《2026衆院選 私の論点⑥》旧姓使用の法制化は天下の愚策 一般社団法人あすには井田奈穂さん

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旧姓使用の法制化をめぐる高市首相の言行不一致、家父長制を維持する姿勢に注意が必要です

国の法制審議会が選択的夫婦別姓の導入を含む民法改定案を答申し、実現しないまま30年が経ちました。高市早苗首相はもとより選択的夫婦別姓には慎重な立場。衆院解散を表明した1月19日の記者会見で、首相は「国論を二分するような大胆な政策に挑戦する」と発言しましたが、その政策の中に「旧姓使用の法制化」があると報じられています。選択的夫婦別姓の実現を求めて活動する一般社団法人「あすには」代表理事の井田奈穂さんに、高市首相の婚姻と氏をめぐる言動を読み解いてもらいました。(聞き手・阿久沢悦子)

「旧姓使用の法制化」に全会一致で却下の過去

——高市首相は「旧姓使用の法制化」を、「国論を二分するような大胆な政策」ととらえ、選挙で勝てば通常国会で通したい考えです。

そもそも「旧姓使用」は国論を二分するようなものではなく、軽微な規制緩和だったはずなんです。だって「婚姻後も自分の名前を変えない」というだけのことですよ。こんなに合理的で当たり前の話がどうしてできないのかということです。

1996年の法制審議会で選択的夫婦別姓に向けた法改正が答申された直後の総理府(当時)の世論調査に、突然、「旧姓使用の法制化」が選択肢として上がり、賛否が拮抗する中であたかも「折衷案」のように提示され22.5%の支持を得ました。当時の新聞記事「夫婦別姓論議 『通称使用案』が急浮上 根強い家族崩壊説」(1996年12月24日付、日経新聞生活家庭面)に「衆議院議員の高市早苗さん(無所属)」が登場し、夫婦別姓のシンポジウムに次のような文書を寄せた、と紹介されています。

「罰則を設けて職場での通称使用を企業に認めさせれば、別姓にする必要はない」

本来は、世論調査の選択肢に「旧姓の法制化」が入ってはならないはずだったんです。法制審議会では「旧姓の法制化」はC案として提出され、全会一致で却下された。その上で答申を受け、選択的夫婦別姓が政府方針となった経緯があるからです。

いま「旧姓使用の法制化」を言い出すということは、私たち別姓を求める国民、日本経済団体連合会、経済同友会、新経済連盟、連合などから、「女性を活躍させたいのであれば、法的に(一貫した)氏名を維持できないと困る」「旧姓使用の拡大には限界がある」と言う声が強まったので、これを黙らせたいということ。しかし、法制審議会で明確に却下された案ですから、これを政府方針とすることは無理だとして、自民党もこれまでしてこなかった。

それをなぜ高市首相はやりたいのか? 彼女が「誰よりも家父長制的な主張をする人」として認められてきたからです。

井田さんは国連女性差別撤廃委員会でも選択的夫婦別姓の実現を訴えた(一般社団法人「あすには」提供)

誰よりも家父長的な高市さん

——初の女性首相であるにもかかわらず、「誰よりも家父長制的」ということですか。

高市首相には、心理学でいう「ガラスの崖」と「女王蜂現象」があてはまると思います。

極右政権の台頭は世界的な兆候ですが、ドイツでもイタリアでも極右的なことを言っている女性がリーダーです。今回、高市さんが登用されたきっかけは自民党が選挙に負け続けたこと。組織の業績が悪くなったときに、女性リーダーが火中の栗を拾わされる傾向がある。これが「ガラスの崖」です。業績が悪い時には変化の欲求が生まれるので、あたかも変化したかのように見せる一つの手段として、中身は変わらないのに女性というだけでリーダーに指名する。

もう一つの「女王蜂現象」は、女性がリーダーになるにあたり、組織のジェンダー不公正を正当化することによって、男性支配的な組織に同化するというもの。女性であることがキャリアの成功に不利であるという状況下で特に見られる現象です。働いて働いて働いて、と特に言い、ジェンダー平等を進めないという立場を採ることは、男性支配的な組織にとって都合がいい。女性差別をする女性はカウンターとしては最高です。ジェンダー保守的な宗教、思想的な団体の人にとっては、高市さんは「安心して任せられる」存在なのです。

