国会議員の公設秘書が、コロナウイルス感染症や議員の会派結成の情報を提供するといって、記者を呼び出す。それは「プライベート」で「職務ではない」?
耳を疑いました。あまりにも記者の仕事の実態とかけ離れた理解だったからです。
国会議員秘書による取材活動中の記者に対する性暴力をめぐり、被害を受けた元記者が国家賠償を求めて起こした裁判の第4回期日が、3月14日に東京地裁でありました。
<事件の概要>
事件は2020年3月に発生。女性記者は地域のコロナ対策について地方議員と医療機関が情報交換をする場に参加し、参加者と飲食しながら情報を取っていた。終了後、参加していた上田清司・参議院議員の公設秘書だった男性が女性記者を自宅に送り届ける名目でタクシーに同乗。公設秘書は車の中でわいせつ行為に及び、女性記者は避難しようと一度下車したが、公設秘書も一緒に降りて、再びわいせつ行為をした。
3日後、公設秘書は「重要な情報を提供する」として、女性記者を飲食店に呼び出して、多量の飲酒をさせた後、ホテルの部屋に連れ込み性暴力をはたらいた。女性記者は警察に相談し、被害届を提出。警察は捜査を進め、公設秘書を「準強制わいせつ罪」と「準強制性交罪」で書類送検したが、その後公設秘書は自殺し、不起訴になった。女性記者は2023年3月、「公設秘書による職務権限の乱用と、上田議員の監督不行き届きによって起きた性暴力だ」として、国に賠償請求を求める訴訟を起こした。
「職務ではない」と断定できないのでは
被告の国側は、公設秘書と原告は「個人的なつきあい」で、記者を飲食の席に呼び出したことは職務権限の行使にあたらないと反論しています。国会議員秘書の職場である議員会館を離れた選挙区での会合であることや、18時30分以降という会合の時間帯も根拠の一つとしています。
一方、国は、原告側が提出を求めた公設秘書の待遇や労働条件、就業規則、労働時間管理を明らかにする書面は「不存在」、飲食店の経費処理に関する書類も「議員や議員事務所が負担した事実はなく、領収書等の書類は不存在」と回答しました。もし本当に公設秘書の労働条件の定めがないのなら、ここから先は職務ではないと断定できるというのは理屈に合いません。
「自分を抑えて我慢するしかなかった」
この日は、原告の元記者が出廷し、プライバシー保護のため、衝立の中から意見陳述をしました。
「国の書面から最も強く受ける印象は、『記者の仕事』に対する理解が全くなく、公設秘書の行為を『プライベート』として職務執行性を全否定する姿勢です。このような主張は、公設秘書の立場と、取材と報道の実態の両面で、事実に反しています」
「国は2020年3月24日の新型コロナウイルス感染症に関する情報交換の場の会食も含めて『公設秘書の職務ではない』と主張します。何を根拠にこのようなことが言えるのか、怒りを感じます。この会食は、新型コロナウイルス感染症に対して病院がどのように対応していくのか、国や県の支援は受けられるのか、などといったテーマが中心の会話がされていました。コロナ患者受け入れ病院を直接取材することは困難だったので、このとき聞いた生の声は大変貴重な情報でした。国は後援会事務局長が日頃仲良くしている人を集めた会食なので、プライベートだと主張しますが、到着した際にわたしは病院の院長と、国会議員、公設秘書と名刺交換をしました。全員が顔見知りではありませんでした。公設秘書も名刺交換をしていたと記憶しています」
「会合が終わったあとのタクシー車内のわいせつ行為は許しがたい行為でした。しかし、当時の私は、記者として仕事に責任をもち続けるには自分を抑えて我慢することしか考えられませんでした。会社の先輩に気持ち悪かったと愚痴を言いながらも、翌日、すぐに加害者から淡々と仕事の電話があり、忘れるべきことだと思い仕事に集中することに決めました」
性的自由を侵害し、取材と報道の自由を奪うことは許されない
「3月27日の誘いが、単純に『食事に行こう』というものであれば、間違いなく断っていました。しかし、プライベートの話は一切なく、会話やメールはすべて仕事に関する話で、無視をすると仕事に不利益が生じると思わせるものでした。とくに『全国紙のA社やB社が(僕のところに)取材に来ている』というメールは、特オチ(他社が記事にするのに自社はできない状態)するぞ、という煽りです。記者であれば誰でもそう受け取ります」
「国は仮に取材だとしても、国会議員から指示がなかったので職務ではないといいますが、これも短絡的で、著しく不合理、事実を直視しない乱暴な主張と思います。国会議員に直接取材できないことが分かって、加害者は私を呼び出しています。少なくとも加害者は、長年、議員秘書、そして市議会議員、議長の経験もあり、記者の仕事内容や付き合い方は私以上に熟知しているはずです。議員秘書という立場を利用し、取材相手の私が断れない状況を作り出して、呼び出して性加害を行うというのは、とても悪質で許されない行為だと思います」
そして最後にこう結びました。
「私たち記者は、憲法に保障された『知る権利』『表現の自由』の担い手として、時として危険を恐れず取材にまい進し、報道することが求められる仕事です。国家はその権利を確保しなければならない責任があり、国家権力を担う公務員が取材の機会を設定して性暴力をふるって記者の性的自由を侵害し、取材と報道の自由を奪うことは許されないと思います。加害者が自死すれば、被害者は泣き寝入りをしなくてはならないのか、そうではない判決を求めます」
風通しのいい、人権が尊重される報道現場へ
国および裁判所は、この元記者の声に、真摯に答えてほしいと思います。
原告弁護団は、労働実態を表す現役の記者たちの陳述を裁判所に証拠として提出しました。
一方で、私たちがこれまで是としてきた「時として危険を恐れず取材にまい進する」記者像の「危険」の中に、セクシュアルハラスメントや性暴力は含まれてはならないとうことも、改めて確認したいと思いました。
裁判後の報告集会で原告の代理人を務める中野麻美弁護士は「国会議員には事件の予見可能性がなかったという国の主張は、人権を守るために職場の構造を意識し、セクハラや性暴力を抑止する立法政策を司るという国会議員の職責からみて、話にならない」と述べ、こう続けました。
「これは個別の事件の問題ではありません。記者たちの要求を組織化し、もっと風通しのいい、人権が尊重されるような報道現場を作っていくんだというのを、私たちの要求の中心に据える必要があると思います」