秋田市が精神障害のある生活保護利用者約120人に対し、長年支給ミスをしてきた「障害者加算」の過去5年分を返すよう求めていた問題で、秋田市の沼谷純市長は7月29日、当事者と面談し、これまでの市の対応について謝罪しました。さらに、秋田県が市の返還決定を「違法」として取り消したことを受け、すべての当事者に対して手続きを踏んだ上で返還を求めない方針を示しました。
秋田市から返還を求められていた120人のうち、3人の当事者が取り消しを求めて県に不服申し立て(審査請求)を行っていました。県は7月11日、秋田市の返還決定を「違法」と断じました。
秋田県の裁決の記事はこちらです。
全当事者に「同じ対応をしていく」
「秋田市として皆さんの思いに寄り添う結論を早期に出すことができなかったことについて、心から、おわび申し上げたい」
当事者と秋田市長との面談は、市長のおわびの言葉から始まりました。
面談には当事者のほか、民間団体「秋田生活と健康を守る会」会長の後藤和夫さん、自由法曹団秋田県支部長で弁護士の虻川高範さん、きょうされん秋田支部事務局長の伊藤雅人さんらが参加しました。

「2023年11月から1年半経過しましたが、この間、市の事務のミスによって返還請求を受けた皆さまがたいへんな精神的な苦痛、不安の中で時間を過ごされてきたということ、そして市として皆さんの思いに寄り添う結論を早期に出すことができなかったことについて、心からおわび申し上げたいと思っております」
沼谷市長は冒頭、こう述べて市の対応を謝罪し、秋田県の「違法」裁決について次のように語りました。
「(返還額を控除によって軽減する)自立更生費をどう見るかといった技術的な話ではなく、日本国憲法に基づく『最低限度の生活』を保障する趣旨の生活保護費について返還を求めること自体が、生活保護制度、あるいは日本国憲法の趣旨に合わない、言ってみれば分割であっても少額であっても返還を求めていくこと自体が最低限度の生活を損なう恐れがあるのではないかという点について、しっかりと検証、調査がなされていなかったという裁決でした。(審査請求をした)3名の方々について、法的な手続きとして再決定をしなければなりませんが、再度何らかの金額を請求するような決定はすべきではないと思っています」

さらに、秋田県が「返還」を取り消した3人だけでなく、すべての当事者について「『返還請求すること自体が現在の最低限度の生活を損なう可能性がある』というところを十分に踏まえて、3名の方と同じような決定をしていくことになる」「審査請求をされたかどうかにかかわらず、同じ法律、同じ法の趣旨、同じ適用をしていくべきだ」と明言しました。
審査請求をした3人と同じような決定をする――つまりすべての当事者に対して返還請求はしないということです。
「金銭的な負担が生じる形」にはしない
実はこの日、市長が「全員の返還額を0円にする」と明言するのではないか――という期待がありました。
しかし市長は「今ここで『一律に一斉に0円です』と私が申し上げないのは、あくまでも法律の世界ですので、きちんと再調査、再決定というプロセスを経ることが必要だからで、これはご理解をいただきたい」と述べました。
再調査、再決定には「長くて2カ月、なるべく1カ月ぐらい」を要するとしながらも「再度不安な思い、あるいは金銭的な負担が生じるような形にならない再調査、再決定をしていくべきだと私としては考えています」と語り、返還請求はしない方針であることを強調しました。
また決定後には改めて、当事者に説明と謝罪をしたいと述べました。
「全員が0円になると受け止めた」
市長との面談後、当事者と支援団体が会見しました。

虻川弁護士は「市長の言葉を聞いて、私たちとすれば、審査請求をした3名だけではなくて全員が0円決定になるんだろうと受け止めました。この結論自体についてはもっと早くできたのではないかという感想もありますけれども、決断自体に敬意を表したいと思っています。一方で、発覚してから1年半、会計検査院の調査が入ってから2年たっているわけですので、その間、当事者の方々が受けた不安や不信については、十分配慮が必要だと思います」と述べました。
「私の言葉を信じてほしい」と市長
市長との面談は途中から非公開で行われました。その中で、当事者の一人が「この場で、全員について0円決定をして返還を求めないという言葉を聞きたかった」と市長に伝えました。これに対して市長は「私の言葉を信じてほしい」と述べたといいます。
秋田生活と健康を守る会の後藤さんは「全員の返還をすぐ取り消すという市長の言葉は残念ながら聞けませんでしたが、憲法の視点から解決にあたっていきたいという趣旨と『私の言葉を信じてほしい』と言った重みは非常によく伝わった」と語りました。「早ければ1カ月、長ければ2カ月という期間はある意味で長いのですが、そのあかつきにはきちんとした解決の言葉が聞けるのではないかと受け止めました」(後藤さん)
「いつもニュースで知る」
市長の言葉はこの日、地元の各テレビ局で報じられました。

テレビのニュースを視聴した当事者のAさんから、筆者のもとにメッセージが届きました。
〈沼谷市長の判断は素晴らしいと思います。でもいつの時も、自分たちのことをニュースで知らされます。秋田市から直接『こういうことになりました』という一報は全然ありません。『お金を返してください』『月1000円でもいいので、あなたの良い時に』と言われていた頃はこちらの気持ちを全く考えず、とても一方的に攻めてきていたのに、結果の報告は全然ありません。攻めるだけ攻めて、あとは知らんふりって、どういうこと?と思います〉
ようやく前進した秋田市の障害者加算問題。けれどおよそ2年間、行政から「正しいこと」として請求を受け続けた当事者の不安と不信は、簡単に消えることはありません。
〈これまでの経緯〉
秋田市は1995年から28年にわたり、精神障害者保健福祉手帳(精神障害者手帳)の1、2級をもつ生活保護世帯に障害者加算を毎月過大に支給していた(障害者加算は当事者により異なり、月1万6620円~2万4940円)。2023年5月に会計検査院の指摘で発覚。市が23年11月27日に発表した内容によると、該当世帯は記録のある過去5年だけで117世帯120人、5年分の過支給額は約8100万円に上る。秋田市は誤って障害者加算を支給していた120人に対し、生活保護法63条(費用返還義務)を根拠に、過去5年分を返すよう求めてきた。秋田市はその後、当事者の負担を軽減するため返還額を控除する作業(※生活に欠かせない物品の購入費を返還額から差し引くこと)を進め、120人のうち36人が返還額0円(返還無し)になった。残る7割、79人は返還を求められている。79人の返還決定額は合計約3100万円で、最も多い人は97万円にのぼる(2025年6月末時点)。一部でも返還に応じた当事者は79人のうち57人で、2025年5月末時点で478万円が市に返還された。