2027年度に向け、介護保険制度改定の議論が進んでいます。介護事業関係者や利用者、家族らからは、その内容について、中低所得者への負担増につながり、「介護崩壊」を招きかねないという声が上がっています。介護問題を継続取材しているフリージャーナリストの宮下今日子さんにご寄稿をいただきました。
厚労省が「ゼガヒ」で望む三つの改正点
3年に1度見直される介護保険制度改定をめぐって、現在、厚生労働省では審議が進んでいる。しかし、議論のとりまとめを行う12月にきて、おかしなことが起きている。
次期改定は2027年度だが、制度を変えるためには、来年1月から始まる通常国会会期中に法案を提出し、審議、可決が必要になるため、年末のあわただしいこの12月に一気にとりまとめに動き出している。改定が必要な項目は多岐にわたるが、今回は三つの点が注目されている。
①「介護保険サービス利用料の2割負担者の対象範囲拡大」
②「ケアマネジメント利用者負担の導入」
③「要介護1、2の生活支援サービス等の地域支援事業への移行」
である。
三つはすでに前回改定(2024年度改定)でも審議されたが、見送られた経緯がある。そのためか、介護関係者からは、次回改定ではこのうちどれか一つでも通したい、という厚労省の“ゼガヒ”の思惑が隠れている、と訝る声も聞こえる。
介護保険制度は複雑だ。サービス項目も多すぎて、運用する事業者をはじめ、国民にはなおさら理解しにくい。そこでここでは、介護保険料を支払っている40歳以上の国民に一番関係する、利用料の2割負担者の対象拡大に絞って説明したい。これは誰にとっても他人事ではない。なぜなら、今回、厚労省が出してきた案は、国民のお財布をまるごと裸にして、容赦なく負担を引き上げるという内容に見えるからだ。
介護保険利用料の2割負担案

医療保険に窓口負担があるように、介護保険も利用した人は1割を負担している(9割は公費と保険料で賄う仕組み)。保険料を払っている上に利用料まで必要ないという反論もあるが、応能負担(所得による累進制)が制度導入時に決められ、その後、負担割合は2割、3割に広がっている。そして、今回、応能負担の要件に、所得以外に預貯金を加えるという驚くべき内容が盛り込まれたのだ。財務省の財政審議会がこれまで求めていた内容だが、今回、厚労省は初めてこの点に踏み込んだ。
2割負担について厚労省は、12月1日に開かれた社会保障審議会介護保険部会で詳細な資料を出した(資料1「持続可能性の確保」)。「一定以上所得」「現役並み所得」のある人を2割負担の対象者にしようとするものだが、その基準を4段階で示した。さらに、対象者に占める割合を右側に挙げている。現在は年収280万円以上の人が2割負担の対象者だが、一番低い230万円だと月収19万円くらいの年金生活者が想定される。
預貯金300万円あれば負担増?
問題はこの後である。今回新たに加えられたのが預貯金額である。預貯金については図で示す通りだが、「単身700万円、夫婦1,700万円」「単身500万円、夫婦1,500万円」「単身300万円、夫婦1,300万円」の3パターンを示した。表では、財政への影響や影響者数を示しているが、どれだけ給付を抑えられるかを殊更に見せているような表である。財務に明るい人の知恵が入っているのだろうか?!

さらに驚くのは、配慮措置を講じて預貯金300万円以下の人は1割負担にもどすと言っている点だが、裏を返せば300万円以上あれば2割負担になることが前提になっているのである。230万円の年収で預貯金が300万円以上あれば、これまでは1割負担でよかったサービスが倍の2割負担になる建付けだ。このレトリック(ごまかし)には注意が必要だ。
また、配慮措置案1として、負担が増加した場合、7,000円に抑えるという案を出しているが、この説明文をよく読むと、2割負担になった人は、最大で22,200円プラスになることが分かる。それではあまりに酷いからと7,000円に抑えると出しているが、いつまで7,000円なのかは提示していない。これも22,200円の負担がすでに決まっているのが前提のような印象を与える。

