今年(2026年)2月半ばから約2週間、ドイツで現地取材をした。
日本政府の要請を受け、ドイツのベルリン市ミッテ区が撤去を求めていた《平和の少女像》(以下、少女像)が、設置団体の韓独シンクタンク「コリア協議会」が拒否したまま、ついに2025年10月17日に区によって強制撤去された。
少女像が座っていたのは、バーケン通りとブレーマー通りの交差点、庶民が暮らす静かな住宅街だった。右側には花屋&カフェ、向かい側には小学校と家庭菜園体験学校の庭園、後ろには公園がある。地下鉄の駅から近く、さまざまな人たちが行き交う。
少女像が座っていた場所には、地面にグラフティが描かれている。「RIP (rest in peace) korean woman / Ari Platz」(安らかに眠れ 韓国の女性 アリ広場)。時々、立ち止まってその文字を見ている人もいる。
ベルリンの少女像は「アリ」と名づけられた。「アリ」とはアルメニア語で「勇気ある女性」の意味。アルメニアで虐殺を生き延び、勇気を奮って被害をカミングアウトした女性たちの呼び名でもある。
設置後から続いた日本政府の撤去要請
ベルリンの少女像は2020年9月28日に建立された。同日、加藤勝信官房長官(当時)が記者会見で少女像の撤去を要求。10月2日には茂木敏充外相(当時)が独ハイコ・マース外相(当時)にテレビ電話で少女像の撤去を要請した。ミッテ区は撤去命令を出す。これに対し、声明、メール、デモ、署名などによる抗議の声が起こる。設置団体「コリア協議会」はミッテ区の撤去決定に対し効力停止を行政裁判所に申請し、区長と協議を続行。
10月13日、ミッテ区は「当面の間、認める」とし撤去命令を撤回。設置は期限付きになった。その後、12月にはミッテ区議会は、少女像の永久設置を求める決議を区に提出。
その後も日本政府の要請は続き、2022年4月28日、岸田文雄首相(当時)が日独首脳会談で独オラフ・ショルツ首相(当時)に、少女像の撤去を要請。2024年5月、カイ・ヴェグナー ベルリン市長(当時)と上川陽子外相(当時)の会談でもこの問題が取り上げられた。
ミッテ区は2025年9月末までの撤去を要請していたが、コリア協議会は拒否。行政裁判所は10月13日に撤去を命じ、応じない場合は、区が強制的に撤去するとしていた。コリア協議会は撤去命令を不服とし、高等行政裁判所に上訴したが、10月16日に棄却され17日に強制撤去された。
アーティスト集団が運営するレジデンスに移転された少女像
日本では撤去されたことしか報道されていないが、実は移転して展示されている。撤去された場所から歩いて約2分、ZK/U(Center for Art and Urbanistics)という文化施設である。アーティスト集団「KUNSTrePUBLIK」が運営するZK/Uは、「都市」をテーマにし、ジャンルを越えたアーティストや研究者のレジデンスプログラムも行っている。ZK/Uは、‘アリ’をめぐる議論は、戦争、ジェンダーに基づく暴力、そして責任をめぐる世界的かつ地域的な交渉を反映しているとし、「Ari in Transit」と名づけたプロジェクトは来年5月末までさまざまなワークショップが展開される予定だ。
KUNSTrePUBLIKは「『平和の像』を静的な記念碑としてではなく、進行中の社会的プロセスの一部として捉えています。ここでいう記憶とは、現在の紛争、移民の動き、構造的暴力と直接結びついた現代的な実践であり、ポスト・マイグラント(post-migrant)記憶文化のための議論の場として開放する」としている。
一方、少女像を設置したコリア協議会は移民歴の有無を問わず、ドイツ系、日系、韓国系、コンゴ系、フィリピン系などが属する韓独シンクタンク。少女像の近くで「慰安婦博物館」を運営し、展示とともにさまざまな教育ワークショップも実施している。同会としてはZK/Uでの1年間の展示の後は、元の場所へ戻すことを望んでいる。また、同会には設置を希望する他の地域からの申し入れもあるという。
こうして少女像は撤去後もその社会的意味合いを進化させ続けている。
韓国・「慰安婦」被害の否認・歪曲・フェイク流布を禁ずる法改正
韓国では、性奴隷制に関するメモリアル、少女像の設置を阻害する動きに抗するため法案ができた。
今年2026年5月6日、ソウルの駐韓日本大使館前の平和の少女像を囲んでいた警察のバリケードが6年ぶりに全面撤去された。バリケード設置は2019年から始まった歴史否定論者らによる少女像や水曜デモへの妨害・攻撃に遡る。日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯(以下、正義連)が事態の解決を警察に要請したところ、警察は少女像保護を理由に四方をバリケードで囲み、誰でも隣に座れるという作品の最も大切な営みを不可能にした。
それでも水曜デモは1回も休むことなく開催され、2024年11月には5万人を超える市民が国民同意請願1に参加。2026年2月ついに「慰安婦被害者法改正案」が韓国国会で可決した。日本軍「慰安婦」被害者を中傷する目的で、被害事実を否認・歪曲したり、虚偽の事実を流布して名誉を毀損する行為に「5年以下の懲役または5000万ウォン以下の罰金」という刑事罰を科すものだ。これはヘイトスピーチが広がっている日本でも参考になる事例といえる。


ドイツ・ベルリンや韓国・ソウルの取材から実感するのは、記念碑・メモリアルに対する日本政府の主張が国際社会では通用していないことである。世界各地で戦時性暴力の被害のメモリアルである少女像を建立しようとする動きがあるたびに、その地域の日本領事館から撤去、あるいは建立の中止の申し入れがあると聞く2。このことは嫌がらせメールなど日本の歴史否定の人々からの妨害行為をバックアップしているといえる。
記念碑・メモリアルとは、国際人権法の観点からみると、「人権侵害の被害回復措置の一つであること」「過去に向き合い、過去について知る市民の権利を実現すること」なのだ。この認識が日本政府には欠けている。私たちはこのことをしっかり心に留めなければならない。
- 韓国には「国民同意請願」という制度がある。30日以内に5万人以上の同意を得ると、国会の所管常任委員会に付託され公式審査されるもの。法律や政策の改正、政治家への責任追及などを国民が直接国会へ求めるものとして広く利用されている。 ↩︎
- 外務省は、日本が行った外交活動公式の記録(白書)を毎年「外交青書」として発行している。外務省の「令和8年度予算の概要」では5つの柱のうち【柱4】情報戦時代における「攻め」と「守り」の情報対策として、(1)歴史認識を含むナラティブをめぐる情報戦への対応が挙げられている。 ↩︎
*本記事は、月刊「部落解放」2026年8月号 特集●戦争と人権(前田朗監修)岡本有佳論考より一部再録した。

