国会の審議で、共同親権導入の弊害が次々と明るみになっています。4月5日に開かれた衆議院法務委員会で、与党・自民党の谷川とむ衆院議員が「できるだけ離婚できないような社会になっていく方がいいと思っている」という発言をしました。国の制度で、離婚の自由を制限していいとも受け取られかねないこの発言に恐れを感じ、違和感を抱いた人も多かったのではないでしょうか。
この発言以外にも、共同親権になることで、子どもたちがこれまで受けられた支援制度から外れる可能性があることが分かってきました。
「高校等の就学支援金、親権者が2人の時は2人の収入を合算する……離婚後の共同親権の場合はどうなるのでしょうか?」
同じ日、同じ委員会で立憲民主党のおおつき紅葉衆院議員が文部科学省に問いただしました。高等学校等修学支援金、いわゆる「高校無償化」は、保護者の収入に基づいて受給資格の認定を行っています。保護者の定義は「子に対して親権を行う者」です。文科省大臣官房審議官は「(共同親権になったら)、2人分の収入で判定を行う」と答弁しました。親権者の定義は大学や専門学校の授業料減免と給付型奨学金を組み合わせた「高等教育の修学支援新制度」でも同じです。高校、大学の進学にあたり、従来、受けられていた給付が受けられなくなる子どもが出てくることは確実です。
一方、国は「DVや児童虐待などで修学に必要な経費の負担を求めることが難しい場合は、親権者1人の収入で判定することになっている」と答弁しました。
しかし、DVや児童虐待の判定は誰が責任を持って行うのでしょうか?現在でも、「家庭裁判所でDVを訴えたが認められなかった」という人がたくさんいます。弁護士やDV被害当事者からは「裁判所がDVを見抜くのは不可能」という声が上がっています。
そして、DVの有無に関わらず、高額な授業料を賄えるほどの一定の経済力がない者は、離婚しづらい状況になりかねません。日本ではこの経済力に関して、圧倒的に女性が不利な状況にあります。
総務省の2022年の労働力調査では非正規労働者の7割が女性です。厚労省の賃金構造基本統計によると、2022年の平均年収は正規雇用が531万円、非正規は306万円。とりわけ母子世帯は、母親が出産・育児で就労を中断し、その後も時間的な制約の中で非正規で働くケースが多く、世帯の平均就労年収は236万円と、約半数が相対的貧困の状態にあります。このように男性優位な経済状況の下で、格差是正について配慮のない政策に舵を切れば、たちまち谷川議員が言う通りの「できるだけ離婚できない社会」がやって来ることが想像できます。
国は高齢化を理由として、社会保障費の抑制策を打ち出していますが、その矛先が女性や子どもに向けられれば、構造差別はなくなるどころか拡大するでしょう。
「生活保護費1日1000円」「ハンコの無断押印」など、不適切・違法行為で生活保護世帯数、金額を半減させた群馬県桐生市。その深刻な実態が4月4、5日の調査団報告で明らかになりました。中でも、生活保護率の減少で際立ったのは母子世帯でした。この10年で26世帯から2世帯へと94%も削減されたのです。
同市福祉課のケースワーカー7人は全員男性。市福祉課によると、生活保護の申請に来た女性が高齢なら「健康長寿課」、障害があれば「障害福祉課」の女性職員を面談に同席させ、そうでなければ、福祉課の会計担当の女性職員が対応したといいます。同市では、暴力団対策担当だった警察官OBが生活相談の初回から立ち会うなど、できるだけ生活保護を利用させないような運用だったのではと疑われます。
支援者や研究者によると、高齢の人や持病がある人に就労指導をするのは困難ですが、母子世帯は「働ける」と見なされて、生活保護を打ち切られやすいといいます。
4月1日から、性別を理由に差別を受け、貧困や暴力などの問題を抱える女性に対する福祉や支援を充実させるための「困難女性支援法」の運用が始まりました。離婚して経済的にも社会的にも弱い立場にあるひとり親の女性も相談すれば、自立した生活に向けた支援につながる法律です。
しかし、その期待とは裏腹に、この法律がうまくいくかどうかがかかっている「女性相談支援員」の待遇は悪いままです。支援員とは、この法律によって、女性を支援する民間団体と行政の施設、専門家をつないで支援の中心となって動く人です。
そのほとんどが女性で、1年ごとに雇用される非正規の「会計年度任用職員」という立場に置かれ、不安定な働き方を強いられています。支援する側の生活が不安定で、どうやって充実した支援ができるのでしょうか?
