「認めて」もらう日々、いつまで? ある同性カップルの声

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2人が当たり前に家族として暮らせるようになってほしい

 3月14日、札幌高等裁判所が「憲法は同性間の婚姻も保障している」と初めて明言する判決を出しました。3月26日には最高裁判所が「同性パートナーも犯罪被害者給付金の対象になりうる」との初の判断を示しました。裁判では、少しずつ同性カップルの権利を認める方向に動いてきています。しかし、こうした「認められる」作業は、異性カップルには不要です。

 北日本に住む2人の女性に話を聞きました。パートナーとして10年以上ともに暮らしているサワコさんとジュンさんです(いずれも仮名)。これらの判決を心強く感じながら、2人には別の思いもこみ上げています。「なぜ、私たちの関係は誰かに認めてもらわなければならないのだろう。いつまで戦わなければいけないのだろう?」

パートナーシップ制度のない街に暮らして

 サワコさんとジュンさんは人口3万人ほどの街に住んでいます。「自然に囲まれていて、日常を穏やかに過ごすのにはすごくいいところです」とサワコさんは語ります。

 2人は秋田市で暮らしたこともあります。当時、2人はセクシュアリティや人権について語り合える場を開いており、私もたびたび参加しました。ただ、現在暮らす地域では、そのような集いを開いていないということでした。

サワコさん いま住んでいる場所で集いを開くのは難しいです。人口が少ないこともそうだし、市役所はパートナーシップ制度をつくっていません。地域で唯一の公立病院に「同性のパートナーが入院したときに付き添いができますか」と問い合わせたら「(同性カップルは)家族として認めていない」という返事が返ってきました。LGBTQについて知らない人もまだまだ多いと感じます。ここで、顔を出して活動するのは、難しいと思っています。ただ、どの土地にも必ず当事者はいます。なにか、動きは起こしたいと思っています。

 サワコさんは転居のたびに、自宅近くの病院に問い合わせをします。病院側に同性のパートナーと暮らしていることを伝え、入院時や緊急時に家族として付き添いができるかどうか確かめるためです。移り住むたびに自分たちの状況を開示し、異性婚のカップルや法律上の家族と同じように受け入れられるのか、わざわざ確かめなければならない状況です。

「疲れてきてしまった」

―3月14日の札幌高裁判決は、お二人ともどう感じましたか。

ジュンさん やっぱりうれしかったです。もし結婚できるようになったら、すぐしたいねって2人で言っていました。

サワコさん 私もうれしかったです。うれしかったけど、改めて、私たちはこうやって「戦って勝ちとらなきゃいけない間柄」なんだと実感しました。司法が私たちを後押ししてくれる判決だと理解はしています。前に立ってくれている原告の人たちには本当に頭の下がる思いで、感謝の気持ちが強くあります。でも、原告の人たちも私たちと同じ、普通の人間です。そういう原告の方たちが、顔を出して声を上げなきゃいけない。
私たちは付き合って十数年になります。医療についても、本当に毎回、住む場所が変わるたびに病院に問い合わせをして、お互いに何かあったときに一緒にいられるように準備をしています。こういうことに、疲れてきてしまった。大きな判決でうれしかったけれど、なぜここまで、当たり前の権利を誰かに「認めて」もらわなければいけないのか。こういうことが、いつまで続くのかなって。

付き添い可能な病院まで車で数時間

―私も判決が出た時に「画期的」という表現を記事で使いました。でも「画期的」と考えてしまうのは、なぜなのか。サワコさんたちのお話を聞きながら考えました。

サワコさん 複雑です。いろいろ複雑な気持ちです。

―居住地の公立病院は「同性パートナーの付き添いは認められない」という返事だったのですね。

サワコさん なかなか返事がなくて「検討中です」という回答で止まっていたので、1年後に役所経由でもう一度問い合わせたら「同性パートナーへの対応は、病院独自で整備することが難しい状況です」というような回答でした。「親族」「家族」の定義として、今は同性パートナーは認めないことになっている、と。そして「近隣の自治体にはパートナーシップ制度があります」という返事でした。その自治体に自分でも問い合わせをしました。付き添いができるということだったので、少し気持ちが楽になりました。

