DVや性暴力、予期せぬ妊娠、不安定な働き方や経済的な苦しさなど、女性たちが直面する問題はさまざまで、複数同時に抱えることもあります。これらの問題は「個人的なこと」ではありません。「女性をとりまく社会構造の問題」なのです。
こうしたなか、4月から、女性の人権が守られ、安心した暮らしを送れるよう、女性のための新しい法律がスタートします。どんな理念のもとに生まれた法律なのか。支援を行う現場にはどんな課題があるのか。苦しい立場に置かれた女性たちが必要とする支援とはどういうものなのか。今日からシリーズでお伝えします。
第1回「雇用が安定しないと支援は生きない」脆弱な相談現場
女性たちを支援する際に要となるのが「相談員」です。これまでの「婦人相談員」が名前を「女性相談支援員」に変えてその役割を担います。人員不足や不安定な待遇などの問題がずっと指摘されてきましたが、法のスタートに伴って、改善されるのでしょうか。
東京都内で10年近く働く相談員と、西日本で8年間務めていた元相談員の訴えです。
こちらの動画をご覧ください。
4月に始まる「困難な女性支援法」とは?
今年4月に「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」(以下支援法)が施行します。 支援法は女性の福祉をよりよく進めるため、人権擁護の視点から、女性の福祉の専門家らによる検討会の意見を踏まえて、政府が法律案を作り、2022年5月の通常国会で可決されて 成立しました。この法律は、女性であることによって、性差別や偏見などから、暴力や性暴力・性犯罪被害、DV(ドメスティックバイオレンス)、貧困、性的搾取や妊娠など、さまざまな困難を抱える女性を支援するために作られました。もともと女性の支援については、1957年に施行された売春防止法による「婦人保護事業」という名の下、売春をする女性に対する保護や更生を目的にした女性支援が行われてきました。
しかし、支援の現場からこの売防法だけでは女性が抱えるさまざまな問題への対応には限界で、新しい支援の枠組みが必要だという考えが出され、そのようなニーズに応える支援法が作られ、売防法の条文から女性に対する「補導処分」「保護更生」が削除されました。支援法では、若年女性が抱える問題に対応できるよう、専門的な支援をさまざまな角度からできるようにすることや行政と困難を抱える女性の支援を行なっている民間団体と行政が連携し、切れ目のない支援を行うことを目指しています。
また、この支援法の実施に合わせて、実際に困難を抱える女性の相談を直に受ける市区町村の婦人相談員を「女性相談支援員」 と呼び名を変え、待遇改善などを行なってより充実した支援活動が行えるよう、国の予算がつけられました。そして各都道府県が、支援者や支援組織による女性支援について、目標や進め方などを盛り込んだ基本計画案を作り 、今年4月には予定通り実施する方向で準備を進めています。
施行前の基本計画に不安の声
困難女性支援法が実際に始まる4月を目の前にして、女性を支援している現場からは不安や疑問の声が上がっています。その声はさまざまで、基本計画について話し合う会議の議事録が原則的に非公開で具体的な中身が見えない▽実施するにあたって、相談窓口になる市区町村での女性相談支援員の機能の拡充が具体的にわからない▽民間の支援団体との連携についても具体的な方法が見えない――などです。
雇用が安定しないと支援や法律は生きない
2020年まで8年間、西日本の市で婦人相談員を務めてきた藍野美佳さん(55)は指摘します。
「女性の相談を受ける婦人相談員たちが会計年度任用職員という1年ごとに契約更新する非正規で雇われている。婦人相談員の生活や雇用に安定がないと支援や法律は生きないと思う。法律ができて広めましょうと言っても、その(女性が訴える)受け皿がズボンと抜けている気がします」
藍野さんは、自分自身がDV被害者で、配偶者から逃げて民間のNPO法人につながり、民間シェルターで3年間の有期雇用で働きました。その後も女性支援を志して、西日本の市の募集に応募し、子ども3人を育てながら、8年間婦人相談員として働いていました。
非常勤週30時間で手取り10万円
「当時は非常勤特別職という立場で採用されていたので、継続して婦人相談員の仕事ができました。しかし、週30時間働いても月額所得が14万6500円でした。そこから保険とか引かれるから手取りだと10万円でした。1日6時間働いて、そこからバイトに行っていかないと、食べられない。土日、仕事の後にバイトをしていて、自分自身の休みはありませんでした」
藍野さんは婦人相談員の仕事では生計が成り立たず、場合によっては、アルバイトの収入が婦人相談員の仕事での収入を上回ったこともあるといいます。アルバイトは相談の仕事が終わると、パチンコ屋の清掃、休みの日は他市の相談員のアルバイトをしていました。