その中で広く国民に向けても、「みんな私をちゃんと見て、愛して、選んで」というのが、今回の選挙ではないかと。

自民党には選ばれた、極右団体には選ばれた。その上で、国民の中に「私への信任」「白紙委任状」があるかを問うてきたのです。

しかし、日本は大統領制ではないので、私たちが選ぶのは結局地元選出の議員でしかありません。にもかかわらず、高市さんは選挙を通してトランプ米大統領的な暴君になり得る状況に自分を置いてほしいんだろうと思います。

選択的夫婦別姓を求める地方からの意見書提出を妨害

——井田さんは、高市氏が過去、選択的夫婦別姓を通さないための策動をしてきたと指摘しています。

地方自治法99条によって、地方議会から選択的夫婦別姓の実現を求める意見書というのをあげることができます。私たちは7年前からそれを後押ししてきました。当初はまだ50件だった意見書が、今は582件に上っています。自民党の地方議員も当事者の話を聴いて、「困っている人がいるなら助けるのが政治の役割である」と意見書の可決に力を尽くしてくれた。それを阻もうと水面下で手紙を出したり、日本会議の会報誌に私の活動名や団体名を出して、誹謗中傷を誘発するようにしたりしたのが、高市さんです。

国民主権の国において地方議会での自治に国会議員が介入するのは非常識です。これに心ある議員から反発が出て公になった。

そこまでして、なぜ女性が生来の名前を維持することを選べないように仕向けるのか。彼女は自分の信任のベースを日本会議、神道政治連盟、日本政策研究センターなどの極右的な宗教・思想団体に置き、選挙を戦ってきた。だから、その人たちに受けがいい「女性が従属的に男性の名字を名乗る」制度の維持、「女性に銃後を守らせる」という価値観を標榜してきた。1947年に家制度は廃止されたものの、家制度の観念は守りたいという意図です。

2023年、「あすには」法人化記念のパーティーには立場の違いを超えて多くの人が集った(「あすには」提供)

「旧姓使用で困った」ので離婚 言行不一致の首相

——しかし、高市首相自身は結婚改正した後、一度離婚し夫に自分の姓を名乗らせるという形で旧姓を「取り戻し」、子どもとは違う姓になっているという現実があります。

はい。自身のキャリアとの整合性がつかなくなってきたんですね。特に首相を目指すにあたっては自分自身が外交文書に「高市」と書けない、それは困るというわけですよね。対外的には「旧姓使用で困らない」と言ってきたのに、困ったんでしょうね、夫と一度離婚し、再婚するという形で、夫を「高市」に改姓させて、自分の名前を取り戻した。

親子別姓については「ファミリーネームが崩れる」「墓が継承されない」「元の名字に戻したら大混乱が起きる」と主張してきたにもかかわらず、自分は子どもと別の姓になって、なんとかしのいできた。

もちろん、政治家であっても私生活は自由です。しかし、自分のことを引き合いに出して、「旧姓使用で困らない」と言ってきたのに、自分自身は真逆のことをやっているというのは、政治家としての言行不一致が問われてしかるべきだと思う。問題なのは、このことがほとんど知られていないことです。

若い世代で「女性が首相になったんだから、きっと選択的夫婦別姓には賛成だろう」と思っている人がいるかもしれませんが、とんでもない。「誰よりも家父長制を維持することで信任を得てきた」「言行不一致の」首相であるということは、もっと知られるべきではないでしょうかね。

旧姓使用は本質的な解決策にならない

——高市首相が目指す「旧姓使用の法制化」の危険性については、どのように捉えていますか?

危険というか愚策です。まずは選択的夫婦別姓と旧姓の使用は相反するものではない。選択的夫婦別姓が実現したとて、旧姓の使用はできます。それが両立しえないような、あたかも「別姓」、「同姓」、「旧姓使用」の三択であるかのような問題設定は論理的におかしい。

法制化案は一文目から間違っているわけです。「改姓した人の不便や不利益をなくすための法改正」と言っているんだけど、「改姓したくないんです」と言っている人にとっては、何のメリットもない。一度改姓させ、旧姓の使用という届けを改めて出させるという二重のコストを掛けさせた上に、自分の生来の氏名を使えたり、使えなかったりする、あるいはダブルネームという国際基準に合わないものにするということですから。本人にとって本質的な解決策にならないものをさらに法制化するとなると、今度は法的な名前が二つあるという前代未聞の状況になるわけですね。

