとめたということでしょうか。
駒川さん)そうです。学生を無防備なまま社会に出さないようにするのは教員の責任だと思うんですよね。学生にとって就活は最も大切なことの一つ。でもワークルールを知らないから、企業のいう通りにしなければいけないと思っている。知識があれば職場を変えられるし、会社が間違ったことをすれば是正を求めることができる。学生たちにそうしたキャリア観を身につけてほしいと思っています。そういう意味では社会に出る直前の大学がチャンスかなと

データ通じて性別役割分業の根深さ浮き彫りに
ジェンダー視点で分析

――著書にはところどころに男女別のデータが盛り込まれています。例えば、第3章の「賃金」だと「一般労働者の正社員・正職員」「短時間労働者」に分けてそれぞれ男女の賃金、労働時間、時給について触れています。第8章の「管理職」でも管理職従事者の男女別の割合を諸外国のデータとともにつまびらかにしていますね。日本の女性管理職の少なさは諸外国の中でも一目瞭然でした。

同じく編著者の埼玉大学金井郁教授

駒川さん)労働現場で男女格差が大きいことはみなさん知っていると思うのですが、実際にどれぐらい違うのかはデータで客観的に示さないと改善策が見つけ出せない。女性がいかに働きにくい社会であるかを知ったうえで学生たちに社会を変えていく必要があることを認識してほしいと思いました」

働きがいのある人間らしい仕事とは
ジェンダー平等に基づく雇用管理見直しへ

――著書には何度もディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)という表現が出てきます。
駒川さん)採用、賃金、労働時間、配置転換、ハラスメントなどすべての面から、ディーセントワークを実現するにはどうするべきかを考える必要があると思っています。男性だから、女性だから、非正規だから、正規だからという属性で区切るのではなく、すべての人がその人らしさを大切にしながら働き続けられる社会がゴールです。そのためにはまず性別役割分業を見直す必要がある。男なんだから、女なんだからと区切るのではなく、ジェンダー平等の考えに基づき、雇用管理を見直していくべきです。今、日本にはこれを実現できていない企業がたくさんありますが、この先はこうした企業は取引先や消費者から支持されない。国際的に今やジェンダー平等は当たり前でこの視点を大切にしない企業は衰退していくと思うし、企業にはそうした危機感を持ってもらいたいです。特に若い人たちほどジェンダー平等の意識が強いことも知ってもらいたいです。
――この本の軸は、まずは雇用関係における知識を身につけ、それを実践の場で生かし、社会を変えてほしいということですね。いわゆる企業でどう生きていくかというようなハウツー本とはちょっと違う。
駒川さん)そうですね。そこは意識しました。いわゆる指南書は現状を前提にして、今の障壁をどう潜り抜けていくか、どううまく立ち振る舞うかという本だと思います。でも、この本は労働の中で自らの経験を通して、おかしいと思うことに気づき、それを是正できる知識と勇気を身につけてもらうためのもの。思考力を鍛えられる本です。

女性が自分を縛るような働き方に終止符を
「道端の石ころをどけて、砕く作業」が必要

――3月2日には執筆者のみなさんによるシンポジウム「『キャリアに活かす雇用関係論』を読んで・使う ジェンダー視点を貫く授業」がお茶の水女子大学で開かれました。
駒川さん)性別、年齢を超えて多くの人が興味を持ってくださり、オンライン含めて約100人が参加してくれました。最後の質疑応答の中で、働く中で受けた女性差別について話してくださる方もいましたし、コメンテーターからは『もうちょっと早く本書の内容に出会えていれば20年間自分を責めなかったのに』と語った人の声も紹介されました。つまりこんな処遇になったのは私自身が悪いと自分を責めている人はたくさんいるんですよね。でも、頑張っても評価されないのは社会の構造や仕組みの問題で、その人個人の問題ではない。社会の限界なのです。まずは性別役割分業を残した、女性が自分自身を縛るような働き方しかできない仕組みを変えなくてはならないと思います。
道に石ころがあって、その石をどけていく作業って結構大変じゃないですか。しんどいから、面倒くさいから、その石を飛び越えていけばいいんだよっていうことだけを教えられたら、結局問題は残ったまま。その石をどける作業や少しずつ砕いていく作業をこの本でみんなと一緒にしていきたい、そんな思いで作りました。この本を読んで、女性だけでなく男性も含めて多くの人に自信を持ってもらいたいし、自分らしく働くための手助けができればうれしいです。

2月に出版された「キャリアに活かす雇用関係論」

「キャリアに活かす雇用関係論」(世界思想社) 2200円(税抜き)、大手書店、ネットで販売中
こまがわ・ともこ
北海道大学大学院教育学研究院准教授。一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得修了。修士(経済学)。著書に「女性と労働【労働再審③】」(共著、大月書店)など。

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