疲労ピークで車の事故も
やりがいを感じつつも、過酷な労働に追われる毎日の藍野さんを危機が襲いました。
新型コロナの感染が広がった2020年の夏、藍野さんは1カ月で一度も休みを取れませんでした。その時に疲れ果てた藍野さんは車を運転し、電信柱2本に衝突する、命を失いかねない事故を起こしました。
「疲れ果てていても麻痺して気づきませんでした。瞬間的に寝ていたのか、バーンとぶつかったところで目が覚めました。目が開いた感じでしたね」
救急車に運ばれ、10日間入院しました。車の左半分が原型を留めておらず、右半身が打撲で動かなくなりました。子ども3人を抱えていて、医者のすすめより短い期間で退院しました。
藍野さんは不安定な状況でも専門性を培うための努力は怠らず、自費で書籍を購入し、研修を受けてきました。
さらに藍野さんは当時を振り返ります。
「暴力に晒されている人は、自己肯定感も低くなっているし、自分らしく生きていないし暴力の中で生きている人が多いです。こちらが決めるんじゃなくてその方自身が自分で自分の人生を決めて生きられるように話をしていく責任があります。殺されたり、自ら命を絶つ人も見てきました。そこにいかないようにするという責任を感じていました」
「自分自身にも精神的に負担もかかるし、その中でまたバイトに行かなきゃいけないという、絶えず時間との闘いみたいなものです。もっと給料も保障されて、身分も保障されていたら、もっと集中できたと思います。もっと相談につながる仕事もできたと思います」
相談員は8割が非常勤で1年更新
藍野さんが8年間働いた婦人相談員とは、女性支援法の中でどのような役割を果たしているのでしょうか。
支援法や売春防止法などで定められた女性の支援のため、困難な問題を抱える女性の訴えを直に受け止める役割を果たすのが、市区町村など自治体の福祉担当職員や福祉事務所や婦人相談所にいる婦人相談員です。支援法ができると、「女性相談支援員」という呼び名に変わります。この婦人相談員(女性相談支援員)が女性からの相談を受けて、都道府県の婦人相談所に繋いで、被害状況などを見ながら、一時保護施設や民間のシェルターでの保護へつないだり、自立支援などを目的に生活や心身のケアを行う婦人保護施設につないだりします。
支援法が施行されるというのに、この相談員 の待遇改善の目処は見えておらず、その多くは非正規のままです。もともと、婦人相談員は売春防止法で「非常勤」と規定されていたところ、2017年の法改正で、その規定は削除されました。しかし、非正規の常勤化は一向に進まず、改善の兆しはありません。国は長年、婦人相談員の専門性を重んじず、劣悪な労働条件は見直されてきませんでした。
東京大学大学院情報学環の研究グループ(小川真理子特任准教授ら)が2022年8月〜9月、全国の婦人相談員1500人を対象にした実態調査(586件回答、有効回答率39%)で、専門性、労働状況、報酬、業務上の困難などの現状と課題が明らかになりました。
調査結果によると、婦人相談員は40〜60代の中高年の女性が主な担い手で、8割が非常勤です。待遇面では約8割が1年ごとに契約更新をしていて、不安定な働き方をしていることがわかりました。21年度の報酬月額は16万円未満が3割で最も多く、20万円未満が全体の6割を占めています。
約半数の婦人相談員が、「労働時間や仕事内容に見合う報酬を得ていない」と回答。一方、約9割がやりがいを感じ、約8割が婦人相談員の業務に満足しているという回答でした。これらの結果から、婦人相談員の仕事に対する意欲の高さや熱心さが見られます。
不足している知識や経験を補うための方法として、自費での資格習得や通信教育受講、関係法令、施策等の資料を入手するなど自発的に自己研鑽を積む姿も垣間見えました。本調査結果を通して、業務に対する責任感を持ち、真摯に取り組む婦人相談員の姿勢が明らかになっています。
現場では増員する気が全くない
では、4月の支援法の実施に合わせて、相談員 の現場に変化はあるのでしょうか。
「やはり妊娠出産がらみの話と、性的被害を受けている方も多いです。女性だからこその支援は、私たちは必要だと思っています」
「(相談を)受ける人の数をまず増やさないと全然ダメです。現場が増員する気は全くないです」
東京都内の自治体で働く現役の婦人相談員 は、女性の支援に伴走する 婦人相談員 の役割の重要性を強調しました。しかし、その重要性とは裏腹に、現役の婦人相談員が働く環境は慢性的な人手不足。東京都内の都市部でも婦人相談員は2人態勢で、2人とも仕事で外出すると相談が受けられないケースも出てくる状況にあり、窮状を訴えています。