MY NAME MY CHOICEの紫色のフラッグやバナーを掲げて運動を前進させてきた(「あすには」提供)

マネーロンダリングや脱税のリスク拭えず

金融機関などは国の要求に応じてシステム改修を仕方なくし、旧姓で口座が開設できるという状況を整えてきた。でも、それは本質的なことではない。

たとえばゆうちょ銀行は数億円かけてシステム改修を行い、2024年1月に使用開始ができるようにします、と国会で答弁してきました。2024年には何のアナウンスもなく、旧姓利用の口座が一応スタートしました。窓口に行った弁護士が「旧姓口座ができますよ」と言われて、旧姓で申請したところ、2時間ぐらいたらい回しにあった上で、「本部の判断でできません」となった。なぜか。

大きなシステム改修費をかけても、マネーロンダリングや脱税のリスクが拭えないからです。日本はFATF勧告というマネーロンダリングの対策基準に、毎回不合格なんです。口座が不正に使われる可能性があるということで、旧姓対応をしているという金融機関でも窓口で口座開設を断られることが非常によくある。

この状況はただただ政府の要請に従って対応したと見せかけるだけに、多大なコストがかかっているということで、そのコストは私たち利用者にはねかえってくる。郵便料金が上がっている遠因に、こうしたサービス向上にも営業利益にもつながらないシステム改修費があると私は考えています。

井田さんは、選択的夫婦別姓についての講演会も各地で行っている(「あすには」提供)

本人証明は「戸籍」「住民票」の二つが必須に

自治体も非常に困ると思います。これまでは本人確認は戸籍でしてきました。しかし、旧姓使用が法制化されれば、住民基本台帳上の名前と戸籍の名前の両方を確認しなければならなくなります。

本人たちにとっても、二種類の書類を用意しなければならない。行政も、「こっちは佐藤だけど、こっちは田中かもしれないから両方出して」と確認し、提出を要求しなければならない。旧姓使用をしていない人にとっても、フォーマットはダブルネーム、つまり旧姓使用が前提となっているので、このフローはすべての人に関係します。

省庁は縦割りなので、横断的に本人確認をするすべがない。たとえば、免許証は「佐藤」、住民票は「田中(佐藤)」、パスポートは「田中」というバラバラの名義のものが公文書としてあり得てしまう。そうすると何が起きるか。犯罪人名簿の突き合わせ、金融機関の名寄せが困難になり、証券口座と銀行口座の名義の不一致が起きるなど、あらゆる不具合、不正の温床になります。犯罪者の名前もロンダリングできてしまう。結婚改正を繰り返すことで、七つ八つの名義の口座を運用できてしまう。そのリスクが高まるということです。

プライバシーの不必要な公開にもつながる

——いいことないですね……。

高市さんにとっては「旧姓使用の法制化」は宗教、思想団体に向けた「私、ちゃんとやっています」というアピール以外にない。「旧姓使用の法制化」だけを望み、「選択的夫婦別姓に反対」している当事者の団体は、一つもないんです。この議論には当事者がいないんです。

「旧姓併記」ですら、自治体に多大なシステム改修費がかかっている。仙台市は2019年に4億円超をかけて「旧姓併記」にし、市の一般財源からも1億6600万円が計上された。今回の選挙は800億円かかるということですが、今後、「旧姓使用」のシステム改修費が全国津々浦々、あらゆる自治体にコストとして跳ね返ってくることが予想される。その結果、混乱しか生まない。

「一人につき一つの名前」という原則をドラスティックに変えてしまい、何も解決しない。実際に旧姓使用でいけるかどうかは相手の判断次第なので、実効性はほとんどない。海外では通用しない。正式には改姓させられた状況になるので、改姓したくない人の権利は侵害される。プライバシーを不必要に公開することにもつながる。旧姓併記することで、既婚者であることや夫の姓までさらされてしまう。

高市さんの案は住民基本台帳法の改正によるとみられています。それは努力義務しか課せられない。世界で日本だけが二つの名前を使えるという状況が生まれる。もっと問題なのは法案の詳細を公表していないことです。私たちも伝聞で聞くしかない。省庁の人も目星をつけて、比較表をつくって準備をしています。

しかし、この表の通りに行くか、わかりません。昨年12月18日、臨時国会の質疑で高市首相は「(法案は)様々に検討されているので、まだどういうものか言うことはできません」と答えています。