念のため示しておくが、預貯金とは以下の図の通りであり、預貯金は自己申告としながら不正受給が発覚した場合は加算金の徴収規定を設けるなど、罰則規定までも入っている点には注意が必要だ。

こうした厚労省が示す案について、同審議会委員の石田路子氏(高齢者社会をよくする女性の会副理事長、名古屋学芸大学看護学部客員教授)は、「今回、急に非常に細かいデータが出てきた。まだ決まっていないはずなのに、どんどん具体的な案が出てきている」と審議の進め方を疑問視している。12月1日に関しては資料も送られておらず、厚労省から慣例の事前レクチャーもなかった。特に2割負担に関しては、後日ということでレクチャーには含まれていなかった。資料も当日の朝に届いたと話す。

2割負担についての石田氏の主張は一貫している。それは、現状年収280万円で2割負担している人たちが、どのように生活をやりくりしているのか、サービスを控えているのかどうかなど、実態を調査しなければ納得できない、というものである。しかし、国はそうした生活実態には目を向けず、何割が対象で、いくら抑制されるかという計算ばかりしているのだ。
石田氏の指摘が示すように、介護保険制度の見直しにあたっては、まず制度のもとで人々が本当に生活できているのかを丁寧に検証することが不可欠である。生活実態を無視した制度設計が、結果として人権侵害やサービスの不十分な提供につながる実態があれば、法律上は行政の「規制権限の不行使」(国家賠償法第1条1項)が問われる可能性もある。実際、2019年11月に提訴されたヘルパー国賠訴訟のように、介護保険制度の不備が司法の場で争われる事態も起こり得るのだ。(*1)
審議会委員に事前の資料共有がない
さらに重大な問題が起きている。それは、12月5日に参議院会館講堂で開かれた、「ケア社会をつくる会」(世話人:上野千鶴子氏)の「ストップ!介護崩壊!許さない!利用料2割負担/ケアプラン有料化/要介護1・2の介護保険はずし」と題した緊急集会で明らかになった。(*2)
この集会では現場や介護家族ら30人の発言があり、そのうちの一人で、審議会委員の和田誠氏(認知症の人と家族の会代表理事)は、「12月1日の介護保険部会の当日になって、初めて2割負担対象拡大に関する詳細な数値が出された」と発言し、議論する時間を取らない厚労省に憤りの声を上げたのだ。

そもそも介護保険部会の委員には、事前に資料が配布され、それをもとに一人ひとりに厚労省の担当者が付き、オンラインでレクチャーを行うのが慣例だ。通常は保険部会の遅くとも3〜4日前にはレクチャーが行われ、資料も配布される。ところが取材で判明した経緯によると、12月1日の部会では、資料1「持続可能性の確保」だけが事前に配布されなかったというのだ。第128回(11月10日)のときは、11月6日に事前レクがあり、資料も配布されていたが、第129回の11月20日の部会では、ケアマネージャーに関する論点が初めて具体的に出てきたにもかかわらず、資料は配布されず、事前レクでは画面共有のみだった。和田氏は、「資料がないままの状態で部会に臨まざるを得なかった」と説明し、さらに「認知症の人と家族の会」を代表する立場なのに、会の方々と議論を共有できないのは大きな問題だと指摘した。
厚労省は12月15日には改定案のとりまとめに入る予定だが、12月1日の議事録はいまだ厚労省のホームページにはアップされていない(12月14日現在)。
和田氏は、「15日の間際になっても、国民に公開されていないということは、委員の議論を経て決めていくというよりは、最初から決まっていた内容を、あたかも議論を経て決めたかのように見せている、いわば“出来レース”のように感じられる。議論の内容が世の中に知られると、思った方向に進まなくなることを懸念しているのではないか」との見方を示した。
年収200万円台の人の保険料、年収の5〜6%
もう一つ、年収200万円台を狙い撃ちする点に疑問を投げかけたのは、先に書いた石田氏だ。石田氏は、年金が月19万〜20万円の人たちは、生活が決して豊かではなく、その上、介護保険料が高いと指摘。そして、自身が調査したある資料を示した。その資料には、保険料徴収がいかに高所得者に甘いかが浮き彫りになっている。
以前に比べて介護保険料徴収の累進化は進み、最近では9段階から13段階へ、自治体によっては20段階以上のところもある。東京都港区は19段階で、最上位は年収が1億円以上の人が対象だが、介護保険料は月額4万円程度。これを収入に対する割合で見ると0.5%に過ぎない。一方、国がターゲットにしている200万円台の所得層は、港区であれば8段階程度に該当し、保険料は年収の5%程度を占めているのだ。一番累進制が強化されているとされる大阪府茨木市は23段階で、最上位は年収3000万円以上の人が対象だが、保険料の割合は0.2%。年収250万円程度の人は5〜6%を支払っている。他の自治体も同じような傾向があることが分かった。(以下、表を参照)
東京都港区 19段階