実際に国の資料では、相談員の配置実績として、20年度の婦人相談員約1500人に対して、相談対応件数は延べ約40万8000件(実数は約16万3000件)です。今回の法律改正では、国や都道府県、区市町村が、現場で相談を受ける婦人相談員に対して、研修の有無や経験年数に応じた手当を支給するなど、待遇については「テコ入れ」を行うことが決まっています。
東京都の場合、都の基本計画案によると、春から女性相談支援員とされる婦人相談員について、区市については在職年数が3年未満である人が全体の45・7%(102人)を占めています。給与が低くて働き続けられない現状が背景にあります。また、1年ごとに契約を更新する会計年度任用職員などの非正規雇用である人の割合が8割を超えているという現状です。しかし、都は、基本計画などにおいては、婦人相談員が抱える不安定雇用の問題について、非正規を減らして正規職を増やしていく抜本的な改善策を示しておらず、現場の相談員らは不満を募らせています。
新法でも婦人相談員の配置義務がない
東京都の福祉局子供・子育て支援部育成支援課 に対して、女性相談支援員(婦人相談員)の拡充などがあるかどうかについて尋ねると、同課は国の補助制度を生かして区市町村で相談 を受ける女性相談支援員への人材育成のために研修を充実させる予定だといいます。その研修カリキュラム作成などに来年度予算として約2000万円を計上しています。
一方、区市町村 に配置している女性相談支援員 はそれぞれの自治体の予算によって雇用されているもので、都は、特に人件費などは出さず、国と区市町村と連携する立場だといいます。都が区市町村 の女性相談支援員の配置に意見が言える立場にないということです。元々婦人相談員を配置する根拠となっていた売防法でも、婦人相談員の配置 については、都道府県は 義務付けられていますが、市区町村は努力義務で絶対的なものではありませんでした。今回の支援法でも結局、市区町村については努力義務のままで、配置義務は盛り込まれなかったのです。前出の現役の婦人相談員によると、自治体によって、婦人相談員の人数や配置の有無はバラバラで、統一されていない状況です。
24年度の国の施策や予算に対して行った都の提案要求の中に、以下のように支援法の実施に向けて、区市町村の女性相談支援員の配置を促す要求が含まれています。
相談支援員の配置については依然として努力義務となっている。区市町村において、各部署官が連携した支援を円滑に行うためには、女性相談支援員(婦人相談員)を専任で配置するなど身近な区市町村における相談支援体制を充実することが必要である
新しくできた支援法でも、結局、市区町村 における女性相談支援員の配置について、「必置」(必ず配置すること)とはせず、「努力義務」となりました。市区町村 の自主的な判断で人数も決めることが可能な状態が続いています。女性支援の事業を手厚くしようとしても、支援を行う女性相談支援員の待遇の悪さや人手不足のままでは、十分な支援ができないのではないか、と現場から懸念する声が上がっています。
これに対し、国として支援法や支援法に関わる事業を計画して担当する厚生労働省の社会・援護局の女性支援室によると、現在、基礎自治体である市区町村全てに婦人相談員が配置されていないため、この未配置の段階で、いきなり今回の支援法によって配置を義務にしてしまうと、多くの自治体で法令違反になる恐れがあるといいます。国としては女性相談支援員の採用促進のための補助金など制度を設けており、「国の基本方針で女性相談支援員(婦人相談員)の職務の重要性、必要性を認識してもらうようにしている」と説明しています。
また、国や都道府県は市区町村に対して指導する立場にはないため、市区町村が女性相談支援員として婦人相談員を配置するかどうかは、その自治体の判断に委ねられています。法律で義務として定めなくても、都道府県が作る基本計画や条例で配置基準などを定めることも可能で、各自治体の努力次第によるといいます。
基本計画は来年度から5年間で実施されるものです。女性支援法は、困難な問題を抱える女性の人権擁護、男女平等の実現に資するものとして、女性本人の意思が尊重されながら、安全にかつ安心して自立した生活を送ることを基本理念としています。法が施行されるまで1カ月もない中で、女性支援の実情を踏まえ、改善策を盛り込んだ計画の実施が期待されています。
生活ニュースコモンズが連載するシリーズ「困難な女性支援法の『困難 』」では、引き続き、この法律をめぐる女性支援の現場で起きている驚くべき「困難」な事実を掘り下げて、みなさんとこのテーマについて考えていきたいと思います。
(生活ニュースコモンズ・動画チーム、吉永磨美)