男女共同参画基本計画のパブコメに大量のコピペ

高市首相や宗教右派が立法根拠にしたいと思っているであろうものの一つが、昨秋募集された第6次男女共同参画基本計画のパブリックコメントです。

5年前の第5次計画の素案に対するパブリックコメントには、選択的夫婦別姓の導入を求める400件以上のパブリックコメントがあり、反対意見はゼロだった。これを受けて林伴子・前内閣府男女共同参画局長が選択的夫婦別姓を盛り込んだ基本計画を作ったんですが、閣議決定の前に与党・自民党に諮問した段階で猛烈なものいいが付いた。回を重ねるごとに文言が削られ、結局「夫婦別姓」は削除された。

今回のパブリックコメントは異例なことに締め切ってすぐ全文が公開されたんです。時事通信が「選択的夫婦別姓に関する意見が14,400件集まり、反対が13,400件だった」と速報した。導入に肯定的な意見は約980件。肯定的な意見も倍増しているんですが、反対がとにかく多い。私たちが全文を解析したところ、10件以上全く同じというコピペ投稿が119パターン見つかった。反対意見の3割がコピペでした。

朝日新聞も同様の調査結果を公表しています。

どうしてこういうことが起きたか。私が昨年6月17日に衆院法務委員会に参考人として出席し、前回のパブコメを全委員に読んでほしいと配布した。その後、評論家の竹田恒泰氏が「(賛成のパブコメは)たった400件」と揶揄し、SNSで炎上。私に殺害予告まで届く事態になりました。

こうした状況を受け、日本会議が第6次計画にパブコメを書くようにと呼びかけたんですね。例文集まで拡散した支部もありました。この結果を何に使うかというと「選択的夫婦別姓に反対が9割にもかかわらず、国が進めようとしているから、反対すべきだ」と煽りたかったんですよね。かつて「女系天皇」に反対するパブコメが組織的に27万件寄せられたのと同じ構図です。組織的恫喝までしてゴリ押しされているのが、旧姓使用の法制化であるということです。

選択的夫婦別姓の実現をもとめてデモ行進する人たち(「あすには」提供)

理不尽やジェンダー不平等を示す象徴的なイシュー

——今回の衆院選、選択的夫婦別姓についてはどのような論点、論戦を期待しますか?

中道改革連合ができたというのは驚きでした。立憲、公明双方に強い危機感があったのではないでしょうか。右傾化が進み、人権、平和などを蔑ろにされる中で防波堤になろうという気概を感じています。しかし、最初の会見に女性が一人もいないというプレゼンテーションは失敗だった。どちらも優秀な女性議員や若手議員がいるのになぜ、というのが率直な感想です。

各党が公約の中に人権、ジェンダー平等をしっかり据えられるか、生活や命や尊厳を大事にしようとしているのかが問われる選挙だと思います。アメリカを見ていると日々、人権や自由が毀損されていっていることがわかります。この選挙は私たちにとっては戦争に突き進むかどうかの分かれ道になると思う。

その中で選択的夫婦別姓についてですが、女性が人として平等に扱われるのではなく、銃後を守るサポート要員で在り続けることに甘んじるかどうかが問われている。尊厳がある個人としてではなく、いつまでも従属する人として扱いたいからこそ、宗教思想団体が強く反発している。女性である高市さんが「女性活躍」と偽って旧姓使用を推し進めること、外国にルーツのある小野田紀美さんが、根拠のない「外国人問題」をあげつらうことで求心力を高めようとしていること、いずれも自らのマイノリティ性を差し出してまで、男権支配的な組織に認めてもらおうとする痛々しい戦略に見えてなりません。

旧姓法制化は選択的夫婦別姓という本質的な解決策を阻むために編み出された泥縄案。理不尽やジェンダー不平等を映す象徴的なイシューです。各議員が選択的夫婦別姓に賛成しているかどうか、旧姓法制化というごまかし策に乗るかどうか、きちんと見極めたいと思います。

いだ・なほ 一般社団法人「あすには」代表理事。企業広報、ライターとしての活動の傍ら、再婚での改姓をきっかけに、2018年選択的夫婦別姓の法制化を⽬指す当事者団体を創設。2023年に法⼈化し、1,000⼈を超えるメンバー登録者、経済・法曹団体などと地⽅議会・国会へのロビー活動を協働している。共著に「選択的夫婦別姓は、なぜ実現しないのか?:日本のジェンダー平等と政治」(花伝社)