2013年からの生活保護基準額引き下げをめぐり、全国で1000人以上が原告となり争われた「いのちのとりで訴訟」。最高裁は2025年6月27日、引き下げは違法とする画期的な判決を下しました。にもかかわらず、厚生労働省は11月21日、新たな減額措置をとった上で、差額を支給するという方針を発表しました。再提訴を防ぐ意図で裁判の原告に対しては特別給付金という形で減額分を補填するなど、原告と非原告で差別的な取り扱いをしています。
原告団はこの間、すべての生活保護利用者に引き下げ前の基準額との差額の満額補償を求めてきましたが、一顧だにされていません。この措置に伴う補正予算案が国会に提出されたのを受け、12月9日、衆議院第1議員会館で原告・弁護団と厚労省の交渉が持たれました。
厚労省は交渉の席で、補正予算の算定根拠となる図を示しました。

- 最高裁判決で違法とされなかった「ゆがみ調整(2分の1処理)」を再実施。
- 最高裁で違法とされた「デフレ調整」(-4.78%)に代わり、低所得者(下位10%)の消費実態との比較による新たな「高さ調整」を-2.49%とし、実施。
- 原告については特別給付金として②の減額分を追加給付する。(10年以上にわたる訴訟の継続に留意し、当時の法定利率(年5%)に基づく金利相当分を上乗せする)
政府は2025年度補正予算案に1475億円を計上。内訳は保護費の追加給付に関する費用1055億円、支給事務に係る自治体への補助401億円、相談センターの設置等17億円、原告への特別給付に要する費用2億円です。
原告と原告以外の給付額に2倍の差
追加給付は1世帯あたり原告20万円、原告以外10万円となる見込みです。
原告側は、年明けに告示され今年度内に各自治体が行う差額支給について、集団で行政不服審査請求を行い、再提訴することを視野に入れて検討を進めています。
また、生活扶助基準が連動している就学支援や最低賃金など47の制度については、「中国残留邦人等に対する給付」「国立ハンセン病療養所等入所者家族生活援護費」「ハンセン病療養所非入所者給付金(援護加算分)」以外は追加給付を明言せず、「関係省庁に検討を依頼する」という表現にとどめました。
厚労省側はこの日も課長級以上の意思決定層の参加はなく、保護課総括調整官が対応しました。再発防止策についての言及はなく、上野賢一郎厚労相による原告らへの直接の謝罪についても、「タイミングを含めて検討する」というのみでした。
最高裁判決が求めた生活保護引き下げ処分の取り消しを履行せず、別の理由での再引き下げを決めた厚労省には、「三権分立をないがしろにしている」との批判も上がっています。原告団はこの日、法学研究者123人による緊急声明も厚労省に提出しました。
交渉後、原告団が開いた集会には対面とオンラインで320人が参加。生活保護利用当事者から、厚労省の対応への不満や抗議が噴出しました。
尊厳を傷つけられ、生活壊された
12月3日に高市早苗首相に代表質問をした木村英子・参議院議員(れいわ新選組)