複雑に困難を抱える女性の支援をする専門性の高い職種にもかかわらず、手取りは月10数万円程度。多くの支援員が、この仕事だけでは生活費が賄えず、掛け持ちで仕事を持ち、ダブルワーク、トリプルワークをしなくてはならない実情があります。
区市町村に支援員を必ず配置する体制にもなっていません。女性が声を上げてすぐに支援が届く状況になっているかどうか、不安で疑問に思う現場の支援者の声が届いています。どうして、彼女たちが正規職員扱いでないのかが疑問です。
共同親権で減らされるかもしれない教育支援。
母子世帯に特化した生活保護の引きはがし。
困難女性支援法の貧弱な基盤。
これらは実は「根っこ」が同じではないでしょうか?
その「根っこ」とは、女性が一人で生きていくことは想定されていない、男性と結婚し家庭を持たないと成り立たない、そんな社会や家族を規範とする価値観です。男女共同参画の旗を振りながらも、この日本は、いつまでもどこまでも抜本的に変わらない、煮え切らない。そうして、この春もまた「おんなこども」への軽視ぶりをひしひしと感じてしまうのです。
生きづらい女性はどこまでも生きづらいままでいなければならないのでしょうか?
私たちは共同親権の審議の中で、ひとり親である多くの女性から悲痛な訴えを聞いてきました。家庭内でDV被害がある場合であっても、裁判所などでその事実が認められなければ、別れた親同士が、子の成人まで、進学の手続きなどをめぐり、連絡を取り合わねばならない———共同親権とはそういう制度です。
現在の日本では、離婚の9割が双方の話し合いによる「協議離婚」です。法務省の統計では離婚理由(複数回答)の1位は性格の不一致(63.6%)ですが、2位以降は「身体的暴力」「精神的暴力」「子どもへの暴力」などのDVが並び、その合計は46.5%にもなります。さらに「家庭を顧みない」「生活費を入れない」「ギャンブルやアルコールの依存症」を加えると、82.1%に深刻な破綻が見られます。性格の不一致の中でも、夫婦の力関係に格差があり、十分に話し合いができない状況で離婚に至るケースがあります。すでに離婚した夫婦でも、証拠がないなどで、婚姻中の暴力や虐待が正式に認定されずに今に至っている人もいます。
こうした現状を考慮しないまま、共同親権はすでに離婚している夫婦にも適用される見込みです。
暴力を振るった配偶者と別れて、今は安堵して子どもと生活を送っている女性たちに、共同親権導入について意見を尋ねました。体を震わせ、「離婚後の共同親権を導入する法案が通ってしまったら、暴力を振るっていた配偶者とやりとりしなくてはならなくなるのではないか」と怯える姿を目の当たりにしました。
さまざまな家族があり、その家族の分だけさまざまな事情を抱えています。
家父長制の名残から、家族や夫婦間の争いについて原則家族まかせである日本において、暴力の恐怖や不安を訴える人を残したままでの共同親権の導入には慎重であるべきです。
社会の制度や家族のあり方が異なる海外の共同親権と単純に比較はできません。
共同親権の導入は、国民の生活に少なからぬ影響を及ぼします。いまだ対等ではない夫婦の関係、そして特に暴力を伴う事案について、最悪の状況を想定した議論を尽くすことが求められています。
人々の何気ない日常が、安心できる生活が、一瞬にして奪われることがないように。