2人がかつて暮らした秋田県のパートナーシップ制度のサービス一覧。公立病院の面会が含まれています

―近隣の自治体にある病院は、住まいからどれくらい離れているのですか。

サワコさん 車で数時間かかります。

―それは遠いですね。

サワコさん 居住地の病院だとパートナーは付き添えません。だから私たちで優先順位を決めて、話し合うしかないです。怪我や病気の程度、経済的なこと、どんな支援を受けられるか…いろいろなものを天秤にかけながら、居住地の病院にするか、遠方の病院にするか、その時々で決断しなければいけない時がくるのかなと思います。何もなければ、一番いいんですけど。

マジョリティへの「歩み寄り」を求められる

―毎回、プライバシーにかかわる情報を明かして問い合わせなければならないことに不安はありませんか。

サワコさん 狭い地域なので、誰がどこで働いているかとか「ここで働いている人は誰それのお父さんだ」とか、すぐにつながりが分かります。もちろん守秘義務はあるはずですが、どこで情報が漏れるか分からないという不安はあります。

―病院のことだけではないですよね。いろいろなことが日常、ありますよね。

サワコさん 何でしょうね…。なぜここまで下に見られなければいけないんだろう、と思います。異性愛の人たちは、こんなことを考えなくてもいい。でも私たちには結婚という選択肢がなく、多くの制約を課せられる。そして「よく分からないけど、なんだか(同性愛が)嫌だ」という人の気持ちに歩み寄らなきゃいけない。その人たちの「了解」を得なきゃいけない。「私たちの関係は清らかなものです」「結婚の制度を壊すことはないです」と訴えかけて「だから、お願いします」と言わなければいけない。「嫌だ」とか「許す」とか、何で他者に許されなきゃいけないんですか?と思います。あなたがたの結婚を、私たちは妨げても許してもいないのに。そうやって構造的にずっと差別されていると感じています。

ジュンさん 私は、ありのままで幸せになりたいです。

当事者はずっと声を上げ続けている

サワコさん 誰もが結婚を選択できるようにという声は、もうずっと前からあって、東日本大震災の後には東北でもいろいろな当事者団体が生まれました。顔を出して活動する人たちも増えてきました。「困っている」「私たちはいない存在じゃない、いるんです」とずっと伝えてきています。人権の問題として動かなければいけないという考え方が広がって、アライも増えてきている。それなのに、なぜ仕組みが変わらないのか。もしG7の首脳宣言で言われた「差別や暴力から解放される社会の実現」が本当なら、結婚の自由はすぐに実現するはずです。選択的夫婦別姓もそうです。ここまで変わらないと、何かの影響があるとしか思えないです。

―日常生活のなかで制約を感じるのは、たとえばどんな時でしょう。

サワコさん 2人一緒にいるところを職場の人に見られたことがあって…。

ジュンさん 私たちはここが出身地ではないので「一緒にいる2人って、どんな関係なんだろう」と思われるんじゃないか、と考えてしまうんです。職場の人と会うリスクを考えて、気に入った場所があっても2人で行くのは控えています。関係を聞かれたときに「友達」と言うのも違うし、嘘をつきたくない。相手に気を遣って、本当のことを言わないことがあります。

サワコさん 「どう思われるだろうか?」とか「相手がどう感じるだろうか?」とか、マジョリティ側の反応を内面化してしまう。それは自尊心を傷つけられないための、リスク回避のための内面化でもあります。

ジュンさん 事実を言うとカミングアウトになるので、それが重いという気持ちもあります。

当たり前の選択肢がほしい

サワコさん いろんなことがありますが、今は何かあったときもお互いに話して、消化しています。なるべく苦しいことに心を侵されないようにして。「旦那さんは?」とか私生活に踏み込んでこられたときも、うまく返すようにしています。全部受け止めてしまうと、きついですから。居住地の病院が同性パートナーを受け入れないことも、本当にきついです。だけどそこにとらわれ過ぎると苦しいだけなので、今できる他の道を探すように動いたりします。

―同性婚が普通のことになればいいですよね。

サワコさん 「同性婚」じゃなくて、結婚の権利がほしい。選択肢がほしいです。「同性婚の人はこっちを使ってください」みたいな制度はやめてほしい。

ジュンさん パートナーシップ制度は不便です。その土地を離れたら、もう一切使えないですから。「同性婚」はそういうふうなものにならないでほしいと思います。いつまでも待てません。どっちかが死んじゃうかもしれない。彼ら(政府)が慎重になっている間に、私たちが死んでしまうって、思います。

サワコさん 婚姻の制度がないことは、私たちからすると、本当におかしいんです。

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