障害者が社会の中で生きにくい現状を変えたくて議員になりましたが、生活保護の問題は議員になるまで何十年もの間、厚労省に対して仲間達とともに基準額のアップを交渉して参りました。その中で2012年、芸能人の家族を標的に生活保護利用者へのバッシングが展開されて、政治主導で保護基準の引き下げが打ち出されました。
そして、2013年から引き下げが断行され、生活保護利用者の命と生活を逼迫させた国の対応は当時、当事者であったものとしても断固、容認できません。
代表質問では高市首相に対し、生活保護基準引き下げの撤回と長年にわたり生活保護利用者の尊厳を傷つけたことに対し直接面談し謝罪する機会を設けること、そして当時の生活保護利用者全員への引き下げ額の全額補償を要求しました。
これに対し首相は「広く国民のみなさんにお詫び申し上げる。原告の皆様を含め対象となる方に丁寧な対応をして参ります」と答弁しました。
尊厳を傷つけられ、生活を壊されたのは生活保護利用者なのに、なぜ直接会って謝罪するとは答えなかったのか。謝るところが筋違いであり、私は当時の苦しい思いを思い出して悔しさに憤りました。また、引き下げ額の撤回や生活保護利用者全員への全額補償について政府の決定しか答えない。このような弱者切り捨ての政策は許せません。私は生活保護を受けてきた当事者の議員として国からの謝罪を求めます。そして生活保護問題の全面解決に向けてともに闘っていきたいと思います。
食べるものを削って灯油代にあてている
北海道訴訟原告・宮崎砂和子さん
私は病気のため働くことができず、現在は有償ボランティアで月2万円程度の収入しかないので、生活保護を利用し、知的障害がある息子と暮らしています。息子は現在、札幌市内にあるB型の作業所に通所しており、3万8000円程度の作業収入がありますが、そこから昼食代など引かれ、私の手許には1万円程度しか入りません。
2013年から生活保護が切り下げられる中で、息子は成人式を迎え、普段着ることがない背広をなんとか買ってあげた。それ以外はほんの少ししか援助できていません。若い子ですから欲しい服もあると思いますが、そんなゆとりはほとんどなく暮らしています。札幌は朝晩とても寒くストーブなしでは過ごせない。わが家の冬季加算は11月〜3月まで、2013年度は15万円だったが、現在は12万円6980円まで下がった。灯油の値上がりで1回の給油が4万円近くになり、冬季加算だけでは足りない。数年前灯油を抑えたところ、体を壊し通院がたび重なりました。食べるものを削ってでも灯油代にあてています。2013年からの引き下げで子どもにひもじい思いをさせなければなりませんでした。当時息子は20歳でした。私は恥をしのんで原告となり、訴えてきました。そして最高裁勝訴の判決を耳にした時には胸が張り裂けそうになりました。闘ってきて良かったと心の底から思いました。しかし厚労省の非道なやり方に触れ、心の底から怒りが湧いてきています。その思いを訴え続け、人間として人間らしく生きるためこれからもがんばりたい。
部屋の中でただ我慢 お地蔵さんみたいな毎日
青森訴訟原告・郡川恵美子さん
12月3日、仙台高裁で勝訴しました。判決後、今日一日はただ嬉しい気持ちで過ごしたいと思いました。青森からマイクロバスや新幹線で参加した50人の仲間たちと5人の弁護団、宮城県の方たちと喜びを分かち合って過ごしたいと思いました。「明日からまたがんばっていきたい」と思いながら吹雪の中、岐路につきました。最高裁判決にもかかわらず、国は保護費を減額したまま違法状態を放置し続けています。まともな対応をしようとはしていません。私は高裁で勝訴したので、生活保護利用者全員に対し、保護費を減額以前に戻し、遡及支給してもらえると思っていた。今年の冬はタオルも凍る寒い部屋ではなく暖かい部屋で過ごせる、湯船に入る回数を1回増やせると思っていました。勇気を出して原告になり、長い間がんばってきてよかったと思っていた。でも国は司法から過ちを指摘されたのに謝ることもなく、生命に関わる間違いを続けています。本当に腹が立ちます。
生活保護は貧困から脱却するための制度。でもどんどん苦しくなる。なぜこんなに貧乏なのでしょうか。食事も入浴もただただ我慢です。物価高の今、あれもこれもあきらめて、部屋の中でじっとしているお地蔵さんみたいな毎日です。
司法を軽視し、再減額の方針を出した厚労省に強く抗議し、生活保護利用者全員に一日も早く減額した保護費の全額を追加支給してください。
裁判で勝ったのに「負け犬の遠吠え」のよう
大阪訴訟原告・新垣敏夫さん

最高裁判決以降、私たちの要請に何一つ応えることない厚労省には、改めて怒りしかありません。私たちは生活と健康を守る会で原告以外の利用者と話をした時に、これはおかしいんじゃないかと、同じ被害を受けているのになぜ差がつくんだと、そういう話を聴きました。全額補償っていくらなんだと。2013年から再改定の5年間なのか、今日まで続いているのか、そこを知りたいという声がありました。私は「もう少し待ってくれ」という話しかできませんでした。
最高裁判決に基づく全額支給は当然として、このまま厚労省が何も答えてくれない現状で私たちの訴えが「負け犬の遠吠え」のような感じがしてきた。最高裁で勝ったのに、なんでこういうことになるのかと思っています。でも、改めて最後まで闘っていく所存です。
お米の値段は2.6倍 なのになぜ再引き下げ?
愛知訴訟原告・澤村彰さん

専門委員会を受けた決定事項として、2.49%の減額という新しい基準を設けると決定し、修正予算も入れた。生活保護法8条2項には、「最低限度の生活を満たすに十分なものであって、かつこれを超えないものでなければならない」とある。自分たちは引き下げによって食事が1食減って2食になりました。これを踏まえて専門委員会で論議し、なぜ引き下げ再改定されるのか。いま物価高ですよね。お米の値段は2.6倍です。
お金をもらってまた訴訟とか、文句を言いたくない。でももらわないと生きられません。これから第2次訴訟が始まるかもしれない。また審査請求から始まると思います。おかしいことはおかしいとずっと言い続けました。自分は報告集会に何回も立つたびに、長かった裁判、最高裁まで闘った長い時間を思い返して涙が出ます。また闘いがスタートするかもしれません。いまちょっと、感情が暴走している。一言だけいいたい。
裁判で勝ちました。厚労省はまだ抗います。国会議員のみなさん、追及してください。マスコミのみなさん、厚労省の対応、大きく報道してください。
デマで本当の苦しみから目を背けさせている
神奈川訴訟原告・高橋史帆さん