大阪府茨木市 23段階

神奈川県横浜市 19段階

愛知県名古屋市 18段階

石田路子氏の試算書に基づきAIが作成
高額所得者に甘い徴収制度こそ再検討を
この調査からは、介護保険制度の保険料負担構造に深刻な逆転現象があることが分かる。階層最上位(年収1,500万円〜1億円以上)の保険料が年収に占める割合は、わずか0.5%〜1.7%程度にとどまる。一方で、年収200万円前後の低所得層では4.9%〜6.3%に達し、その差は5〜10倍となっている。本来、社会保険制度は「応能負担(能力に応じた負担)」を原則とするべきだが、現実には中低所得層の方が相対的に重い負担を強いられているという矛盾が生じている。また、自治体ごとの違いも問題だ。名古屋市では「1,500万円以上」が最高段階であるのに対し、港区では「1億円以上」。自治体ごとの特性があるだろうが、高所得層の上限設定の差も気になるところである。
もし高所得層が中低所得層と同じ割合(4.9〜6.3%)で保険料を負担した場合、現在の保険料の3.7〜10.4倍の金額となり、港区の例では、最高段階(19段階)の高所得者が支払う保険料は、年間で約443万円も増額になる。相当な規模の追加財源が見込めることは明らかだ。
高所得層の保険料上限の見直しや、地域間格差の是正は、大きな再分配の余地を残す。厚労省が示す案は、利用者負担を2割に引き上げることで、中低所得の高齢者にさらに負担を強いる構造となっている。その結果、サービスの利用控えや生活の質の低下を招くリスクがあり、特に要介護度の高い人や独居高齢者を直撃するだろう。また、親を支える時期(40代後半から始まるとされる)の現役世代の負担(金銭負担や介護離職など)が増えることも想定されるのだ。
こうした非常に不安定な施策ではなく、保険料支払いの累進性を強化し、支払い能力に応じた公平な負担を実現すれば、制度の持続可能性と社会的正当性に資することになる。高所得層の保険料負担を見直すことで、利用者負担の引き上げを回避する選択肢は十分に存在すると言えるだろう。
介護保険法は、要介護状態になっても尊厳ある自立した生活を支えるために、第二条では「必要な保険給付を行うものとする」と明記している。この理念に立ち返り、審議会には、真に持続可能な制度設計に向けた真摯な議論を求めたい。
*1…2019年11月に提訴されたヘルパー国賠訴訟。『ヘルパー裁判傍聴記』(ブリコラージュ刊。2025年11月17日発行)に詳しい。https://nanasha77.base.shop/
*2…「ケア社会をつくる会」の緊急集会の様子はYouTubeで配信中。
宮下今日子(みやした・きょうこ)
メディアで記事を書くかたわら、介護福祉士として5年ほど訪問介護の現場を経験。介護分野を中心に、専門紙「シルバー産業新聞」や一般紙「週刊金曜日」などに執筆。2025年11月には、訪問ヘルパーが起こした裁判を追った『ヘルパー裁判傍聴記』(ブリコラージュ刊)を出版。ライフワークとして書き続けてきた『内野健児の詩と教育―明星学園の自由とともに』(新読書社刊)も、同年2月に刊行された。

