「買春は女性への暴力」
「買春は女性への暴力だという意識を広めたい」
揃いの黒いTシャツに身を包んだ女性たちの言葉はスカッと見通しがよく、明快だった。
韓国の性売買経験当事者ネットワーク「ムンチ」の女性たちが7月7〜11日に来日し、東京と大阪でコンサート(トークイベント)を開いた。韓国では2004年に「性売買防止処罰法」が制定された。この法律は性売買斡旋業者らの処罰と被害者保護について定めている。この被害者保護、支援の動きを受けて06年に結成されたのが「ムンチ」(韓国語で「一致団結する」の意)だ。
コンサートは、彼女たちが性売買の現場での体験を語った著書「無限発説」(21年)の日本語版「無限発話」(梨の木舎)が今年7月に出版されたのを受けて企画された。韓国の複数の都市から計18人が結集して来日。東京の会場となった大学では、うち4人が壇上に上がり、200人を超える聴衆を前に体験を話した。
「良い買春者」は本当にいるのか
当初からのメンバーのAさんは、「性売買の経験は隠すものだと思っていた。さらしてしまうのはどうか、と迷いながら活動を始めた」と語った。根底にあった疑問は「性売買は自発的と強制されたものに分けることができるのか」。そして「良い斡旋業者や良い買春者は本当にいるのか」。
活動は激しいバッシングにさらされた。だが、叩く人たちの多くが買春者や斡旋業者だと気づき、「私たちは決して語るのをやめない」と決意したという。
4人が性売買の現場に入った経緯はさまざまだ。
「父から母、兄から私へのDVがあって家出。ある意味、暴力に慣れてしまっていた。地下鉄で眠るような路上生活の中で性被害に遭い、身体を休めるところを求めて性売買に入った」「友人の代わりにカラオケ屋に呼ばれ、客に買われた。その後友人の借金を肩代わりし、抜けられなくなった」
「自分の価値はない」と思わされ
売春女性にも大きな利益があるように言われるが、実際は前借金が返せずに、衣装代、酒代、たばこ代などを天引きされ、負債が膨らんでいくケースが多い。そして斡旋業者により、「売春の他におまえにできることはないのだ」と思わされていくという。
「次々と店や業態を移っていく。最後は逃げました。逃げたところで一般社会のルールを知らない。バスに乗ったり、銀行でお金を下ろしたりしたことがない。一般社会には自分の価値はないと感じました」
「年が行くと島に売られると言い聞かされていました。怖かった。死ぬしかないと思って、覚悟を決めて女性団体に連絡し、逃げた」
一度抜けて、また戻る人も少なくない。
「友達と一緒に遊びに行った。連れの男は買春者だった。そこから逆戻りした。あれだけやるまいと思っていたのに」
「お金が全くないときに、戻ろうと思った。お酒を飲むことと性売春しか私にできることはないと思っていたのです」
「安全かどうか、女性が決められない」
なぜ「性売買は暴力」なのか?
シンプルなこの問いに対し、彼女たちは実感を持って答えた。
Bさんは「(買春者は)お金を払うと勝手をしたくなるものなんです。金を払ってどんな行為でも受け入れさせる。コンドームをつけない、避妊をしない。小さな暴力から殴る蹴るまで好き放題。どのような暴力を受けてもお金をもらったら被害が言えない」。
Aさんは「すべての性売買は安全ではない。私が最初に性売買をしたのは自発的でした。でも自発的といえば、女性に自由意思がある、責任がある、となってしまう。それは違います。性売買の本質は誰かが誰かに売られるということ。それは他の全ての暴力を認めることにつながる。幼くても貧乏でも、そういう状況に置かれたら応じなければならなくなる」。
Cさんは「性売買の現場では、安全かどうかを女性が決めることができない。だから安全ではないんです」と語った。
女性同士の対立、得をするのは誰か
ムンチのメンバーが首に巻いていたタオルマフラーには、ハングルで「私たちの存在こそが実践だ」と記されていた。いま、彼女たちは、売春女性を処罰せず、買春者を処罰する方向で、性売買防止処罰法の改正を求めて声を上げている。フランス、ドイツ、南アフリカ共和国、イギリス、ニュージーランド、スウェーデン、日本の性売買経験当事者たちとのネットワークを築き、「性搾取のない社会」を目指している。
一方、日本の売春防止法は「売春が人としての尊厳を害し、性道徳に反し、社会の善良の風俗をみだすものであることにかんがみ、売春を助長する行為を処罰するとともに(中略)売春を行うおそれのある女子に対する補導処分及び保護更生の措置を講ずる」と定める。勧誘や斡旋をした男性が処罰されることはあっても、買春者に対する処罰規定はない。そして、改正を求めて大きな議論が巻き起こるような状況にはまだない。その意味で、世界的な潮流からは大きく遅れている。
ムンチのメンバーは、コンサートの前夜、東京・新宿の歌舞伎町を歩いた。風俗店の無料紹介所が人目につくところにあることや、未成年に見える若い女性が性産業で働いていることに驚いたという。
「すべての性産業は、搾取であり暴力だ」と彼女たちは指摘する。性産業も職業の一つと考える「セックスワーク論」の人との対立構図は韓国にもあるが、ムンチのメンバーは「私たちを対立させることで、誰が得をするのかを考えたい」と語る。
当事者が声を上げる意義
日韓の研究者によると、韓国での近代的な性産業の起源は、日本による植民地統治下で、公娼制度が導入されたことにあるという。戦後も1990年代までは日本人男性らが、娼妓店(キーセン)で韓国女性を買うことがよくあった。今も、買春者が日本のAVを真似たプレイを求めるなど、日本の性風俗界からの影響は小さくない。
ムンチは運動を通じて、当事者が声を上げることの意義を強く感じているという。
トークの終盤、Aさんは言葉を選びながら話した。「私は当事者になりたくなかった。性売買の経験をなかったことにしたかった。でも、今、隠さなくていいほど、安全な人に囲まれていると感じる」
そして続けた。
「法律や政策によって自分の立場が置き換えられ、1人の個人の話ではなく、ムンチの経験として語ることができる。性売買経験当事者が集まり、自責の念から逃れることができた。今はムンチであることが誇らしい」。
8月5日、日本でオンラインイベント
オンラインブックトーク「ムンチ 『無限発話』のインパクト」が5日18時30分〜20時30分、オンラインで開かれる。話者は「無限発話」の翻訳に携わったジェンダー史研究者の金富子さん。解説を書いた立教大学の小野沢あかね教授や学生読者がコメントを寄せる。チケット申し込みは↓
(阿久沢悦子)
〈この記事の関連インタビュー↓〉