今日の午前中の交渉は完全に決裂し、次の裁判を始めることが今日、確定路線になってしまったと思う。原告も支援者も意志を固めている。この闘いというのは社会正義のための闘いですよね。みんなの命を守るための闘いを本当にしていると思います。恥をしのぶ必要などない。誇りを持って闘っていきたいと思います。
違法な再減額を押し通すための生活保護バッシングの煽り方というのは本当にひどくて、つい先日も「月35万円、生活保護に振り込まれている」というデマがありました。詐欺サイトへの誘導のために発せられていました。
「年金が少ない、生活保護はずるい」と言っている人に、「あなたも生活保護を受けたらどうですか?」と言ったら、生活保護利用者は高級車を乗り回しているというデマを真に受けていたのに、「車を手放さなければいけないから受けない」と矛盾したことを言う。嘘で鬱憤晴らしをして、本当の苦しみから目を背けさせることを政権がやってきている。それでは誰の命も守れない。失われる命が増えていく。力を合わせて命を守る闘いをしていきたい。
非原告の立場からの発言もありました。
子へのバッシングおそれ、原告になれなかった
北海道の荒川豊さん
札幌市の荒川豊です。狭心症と左足首が動かず、身体障害5級の手帳が出ています。2010年から、フルタイムで働けず生活保護を利用しています。2012年の審査請求からこの運動に参加し、原告にならないかという声もかかりましたが、当時子どもが学生だったこともあり、顔も名前も出して闘うと聞いて、自分だけへのバッシングなら耐えられるが、子どもたちへの影響を考え原告になることを断念した。ただ、必ず大通り公園での街頭宣伝や裁判の傍聴に参加して、ずっと一緒に闘ってきた。長い闘いでしたが、3月の札幌高裁での逆転勝訴、6月の最高裁での勝訴となりました。よかったなと安心していたところ、厚労省が全額ではなく、一部の補償しかしないこと、原告と原告以外で補償金額に差をつけるということが発表されました。正直なところ原告の大変さ間近でずっと見てきていたので差額はしょうがないという気持ちになりましたが、私のように原告になりたくてもなれなかった人たちが全国に大勢いると思います。
判決後、いつ差額がもらえるのか、いくらもらえるのかと生活保護利用者からたくさんの問い合わせを受けています。それだけ多くの生活保護利用者が苦しめられてきたのだと思い、この差別的な決定は許せるものではなく、最後のセーフティーネットであり、いのちのとりでである生活保護制度を利用して分断を煽る厚労省の方針は許せません。すべての生活保護利用者に全額補償してください。
生活保護法の「無差別平等」原則違反
東京の川西浩之さん

原告と非原告で差を付ける支給の仕方は生活保護法の「無差別平等」原則違反だ。補償費用の原資は生活保護費を削ったお金ですから、平等に支給しなければならない。そして、支給金額を下げていくと、食べ物や飲み物を買うお金がなくなってしまう危険性がある。生活保護を受けている人には障害が重くて外になかなか出られない人がいる。そういう人は早く死んでくださいと言わんばかりの施策であると考えている。2016年7月に津久井やまゆり園事件が起きた。虐殺を行った植松聖(死刑囚)の考え方に厚生労働省が似てきていると思う。大変危険な思想であると僕は思いました。
裁判の文章の書き方がよくわからなくて原告になるのをためらってしまいましたが、なんかすごく悔しい思いがします。
違法な引き下げを主導した国会議員が政権中枢に
いのちのとりで裁判全国アクション事務局長の小久保哲郎弁護士は、最高裁判決後すぐに謝罪や補償がなされた優生保護法国賠訴訟との違いについて述べました。

「厚労省は、生活保護違法引き下げ事件の再発防止について、原因究明は一切行うつもりがない。違法な引き下げを主導した国会議員が、いまだに政権の中枢にいるということが大きいのかなと思う。生活保護を『さもしい』『恥』と言ってきた首謀者が、首相や財務相になった。国民の間に生活保護への偏見や差別意識が根強くあって、国の判断に国民的な怒りが沸騰するところまでいっていない」
一方で「私たちは10年前の振り出しに戻ったわけではない」としました。
「生活保護バッシングの嵐の中、原告らは大きな不安を抱えながらも、励まし合いながら立ち上がった。メディアも、今回は国に批判的な社説が少なくとも14社から出ている。半額に値切られたとはいえ、生活保護利用者に対して総額2000億円規模の被害回復がされる。来年の初めごろから支給事務が始まる。世界でも前例のないすごいことだと思う」
生活保護利用者への引き下げ差額補償を含む補正予算案について、12月17日まで国会で審議が続きます。原告団は厚労省案の撤回を求めて運動を続ける見込みです。
原告らからはこの日、「2回目の行政訴訟にも立ちます」という表明が相次ぎました。弁護団と原告は年末年始にオンラインなどで会議を持ち、年度内の行政不服審査請求について意向を取りまとめていく方針です。

